第8話。冒険者ギルド。
魔法使いの総称…マジックキャスター。
攻撃系魔法職。
白魔法使い。
ソーサラー/ソーサレス
黒魔法使い。
ウォーロック/ウィッチ
攻撃系上位魔法職。
魔導士。
ウィザード/ウィザーデス
魔導師。
ウィザード・マスター/ウィザード・ミストレス
攻撃系最上位魔法職。
大魔導師。
グランド・ウィザード・マスター/グランド・ウィザード・ミストレス
防御・回復・支援系魔法職。
僧侶。
クレリック
修道士
モンク/ナン
防御・回復系上位魔法職。
神官。
プリースト/プリーステス
高位神官。
ハイ・プリースト/ハイ・プリーステス
大神官。
グランド・プリースト/グランド・プリーステス
(呼称は、流派・宗派によって異なる)
その他魔法職。
精霊魔法使い。
メイジ
祭司。
ドルイド/ドルイダス
賢者。
セージ(ワイズマン)
巫女。
メイデン
付与術師。
エンチャンター/エンチャントレス
呪術士。
シャーマン
召喚士。
サモナー
死霊術士。
ネクロマンサー
……などなど。
私とソフィアは【銀行ギルド】の一室に設置した【転移座標】に到着しました。
部屋は昨日見た時より何だか飾り立ててある気がします。
昨日はなかった彫刻が置かれ壁に絵画が飾られていました。
頭取のビルテさんが気を使って応接室として設え直してくれているのでしょうね。
あまり過剰に接遇されると申し訳なくなって来ます。
しかし【調停者】の権限で不公正な形で【銀行ギルド】やビルテさん本人に対して便宜を図る事はしませんよ。
私はゲーム会社の社員ですから、あくまでも運営のガイドラインとゲームマスターの遵守条項を適切に履行します。
・・・
「ん?ノヒトよ。この部屋、微かに魔力の流れを感じるのじゃ。罠かの?」
ソフィアが言いました。
「まさか。どれどれ……ああ、大丈夫。ただの人感センサーの類ですよ。危険はありません」
私は室内に構築されている魔法の【魔法公式】を解析して教えます。
「そうか……うむ、そのようじゃな」
おそらく、私がこの部屋に転移して来ると【銀行ギルド】の職員がそれに気が付くという原始的な仕掛けでしょう。
この部屋は【銀行ギルド】から間借りしているだけなので……プライバシーの侵害だ……などと文句を言う筋合いではありません。
因みに【転移座標】に設定した場所の半径数mの範囲は内部の保全が図られる仕様になっています。
これは……スポーン即死……などという悪辣な罠を仕掛けられないようにするゲーム上の設定。
扉を開けて廊下に出ると早歩きのビルテさんが、こちらにやって来るのが見えました。
「ノヒト様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用ですか?」
ビルテさんが恭しく礼を執って言います。
「近くに用事があったので【転移】の為だけに使わせて頂きました」
「そうですか。遠慮なくお使い下さいませ。おや?」
ビルテさんはソフィアに気が付きました。
「この子供はソフィアです。ビルテさんのご実家から報告があった、例のあれです。この形は人化の魔法。魔力は【認識阻害】で隠蔽しています」
「な!なな、何ですと?では……」
ビルテさんは明らかに取り乱して言います。
「ソフィアじゃ。【ハイ・エルフ】の娘よ、以後宜しく頼む」
「は、はいっ!せ、【世界銀行ギルド】頭取ビルテ・エクセルシオールでございます。【神竜】ソフィア様におかれましては……」
「よい。この姿の時は忍びじゃ。堅苦しい挨拶は抜きにせよ。それと、この姿については他言無用じゃ」
「ははーーっ!」
ビルテさんは跪いて最敬礼を執りました。
ビルテさんの態度を見る限り、やはり【神竜】は崇敬されているようです。
こちらの世界は多神信仰が普通。
【創造主】、【超越者】、【調停者】という運営側に立つ存在と、【神竜】などのゲームの中の現世神……つまり【領域守護者】達が並存しています。
中には一神教の国家や地域もありますが、そちらは少数派。
この世界の世界観的に一神教が完全な誤りであるからと言って……信仰の自由……に立脚してさえいれば、私はゲームマスターとして、それを咎めたりはしません。
ただし勘違いされ易いのですが……信仰の自由……の解釈は……個人がどんな信仰しても自由だ……という意味などでなく……他人の自由を侵害しない限りにおいて、個人の信仰の自由は最大限尊重されるべきだ……という考え方なので、他宗教や他宗派、あるいは無宗教の人を差別したり迫害しても良い自由ではない事には留意してもらわなければいけません。
この原則は、こちらの世界だけの話ではなく、地球の自由の概念においても完全に適用されました。
つまり、地球において残念ながら少なからず存在するような、他宗教や他宗派、そして無宗教者を否定したり排撃するような教えの宗教は、全て……信仰の自由……の原則に違反しています。
閑話休題。
私とソフィアは、ビルテさんからの接待を丁重に断って【銀行ギルド】の外に出ました。
【銀行ギルド】の側にもセキュリティの都合があるでしょうから、人感センサーの件は必要な措置として理解していますが、【転移】して来る度に接待を受けるのはビルテさんも大変でしょうし私も煩わしいのです。
「ならば私は転移座標を他の場所に変更しますよ」
と言ったらビルテさんは納得してくれました。
「せめて私か……私が不在の時は職員の誰かが【調停者】様や【神竜】にご挨拶してお迎えする事はお許し下さい」
とビルテさんは泣きそうな顔で懇願するので……そのくらいなら……と了承しています。
私とソフィアは、ビルテさんから解放されました。
・・・
私とソフィアは【銀行ギルド】を出てメイン・ストリートを数ブロック歩き、近くにある【冒険者ギルド】に入ります。
昨日は外から覗いただけでした。
【世界冒険者ギルド】。
冒険者達の互助組合から始まって、900年前のゲーム時代には世界中に支部を持つ巨大組織となっていました。
業務内容はファンタジー・ベタな設定。
人材派遣業、仕事斡旋業、素材買取業、各種保険業、冒険者育成業……などを生業とします。
ラノベなどにありがちな、【冒険者ギルド】の中で荒くれ者が絡んで来て一悶着……なんて展開は基本的に起こりません。
当然ですね。
冒険者は自由を愛し独立心の強い人々ではあっても、けしてチンピラではないのですから。
さてと、一応どんな依頼があるのか見てみましょう。
ふむふむ……。
討伐系の派手な依頼は全くと言って良いほどありませんね。
午後だから目ぼしい依頼は取られてしまった後だとしても、討伐系の依頼が全くないというのは何とも不思議です。
【ドラゴニーア】の【冒険者ギルド】はゲーム設定では、かなり高難易度クエストが発給される事で有名でした。
何しろ地名が【ドラゴニーア】というくらいですから周辺地域では多くの【竜】と【遭遇】するのです。
もしかしたら、900年の間に魔物の生息域が変わってしまったのでしょうか?
【ドラゴニーア】ではもちろんとして、この世界では【竜】を万物の霊長として敬う思想がありますが、人類文明を害する【竜】に対しては対抗する事が当たり前。
ソフィアに……その点をどう思うのか?……と訊ねると。
「我は【神竜】じゃ。姿が似ているからと言って、【神格】を持たぬトカゲの親戚共と一緒くたにされるのは心外なのじゃ!」
ソフィアは凄い剣幕で怒り出しました。
ソフィアは【竜】族に対する同族意識は希薄な様子。
確かに人間も進化生物学上ゴリラやチンパンジーと近いからと言って、彼らと同族だという意識はありませんからね。
ゲームの設定でも【竜】種の頂点に君臨する【神竜】は固有にして別格の存在として規定されていました。
その下の位階に【古代竜】がいて、更に下位に【竜】がいるという設定です。
【古代竜】と【竜】は種族的には近縁で交差繁殖も可能ですが、人語を解し魔法を行使する所謂高度な知性を持つ【竜】だけが特に【古代竜】と呼ばれていました。
因みに【地竜】や【翼竜】などは竜という名称が付いていますが、【竜】種とは完全に別の種族です。
「指定討伐依頼が一件もない。素材の買取ばかりですね?」
指定討伐依頼とは場所や魔物の種類を指定した依頼。
例えば、【ドラゴニーア】北方の【ピアルス山脈】に出没する【氷竜】を討伐したら報酬は幾ら……などと指定された依頼です。
素材の買取依頼とは、そういう指定のない年中募集している任意の買取依頼。
例えば、狼の毛皮を持ち込んだら最大幾らで買取ります……というような言わば相場の告知です。
「900年前に【英雄】達が世界を去るという大異変が起き魔物の討伐がままならなくなり、その後【ドラゴニーア】では竜騎士団や軍隊が魔物の討伐を行うような仕組みに変わったのじゃ」
ソフィアは語りました。
ソフィアは900年間の休眠中にも代々の大神官と【パス】が繋がっていた為に、その間の事情は記憶しているそうです。
それは私の知らない歴史でした。
「英雄達?ああ、ゲーム・ユーザーの事ですね」
つまり900年前に何故かユーザーがゲームをプレイしなくなって魔物を討伐する人員が足りなくなった。
その後魔物の【発生】頻度と討伐数のバランスが崩れ魔物が地上に溢れ、個人の冒険者達だけでは討伐が間に合わなくなり、魔物の討伐は【ドラゴニーア】では国家が対応する事になった……と。
なので【ドラゴニーア】では魔物の討伐依頼が【冒険者ギルド】にもたらされなくなった訳ですね。
これは経済大国であり軍事強国でもある【ドラゴニーア】だからそうなのであって、軍事力が弱い小国の場合、魔物に対抗出来ず人種の生存圏が脅かされる場合も少なくないのだとか。
なるほど理解しました。
「数百万はいたとされる【英雄】達が世界を去った後、200年ほどの間は暗黒時代と呼ばれ、世界文明は滅亡の危機に瀕したのじゃ」
ソフィアは眉間にシワを寄せて言います。
世界の危機に守護竜としての役割を果たせず、ソフィアも忸怩たる思いがあったのでしょうね。
「お子さん連れかい?あんたも大変だね」
冒険者らしき男性が声をかけて来ました。
顔面に大きな傷痕を持つ厳つい風貌ですが、表情は柔らかで人柄の良さが伺えます。
「あ、いや、どうも……」
「託児所は朝の内に手続きしないと利用出来ないよ」
「あ、今日は依頼を見に来ただけですので……」
「他所から来たのかい?」
「はい、昨日……です」
「【ドラゴニーア】は初めてかい?」
「大昔に……。街の様子が変わっていて戸惑っています」
「そうか。俺はドナテッロ。生まれは【パダーナ】だ。冒険者は半ば引退して、【冒険者ギルド】から頼まれて新人冒険者の世話役のような事をしている。半分ボランティアみたいなモノだ。宜しく」
冒険者のドナテッロさんは厳つい顔で笑いながら言いました。
「ノヒト・ナカです。生まれは……【ドラゴニーア】です。どうぞ宜しく」
私はドナテッロさんに自己紹介します。
「そうかい。なら、しばらくぶりに地元に帰って来たんだな?」
「ええ、まあ、そういう事になります」
「何か困った事があったら言ってくれ。新人達の指導で外出していなけりゃ、だいたいギルドに詰めているから……」
「ありがとうございます」
ドナテッロさんは……気にするな……とでも言うように手を振って、訓練場の方へと去って行きました。
ドナテッロさんの出身地【パダーナ】は、【ドラゴニーア】の南に接した議会制民主主義国家。
領土の大半が平原で豊かな穀倉地帯が広がり農業と漁業が主たる産業です。
セントラル大陸には、中央の【ドラゴニーア】、東の【グリフォニーア】、西の【リーシア大公国】、南の【パダーナ】、北の【スヴェティア】の5か国がありますが、実質【ドラゴニーア】を盟主とする同盟が結ばれていました。
・・・
「ソフィア。ギルマスに話を聞こうか?」
「のじゃな」
【冒険者ギルド】の買取カウンターにいるギルド職員達が、全員私を注視していました。
しかし、私がカウンターに目を向けると、職員達は……サッ……と目を伏せ視線を外します。
私の正体は【ドラゴニーア】の公的機関と幾つかのギルドには通達が回っていますが、基本的には……そっとしておくように……と【竜城】から厳命されていました。
この事は昨日の夜私がアルフォンシーナさんに頼んだのです。
私の業務を妨げるような行為は絶対に慎むように……と。
「ギルド・マスターと少し話したいのですが……」
「畏まりました。しばらくお待ち下さい」
カウンターにいたギルド職員は……ドタバタ……と奥に走って行きます。
すぐに私とソフィアはギルド・マスターの執務室に案内されました。
「【世界冒険者ギルド】・【竜都ドラゴニーア】支部のギルド・マスター……エミリアーノでございます」
ギルド・マスターのエミリアーノさんは事務職然とした服装をしていますが、腰には立派なロング・ソードを帯剣していました。
エミリアーノさんの立ち居振る舞いには全く隙がなく、おそらく剣士としても相当な手練れだと推測出来ます。
ドナテッロさんも歴戦の猛者という雰囲気でしたが、たぶんエミリアーノさんの方が2回り程は強いでしょう。
「ゲームマスターのノヒト・ナカです。こっちは娘のソフィアです」
「ソフィアじゃ」
基本的に幼女姿のソフィアが人化した【神竜】である事は、現時点では【神竜神殿】と【ドラゴニーア】の政府中枢以外には口外しない事にしています。
【銀行ギルド】のビルテさんは、【世界樹】からの情報で【神竜】の復活を知り得る立場だったので情報を開示せざるを得なかったので仕方ありません。
・・・
私は【ドラゴニーア】の【冒険者ギルド】の現状をエミリアーノさんに訊ねていました。
900年前には高ランクのユーザー達が【ドラゴニーア】の【冒険者ギルド】を本拠地として、互いに凌ぎを削っていましたが、その栄光も過去の話。
現在【ドラゴニーア】の冒険者達は世界最高レベルとは言えないそうです。
【ドラゴニーア】にいる高ランクの冒険者達は、ドナテッロさんのように家庭を持って一線を退いたベテランが中心で稼ぎ盛りの高ランク冒険者パーティは、だいたい【ドラゴニーア】の外部に転出してしまうのだとか。
【ドラゴニーア】周辺の高ランクの魔物は竜騎士団と軍隊がほとんど討伐してしまうので、それは仕方がありません。
「【ドラゴニーア】の冒険者は任意の素材買取依頼を熟す事が普通です。竜騎士団と軍隊が魔物に対応する【ドラゴニーア】周辺は平和ですので、高ランクの冒険者は稼げる獲物を求めて流出してしまいます。【ドラゴニーア】を拠点にする冒険者は若い頃に外国で散々稼いで【ドラゴニーア】で老後を過ごそうと考えているベテランか、【ドラゴニーア】軍への入隊を目指す受験組か、孤児院上がりの連中ですよ」
エミリアーノさんは言いました。
私が……儀礼格式には全く頓着しない……と言ったからか、エミリアーノさんは挨拶の時の硬い雰囲気が解れて気さくな口調になっています。
こちらがエミリアーノさんの素なのでしょう。
「孤児院?」
「ええ。【神竜】様の【神竜神殿】はセントラル大陸全土で沢山の孤児院を運営しています。孤児院の子供達は種族や国籍にかかわらず大切にされ、優秀な子供は無償で高度な教育を受けられます。【ドラゴニーア】では、神殿、軍、役所、ギルド、民間企業にも沢山の元孤児達がいます。彼らは優秀で真面目に働きますから、引く手数多です。うちの職員にも何人か元孤児がいますよ」
孤児院では15歳までの子供が養育されていました。
優秀な子供達は更に高等部の学校や大学などに進学します。
その間の費用は、全て【神竜神殿】持ち。
「つまり、それらの採用にあぶれた者が冒険者になるのですね?」
「そうです。孤児達が【ドラゴニーア】の市民権を得るには、就職先を見つけるしか道はありません。就職活動に失敗して、【ドラゴニーア】に留まるには冒険者登録をするしかありませんからね」
市民権とは【ドラゴニーア】の国民と、在留資格者の持つ国内での定住と就労を認めた権利の事。
冒険者は特例的に全世界での就労権を持ちますが、【ドラゴニーア】では市民権を持たなければ公共サービスを受けらませんし、住宅を購入したり賃貸したりも出来ません。
経済大国の【ドラゴニーア】には物価が高く安宿はありませんから、十分な蓄えを持たず稼げない冒険者は、やがて【ドラゴニーア】を去る事になります。
厳しい現実ですが仕方がありません。
世界で最も裕福な【ドラゴニーア】で定住許可を簡単にしてしまうと、周辺諸国から移民あるいは難民が殺到してしまいます。
「うむ。我としても辛いところなのじゃ。本来は開かれた国を標榜しておるが、現実は甘くない」
ソフィアは不本意そうに言いました。
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