第78話。国家規模の大人の事情。
ブートキャンプ後。
名前…ロルフ
種族…【ドワーフ】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【鍛治士】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【加工】
特性…【才能…加工】
レベル…17
早朝。
私は、モルガーナを連れて、繁用施設から、銀行ギルドに【転移】しました。
いつものように、銀行ギルド頭取のビルテさんがやって来ます。
「おはようございます。今日は、早い出勤なのですね?」
「おはようございます、ノヒト様、モルガーナさん。ピオから、至急の報告がありましたので、早く出勤致しました」
ビルテさんは、わたしに目配せしました。
なるほど、グレモリー・グリモワール関係ですね。
「モルガーナ、後で宿屋パデッラには顔を出します。先に行って下さい」
「わかりました。では、後ほど。ビルテさん、失礼します」
モルガーナは、一礼して去って行きました。
私は、ビルテさんと頭取の執務室に向かいます。
・・・
「ピオからの報告によると、昨夜、グレモリー・グリモワール様の住む、湖畔に【古代竜】が出現したそうです」
ビルテさんは、言いました。
グレモリー・グリモワールは、ウエスト大陸の【ブリリア王国】の【イースタリア】郊外に城塞集落を築いて暮らしていたのでしたね。
【イースタリア】郊外の湖畔……ああ、つまり、その湖とは、【竜の湖】ですか……。
ウエスト大陸の【竜の湖】は、セントラル大陸の【青の淵】、【静かの森】、【サルバトーレ火山】、【ピアルス山脈】と同じような特定スポーン・エリアでした。
つまり、昨夜の満月では、【竜の湖】にも周期スポーンが発生した訳です。
因みに、ウエスト大陸の月齢は、セントラル大陸とわずかにズレています。
しかし、この周期スポーンの基準地点は、世界の中心である竜都【ドラゴニーア】の竜城でした。
竜城を全ての基準として、世界中のスポーン周期は、それぞれ定められているのです。
つまり、セントラル大陸の中心である【ドラゴニーア】の竜城が満月を迎える日の深夜0時を基準にして、各大陸の同日深夜0時に、周期スポーンが発生。
最初にイースト大陸……次にセントラル大陸と、ノース大陸と、サウス大陸……最後にウエスト大陸……という具合で順番に、周期スポーンが起きるのです。
【竜の湖】のエリア・ボスは、【湖竜】。
水に潜り、地を歩き、空を飛ぶ【湖竜】は、水陸空での活動に適応した、なかなか厄介な【古代竜】なのです。
しかし、グレモリー・グリモワールは、何だってそんな危なっかしい場所に集落を作ったのでしょうか?
考えなしですね。
「なるほど。それで、グレモリー・グリモワールは、【湖竜】を撃退したのでしょう?」
「はい……驚かれないのですね?」
「ええ、まあ……グレモリー・グリモワールの戦闘力なら倒せるでしょうからね」
グレモリー・グリモワールは、【大魔導師】の職種も持っていました。
強大な攻撃魔法を駆使します。
また、魔法への理解も深いので、魔法を組み合わせたり、運用を工夫して、相当えげつない戦い方もしてみせるでしょう。
しかし、だからと言って、【古代竜】たる【湖竜】を簡単に屠れる訳ではありません。
グレモリー・グリモワールは、ユーザー。
幾ら何でも、単身で【古代竜】を殺すのは、難しいはずです。
つまり……グレモリー・グリモワールは、対【湖竜】に、あの切り札を使ったという事でしょう……。
グレモリー・グリモワールの切り札は、ちょっとしたチートですからね。
私が戦えば、問題なく殲滅出来ますが、ユーザーとしては、破格の火力があります。
何しろ、あのグレモリー・グリモワールは、99階層ダンジョンを単身でクリアし、【神位魔獣】すら、倒しますからね。
一軍……いや、魔法が衰退した現在なら、下手をしたら一国を凌駕する打撃力があるかもしれません。
「グレモリー・グリモワールは、湖畔に集落を作っている、との事ですが、その集落に被害は?」
「損害はないそうです。何でも、大勢の【エルフ】の姿をした【妖精】を【召喚】し、さらに驚くべき事に【古代竜】すら、【召喚】したそうです。それらを使役し、一方的に攻撃を加え、最後はグレモリー・グリモワール様自らがトドメを刺したのだとか」
ビルテさんは、言いました。
【エルフ】の姿をした【妖精】を【召喚】……。
いや、あれは、そういうモノではないのです。
当該の【エルフ】達も、もちろん【妖精】などではありません。
900年で、あの系統の魔法は、廃れてしまったようで、行使する者がいないらしいので、知らないのでしょうが……。
それは、ともかく私は、ビルテさんの話に気になった事がありました。
ピオさんの報告は、まるで見てきたような内容だったからです。
「ピオさんは、現場にいたのですか?」
「はい。実は、グレモリー・グリモワール様は、畑や集落のある城塞とは別に、街道を挟んだ向かい側に、同じような城塞集落を築いたそうです。そちらには、商店や工房などを誘致しているらしく、銀行ギルドの支店も新たに作られました。ピオは、現在、スーパー・バイザーという肩書きで潜入し、現地で情報収集に当たっています」
ビルテさんは言いました。
なるほど。
ピオさんは、怪しまれる事なく、完全に敵城内に潜入出来た訳ですね。
しかし、街作りですか……。
確かに、グレモリー・グリモワールは、ゲーム発売後5年ほどは、世界中でメチャクチャに暴れ回っていましたが、最近は、だいぶ落ち着いて、家屋敷や別荘などの建築物や、飛空船や【魔法装置】などを作る事を趣味としていましたが……。
まあ、悪い事をしている訳ではないのであれば、とりあえずは良いでしょう。
「グレモリー・グリモワールは、領主になったという事なのでしょうか?」
「いいえ、その集落……湖畔の街【サンタ・グレモリア】という名前になったそうですが、【サンタ・グレモリア】の代官は、【イースタリア】の領主リーンハルト・イースタリア侯爵閣下の息女であるアリス様になったそうです。しかし、【ブリリア王国】のマクシミリアン・ブリリア王陛下からは、まだ未裁可であるらしく、あくまでも、開拓集落の臨時代官という扱いらしいですが……」
なるほど。
政治の話は、ややこしいですから、良くわかりませんね。
それにしても【サンタ・グレモリア】……つまり、聖なるグレモリーの街……というくらいの意味でしょうが、何て自己顕示欲の強い名前でしょう。
そんな名前を付ける者の気が知れませんね。
「わかりました。引き続き情報収集を、お願い出来ますか?」
「はい、畏まりました」
ビルテさんは言いました。
「あ、そうだ。これは、携帯型魔法通信機です。私達は、スマホと呼んでいます。これを、使って下さい。ビルテさんと、あとピオさんの分です」
私は、【収納】から、フルスペックのスマホを2台取り出し、ビルテさんに手渡しました。
「これは、まだ発売前のスマホ。それも、特別製の非売品の方ではないですか?実は、ノヒト様の、お弟子様方や、マリオネッタ工房の方達が使われているのを拝見して、いつも羨ましく思っていたのですよ。お代はギルドカードに振り込んでおきます」
「いえ、差し上げます。転移部屋を使わせて頂いている家賃代わりと考えて下さい」
「ありがとうございます。早速、ピオ宛にも貨物便で送ります」
ビルテさんは、大事そうにスマホを受け取りました。
スマホは、1台、1千金貨(1億円相当)。
ぞんざいには扱えませんよね。
貨物便とは、航路ギルドが管理する定期飛空船の貨物として送る事を言います。
私は、ビルテさんと別れ、銀行ギルドを後にしました。
・・・
私は、銀行ギルドから、冒険者ギルドのある方向へ歩き、裏道に入って、宿屋パデッラに向かいます。
ロビーを抜けて、奥に入ると、宿屋パデッラは、朝ご飯の準備の真っ最中。
食堂では、従業員達が忙しく働いていました。
「おや、ノヒトさん、いらっしゃい。朝ご飯を食べて行きますか?」
宿屋パデッラの女将さん、ノーラさんが訊ねます。
「ありがとうございます。せっかくですが、やる事が立て込んでいまして、また今度にします」
「そうですか。なら、仕方ないですね」
「ウチのみんなは、どうですか?」
「まだ、少し戸惑いはあるようです。みんな1人部屋は初めてだって言うし。でも、いつでも部屋の風呂が使い放題だ、って、喜んでる子もいましたね……あ、噂の主が来ました。おはよう、ハリエットちゃん」
アクビしながら、ハリエットが、やって来ました。
「おばさん、おはよう。あ、ノヒト先生、モルガーナ、【青竜】は、捕まえた?」
ハリエットが訊ねます。
「はい、【調伏】は成功しましたよ」
「繁用施設に預かってもらいました」
モルガーナが言いました。
「名前は?」
ハリエットは、訊ねます。
「ジャスパーです」
「ジャスパーか、雄だね?」
「はい」
ハリエットとモルガーナが談笑していると、ファミリアーレやマリオネッタ工房の従業員達が続々と食堂にやって来ました。
朝ご飯には、まだ少し早い時間。
実は、まだ宿屋パデッラには、一般のお客さんもいるのです。
私の都合で、予約客を他所の宿に移す訳にはいきません。
一般のお客さん達は、正規の時間に食堂で食事を取るのですが、ウチのみんなは、朝も夜も、少し早い時間に食事をします。
ウチのみんなは、若いですし、全員気心知れた身内なので、食事の時は、お喋りが煩いのでは、と考えて、私は、宿屋パデッラの主人であるユリシーズさんに、少し時間をズラす事を提案しました。
ユリシーズさんの……一般の宿泊客と違って勤め人なんだから、ズラすなら早い時間の方が良いだろう……という配慮で、この時間になったという訳です。
「では、みんな、私は竜城に戻ります。ノーラさん、よろしく、お願いします」
「はい、任せて下さい」
一同は、元気良く返事をしました。
私は、宿屋パデッラを後にします。
・・・
私は、竜城に【転移】しました。
私室に入り、内職を始めます。
3体の【自動人形】・シグニチャー・エディションを完成させなくてはいけません。
私は、【収納】から、昨夜、確保した3個の【超級コア】を取り出しました。
バレーボール大の【魔法石】です。
私は、【魔法石】に【積層型魔法陣】を刻んで行きました。
ロルフに与える【自動人形】は、個体名オット。
私が持つ鍛治技術と知識や、生産職系の魔法技術と知識をトレースしてあります。
リスベットに与える【自動人形】は、個体名ノーヴェ。
私が持つ錬金術や、化学・薬学など研究職系の魔法技術と知識をトレースしてあります。
ソフィアに与える【自動人形】は、個体名ディエチ。
私が持つ料理技術や知識、そして他の9体のシグニチャー・エディションへの管制機能と、シグニチャー・エディションの修理メンテナンス技術をトレースしてあります。
1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。
これで、【自動人形】・シグニチャー・エディションのシリーズ10体が勢揃いしました。
ソフィアの【自動人形】であるディエチは、もしも私が、この世界から消滅してしまった場合、シグニチャー・エディションを唯一直せる存在となります。
1体だけでは心許ないので、バックアップが必要ですね。
サウス大陸で【超位】の魔物を倒して【超級コア】を入手したら、何体か、修理メンテナンス技術を持ったシグニチャー・エディションを追加で造りましょう。
さてと、出来た。
後で、ファミリアーレは、竜城にやって来ます。
その時に、ロルフとリスベットには、マスター登録をしてもらわなくてはいけません。
ともかく、ソフィアを先にマスター登録してしまいましょうか。
私は、完成した【自動人形】の内2体を【収納】にしまい、ディエチを抱えて礼拝堂に出ました。
礼拝堂から、大広間に向かいます。
大広間では、ソフィアが山と盛られた朝ご飯を食べていました。
「おはよう、ソフィア。おはようございます、皆さん」
「もまもーまもま」
ソフィアが、食べ物で口がいっぱいのまま喋ります。
何て?
モサモサとしか聞こえないのですが?
「ごくんっ……ノヒト、おはようなのじゃ」
ああ、そう言ったの。
「おはようございます。その【自動人形】は?」
アルフォンシーナさんが訊ねました。
「ソフィアの為のシグニチャー・エディションです」
「なぬ、我のとな?」
「ディエチという個体名です。マスター登録は、食事の後にしよう」
「ノヒト様も、お召し上がり下さい」
アルフォンシーナさんが促します。
「はい、頂きます」
今朝は、和食……いや、【タカマガハラ皇国】料理ですね。
私とソフィアが、好むので、最近、竜城では【タカマガハラ皇国】料理が時々出て来ます。
まだまだ、クオリティは高くありませんが、私の好物を作ってくれようとする心遣いがありがたいですね。
「ノヒトよ。ゴトフリード王と剣聖は、いつ向こうに着くのじゃ?」
「今日の午前9時だね」
定期飛空船は、【創造主の魔法】によって全自動で運行管理されている為、その運行予定は1秒の誤差もなく正確なので到着時刻がズレる事はありません。
「なぬ、もうすぐではないか?何も用意をしておらぬぞ」
「私とソフィアの出発は、夕方ですよ。何でも、ゴトフリード王と剣聖は、私達が合流するまでに、関係各所の進捗状況を確認しておいてくれるそうです」
「うむ、そうか」
私は、ゴトフリード王に転移座標の代わりとなる【ビーコン】を預けていました。
その【ビーコン】が【アトランティーデ海洋国】の王城に設置されて、私達は、【転移】する訳です。
しかし、ゴトフリード王と剣聖は……私達を呼ぶ前に、どうしても進捗状況を自分で確認し、不備があれば修正しておきたい……との事。
私は、招かれる側なので、それを否とは言えません。
ゴトフリード王も、剣聖も、私がサウス大陸を奪還するつもりで、また、その能力がある、と理解した段階で、魔法通信で本国に連絡し、事前の準備と根回しを指示したそうです。
しかし、実際に自分の目で確認してからでないと、私とソフィアを迎える事は出来ない、との事。
確かに、ソフィアは国家存亡の危機を救ってくれた大恩ある国家の元首。
ソフィアを迎えるにあたって、段取りが悪くて、恥を晒す訳にはいきません。
さらに、ソフィアの来訪の目的は、自分達が暮らす、サウス大陸を魔物から取り戻す為。
失礼がないようにと気を配るのも当然でしょう。
政治の事は、よく、わかりませんが、大人の事情、という事なら理解出来ます。
なので、先方の受け入れ準備が整い次第、剣聖から私のスマホに連絡が入る予定になっていました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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