第77話。エンシェント・ドラゴン・ライダー。
ブートキャンプ後。
名前…ティベリオ
種族…【狐人】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【騎士見習い】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…統率】
レベル…13
異世界転移、16日目。
未明。
私とモルガーナは、【青の淵】に設置した転移座標に【転移】します。
転移座標のすぐ近くには、息も絶え絶えになった【青竜】が横たわっていました。
背中に突き刺さった、竜封じの槍【アスカロン】が、痛々しい様子。
動物愛護団体の方々が見たら、怒られそうな状況ですね。
竜騎士団【センチュリオン】派遣部隊長のゼイビアさんが、上空から降下して来ました。
「ノヒト様、【青竜】に近付く、【低位】の魔物、【魔蝿】を数匹駆除致しましたが、それ以外は、異常ありません」
ゼイビアさんが報告します。
「ありがとうございます」
【魔蝿】は、都市結界の外側でなら、何処にでも湧いて来る蟲ですね。
おおかた、弱っている【青竜】を餌と思ったか、あるいは卵を産み付けに来たのでしょう。
蟲は、大嫌いです。
「さあ、モルガーナ、あなたの騎竜です。これから、【調伏】しますよ」
「こ、これが、【古代竜】……なんたる雄大な魔力……」
モルガーナは、呟きました。
私は、サクサクと、【調伏】します。
竜封じの槍【アスカロン】が突き刺さっているので、【抵抗】される事もなく、【調伏】に成功。
マスター権限をモルガーナに上書きします。
「モルガーナ、名付けをして下さい」
「では、ジャスパー……と」
ジャスパーですか……。
ジャスパーという名前は、900年前に活躍していた【ドラゴニーア】竜騎士団所属の騎竜の名前です。
竜騎士団に憧れる、モルガーナらしいネーミング・チョイスですね。
モルガーナが【青竜】の名を口にすると、【青竜】のステータスが上昇したのが、わかりました。
どうやら、上手くいきましたね。
「パスが繋がりましたか?」
「は、はい。酷く、怯えています」
まあ、生まれた直後に、翼を斬り飛ばされて、背中に槍を、ぶっ刺されているのですから、そうでしょうね……。
私は、【青竜】のジャスパーの背中から、【アスカロン】を引き抜きました。
抜き取る際に、神経に触れたのか、ジャスパーは、ビクビクッと痙攣しました。
「【完全治癒】、【完全回復】」
私は、ジャスパーの傷を癒します。
ジャスパーは、怖ず怖ずと首をもだけ、筋を伸ばすように首と尻尾を反らせ、翼を広げました。
やがて、四足で起き上がり、首を下ろし、モルガーナの方に、顔を近付けます。
モルガーナは、ジャスパーのあまりの迫力に後退りしました。
「匂いを嗅がせてあげなさい。主人の匂いを覚えようとしているのです」
通常、【高位】の人種や魔物は、魔力パターンで個体判別が出来ますが、嗅覚の優れた魔物の場合、個体の匂いを覚えるという習性もあります。
これは、ジェシカの従魔となったウルフィの時も同じでした。
モルガーナは、頷いて、恐る恐る、手を伸ばします。
ジャスパーは、スンスンとモルガーナの手を嗅ぎ、舌を出して、ひと舐めしました。
「う、あ……」
モルガーナが声を漏らします。
ジャスパーは、ひとしきり巨大な舌で、モルガーナを舐め終わると、満足したように、ブワーーッ、と鼻息を吐きました。
私のローブと、モルガーナのマントがはためき、周囲の枯葉や粉塵が舞います。
まるで、巨大な扇風機ですね。
モルガーナは、ジャスパーの唾液で、ベチャベチャです。
「【水】、【加温】。モルガーナ、頭から、お湯をかけますよ」
「はい、お願いします」
モルガーナは、固く目を閉じました。
ザバーーッ。
モルガーナは、フルフルと顔を振って水気を飛ばします。
ジャスパーが、地面に下顎をくっ付けて、不自然な姿勢を取りました。
「ジャスパー、乗れ、と?」
モルガーナが訊ねます。
ジャスパーは、同意を示すように、グルッ、と喉を鳴らしました。
「モルガーナ、鞍をつけましょう」
私は、【収納】から、準備しておいた、【古代竜】用の鞍を取り出します。
竜騎士団のメンバーに手伝ってもらい、ジャスパーに鞍を据え付けました。
モルガーナとジャスパーは、【調伏】によりパスが繋がっているので、ジャスパーは、自分よりも、主人であるモルガーナを守る事を優先します。
そして、【古代竜】は賢いですから、一度、主人と認めた相手なら、空鞍でも乗る事は出来ました。
とはいえ、高速、高機動で飛ぶには、やはり鞍があった方が安心でしょう。
・・・
モルガーナを乗せたジャスパーは、物凄い加速で、上空を旋回していました。
モルガーナは、さすが【ドラゴニュート】。
全く臆する事なく、ジャスパーを操縦していました。
うん、問題なさそうですね。
「ゼイビアさん、ありがとうございます。これで、帰還します」
「はっ!お疲れ様で、ございました」
ゼイビアさんが敬礼して、部下のみなさんも敬礼しました。
私は、スマホでモルガーナを呼び出します。
「帰還します。降りて来て下さい」
「はい、わかりました。ジャスパー、着地」
ジャスパーが翼を畳んで高速降下して来ました。
このままでは、地面に激突する、というタイミングで、バサーーッと翼を広げ、ホバリング。
最後は、音もなく、軟着陸しました。
ジャスパーは、前脚を折り下顎を地面にくっ付けます。
モルガーナは、ジャスパーの首を歩いて、頭の二本の角の間から、顔を歩いて、降りて来ました。
「ジャスパー、お利口。でも、次からは、顔を下げなくても良いよ。窮屈な姿勢だから辛そうだ。ほら、私は飛べるからね」
モルガーナは、翼を羽ばたかせて言います。
ジャスパーは、理解して、グルッと喉を鳴らしました。
「では、帰還します」
私は、ゼイビアさん達に目礼をしました。
私は、ジャスパーの転移適応を調べます。
【超位】の魔物ですから、問題ないはずですが、念の為です。
うん、大丈夫ですね。
さてと、【転移】の有効範囲を広げて……半径50mで大丈夫でしょう。
私とモルガーナ、それからジャスパーは、竜城に【転移】しました。
・・・
竜城の私室。
さすがに、この部屋は、ジャスパーには小さ過ぎましたね。
頭が天井にくっ付いています。
私とモルガーナとジャスパーは、礼拝堂に出ました。
「ノヒト様、モルガーナ、お帰りなさいませ。これは、見事な【古代竜】でございますね〜」
礼拝堂にいたエズメラルダさんが、ジャスパーを見上げて、感嘆の声を上げます。
「ジャスパーと言います」
モルガーナがジャスパーの前脚を撫でて紹介しました。
「ジャスパー……竜騎士団の伝説の騎竜の名前ですね?」
エズメラルダさんが言います。
「はい。あ……もしかして、武勲のある名前を勝手に付けてしまったのは、不味かったでしょうか?」
モルガーナは、少し恐縮して、訊ねました。
「問題ありませんよ。武勲を上げた騎竜の名前が有名になるのであって、その逆ではありません。モルガーナが、このジャスパーと共に武威を示し、やがて、ジャスパーと言えば、モルガーナのパートナーのジャスパーだ、と万民に認めさせれば良いのですから」
エズメラルダさんは言います。
うん、エズメラルダさんは、良い事を言いました。
それ、私が言ってあげたかったです。
ほどなくして、アルフォンシーナさんがやって来ました。
「お疲れ様でした。まあ、これがモルガーナの騎竜?凄まじい魔力ですね。さすが【古代竜】」
アルフォンシーナさんが、感嘆します。
「ジャスパーです」
モルガーナは、紹介しました。
「ジャスパー……うふふ、良い名をもらって良かったですね」
アルフォンシーナさんは、ジャスパーに手を伸ばします。
ジャスパーは、頭を下げて、アルフォンシーナさんの手に、鼻先で触れました。
モルガーナから、人種を舐めるのは禁止、と命じられた為、舌は出しません。
アルフォンシーナさんは、さすが【神竜】とパスが繋がっている大神官。
ジャスパーの意思が読み取れるようです。
「あら、ソフィア様が、お目覚めになられましたか……」
アルフォンシーナさんが言いました。
寝間着姿のソフィアが、トコトコと歩いて来ます。
「巨大な魔力反応があったので、目が覚めたのじゃ。うむ、こやつが、モルガーナの騎竜か?良い、面構えをしておるの」
「ジャスパーだそうですよ」
アルフォンシーナさんが言いました。
「ほう、キース・リバティの愛竜の名をもらったのじゃな?」
ソフィアが言います。
「ソフィア様、いけませんか?」
モルガーナは、不安気に訊ねました。
「構わぬのじゃ。キース・リバティも、先代のジャスパーも喜ぶじゃろう」
キース・リバティ氏はユーザーです。
実社会では何をしている人かは、わかりませんが、アメリカ人男性だという事だけは、知られていました。
ゲームのユーザーの中でも、有名な人物です。
キース・リバティ氏は、武道大会にも参加せず、ダンジョン攻略もせず、クエストのクリアもしなかった為、世界ランキングは低かったのですが、強力な実力を持つ【竜騎士】として、知られていました。
キース・リバティ氏は、【ドラゴニーア】の竜騎士団に所属していたのです。
この世界では、ユーザーには可能な限りの自由が与えられている為、NPCと同様に、軍や騎士団、または、公官庁などに勤務する事も可能でした。
しかし、通常は、毎日、同じ時間に出勤して、NPCから命令されたり、やりたくもない雑事をやらされたりする事を嫌って、ユーザーが役所勤めをしたり、勤務時間が決められた職場に所属する事は稀なのです。
私も、現実世界でサラリーマンをやって、ゲームの世界でまで、ワザワザ好き好んで宮仕えをしたいとは思いませんからね。
キース・リバティ氏は、そういう意味で稀有な存在でした。
彼は、ゲームだというのに、私利私欲を捨て、ひたすら謹厳実直に任務をこなし、【ドラゴニーア】の為に忠誠を尽くした、変わり者、として有名だったのです。
そういう縛りプレイだったのかもしれませんが、キース・リバティ氏の功績は、【ドラゴニーア】にとって、けして小さくありません。
キース・リバティ氏は、ユーザーであった為、不老不死で、死んでも何度でも蘇りました。
なので、自ら率先して、ことさら危険な任務に志願し、最前線で戦い続けていたのです。
魔物の討伐実績も群を抜いていました。
この世界の中は、所詮、現実ではない仮想空間。
無法を働いても、せいぜいアカウントが停止されるくらいで、現実世界のように牢屋に入れられたりはしません。
なので、不心得なユーザーの中には、街で暴れ回ったり、NPCに無体を働いたり、NPCを騙し守銭奴のように金儲けに勤しんだり、とNPCにとっては、迷惑なユーザーもいました。
それを取り締まるのも、私達ゲームマスターの仕事だったのです。
ユーザーに対する印象が悪くなってもおかしくはありませんでした。
まあ、ゲーム時代には、犯罪や違法行為という概念がユーザーにも適応されていましたが、NPCに自我や感情があるなどとは、私を含め誰も想像すらしていなかったので、NPCに迷惑をかけて良心の呵責を覚えるユーザーは、ほとんどいなかったと思いますが……。
そんな中、キース・リバティ氏のような高潔な人物が、少なくない数いたおかげで、現在、NPC達からユーザー、は、英雄と呼ばれているのだと思います。
キース・リバティ氏の存在は、私や、プロデューサーのフジサカさんも知っており、自分達で創ったゲームの設定ながら、こういう遊び方もあるのだなあ、と目からウロコでした。
何度か、キース・リバティ氏本人にアポイントを取ろうと試みたのですが、キース・リバティ氏本人から……このゲームは最高だ。このゲームを開発した御社には最大限の敬意を払う。でも、プロフィールを含めて個人情報は公開はしない。また、取材なども受けるつもりはない。どうか、そっとしておいて欲しい……との要望があり、私達は、彼に会う事は、叶わなかったのです。
「さて、モルガーナ。ジャスパーを連れて回る事は出来ません。ジャスパーは、竜騎士団の繁用施設に預かってもらいましょう」
「そうですね……」
モルガーナは、少し肩を落として言いました。
ニュートン・エンジニアリングに建造を依頼してある、飛空巡航艦が完成すれば、その中の厩房をジャスパーの寝床とする予定。
そうなれば、飛空巡航艦を、竜城に接舷させておく事も出来るでしょう。
ジャスパーをすぐ近くに置いておけます。
それまでは、設備の整った施設に繁用しておく他ありません。
・・・
竜都【ドラゴニーア】外縁部外側、北方の【ドラゴニーア】軍の大演習場。
大演習場の敷地は、広大でした。
その中には森や川や湖があり、騎竜繁用施設も併設されています。
竜城から、連絡が来ていたのか、繁用施設長のエルネストさんが、部下と思われる大勢の厩務員さん達と一緒に出迎えていました。
「ようこそ、ノヒト様。こりゃ、立派な騎竜だこと。世話のしがいがあるなあ」
エルネストさんは、朗らかに言います。
「無理を言ってすみません。よろしくお願いします」
「繁用施設始まって以来の【古代竜】ですから、大切に面倒を看させてもらいますよ」
エルネストさんは笑いました。
「始めまして、モルガーナです。こっちは、ジャスパー。よろしくお願い致します」
モルガーナが多少、緊張しながら自己紹介します。
「また、女性の【竜騎士】さんとは珍しい。珍しい事尽くめだ。それに、ジャスパーとは、また偉大な名前をもらったものだ。まあ、【古代竜】なら、名前負けはしないでしょう。モルガーナ殿、ジャスパーの世話は、私ら厩務員に、お任せ下さい」
エルネストさんは穏やかな笑顔で言いました。
私とモルガーナは、エルネストさんと厩務員さんに礼をします。
「えーと、こいつらが、竜騎の担当なんですが……」
エルネストさんが部下の厩務員さん達を促しました。
厩務員さん達は、順番にジャスパー前にやって来て、自分の魔力パターンと匂いをジャスパーに覚えさせます。
モルガーナが……この人達は身内だから、噛んだりしたらダメだよ……と念入りにジャスパーへ教えていました。
ジャスパーは、わかってるよ、とでも言うように、グルグル、と喉を鳴らしています。
「ジャスパー、会いに来るから、エルネストさん達の言う事を守ってお行儀良くしているのですよ」
モルガーナは、我が子を諭すように言いました。
ジャスパーは、グルッと喉を鳴らし、同意します。
モルガーナは、顔を下げるジャスパーの鼻先を撫で、別れ難い様子。
「モルガーナ。竜騎士団長のレオナルドさんに頼んで、専門的な竜騎の扱いを指導してもらう事になっています。毎朝、ジャスパーは、他の竜騎と一緒に竜城に通って来ますよ。なので、今、そのように、きちんと指示しておきなさい」
途端に、モルガーナの顔が、パァーッと明るくなりました。
「本当ですか?毎日会えるのですね?嬉しいです」
「ただし、訓練は厳しいと思いますよ。兵士も騎士も、毎日、死ぬ寸前まで、自分の身体を苛め抜くらしいですからね」
「はっ!竜騎士団を志望した時から、それは覚悟の上です」
モルガーナは、元気良く敬礼します。
ならば、よし。
モルガーナは、エルネストさんに詳しい決まり事を聴きながら、ジャスパーに指示を伝えていました。
私は、繁用施設の一角に、即席の建物を建てます。
【静かの森】で拠点を造った時に伐採した木材を使いました。
魔法で木材を乾燥させ、製材し、組み上げて、耐久力向上などの各種【バフ】をかけて、出来上がり。
二階建てのログハウス風です。
テラスなどもあり、無駄に立派になりました。
その中に、転移座標を設置。
これで、よし、と。
私とモルガーナは、エルネストさんと厩務員さん達に挨拶して、竜騎繁用施設を後にしました。
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