第74話。新卒採用内定。
ブートキャンプ後。
名前…ジェシカ
種族…【犬人】
性別…女性
年齢…16歳
職種…【盗賊】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【解錠】
特性…【才能…潜入、解錠】
レベル…17
私は、ファミリアーレと別れ、1人で【ラウレンティア】に戻って来ました。
竜城の相談役という身分を示す証明書を提示して、入館証を受け取り、それを首からぶら下げて、【ラウレンティア魔法学院】に足を踏み入れます。
【ドラゴニーア魔法学院】は実践を旨とする為に、魔法理論に関しては【ラウレンティア魔法学院】が【ドラゴニーア】の最高峰なのだ、とか。
実践の【ドラゴニーア魔法学院】と、理論の【ラウレンティア魔法学院】を上回る、とされている学校が、現在、世界には2校あります。
セントラル大陸北の国【スヴェティア】の魔法都市【エピカント】にある国立魔法大学と、ノース大陸の中央国家【エルフヘイム】にある、王立魔法大学。
この2校が、魔法学の世界最高峰。
これらの魔法学院や魔法大学は、900年前は、ユーザーが、教師や生徒として在籍する本物の魔法理論の殿堂でした。
私も、プライベートのキャラでは、教壇に立っていた経験もあります。
しかし、現在では魔法理論は衰退し、NPCによって研究が進められた魔法学なるモノに名を変えていました。
私は、魔法学なるモノを学びたいとは思いません。
残念ながら、魔法学は、この世界の魔法の本質とは、かけ離れたモノに変質しています、ので。
・・・
私は、【ラウレンティア魔法学院】の学生寮に入りました。
寮監さんに用件を告げます。
「少し、お待ち下さい」
寮監さんが退席して、寮の廊下を歩き、部屋の一つをノックしました。
ほどなくして、例の学生達の一人、バルトロメーオ君がやって来ました。
「ようこそ、ノヒトさん。僕らの部屋は狭いですし、散らかっていますので、サロンの方に来て頂いてもよろしいでしょうか?」
バルトロメーオ君が言います。
私は、寮監さんに礼を言って、バルトロメーオ君の後ろを付いて、寮の廊下を歩きました。
・・・
学生寮のサロン。
どうやら、この寮は、富裕な家庭の学生を住まわせている施設らしく、設備や調度が整っています。
サロンと呼ばれた、広い談話室のような場所には、育ちの良さそうな学生が、紅茶などを飲みながら談笑していました。
女性がいますね。
男女共用の寮なのでしょうか?
バルトロメーオ君の説明によると、男性寮と女性寮は別棟となっているものの、食堂やサロンなどの共有スペースは、男女共用となっていて、双方の寮から出入りが可能なのだ、とか。
男女それぞれの寮に繋がる通路の入り口には、学生の出入りを確認する見張りがいるそうです。
この見張りをいかにして欺くか……が、全学生の知恵の使いどころなのだ、とか。
うん、気持ちがわからない訳では、ありません。
私達は、奥まった場所に設えてあるソファに腰を下ろします。
既に、バルトロメーオ君の仲間である、チプリアーノ君とデルフィーノ君が、待っていました。
それから、同席する3人の女性……ガールフレンドでしょうか?
いや、確か、彼ら3人は、ファミリアーレの女性陣をナンパしようとして、手酷くあしらわれたはずです。
つまり、ガールフレンドがいるのにも関わらず、街中でナンパなどをしていたのでしょうか?
うーむ。
まあ、独身なら自由恋愛もありでしょう。
私は、そんな気が多い事をする勇気も労力もありませんが……。
別に、独身者の浮気は犯罪ではありませんので、ほどほどにすれば、部外者の私が、とやかく言う事ではありませんね。
「何か、飲みますか?ご希望があれば持って来ます。と言っても、コーヒーと紅茶しかありませんが……」
バルトロメーオ君が苦笑しながら言いました。
彼は、快活で社交的な雰囲気。
まあ、そこそこハンサムで、仲間内ではリーダーっぽい扱いを受けているようです。
「ここは、飲食物の持ち込みは可能ですか?」
私は、質問しました。
「ええ、問題ありません」
バルトロメーオ君が言います。
私は、【収納】から、ボトルウォーターと、グラスを取り出し、それを【理力魔法】で持ち上げて注ぎました。
ケーキなども、一緒にどうぞ。
「「「【収納】の魔法に【理力魔法】?」」」
同席している女学生3人が驚愕します。
「ほらな。ノヒトさんは、超一流の【魔法使い】だろ?【理力魔法】や工学魔法、【魔法公式】も自由自在なんだよ」
つい、いつもの癖で、無精な魔法の使い方をしてしまいましたが、女学生達は、【収納】や【理力魔法】が珍しいようですね。
【収納】は、ユーザーなら、必ず持っている初期能力。
【理力魔法】は、私の弟子の魔法詠唱者達にとっては、魔法の基本の第一段階に過ぎないのですが……。
私は、同席している学生達の希望を聞いて、人数分の飲み物を【収納】から取り出し、【理力魔法】で、6個同時にグラスに注いであげました。
空中でクルクルと回転させて、ボトルとグラスのメリーゴーランド。
少し、悪ノリが過ぎましたかね……。
こんな魔法とも呼べないような簡単な事を珍しがってくれるので、ちょっとしたサービスです。
私達は、魔法学の議論を始めました。
まずは、チプリアーノ君が卒論のテーマとしているという【森羅万象】について話します。
この世界では、世界のほとんどの学校は、1月から進級という扱いになっていました。
なので、卒業は12月。
既に、卒論の提出期限は過ぎているとの事。
因みに、この世界では、数え年が公的な年齢として利用されていました。
なので、1月1日になると、全世界の人々が一斉に一つ加齢される訳です。
チプリアーノ君の卒論は、既に提出されており、かなり高評価を受けているのだ、とか。
チプリアーノ君が書いた論文の内容は、中々、興味深いモノでした。
彼の主張は、要約すると、こうです。
宇宙は、魔力を媒介するエーテルで満たされていて、エーテルはあらゆる物質やエネルギーなどと相互に作用し合っている。
また、そのエーテルに干渉する事で、魔法が行使出来る。
つまり、エーテルを発見・観測出来れば、宇宙の、あらゆる物事を説明出来て、また、あらゆる魔法を行使出来るはずだ。
うん、見事に間違っています。
論文の補足として、エーテルを発見・観測する為の実験設備などの設計図面が添付してありました。
国家予算規模の巨大な実験設備ですね。
間違っている理論の為に、こんな散財をしてくれるスポンサーは、いるのでしょうか?
「どうでしょうか?」
チプリアーノ君が多少誇らしげに訊ねました。
そんな期待した目を向けないで下さい。
これから、死刑宣告をしなくちゃいけないのですから……。
「残念ですが、間違った理論です」
私は、端的に告げ、その後、チプリアーノ仮説がどう間違っているのか、を演繹的に証明してみせました。
チプリアーノ君は、ガックリと肩を落とします。
私は【森羅万象】が、地球の物理学をこちらの世界の人々に説明する際に、最も無理のない理論だと考えていました。
なので、NPCの研究者は、【森羅万象】を研究するべきだと思います。
私は、私が考えている【森羅万象】を、学生達に話しました。
「私は、【森羅万象】とは、素粒子の間で作用する4つ、または、それ以上の、基本相互作用を統一的に扱うモノである、と解釈しています。その4つの相互作用とは、重力、電磁気力、大きな核力、小さな核力です。もしかしたら、ここに何か加わる可能性もあり得ますが、とりあえず、4つを統合した方程式で表せれば、それが即ち、完成した【森羅万象】理論だと考えます」
これは、いわゆる、統一場理論。
地球の物理学の受け売りですね。
「4つ以外にも基本相互作用があり得るのですよね?ならば、その5番目の相互作用が、エーテルである可能性は?」
チプリアーノ君は、縋るような眼で訊ねました。
「先ほど、演繹で否定したように、エーテルなるモノが介在する可能性は限りなく低いと判断出来ると思います。最小限の演繹で過不足なく説明出来る結論に対して、新たな仮説を付け加えるのは、理論として不合理です」
それを、地球では、オッカムの剃刀、と呼びます。
私は、関係する方程式を【魔法公式】にして、幾つも空中に描き出しました。
いずれも、地球では、高校生レベルの物理学の基礎です。
・・・
私は、学生達の質問に、知り得る範囲の物理学の知識を総動員して答えました。
「光の魔法が、光子なるモノによって起こるという説は理解しました。光と相反する闇は、その光子が空間に全く存在しない、という状態ではないのですか?」
撃沈したチプリアーノ君に替わり、今度はバルトロメーオ君が質問します。
「はい。闇の魔法は、重力子を作用させる事で発生する現象です。光と闇は、相反する作用などではありません。それぞれが独立した物理現象です。暗さは、虚無なのではなく、重力子の働きで、光子が引き寄せられ、光が、魔法の発動領域から外に出られなくなる事で、暗く見える。もっと踏み込んで言えば、眼の中にある光を感じる神経に、光子が飛び込んで来なくなるので、暗いと感じる、のだと私は考えます」
「光を引き寄せる?そんな事があり得るのですか?光は、直進するモノです」
バルトロメーオ君は、言いました。
「光は、重力によって屈折します。これを私達は、重力レンズと呼びますね」
「光が曲がる?」
バルトロメーオ君は、納得出来ないという表情。
「ならば、実験して見せましょう」
私は、密かに【超神位魔法……不滅結界】をテーブルの上に創り出しました。
剣聖に見せたデモンストレーションで【無限核融合】を発生させた、例の魔法容器……一辺10cmの立方体の【結界】です。
私は、【不滅結界】の中に【光線】を発生させました。
糸のように細く伸びる光の線。
「【高位】の光魔法、【光線】だ……凄い」
デルフィーノ君が呟きました。
「この小さな【結界】の箱の中では【光線】を発動させたままにしてあります。【光線】は高出力の光です」
「【高位魔法】のレーザーを発動させたままにするだなんて、何て魔力なんだ。凄い」
チプリアーノ君が言います。
「いや、それより【光線】の影響を外部に全く漏らさない、この【結界】の方が凄い。おそらく【超位魔法】だ。どうやったら、こんな事が?」
バルトロメーオ君が言いました。
「【超位魔法】だって?」
チプリアーノ君が言います。
はいはい、集中して下さい。
今は、光が重力によって屈折する、という事を証明しているのですから。
「【光線】が走る、この【結界】の中に、強力な重力源を発生させます」
私は【不滅結界】の中に、威力を極限まで絞った極小の【重力特異点】を生み出しました。
これ以上小さいと蒸発して消えてしまうギリギリ最小の【重力特異点】です。
多少の調節をすると……。
「【光線】が輪を描いた……」
バルトロメーオ君が驚愕の声を上げました。
「直進するはずの【光線】が、重力源が発生させた強力な重力によって捻じ曲げられているので、このように輪を描くのです」
「光は曲がるのか……」
バルトロメーオ君は、呟きます。
論より証拠。
私は、密かに【超神位魔法……対消滅】を発動し、【不滅結界】ごと、【重力特異点】を消去しました。
・・・
「凄まじい物を見てしまった……」
バルトロメーオ君は嘆息しました。
「【高位魔法】を永続発動して、【超位魔法】を二つ発動していました。信じられません」
チプリアーノ君が感嘆します。
実は、【超神位魔法……不滅結界】と【神位魔法】の【重力特異点】は、両方とも【超位魔法】という事にして、誤魔化しました。
私以外には誰も使えない魔法と、人種には使えない魔法、ですからね。
正直に教えてしまっては、色々と不都合が生じます。
「いや、もう……何が何やら……」
デルフィーノ君が言いました。
女学生3人は、私が出したチーズケーキに夢中。
小難しい理論なんかより、スイーツへの情熱が上回ったようです。
そのチーズケーキは、【ドラゴニーア】で行列が出来る有名店の物。
【自動人形】・オーセンティック・エディションを行列に並ばせ、大量購入しておいたのです。
私達は、その後も、森羅万象理論や、魔法理論や、魔法物理学について議論しました。
中々、有意義な話が出来たのではないでしょうか。
もちろん、私が話した内容は、900年前には、魔法理論として、確立していたモノですので、知識を拡散させたところで、ゲームマスターの遵守条項には抵触しません。
そうこうしていると、突然、チプリアーノ君が言いました。
「ノヒトさん、僕を門下に入れて下さい。お願いします」
チプリアーノ君は、テーブルに手をついて深々と頭を下げました。
変則的、土下座です。
私が、以前、最大限の誠意を示す方法として、ジャパニーズ・土下座をしてみせた事から、こういう格好になったのでしょうね。
「僕も……」
デルフィーノ君も同じようにテーブル式の土下座を見せます。
「おい、抜け駆けするなよ。ノヒトさん、僕も門下の末席に加えて下さい」
バルトロメーオ君も、同じ体勢になりました。
「無事卒業して、ご家族の許可を受けたならば、別に構いませんよ。ただし、法令、公序良俗、倫理、公衆衛生に違反しない事を【誓約】してもらいます。それと、弟子に取る事は可能ですが、私から学んだ魔法は、他者に教えたり論文に書いたりは出来ませんよ。それも【誓約】してもらいます。それでも良いのなら、卒業後、竜都【ドラゴニーア】のマリオネッタ工房の本社オフィスを訪ねて来て下さい」
私は、軽い気持ちで許可をします。
弟子と言っても、彼らは、学究肌です。
ファミリアーレのように、戦闘職として【青竜】を討伐するだとか、【剣宗】を目指すなどというつもりもないでしょうから、特段、危険な事もありません。
将来的には、ロルフやリスベットと同様に、マリオネッタ工房の研究開発部門で働かせ、相応の給料を払ってやれば良いのです。
有名学校からの新卒採用に内定を与えたと考えれば良いでしょう。
それに、彼らの気が変わるかもしれませんしね。
私は、【ラウレンティア魔法学院】を後にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。