第7話。家具の注文。
セントラル大陸の地理。
中央に、都市国家、竜都ドラゴニーア。
東に、グリフォニーア。
西に、リーシア大公国。
南に、パダーナ。
北に、スヴェティア。
北東、北西、南東、南西には、それぞれ遺跡と呼ばれるダンジョンが存在する。
この主要都市と遺跡の位置関係は、全ての大陸共通のゲーム設定。
異世界転移2日目。
私は【竜城】で朝食を済ませ街に降りました。
【町娘の服】を着たソフィアも一緒です。
とはいえ、この【町娘の服】はゲームのアイテムなので、紡績や縫製が作り物のように整っていました。
あ、いや、そもそも服は作り物で間違いないのですが……。
そうでなくて、上等な布生地で作られ、解れやシワや汚れなどが全くなくて、サイズもピッタリな、ソフィアの為に誂えられたとしか思えない完璧な服なのです。
そんな完璧に仕立てられた服を、一介の町娘が着ているのは不自然でした。
それは、私の服も同じ。
つまり、私やソフィアの事を注意して見れば、明らかに一般市民や町娘ではない事はわかるでしょうね。
これは、少し失敗したかもしれません。
混乱を招かない為、そして警備上の都合により、ソフィアの正体は公には、秘密にしてありました。
ソフィアは現世最高神の【神竜】で世界最強のNPCなので、刺客に襲われたとしてもソフィアが害される事は、ほぼありません。
しかし、ソフィアを狙って襲撃や爆弾テロなどが起きれば無辜の市民が巻き込まれる可能性はあり得ました。
ソフィアが街を出歩くなら素性は隠しておく方が無難です。
まあ、テロなどは大袈裟だとしても、胡乱な連中がソフィアの事を見付けて……上流階級の令嬢が町娘の格好をして、お忍びで街歩きをしている……などと考えれば誘拐や強盗などを狙うかもしれません。
いや……意外と言うか何と言うか、誰も私とソフィアに注目はしませんね。
まあ、【竜都ドラゴニーア】は世界一の先進都市。
東京もそうですが、大都会の住民は自分の事で忙しいので、他人の事には興味がないのです。
服装や肌のキメや髪のツヤを良く観察すればソフィアが上流階級の娘だという事はわかるかもしれませんが、幸いにして【ドラゴニーア】は世界で最も豊かな国なので、庶民でも美容やファッションにお金を掛けている女性は少なくありません。
それに、ソフィアは立ち居振る舞いが良家の令嬢にしては些か行儀作法がなっていないので、やんごとなきお子様だという事は、存外気付かれないでしょう。
少し警戒し過ぎだったかもしれませんね。
今日は、家具工房に行ってから【冒険者ギルド】に向かう予定でした。
私達は中心街からメイン・ストリートを南に向かって歩いています。
「ほお〜、活気があって、皆忙しそうじゃの〜」
ソフィアは言いました。
「この辺りは商業地ですからね」
「賑やかじゃ。それに栄養状態が良さそうじゃ。うむ、良い事じゃ」
「【ドラゴニーア】は先進国ですから」
ソフィアは自らが庇護する国を歩き、市井に紛れて国民と同じ目線で彼らの暮らしぶり見て、豊かで憂いのない事がわかり嬉しい様子。
「ノヒトよ。あれは何じゃ?」
ソフィアの指差す先には広大な敷地に立つ構造物があります。
「あれは、有名な【ドラゴニーア中央卸売市場】……通称市場ですよ」
900年前の設定では【ドラゴニーア中央卸売市場】は世界最大の公設市場でした。
世界中から様々な生鮮食品が集められ……生鮮食品で【ドラゴニーア】の市場にない物はない……と云われています。
「ほ〜、あれが市場か?大きいのじゃな?行ってみたいのじゃ、贄が、いっぱいあるのじゃろう?さあ、行こう」
ソフィアが私の腕を引っ張りました。
当たり判定なし・ダメージ不透過のゲームマスターである私でなければ腕が捥げかねない馬鹿力です。
「ソフィア。私は平気ですが、あなたが力を加減しないで掴んだり引っ張ったりすると、人種は大怪我をしてしまいますよ」
「わかっておる。我は、頑丈なノヒト以外と接する時には、ちゃんと手加減しておるのじゃ。そんな事より早く市場に行くぞ」
あ、そう。
「残念ですが、この時間は品物は少ないと思いますよ。卸売市場は朝早くに行かないと」
「むっ……なら仕方ないのじゃ。明日行くのじゃ。ノヒト、良いな?明日の朝早くに行くのじゃ」
「構いませんが、行っても【神竜】用の食べ放題バイキングではありませんよ。そもそも、卸売市場は業社を相手にするモノで、鑑札を持たない一般客は品物を買えません。見学するだけです」
「わかっておるのじゃ。我は至高の叡智を持つのじゃ。何でも知っておるのじゃ」
「あの施設が市場だと知らなかったではありませんか?」
「アルフォンシーナや歴代の大神官が悪いのじゃ。彼奴らは、どうやら誰も市場に行った事がないようじゃ」
「アルフォンシーナさんは関係ないでしょう?」
「関係あるのじゃ。我の知識は【創造主】によって与えられた生まれつきのモノが大半じゃが、新しい知識など足りないモノもある。その不足を補うのが歴代の大神官じゃ。我と【パス】が繋がる大神官が見た事、聞いた事、読んだ事、経験した事……それらが我の叡智の一部となるのじゃ」
なるほど。
そういう設定ですか……知りませんでした。
ならば致し方ありません。
【女神官】などの聖職者は、基本的に不浄を忌避するモノ。
死んだ動物や死んだ魚が大量にある市場には近寄り難かったのでしょうね。
【神竜】と大神官の間に繋がっている【パス】により双方で情報がやり取りされ、大神官は政務や軍務の経験がなくとも【神竜】の叡智を助言され適切に諸問題を解決・処理出来る訳です。
良く出来た設定ですね。
ご都合主義とも言えますが……。
どうやら【神竜】は、休眠中もそれなりには働いていたようです。
・・・
ソフィアが……どうしても乗ってみたい……と言うので、公共の乗り合い飛空船に乗船して目的地の職人街に向かう事にしました。
私は百貨店などで華美な装飾が施された高級な家具を買うよりも、職人街に出掛けて質実剛健でシンプルなデザインの家具を注文する事にしたのです。
「ノヒトよ、あそこに見える建物は何じゃ?」
ソフィアは窓に額を付けて、外の景色を食い入るように見ながら訊ねました。
乗り合わせた乗客はソフィアを幼児だと思って微笑ましく見ています。
この子供が自分達が信仰する神様だと知ったら、彼らはどんな顔をするのでしょうか?
「あれはドックですね。たぶん飛空船の工場でしょう」
「軍艦か?」
「きっと民政用ですよ」
「何故わかるのじゃ?」
「以前の【ドラゴニーア】軍は、機密保持の為に屋根のあるドックで軍艦を建造していた筈です」
「ほ〜、なるほどの。あっちの丸いのは何じゃ?」
「何かのタンクですね」
「タンクは知っているのじゃ。中身は何じゃと聞いておる」
「何でしょうね?良くわかりません。球形タンクはガスなどの気体を容れる場合が多いですよ」
「ふむ。ガスか」
「お嬢ちゃん。アレは液化した【荷電魔法触媒】だよ」
乗客の若い【ドワーフ】の男性が言いました。
気体ではありませんでしたか……。
まあ、液化天然ガスは液体ですが、球形タンクに貯蔵されますからね。
球形タンクは体積比の表面積が最小で圧力に強い構造なので、タンクの材料が少なくて済み低コストです。
ただし、球形の場合、重いモノを容れると変形により破損が起きる場合がありました。
なので、基本的には気体の容器として使用されます。
しかし、【荷電液化魔法触媒】は軽いので球形タンクでも強度に問題がないのでしょうね。
この若い【ドワーフ】の男性は、技術者でしょうか?
あのタンクがあるプラントで働く職員かもしれません。
「ほ〜、【荷電液化魔法触媒】は【魔法回路基盤】の材料じゃな?」
「お嬢ちゃん。物知りだね?」
若いドワーフは少し驚いたように言います。
「当然じゃ。我は至高の叡智を持っておるのじゃ」
ソフィアは、ない胸を張って言いました。
「そうかぁ〜、そりゃあ凄い。【神竜】様みたいだね?」
「その通りじゃ」
ソフィアは……エヘンッ……とばかりに胸を反らせます。
乗客の大人達は一斉に笑い出しました。
「何がおかしいのじゃ?」
ソフィアは小首を傾げて言います。
乗客達はソフィアの愛らしい仕草に笑顔が絶えませんでした。
・・・
目的地の最寄り駅に到着。
私とソフィアは地上に降ります。
「ノヒトよ」
「何ですか?」
「【ドラゴニーア】は良い国じゃ。皆笑っておった」
「そうですね」
「そうなのじゃ」
ソフィアは満足そうに歩き出しました。
駅舎を出ると視界が開けます。
広い貯木場ですね。
仄かに木の良い香りが漂って来ました。
さすがは木工職人街。
ソフィアも……スンスン、クンクン……と鼻をヒクつかせています。
「良い匂いじゃ」
「そうですね」
「こっちじゃ……」
ソフィアは私の手を引っ張って歩き出しました。
「そっちは目的の工房と逆方向ですよ」
ソフィアはドンドン歩いて行きます。
「あったのじゃ」
ソフィアは駅前のとある店の前で立ち止まりました。
牛丼屋。
ソフィアが感じた匂いの元は牛丼でしたか……。
まあ良いでしょう。
「少し早いですが、お昼にしましょうか?」
「もちろんなのじゃ」
・・・
牛丼屋の店内。
ソフィアは腕組みをして食券機を睨み付けていました。
2台ある食券機の内、1台をソフィアが占領している為、食券を買いたいお客さん達は多少困惑気味。
ソフィアの見た目が小さな幼女とあって、目くじらを立てるお客さんはいませんが明らかに迷惑です。
私は1歩たりとも食券機の前を動こうとしないソフィアの所為で、先程からペコペコとお客さん達に謝り続けていました。
お客さん達もお店の人も、皆笑って許してくれています。
お昼に近くなので、だんだん混雑して来ましたね。
「ソフィア。牛丼屋さんだから、もう牛丼特盛にしておきなさい」
「ちょっと待つのじゃ。このステーキ丼なる物と、ビーフ・カレーという物も気になるのじゃ。むむ〜……」
「なら、牛丼とステーキ丼とビーフ・カレーね」
「3つとも食べて良いのか?」
「仕方がありません」
牛丼屋に入る前、私はソフィアに注文は一つだけにするように言いました。
幼女の外見のソフィアが大量に食べている姿は周囲の人達から奇異に見られると考えたからです。
せめて【獣人】の姿なら体が小さくても大食漢という事もあり得ますが、【人】の幼稚園児にしか見えないの姿では絶対に怪しまれますからね。
まあ、3つならギリギリ許容範囲……いや、もう、そういう事にしておきましょう。
席に着くと、ソフィアは完全にカウンター・テーブルの下に埋もれてしまいます。
店員さんに断って、私は赤ちゃん椅子を借りました。
「ノヒト。これは何じゃ?」
「紅生姜。少し酸っぱいです」
「これは?」
「七味唐辛子。辛いです」
牛丼屋らしく、あっという間に私達の注文がカウンター・テーブルに並びました。
うわ〜、これはダメですね……。
職人街という事もあり、この店はとにかく盛りがデカい。
この特盛3杯を【人】の幼稚園児にしか見えないソフィアが完食するなんて絶対あり得ません。
牛丼屋の店員さんは、当然のように私の前に3品を並べましたが、ソフィアは【理力魔法】で自分の前に3品を引き寄せます。
さっさと食べて、すぐ立ち去りましょう。
「それにしても出来上がるのが速いのじゃ。ん?ノヒトよ、その生卵はどうしたのじゃ?何故我のには卵がない?」
「私は牛丼に卵をトッピングしたのですよ。ソフィアも食べますか?」
「もちろんじゃ。我は卵が好物じゃ」
私は、ソフィアに言われるまま5個の生卵を追加しました。
もうヤケクソです。
「いただきます」
「いただきますのじゃ」
私達は食べ始めました。
お、案外美味い。
隣から凄い音が聞こえて来ます。
カッカッカッ……。
ソフィアが丼を掻っ込む音です。
「げっぷ……ごちそうさまでしたのじゃ」
秒殺でした……。
ソフィアは、牛丼、ステーキ丼、カレーライスを、あっという間に平らげてしまい、店内の全員から唖然とされています。
私も慌てて牛丼を食べました。
早く、この場から去らなくては……。
食事を終えた私達は、そそくさと牛丼屋を後にしました。
「ノヒト。生卵トッピングというモノは最高なのじゃ。あの、まろやかさ、風味、喉越し。また来て食べよう」
ソフィアは熱弁します。
やはり、【竜】は爬虫類に似ているので、卵が好物なのでしょうか?
ただし目立ち過ぎたので、あの店には二度と行けません。
まあ、牛丼屋は何処にでもありますから、今度行くとしたら盛りが上品な店にするか、あるいは持ち帰りにしましょう。
・・・
腹ごしらえをした私達は、改めて目的の家具工房に向かいました。
「ごめんください」
「いらっしゃい」
壮年の【ドワーフ】が言います。
彼が、この工房の主人で職人達の親方でした。
職人達は、今店の奥でお昼ご飯中だそうです。
「連絡したノヒト・ナカです」
「ああ、注文の旦那さんだね。家具を置くお部屋の壁の色はどんなだね?」
親方は単刀直入に訊ねました。
話が早くて助かります。
「大理石です」
「だとすりゃ、家具は濃い色が良いな。薄いとボヤけっちまうから。希望があれば大概の木材は仕入れっけども、その場合は材料費先払いだよ」
「ワイズマン・チーク材でお願いします」
「ワイズマンか……。確かに最高級家具材だが、値段も最高級だよ。希少だし仕入れは、もしかすっと一年待ちになるなぁ」
私は【収納】からワイズマン・チーク材の無垢の厚板を何枚も取り出しました。
「こ、こいつは凄え。乾燥状態も良い。直ぐ作り始められるな。ところで、これ密輸品とかじゃないだろうね?これだけ立派な材だ。どこぞの保護林から……なんてのは勘弁して下さいよ」
「原産地は【イスタール帝国】です。入手方法も適法で問題ありません」
【イスタール帝国】はイースト大陸の南にあります。
世界の強国の一角ですが、比較的穏当な統治で国情に問題はない……と【竜城】で聞きました。
商業が盛んで世界最大の【アシュールバニパル大図書館】や【空中庭園】がある事でも有名です。
「そうか。まあ何か問題が起きてもウチは関知しないよ」
「大丈夫です。ご心配なく」
「わかった。で、デザインなんだが……」
「お任せしますが、シンプルなデザインにして下さい。大きさは、この寸法でお願いします。予算はこのくらいで」
私は詳細を書いたメモを渡しました。
「なるほどね。話が早いや。材料持ち込みだから、もう少し安く上がるよ」
親方は眼鏡をかけてメモを見ながら言います。
「いえ、大丈夫です」
「そうかい。なら腕によりを掛けてやらしてもらうよ。ただ、今ちょっと立て込んでるから、超特急でやっても一月ばかしは掛かるな」
「それで構いません」
ふと、姿の見えなくなったソフィアを探すと【ドワーフ】の親方の背後で、立て掛けてある巨大な木材を掴みブンブン振っています。
私は【念話】で……品物だから元の場所に戻すように……と伝えました。
ソフィアが素直に木材を戻したタイミングで、不意に親方がソフィアの方を振り返ります。
ふ〜、ギリギリセーフ……。
「お嬢ちゃん。そこいらは危ないから、あんまり奥に行っちゃいけないよ」
「わかったのじゃ」
ソフィアは……トコトコ……と戻って来ました。
「娘さんは可愛い盛りだね?」
「そうですね」
「うちの孫も丁度お宅さんの娘さんと同じくらいでね」
「やっぱり可愛いですか?」
「そうだな。孫は特別だ」
親方は目尻を下げて言います。
なるほど、人生の先輩からの含蓄のある言葉ですね。
いや、先輩というのは語弊があるか?
こちらの世界で、私は900年前には既に存在していました。
親方の種族は【聖格者】の【エルダー・ドワーフ】ではなく、普通の【ドワーフ】です。
900年以上生きているとは考えられません。
ただし、生きている時間は親方の方が確実に長いですし、奥さんも子供も孫もいます。
先輩と呼んで差し支えないですね。
・・・
私は注文した家具の手間賃の支払いを済ませて、家具工房を後にしました。
この工房の親方はアルフォンシーナさんから紹介された正真正銘の名人との事。
【竜城】の家具・調度も、彼と彼の工房の手による物が沢山あるのだとか。
出来上がりが楽しみです。
「ソフィア。次は【冒険者ギルド】に向かう予定です。中心街に戻りますから【転移】を使おうと思います。あなたは【転移】への適応は大丈夫ですか?」
「我を誰だと思っておる。亜空間で存在が霧散するなど、そんな弱い存在ではないのじゃ。そもそも休眠中に我は、900年ずっと亜空間におったのじゃぞ」
「それもそうですね」
私とソフィアは人目のない死角に身を隠し、昨日【銀行ギルド】に設置した【転移座標】目掛けて【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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