第68話。ブートキャンプ(4日目)。
名前…ユルシュル
種族…【人】
性別…女性
年齢…28
職種…【守衛士】
魔法…【闘気】、【防御魔法】
特性…【才能…防御魔法】
レベル…39
昼食会は、終わりました。
面倒な政治の話は、ゴトフリード王と【剣聖】に丸投げしておけば良いでしょう。
物事には、向き不向きという物があります。
私は、政治の事は良くわかりません。
一方でゴトフリード王と【剣聖】も、大群で襲って来る【超位】の魔物を殲滅するには、甚だ力不足。
なので、お互いに得意な分野を担当すれば良いのです。
これぞ、適材適所。
サウス大陸奪還作戦における私とソフィアの役割は、対魔物の殺戮兵器。
それ以上に高度な役割をする気はありません。
「ノヒト様。ご依頼の銀の販売審査が通りました。これが認可証です」
アルフォンシーナさんが書類を差し出しました。
「ありがとうございます」
これで私は、【鍛治・鉱物ギルド】などから指定量の銀を買う事が可能となります。
純銀は、ミスリル合金の生成に必要でした。
重要な基幹資源なのです。
この世界では、銀などの通貨使用金属の購入には、その都度国家認証が必要でした。
最終需要者まで追跡出来る措置を講じて、市場に流通する通貨使用金属の量を厳格にコントロールする事で、通貨鋳造量の調整と同様に、金利の誘導など一種の金融政策として機能させている訳です。
因みに、【ドラゴニーア通貨】に関しては、全量が魔法による偽造防止措置を講じてある為、ほぼ偽造は不可能でした。
ほぼ……とは、やる気になれば私の【超神位魔法……複製転写】ならば無限に複製が可能です。
実際に私は、【ラウレンティア】郊外の【静かの森】で拠点建設の為に使い切ってしまった鋼鉄材を補充する為に、最高品質の鋼鉄材を【超神位魔法……複製転写】で100万tほど補充しました。
私は、扱い易さから鋼材は全てインゴットの規格に揃えて保管したい性質なので、【収納】に何度も何度もインゴットを仕舞う作業が途轍もなく面倒でしたが……。
通貨偽造は、違法行為。
しかし、ゲームマスターである私は、あらゆる法規の適用外にいる存在なので、人種国家が定めた法律を破っても取り締まられる事はありません。
ただし、無軌道に通貨量や資源量を増やす事で、この世界の経済市場に混乱を生じさせる事は……ゲームマスターの遵守条項……に違反します。
ならば、経済に混乱を生じさせない程度に調節しながら通貨や資源を複製すれば?
それは規定上何も問題ありません。
そもそも、何処からが経済の混乱なのかという定義が良くわからないので、運用は私の匙加減次第でした。
つまり、限りなくグレー・ゾーンなのです。
実際にゲームマスターの職務に関わる事で必要ならば、通貨偽造だろうが何だろうがゲームマスターは、それをしても良いという権限が与えられていますので……。
とはいえ、やはり通貨複製には多少の忌避感があるので、まだ一度もやった事はありません。
通貨使用金属の複製を出来るだけしないようにしていました。
もちろん、通貨未使用金属である鋼鉄材などの複製転写も、やり過ぎると相場に影響を及ぼす事は間違いありませんので、私の個人的判断を基準として……ほどほどにしよう……という事にしています。
最高品質の鋼鉄鋼材100万tという量が、果たして……ほどほどなのか……という問題は議論の余地がありますが、少なくともゲームマスターの遵守条項には抵触しません。
閑話休題。
現在【ドラゴニーア通貨】は、唯一の世界基軸通貨となっていて、【ドラゴニーア】以外の国のどんな辺境でも使用が可能です。
貨幣価値の違いから高額通貨の場合、現地の商店などには……そんな大量のお釣りは用意していない……などの問題は、あるようですが……。
セントラル大陸以外に関しては、国際基軸通貨の【ドラゴニーア通貨】と併用して独自の国内通貨を発行している国もありますが、含有量のほとんどが真鍮のコインを金貨として流通させている国などもあり、貨幣価値と信用においては【ドラゴニーア通貨】に比肩し得る法定通貨は何処にも存在しません。
【ドラゴニーア】は、やろうと思えば軍事だけでなく、経済でも他国を滅ぼす能力があるのです。
・・・
私は、一旦【静かの森】の【ドラゴニーア】軍倉庫に立ち寄り、軍の長官であるイルデブランドさんからの頼まれ事を請け負った後、【銀行ギルド】に【転移】しました。
午後の予定は、ソフィアとアルフォンシーナさんは航空パレードに戻り、私は【ファミリアーレ】と合流して訓練です。
【銀行ギルド】の【転移座標】部屋には、既に【ファミリアーレ】がフル装備に身を包んで待っていました。
【ファミリアーレ】の面々は引き締まった表情をしています。
士気は高いですね。
良い傾向です。
「ノヒト先生。ペネロペさんが、また勝ったんだよ!決勝進出だよ」
ハリエットが興奮気味に報告しました。
「そうですか。それは何よりですね」
どうやら、獣人娘達が良く知るペネロペさんの武道大会での活躍は、弟子達のモチベーションを上げる事に一役買っているようです。
ペネロペさんは、武道大会に優勝すると【冒険者ギルド】のクラスで最上位の【竜鋼級】に昇格し、副賞として莫大な賞金も貰えるのだとか。
私個人としては、武道大会の結果に余り興味はありませんが、どうせなら知り合いのペネロペさんに勝ってもらいたいですからね。
【ファミリアーレ】の面々は、私の指導の通りシッカリと昼食を済ませ準備万端の様子。
巷間……戦闘前に食事をすると、腹痛を起こしたり、食物の消化にエネルギーを奪われてパフォーマンスが下がり、食物が入った消化器官に傷を負うと生存率が下がる……などという言説があります。
確かに、消化器官の働きだけに着目すれば、比較の問題でそのような事例がある事は否定しませんが、長時間の運動や生物活動全体で論ずるなら、これは生理学的根拠が怪しい俗説に過ぎません。
大昔に良く言われた……バテるから運動時に水を飲むな……というデマの類と同じです。
長時間戦闘を行う場合には、食物の消化に奪われるエネルギーなんかより、運動時のカロリー不足によって生じるハンガー・ノックの方が比較にもならないレベルで致命的でした。
ハンガー・ノックとは人のエネルギー源として体内に蓄積されているグリコーゲンを使い切ってしまう事で起きる低血糖症状で、これが起きると意識が朦朧として立つ事もままならない状態になります。
近年の戦史研究によれば、圧倒的に戦力で優勢だった側が不可解な大敗を喫した原因の幾つかは、このハンガー・ノックによるのではないかと推定されていました。
【ファミリアーレ】は【静かの森】で数時間緊張感を高めた状態で行軍し、魔物と【遭遇】すれば、生き残る為にエネルギーの温存などを考慮せず必死に戦わなければいけません。
カロリー不足の状態で数時間も集中し続け激しい戦闘を行うのは不可能です。
人体で最もエネルギーを消費する器官は脳でした。
低血糖は脳の働きの低下として顕著に現れます。
硬い鱗や強力な牙や爪や筋力を持たない脆弱な生物である人が持つ唯一の武器である思考能力が下がったら、とてもではありませんが魔物との戦闘など出来ませんからね。
また、私なら即死しなければ、どんな重篤な怪我も瞬時に完治させられるので、満腹状態で負傷しても生存率は全く下がりません。
つまり、戦闘前でもシッカリ食事を摂る方が科学的合理性があり、望ましいのです。
「では、進発します」
私は、言いました。
【ファミリアーレ】は頷きます。
・・・
私達は、【静かの森】の拠点に到着。
私は、現場指揮官にイルデブランドさんから頼まれた大量の物資を引き渡しました。
この拠点に保管しておくのだそうです。
ゲームマスターである私をパシリに使うとは……。
いえいえ、これは2日後のあるイベントで私に便宜を図ってもらう交換条件として、イルデブランドさんから頼まれた事なのです。
2日後は、満月。
【周期スポーン・エリア】の強力な魔物である【スポーン・エリア・ボス】が【スポーン】する日でした。
この【周期スポーン】は、セントラル大陸では軍と竜騎士団が対応します。
大軍で準備を整えて待ち構え、【スポーン】と同時に飽和攻撃をしてボッコボコにしてしまうので、【ドラゴニーア】軍と竜騎士団に掛かれば、そう難易度が高いミッションではありません。
今回私は、満月で【センチュリオン】の郊外にある【青の淵】に【周期スポーン】をする【青竜】を生け捕りにして【調伏】し、モルガーナのパートナーの騎竜にするつもりなのでした。
モルガーナの目標は【竜騎士】です。
モルガーナは、いずれかの段階でパートナーとなる騎竜を得る必要がありました。
ならば、このタイミングという訳です。
私は、しばらくサウス大陸に出突っ張りとなり、弟子達の指導が出来なくなりますからね。
因みに、私とソフィアが不在の間、ロルフとリスベットは【マリオネッタ工房】に出勤し、他の弟子達は軍や竜騎士団の訓練に参加させてもらう事もお願いしてあります。
モルガーナの騎竜は、【竜】ならば何でも良かったのですが、あえて【青竜】を選びました。
私のお節介かもしれませんが、モルガーナの騎竜を【青竜】にすれば、ハリエットとアイリスが【青竜】に対して抱いている恐怖心や敵愾心を払拭出来るのではと考えたのです。
ハリエットとアイリスの家族は、不幸にも【青竜】に食べられてしまっていました。
なので2人は、【青竜】に対して過剰な意識をしています。
もしも、ハリエットとアイリスが一般都市生活者ならば、あえてトラウマを喚起するような事はしません。
しかし、2人は冒険者の道を自ら選択しました。
もしも、将来ハリエットとアイリスが一人前の冒険者として活動し始めた時に、【青竜】と【遭遇】してしまったら?
もしかしたら動揺したり、冷静さを失ったり、恐慌したり、怒りに我を忘れたりするかもしれません。
それは、戦闘時には危険な心理でした。
生命を失う可能性が高くなります。
その時に私は、ハリエットとアイリスの側に居てあげられないかもしれません。
なので、【青竜】をモルガーナの騎竜としてしまい、ハリエットとアイリスが嫌でも馴れるような状況設定にしてしまえば良いと考えました。
ハリエットとアイリスからすれば大きなお世話かもしれませんが、私は、そういう些細な事が気になり始めると何とかしたくなる性分なのです。
話を戻しますが、ユーザー消失以来文明が衰退した現代において、NPCで【古代竜】たる【青竜】を騎竜にした【竜騎士】は居ないでしょう。
モルガーナが【古代竜】を騎竜とすれば、相対的に弱くなっている現代NPCとの戦力比較では、一軍に匹敵する戦闘力ですね。
【ドラゴニーア】以外の軍が相手なら、それ以上の脅威かもしれません。
ここで当然の問題として……今は、まだ一民間人に過ぎないモルガーナよりも、竜騎士団の為に【調伏】するのが先じゃないのか……という疑問が呈される筈です。
それは、至極真っ当な考えですね。
しかし、必ずしもそうでもないのですよ。
私がゲームマスターとして動く時には、色々な制約が発生します。
つまり……ゲームマスターの遵守条項……です。
ゲームマスターの遵守条項には……特定の国家に肩入れしない……という物がありました。
従って、私が【ドラゴニーア】竜騎士団の為に他国との軍事バランスを崩しかねないような形で便宜を図る事は、原則として不可能なのです。
個人と個人の交流による常識的な範囲での便宜ならば問題ありませんが、さすがに【古代竜】を【ドラゴニーア】の竜騎士団にプレゼントするのは、個人と個人の交流による常識的な範囲の便宜とは言えません。
なので、竜騎士団の騎竜にする為の【古代竜】の【調伏】は、その指導者たるソフィアが主導してやる事に決定していました。
サウス大陸の問題が片付いて、ウエスト大陸の問題が片付いて、暇になってからでしょうが……。
その時に私は、多少ソフィアのお手伝いはするつもりです。
あくまでも、お手伝いであれば問題はありません……多分。
一方でゲームマスターの立場を離れた一私人としての私は、ゲームマスターの遵守条項などに違反しなければ無制限に活動出来ます。
モルガーナに思い付きで【青竜】を与える事も自由。
仮に、モルガーナが将来【青竜】と共に【ドラゴニーア】竜騎士団に加わったとしても、それは私の与り知らぬ事。
ゲームマスターの権限の範囲外の出来事という訳です。
・・・
私は、昨日設置しておいた最終到達地点の【転移座標】に向けて、【自動人形】を【転送】で送り出しました。
先に現地の安全状況を確保させておく目的です。
地均しを行ってから時間が経っていますので、そろそろ【高位】の魔物な【スポーン】していてもおかしくありません。
警戒度合いを引き上げておいた方が良いでしょう。
程なくして、【自動人形】から陣地確保の通信が入りました。
私は、【ファミリアーレ】と共に陣形を組んだ状態で【転移】します。
私達が到着すると、周囲を【自動人形】隊が固めていました。
今日の陣形はというと……。
前衛は、左からサイラス、グロリア、ハリエット。
中衛は、左からジェシカ、ティベリオ、アイリス。
後衛は、左からリスベット、ロルフ。
近接航空支援は、モルガーナ。
私は、最後尾からパーティ全てをカバーします。
「前進!」
ティベリオが指示しました。
【ファミリアーレ】は……おーーっ!……と声を挙げて進み始めます。
【静かの森】は、少し様相が異なっていました。
何処が如何とは言えませんが、昨日までの雰囲気とは明らかに違います。
これは、間違いなく【高位】の魔物が湧いていますね。
私は、【敵性個体】が即死攻撃を持っていたり、群であったりするなどの場合を除いて、今日は【高位】の魔物であっても、【ファミリアーレ】と対戦させるつもりでした。
弟子達は、順調にレベルを上げており、そろそろ可能だろうという判断をしたのです。
・・・
私達は、先行する【自動人形】達が草木を薙ぎ払ってくれるので、深い森の中とは思えないほどの相当なスピードで行軍していました。
20km程進む間に【中位】の魔物を複数倒しています。
もはや【中位】の魔物単体なら、【ファミリアーレ】は問題なく倒せるようになっていました。
中々頼もしいです。
「止まれ!休憩にします」
ティベリオが指示しました。
私は、今日からこのような判断も【ファミリアーレ】の自主性に任せています。
殆ど私が口を出す事もありません。
「【ホーラブル・ベア】は、やはり眼を潰してからでないとダメですね。難易度が全く違います」
グロリアが注意を喚起しています。
【ファミリアーレ】は、頷きながら軽食を取っていました。
「眼を潰してから、脚を潰して、急所を狙いましょう。如何やら、それが一番効率が良いようです」
ティベリオが言います。
「あいつ、あんなに図体が大きいのに、モルガーナの至近距離からの投槍を避けるんだから、信じられない反射神経だよ」
ハリエットが言いました。
「魔物の生態の本に書いてあったの。【ホーラブル・ベア】は、4つの眼を持つから空間認識能力が高くて遠隔攻撃の回避率が高いんだって」
ジェシカが言います。
ジェシカは、ウルフィを育てる為に熱心に魔物の生態の書籍を読み込んでいましたが、その書籍を読む内に魔物の生態に詳しくなって来ていました。
【ファミリアーレ】のメンバーは、口々に意見を出し合って魔物の攻略法を考えています。
この子達は、良い方向に成長していますね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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