第66話。ブートキャンプ(3日目)。
名前…セーラ
種族…【人】
性別…女性
年齢…29
職種…【魔道士】
魔法…【闘気】、【攻撃魔法】
特性…【才能…攻撃魔法】
レベル…40
【闘技場】。
私とソフィア、ロルフとリスベットは、他の弟子達と合流しました。
「ノヒト先生。ペネロペさん、凄かったんだよ。ヒューンて来て、ズバーッだからね」
ハリエットは、興奮気味に言います。
なるほど……。
何の事やらわかりませんが、凄かった事だけは辛うじてわかりました。
「ソフィア様やノヒト様の前じゃ、あたしの武威なんて言うだけ恥ずかしくなるよ」
ペネロペさんは、恐縮します。
冒険者パーティ【月虹】の面々も苦笑気味。
私とソフィアが行ったデモンストレーションの結果……もはや武道大会は強者を決定するイベントではない……という認識が、参加者や観客の間では確定してしまっているのだそうです。
いえいえ、私やソフィアを基準にしてしまうと世の中がおかしくなりますよ。
「ペネロペさんの対戦相手は、サイラスがやられた【暗殺者】の女性でした。目潰しや暗器や毒など、色々と卑劣な手を使って来ましたが、ペネロペさんは全てを跳ね返しての圧勝でした」
グロリアが解説してくれました。
ペネロペさんは本戦1回戦をシードされていますので、あの【暗殺者】の女性は本戦に勝ち上がり1回戦も突破していたのですね。
中々の強豪だった訳です。
「ルールで認められている以上、高潔も卑劣もないんだよ。そもそも、アタシらは騎士じゃない。魔物相手に卑劣が如何の……なんて言っていると、簡単に死んじまう。何でもありなら、勝つ為に何でもするのが正義だ。それは覚えておかなくちゃダメだぞ」
ペネロペさんが【ファミリアーレ】に忠告しました。
その通り。
勝者のペネロペさんから、現実主義的な教訓が語られたので、私から【ファミリアーレ】に注意を促す必要はなくなりましたね。
その時、アルフォンシーナさんが秘書官さんを伴って現れました。
ペネロペさん達【月虹】には、私やソフィアの正体を知らせてあるので、この場にアルフォンシーナさんがやって来ても問題ありません。
ペネロペさん達は、大神官の登場に緊張しきりでしたが……。
彼女達【ドラゴニーア】の国民にとって、大神官は実質国を動かしている政府のトップですからね。
「ソフィア様。そろそろ御公務の時間でございます」
アルフォンシーナさんは、ニッコリ微笑みます。
「む……毎日毎日、本当に外交は面倒臭いのじゃ」
ソフィアは、言いました。
「今後面倒は多少緩和されそうですよ。ソフィア様のデモンストレーションのおかげで、実務者による交渉は、あらゆる分野でスムーズに進んでおります。先程、【アルカディーア】が……人質を差し出す……と自ら申し出て来ました。これでイースト大陸の【アルカディーア】、【イスタール帝国】、【タカマガハラ皇国】、そしてセントラル大陸の【ドラゴニーア】による、四角平和協定が締結される運びとなります」
「ならば、多少はやり易くなるのか?」
「はい。この度の御働きは、さすが至高の叡智を持つソフィア様ならではでございました」
アルフォンシーナさんは、わかり易くソフィアを称えます。
アルフォンシーナさんは、最近ソフィアを褒めて伸ばす方向に舵を切ったようですね。
私も、それが正しいと思います。
案の定ソフィアは、アルフォンシーナさんの言葉に……ピクッ……と反応しました。
「うむ。最初から我は、そのつもりだったのじゃ。我の深遠なる意図を読むとは、アルフォンシーナ、其方も中々やるではないか?」
ソフィアは、アルフォンシーナさんの煽てに乗せられ……エッヘンッ……と胸を張ります。
「はい。私は、ソフィア様の首席使徒でございますので……」
アルフォンシーナさんは、微笑みを浮かべて言いました。
【神竜】……チョロいな。
ソフィアが各国の代表者の前で、あれだけの火力を知らしめたのですから、外交交渉が円滑に進み始めたのは当然でしょう。
ソフィアは……セントラル大陸を相手に戦争をすれば、その相手国は簡単に滅亡する……という事を証明して見せた訳ですからね。
ソフィアは、アルフォンシーナさんに手を繋がれて、私達に手を振りながら機嫌良く連行されて行きました。
ソフィアとは、また夕食時に合流する予定です。
「ペネロペさん。勝ち上がり、おめでとうございます。私達は、これから訓練がありますので……」
グロリアが言いました。
「おう。ノヒト様からシッカリ学ぶんだぞ」
ペネロペさんは、グロリア達の頭を撫でて言います。
ファミリアーレは、【月虹】と別れて【ラウレンティア】に向かいました。
・・・
【ホテル・ラウレンティア】に【転移】。
昼食は、ルームサービスです。
部屋に置いて行ったウルフィは、2体の【自動人形】・オーセンティック・エディションによって完璧に世話されていて何も問題なし。
食後私は、フル装備に換装した弟子達に、いつものように……絶対に死なない……という指示を言い含めてから、【静かの森】の拠点に【転移】しました。
拠点には、【ドラゴニーア】軍が物資などを搬入しています。
満月が近いので周期スポーンへの対応準備でしょうね。
【静かの森】の【周期スポーン・エリア】は、その周囲を軍によって管理され、巨大な防壁に囲まれています。
この防壁は、外敵の攻撃から内側を守る都市城壁とは異なり、内側からの攻撃に備える形状となっていました。
城壁の上には砲台が備えられ、中心に向かって砲門が向けられています。
私達は、軍の現場指揮官に挨拶を行いました。
「ご苦労様です」
「はっ!ノヒト様におかれましては、このような立派な施設を建設して頂き、軍一同感謝しております」
現場指揮官は、敬礼します。
「こちらこそ演習場を利用させてもらい、感謝しています」
私達は、軍の皆さんに礼を述べました。
さてと、陣形を組んで進撃開始です。
今日の陣形はというと……。
前衛は左からハリエット、グロリア、サイラス。
中衛は左からアイリス、ティベリオ、ジェシカ。
後衛は左からロルフ、リスベット。
近接航空支援は、モルガーナ。
【自動人形】7体がその外周を固め、私が最後尾からパーティを完全に防衛。
拠点の近くは、殆ど魔物を狩り尽くしてしまったので、今日は昨日の時点で到達した場所まで【転移】して、そこから更に深部を目指します。
先行する【自動人形】達が草木を薙ぎ払いながら【ファミリアーレ】は行軍しました。
魔物は、薄いですね。
如何やら魔物は、私達が圧迫をかけて来る東側から逃げ、西側に向けて移動してしまっている様子です。
森の東側では、捕食側の【中位】の魔物がいなくなった為か、【低位】の魔物が結構増えています。
【低位】の魔物達は、【ファミリアーレ】を警戒して攻撃を仕掛けて来ません。
【ファミリアーレ】は、この3日で相応にレベル・アップしています。
既に【低位】の魔物からは、【ファミリアーレ】を脅威と認識される程度には強化されていました。
このレベル・アップの速度は、ユーザー並。
NPCより圧倒的に成長が早いのです。
やはり、【チュートリアル】を経た事で【ファミリアーレ】のレベル・アップ速度は、ユーザーと同等の扱いになっているのでしょうね。
もしかしたら、ユーザーのように死亡してもレベル半減と所持金半減のコストを消費すれば、復活コンティニューが可能なのでしょうか?
しかし……絶対に試してみよう……などとは思いません。
もしも復活出来なかった場合、取り返しが付きませんので。
2時間ばかり進みましたが魔物との遭遇はありませんでした。
これでは戦闘訓練にはなりませんね。
しかし、【ファミリアーレ】は、緊張感を切らさず進軍していますので、これはこれで良い経験にはなるでしょう。
う〜む、しかし困りました。
ソフィアが居れば、私がパーティを守りながら、ソフィアを魔物の濃い地域に送り、そこに【転移座標】を設置させて、一気にパーティを移動させる事も可能ですが……。
【自動人形】・シグニチャー・エディションに【ビーコン】を持たせて西側に送り出し、私が【ビーコン】に向けて【転移】して【転移座標】を設置後、改めて弟子達と共に【転移】するという方法はあります。
しかし、例え数秒間でもパーティを無防備な状態には出来ません。
数秒間あれば【高位】以上の魔物は、【ファミリアーレ】を全滅させる能力があり得ます。
可能性は低いとしても0ではないので、そんなリスクを私は取るつもりはありません。
「今日は行軍だけで終わりそうですね」
「ノヒト先生。何故森の中央部を迂回しているのですか?」
ティベリオが訊ねました。
「中央部には【スポーン・エリア】があるからです。【センチュリオン】でソフィアがやらかした、アレです。【静かの森】の【スポーン・エリア】は【ドラゴニーア】軍が管理していますが、わざわざ危険に近付く必要はありません。冒険者も軍隊も味方の最少犠牲で目的を達成する事に主眼を置かなくてはいけません」
「【静かの森】の【領域守護者】は何なのですか?」
ロルフが訊ねます。
「【翠竜】です」
「周期で出現した時に【超位】の【竜】を、軍隊は如何やって倒しているのですか?」
「大軍で待ち構えて、【スポーン】と同時に複数の【儀式魔法陣】で力を弱め、魔法師団、砲兵隊、バリスタ隊、飛空艦艇の艦砲、航空騎兵が一斉に飽和攻撃を行います」
所謂袋叩きですね。
「何だか凄まじい対処の方法なのですね?」
「ペネロペさんが言ったように、魔物相手には犠牲を出さずに倒しきる事が重要です。高潔も卑劣も軍隊には関係ありません。軍隊は……どのような卑怯な手段を用いても、国民の生命と財産を絶対に守る……という1点にのみ誇りを持ち、意地を張る集団なのです。私は、その姿勢を好ましく思いますよ」
「なるほど。わかりました」
ロルフが頷きました。
【ファミリアーレ】の面々も神妙な表情で話を聴いています。
・・・
何度かの休憩を挟みながら【静かの森】の東側から、中央部を迂回して西側に踏み込みました。
【自動人形】・シグニチャー・エディション達が森を切り開いてくれるので、行軍速度はハイキング・コースを速足で歩く程度の順調なスピードです。
陽が少し陰って来ましたね。
森は樹木が日照を遮っているので相当に暗く感じます。
あまり暗くなるのは、今の【ファミリアーレ】にとって望ましくありません。
もう2時間もしたら切り上げますか。
「止まれ。休憩を取ります」
【ファミリアーレ】は、密集して固まり、軽食や水分を補給します。
モルガーナが着地して、代わりに【自動人形】・シグニチャー・エディションが上空を警戒。
「魔物と【遭遇】しませんね?」
グロリアが訊ねました。
「集中を切らさないようにして下さい。これも訓練ですよ」
【ファミリアーレ】は、頷きます。
明日になれば会敵するでしょう。
私の地均しから時間が経ったので、もしかしたらボチボチ【高位】以上の魔物も【スポーン】するかもしれません。
油断は、禁物です。
・・・
その後、結局魔物と遭遇する事はなく、この日の行軍は終わりました。
戦闘自体は発生しませんでしたが、弟子達は集中を途切らせる事もなく行軍を続けていたので、訓練としては得る物もあった筈。
実際、索敵などの能力は、各自熟練値を上げています。
十分に収穫のあった行軍となりました。
私は、現在地に【転移座標】を設置します。
「では、戻ります」
私は、弟子達を連れて【ホテル・ラウレンティア】に【転移】しました。
・・・
【ドラゴニーア】の【竜城】にソフィアを迎えに行き、【ホテル・ラウレンティア】に戻って【ファミリアーレ】と共にホテルのレストランに向かいます。
ウルフィは、2体の【自動人形】・オーセンティック・エディションに世話を任せました。
ウルフィは、個体差的に大人しい性質らしく、部屋の家具や調度を嚙ったりしないので手が掛かりません。
【ラウレンティア】の料理は美味しいです。
しかし、私が知る限り地球の料理に似たようなモノはありません。
【ドラゴニーア】では、【竜城】などで供される公式料理は、この【ラウレンティア】料理が基本でした。
全体として上品で軽い味付けですが、奥行きと深みのある味わいを追求しています。
季節感を演出する事も特長でした。
また、見た目には原料が一見しただけではわからないような加工がされている事が多いようです。
ムースやジュレなどが多用されていて、食べてみるまで、それが肉なのか、魚なのか、野菜なのか、穀物なのか、あるいは、もっと別の何かなのかがわからないようになっていました。
しかし、口にした瞬間、材料が何であるかハッキリとわかるのが、【ラウレンティア】料理の趣向なのだとか。
盛り付けは華やかで、目で見ても美味しいようにという心配りがされています。
使われている調理技術はフランス料理に近いのですが、思想は日本の懐石料理に近いでしょうか。
私の口にも合います。
・・・
私達は、フル・コースを堪能して各自の部屋に戻りました。
【自動人形】・オーセンティック・エディションに世話をさせて、ソフィアを入浴させます。
入浴後ソフィアは、直ぐにベッドにうつ伏せになって熟睡しました。
組んだ腕を顎の下に入れて、膝を折り曲げてお腹の下に……あんなヨガのような体制で苦しくないのでしょうか?
まあ、頑丈なソフィアは、どんな格好で寝ても寝違えたりしませんので放置していますが……。
私は、内職を始めます。
明日の午前中【ファミリアーレ】は、【ドラゴニーア】で自由時間。
私は、ロルフとリスベットと共に【マリオネッタ工房】で工場の管理と運営を行わせる人材と会い、問題がなければ即契約の予定。
その後、私は【アトランティーデ海洋国】の王様と会談して……サウス大陸奪還作戦……への協力を依頼します。
午後は、【ファミリアーレ】と【静かの森】で訓練というスケジュールでした。
明日も張り切って行きましょう。
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