第65話。【マリオネッタ工房】の最高経営会議。
名前…ルフィナ
種族…【人】
性別…女性
年齢…30
職種…【司祭】
魔法…【闘気】、【回復・治癒】
特性…【才能…回復・治癒】
レベル…51
【マリオネッタ工房】本社オフィス。
最高経営責任者会議が行われていました。
【自動人形】達は、ハロルドとイヴェットの背後に控えます。
「間違いなく売れるでしょう。365日24時間、メンテナンスをすれば半永久的に働き続けられる優秀な人材を雇えるのと同等の価値と見做せば、売れない理由はありません」
ハロルドが言いました。
「それ以上です。見聞きした事を完全に記憶出来て、高度な情報処理能力を持ちます。【自動人形】・オーセンティック・エディションは、それに加えてオーガ並みの力と、カスタマイズによって専門的な技能をも併せ持ちます。これは、ちょっとした革命です」
イヴェットが言います。
「私は、人種の雇用を奪うような形での普及は社会にとって望ましくないと考えます。なので、単純労働力として大量に普及させるのではなく、富裕層向けの執事や秘書として高額での販売を企図します」
「販売価格は、幾らに設定しますか?」
ハロルドが訊ねました。
「【自動人形】・オーセンティック・エディションが1体2500金貨。【自動人形】・レプリカ・エディションが1体1000金貨です」
日本円換算で2億5千万円と1億円です。
「もっと高くても良いと思いますが」
ハロルドは、言いました。
「この十倍でも飛ぶように売れるというのなら考えますが、あと25%上げるなどというのなら、値上げはしません。この金額で行きます」
利益率は大体1.5倍から3倍という価格設定です。
十分ですよ。
「わかりました」
ハロルドは、了解しました。
「生産数は、どの程度を予定しますか?」
イヴェットが訊ねます。
「【自動人形】・レプリカ・エディションは、フル・オートメーションで生産が完結するので、製造ラインをフル稼働すれば毎日12時間の操業で24体、パーツを外注して組み立てるだけなら120体の生産が可能です。【自動人形】・オーセンティック・エディションは、部材さえ取り替えれば同じ工程で生産出来ますが、プログラムのカスタマイズを個体毎に行わなければいけません。その分の時間と労力が掛かるので、【自動人形】・オーセンティック・エディションは1日12体程が限界だと思います。工員20人は、この工程に携わります。なので当面は、【自動人形】・オーセンティック・エディションを日産12体生産し、【自動人形】・レプリカ・エディションを12体生産。部材の外注化をした後は、【自動人形】・オーセンティック・エディションを20体、【自動人形】・レプリカ・エディションを60体の生産体制にしたいと考えています。その上で新たな工場を確保して生産数を増やして行くのが良いと思いますが如何でしょうか?」
「直ぐに新しい工場を確保しましょう。本部工場で、【自動人形】・オーセンティック・エディションを12体、【自動人形】・レプリカ・エディションを12体生産しながら、新工場で日産120体のレプリカ・エディションを……」
ハロルドは、言いました
「性急過ぎるのでは?」
イヴェットが疑義を唱えます。
「いや、売れるよ」
「もちろん売れるわ。でも、【マリオネッタ工房】は、安定した事業の継続が第一だわ。だとするなら、大量供給は価格の低下を招き、将来の需要を先食いする事にしかならない。この技術は、ノヒト・オーナーと【マリオネッタ工房】の独占技術で他社に再現不可能。慌てて生産しなくても市場にライバルは現れないのだから、値崩れを防ぐ為に敢えて品薄感を出す方が良いのでは?」
「そうじゃな。ノヒトの【自動人形】は、メンテナンスをすれば、そう簡単に故障するような物ではない。市場に商品を大量供給してしまえば需要が満たされ値崩れを起こす可能性がある。更に、中古品市場が形成され、【マリオネッタ工房】の利益を二重に毀損する事になるのじゃ」
ソフィアが言いました。
「僕は、ハロルド社長の案に賛成です。需要の先食いと言いますが、世界中に販路を拡大すれば日産100体の単位で造っても、100年は売れ続けるのでは?」
ロルフが言います。
「私も同じ意見です。中古品市場の問題は、所有者を登録してもらい。その登録者からでなければ基幹部のメンテナンスには応じないとしておけば、ある程度の抑制にはなると思います」
所有者登録という自動車のナンバー・プレートのようなシステムは金儲けの為には有効かもしれません。
また私は、合法的な範囲で【自動人形】のプログラムに色々と仕掛けをしてあるので、【マリオネッタ工房】か、あるいは【マリオネッタ工房】がライセンスを与えた企業が製造した純正部品で修理しなければ作動しなくなるなどのファイア・ウォールやポイズン・プログラムを組んでしまう事も可能でした。
中古市場での二次流通を防ぐ手立ては取れるでしょう。
さて、拡大路線派が3人、慎重路線派が2人。
私は、どちらかと言えば慎重路線ですが……。
「わかりました。拡大路線を取りましょう。ですが、資金がありません。しばらく待って下さい。私が資金を用意した段階でハロルドの計画で事業を展開します。その際ですがハロルド……」
「何でしょうか?」
「必要な人材は、可能な限りセントラル大陸の【神竜神殿】の孤児院から雇用して下さい。それが【マリオネッタ工房】の主要な起業目的ですので」
「うむ。それは、くれぐれも頼むのじゃ」
ソフィアは頷きます。
「わかりました。お任せ下さい」
ハロルドは、言いました。
今後、事業を拡大していけば、セントラル大陸中にオフィスや工場や販売店などが出来るでしょう。
その際には、【ドラゴニーア】だけでなく、セントラル大陸中の孤児院の支援事業とする事を、既に私とソフィアは取り決めていました。
「イヴェット。今回はハロルドの計画を推進しますが、私とソフィアは、あなたの案に賛成でした。今後とも【マリオネッタ工房】の為に知恵を貸して下さい」
「もちろんです」
イヴェットは、言います。
その時、私のスマホが鳴りました。
「もしもし?」
「ノヒト先生。あのね、今【闘技場】に来ているんですけど、ペネロペさんの試合に賭けても良いですか?」
ハリエットが言います。
【ファミリアーレ】は、武道大会を観たがっていましたが、もうチケットが取れませんでした。
「チケットは如何したのですか?」
「エズメラルダ様が、大神官様の特別室に入れてくれました」
あ、そう。
「賭けは、お小遣いの範囲でなら好きに使って構いませんよ」
【ファミリアーレ】の子達は、【ドラゴニーア】の成人年齢を迎えているので合法なモノならギャンブルをする事が出来ます。
「わかりました。良いって……。ノヒト先生、それじゃあね……」
「はいはい……」
私は、通話を終了しました。
「ノヒト・オーナー。それは?」
ハロルドが訊ねます。
「携帯型魔法通信機。私達は【スマホ】と呼んでいます」
「もしかして、それもノヒト・オーナーが造られたのですか?」
「発明したのは私ではありませんが、このサイズの小さな物は、如何やらロスト・テクノロジーみたいで、現在では私にしか製造出来ないようです。あ、そうそう、2人にも渡しておきます」
私は、ハロルドとイヴェットに【スマホ】を渡しました。
「これも売りましょう」
ハロルドが言います。
「そうです。通信に革命が起きますよ」
イヴェットが言いました。
「構いませんよ。ただし、【魔法石】の成形をするには、【加工】を【超位】で行わなければ出来ません。その工程が【プロトコル】では不可能なのです。なので市販用は、この形状を想定しています」
私は、球体のままの【魔法石】にミスリルでカバーをつけた市販用【スマホ】を取り出します。
球体【スマホ】は、ミスリルのカバーにリング状の突起が幾つかありました。
そこにストラップなどを取り付けたり、テーブルなどに置いた時にコロコロ転がらないようにという事を想定してあります。
「売れますよ」
ハロルドは、球体【スマホ】を弄って言いました。
「もちろん売ります。【スマホ】は、世界中にある既存の通信インフラがそのまま使えます。複雑な組み立て作業も必要ないので、小規模な施設で【プロトコル】によるプログラム複製が可能です。【マリオネッタ工房】の工場にある倉庫の1つを【スマホ】の製造施設として改造してもらっています。【スマホ】は日産48台の予定ですね。材料と【プロトコル】さえあれば幾らでも増産可能です。既に【ドラゴニーア】政府や軍など公官庁、ギルド、企業などから大量の注文が来ています。原価は、【高位】の【魔法石】と少量のミスリル合金だけなので、500金貨程ですね。販売価格は、アルフォンシーナさんとの話し合いでは【魔法石】を【ドラゴニーア】政府が調達するという約束で1台100金貨で生産を請け負う事にしています。市販用の販売価格は如何しますか?」
「同額……つまり、原価プラス100金貨で良いのでは?」
ハロルドが言います。
「もう少し高くしても良いと思います」
イヴェットが言いました。
「私は、フル・スペックの初期ロットは販売価格1千金貨と想定します。ある程度普及したら、スペックを下げたモデルを廉価販売しようと考えています」
私は言います。
日本円では1台1億円です。
高いようですが、これは現在【マリオネッタ工房】以外には大量生産出来ません。
何故なら、【スマホ】のプログラムとして組む【魔法公式】も、生産ラインを制御する【プロトコル】のプログラムとして構築する【積層型魔法陣】もロスト・テクノロジーで、現在この世界の住人には失われた技術の再現が出来ていないからです。
なので、軍装備や業務用としてなら1千金貨(1億円相当)でも売れるという判断でした。
「【スマホ】の内部プログラムは、いずれ他社も再現が可能かもしれません。900年前には、ありふれた技術でしたからね。また、この技術の特許は古いので、再現されてしまった場合は技術独占が出来ません。他社が【スマホ】生産に参入して来る可能性は、あり得ます。しかし、【マリオネッタ工房】では、機械化による大量生産が可能。他社は、おそらく【工学魔法】の熟達者による手作りでしょうから、シェアを奪われる心配はありません。仮にシェアが減少したら、今度は生産設備としての【プロトコル】自体を売ります。こちらは、【積層型魔法陣】なので、しばらくは【マリオネッタ工房】の優位は揺るがないでしょう」
「あのう、ノヒト先生。この【スマホ】の機能を【自動人形】に持たせる事は出来ないのでしょうか?そうすれば遠隔地から【自動人形】に指示を与えられます。【自動人形】の【コア】に、最初から【スマホ】の機能を持つ【魔法公式】を加えれば良い訳ですから、技術的には可能ではないかと……」
リスベットが言います。
「もちろん可能です。【自動人形】・シグニチャー・エディションには、既に【スマホ】の機能を搭載してあります。しかし、【自動人形】・オーセンティック・エディションと、【自動人形】・レプリカ・エディションには、【スマホ】の機能を持たせる予定はありません」
「何故ですか?」
「理由は3つ。まず、【自動人形】の【コア】に刻む【魔法公式】が精密になり過ぎます。おそらく、【プロトコル】の性能を、もう一段階上げなければいけません。そうなると【プロトコル】に用いる【魔法石】が大きくなります。大型の【魔法石】は、希少で高額です。2つ目の理由は、【自動人形】と【スマホ】を合わせると一見便利なようですが、【スマホ】だけの用途としては不便です。【スマホ】は、携帯出来るから便利なのです。また、【自動人形】に遠隔地から【スマホ】で指示を出したい場合は、【自動人形】にも【スマホ】を持たせれば良いでしょう。3つ目は、【自動人形】と【スマホ】は、両方とも【マリオネッタ工房】の製品ですので、分けておいて必要ならば両方買ってもらった方が儲かります」
「なるほど」
リスベットは、納得しました。
大人達は、その辺りの売り方については理解していたようです。
こうして最高経営会議では……。
資金調達が出来次第、【自動人形】と【スマホ】の新工場の確保、従業員の確保を行い増産体制を整える事。
新しい工場の従業員は、セントラル大陸の【神竜神殿】の孤児院出身者から雇用する事。
本社オフィスは、本社機能と【自動人形】関連事業を行い、南中央通りのオフィスは、【スマホ】関連事業を行う事。
……などが決まりました。
「ハロルド、イヴェット。これから宜しくお願いします」
「宜しくなのじゃ」
「「よろしくお願い致します」」
私もソフィアも【マリオネッタ工房】の運営管理上の細々とした雑事には関わりません。
まだ【マリオネッタ工房】は、書類1枚、ペン1本すらないのです。
そういう事を準備して行くところから、ハロルドとイヴェットはやらなくてはいけません。
明日には、孤児院から30人の従業員が出勤して来ました。
彼らと協力して、ハロルドとイヴェットには、1から【マリオネッタ工房】を作って行ってもらいましょう。
私達は、ハロルドとイヴェットを残してオフィスを後にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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