第6話。魔法の講義。
ドラゴニーアの行政機関。
行政府の長…執政官。
執政官に下にある八つの省。
財務、内務、外務、法務
農務、商務、保健福祉、教育
(各省のトップは長官)
私は【竜城】の大広間で夕食を摂っていました。
【ジャガイモ亭】でと思っていたのですが、アルフォンシーナさんが既に私の分も夕食を用意していたらしいのです。
準備が無駄になるといけないので頂く事にしました。
「今後は、基本的に食事は自分で何とかしますよ」
「そんな事を仰らないで下さい」
アルフォンシーナさんが言います。
「いえ、お世話になる道理がありません。【竜城】の経費は【ドラゴニーア】の国民の血税。それを関係のない私が使う訳にはいきませんよ」
「ノヒト様。これは【ドラゴニーア】の威信に関わります。何処か他国にいらっしゃるならともかく、この【ドラゴニーア】に御逗留なさっている間は、私共でお世話させて頂きます。それに、ご覧下さいませ」
アルフォンシーナさんが大広間の端へと私の視線を誘導しました。
見ると、壁際に整列して控える【女神官】達が、私の言葉を聞きながら激しく動揺する素振りを見せています。
「あの者達は……ノヒト様が自分達の作った食事や給仕を気に入らなかった……と解釈するでしょう」
【竜城】の上層部は礼拝堂、謁見の間、大会議室……などの公的なエリア以外は、【女神官】と近衛竜騎士団以外には禁足地となっている、【神竜】の神域。
従って、ソフィアの世話などをする役割も全て【女神官】達によって行われます。
う〜ん……。
「では、今後は朝食と夕食は【竜城】で頂きますが、場合によっては外で食べます。昼食は基本的に外で済ませます。私は世界の食糧事情や食文化を実地で調査する使命があります。これは理解して下さい」
私は適当な嘘を吐きました。
私は堅苦しいテーブル・マナーなどに縛られる事は好みませんし、せっかくの異世界なのですから色々と物珍しい料理や食材を食べてみたいのです。
私の正面で手掴みで肉を貪り食べているソフィアを見ると……テーブル・マナーって一体何だっけ?……という気持ちになりますが……。
この世界の設定では【地竜】の尾肉は極上の美味とされています。
その他にも色々なファンタジー食材は現実世界では絶対に食べられない物ですからね。
そういう異世界グルメを食べ歩くのも、異世界転移者の醍醐味でしょう。
「畏まりました。【調停者】様の使命と伺っては、私共の願いを強いる訳には参りませんね。では、そのように差配致します」
アルフォンシーナさんは残念そうに言いました。
「ところで、ノヒトよ。其方は我が昼寝をしている隙に出掛けておったそうじゃな?仕事か?」
ソフィアが肉を口に運ぶ手を止めて訊ねます。
側に控えるエズメラルダさんは、すかさずソフィアの口元をナフキンで拭いました。
食べかすやソースなどがソフィアの着衣にも飛んでいますが、ソフィアの着る【女王の礼服】には私のかけた【バフ】で汚損防止処理が施されています。
「【銀行ギルド】で用事を済ませた後、街を見て歩いていました」
「なぬ?そのような楽しそうな事に何故我を誘わぬのじゃ?」
ソフィアは椅子の上に立ち上がって抗議しました。
「ソフィアは公務で忙しいでしょう?国家元首なのですから」
「暇じゃ。あまりにも暇じゃから評議会について行っただけじゃ。今後ノヒトが遊びに行く時は我を連れて参れ」
「ソフィア様。ノヒト様は遊んでいる訳ではございませんよ」
アルフォンシーナさんがソフィアを窘めます。
「嫌じゃ〜。連れて行け〜、我を連れて行け〜」
ソフィアは椅子の上で……ダンダン……と地団駄を踏みました。
子供かっ?
「アルフォンシーナさん。ソフィアを連れ出しても大丈夫なのですか?」
「ノヒト様さえ宜しければ、どうぞソフィア様をお連れして差し上げて下さい。俗世の些末事でソフィア様を煩わせる事は本意ではございません。私共はソフィア様に只お健やかにお過ごし頂ければ、それで十分なのです。ソフィア様の存在そのものが恩寵でございますので」
アルフォンシーナさんはニッコリ微笑みながら、言外に……職務の邪魔だから連れて行ってくれ……という意図を滲ませて言います。
これは……ソフィアの奴、今日一日でアルフォンシーナさん達に相当迷惑を掛けているな……。
ソフィアが存在するだけで【ドラゴニーア】には【神位】級の強力な【結界】が張られ外敵の侵攻を防ぎ、天災・疫病などから民を守り、大地は肥え豊穣の実りがもたらされます。
それは、900年の休眠中でも変わらず発動し続けた、【ドラゴニーア】の守護竜たる【神竜】の加護。
そういうゲームの設定でした。
「ソフィア」
「何じゃ?連れて行ってくれるのか?」
「連れて行くのは構いませんが、あなたが街に降りたら目立ちませんか?」
こう見えても、ソフィアは一応神様。
【ドラゴニーア】の国民にとっては信仰の対象です。
「心配無用じゃ。我は神官と近衛竜騎士の前以外では、現身して本来の姿で謁見しておる。この【人】に化身した姿なら、誰も我だとは気付くまい」
「魔力は如何するのですか?【魔力探知】を使える高位の【魔法使い】なら、姿を偽装してもソフィアの尋常ではない魔力でバレますよ」
「うむ……その時は、我の巧みな話術で華麗に誤魔化せば良いのじゃ」
ソフィアは目を泳がせながら抗弁しました。
つまり、その対策はないと。
私は溜息を吐いて、【収納】からアイテムを取り出しました。
「この指輪は【魔力探知】を【認識阻害】する効果があります。これを付けていれば、ある程度の偽装にはなるでしょう」
因みに同じ指輪を私も装備しています。
「お〜、さすがノヒトじゃ」
ソフィアは私の手から引ったくるようにして指輪を受け取り自分の指にはめます。
「確かにソフィア様の魔力反応が消えましたね」
アルフォンシーナさんが驚いて言いました。
「ほ〜。これは良いモノじゃ」
「アルフォンシーナ様。よろしいのですか?魔力反応が消えたら、もしもの時にソフィア様の救援に駆け付けられません」
エズメラルダさんがアルフォンシーナさんに訊ねます。
「心配いりません。私とソフィア様はパスが繋がっています。魔力は探知出来なくともソフィア様の存在を私には感じる事が出来ます。それに世界最強の【神竜】様と、宇宙最強と云われる【調停者】のノヒト様がお2人で行動されていて危害を加えられる存在など何処にも居ませんよ」
「それも、そうですね」
「そうじゃ。我を害するモノなど、何処にもおらんのじゃ。あっはっはっはー」
ソフィアは高笑いしました。
おい、駄竜。
フラグを立てんなし。
・・・
食後。
私はアルフォンシーナさんに案内されて大神官の執務室にやって来ました。
ソフィアは食後すぐに高いびきで寝てしまったので、【理力の杖】で寝室に運搬されています。
「ご相談がございます」
アルフォンシーナさんが言いました。
「相談ですか?」
「はい。実はソフィア様のお召し物が、現在【竜城】にはございません。すぐに発注を行いましたが、【神竜】様に相応しい物となると既製品の寸法直しという訳には参りません。ノヒト様から頂いた最上の品とまではいかなくても、それなりの物を仕立てるには、やはり時間が掛かります」
「つまり、私が持っているドレスが他にもあれば着替えに幾つか欲しいという訳ですね?構いませんよ」
「ありがとうございます。もちろん、ソフィア様が今お召しの分と合わせて、代金はお支払い致します」
「いいえ、代金は結構です。そうですね、では私が【竜城】をホテル代わりに使わせて頂いている事と相殺としましょう」
しばらく押し問答がありましたが、最後は【調停者】の権威を利用して私が押し切ります。
私は【収納】から新たに、【女王の執務服】、【女王の室内着】、【女王の外出着】、【女王の乗馬服】……など【女王の服】シリーズ、そして、【王妃の服】シリーズ、【王女の服】シリーズ、【皇太王女の服】シリーズ、それに合わせた数多の宝飾品や、インナーや、下着などを大量に取り出してアルフォンシーナさんに渡しました。
全ての衣服と宝飾品には、私の魔法で強力な【効果付与】が【バフ】してあります。
また、一旦私の【収納】内に保管された衣服、装備、アイテム……などは、全て使用する者の身体のサイズに合うようなギミックが施される事が実験の結果わかりました。
あ、そうそう。
ソフィアは……街に降りる……と言っていましたから、【町娘の服】シリーズと【女商人の服】シリーズも多めに出しておきますか……。
アルフォンシーナさんは慌てて【女神官】達を呼び出し大量の衣類を運ばせました。
「ノヒト様の【収納】の魔法は一体どれ程の容量なのですか?」
アルフォンシーナさんは訊ねます。
「無限です」
「む、無限ですか!?」
アルフォンシーナさんは驚愕しました。
「はい」
こちらの世界の住人……即ちNPC達と、ゲームのユーザーが使う【収納】の機能は同じ物です。
容量には個人差がありますが設定上の限界値は……100kg、または20品目……でした。
しかし、私の【収納】は容量も数量も無限なのです。
ともかく、これで注文したソフィアの服が納品されるまでの急場凌ぎの衣類は事足りるでしょう。
「ありがとうございます。助かります。ですが本当にお代は宜しいのでしょうか?【町娘の服】とされる品物にしても布地も仕立ても最上の品質ですし、【効果付与】の事も加味すれば途轍もなく高価なのではありませんか?」
たぶん売れば、巨万の富を得られるでしょうね。
「いえ、【効果付与】のコストは0です。私の魔力は無限なので」
「魔力が無限とは想像を絶しますね……。つまりノヒト様の保有魔力量は【神竜】様を上回るのですか?」
アルフォンシーナさんは唖然として訊ねました。
厳密には、私とソフィアの魔力総量は双方設定上の最大値で変わらないのですが、私は幾ら魔法を行使しても魔力が最大値から全く減らないのです。
「ある意味ではそうですね。ソフィアは魔力を使えば回復するまでは上限値より魔力が減りますが、私は減りませんので。ただし私の【神位魔法】は、ソフィアの【神竜の咆哮】より威力の面で劣ります。ソフィアの【神竜の咆哮】は、この世界最強の攻撃と設定されていますので」
ただし、私には【神位魔法】の上に、ゲームマスターしか使えない【超神位魔法】という奥の手がありますけれどね。
【超神位魔法】は、【神位魔法】や【神竜の咆哮】より圧倒的に強大で、上位には【創造主の魔法】しか存在しません。
「世界を焼き尽くすと云われる【神竜の咆哮】を比較対象になさる事自体が私共の感覚ではあり得ない事なのですが……」
「いやいや、【神竜の咆哮】が世界を焼くなんて、相当に誇張された大袈裟な表現ですよ。ソフィアの【神竜の咆哮】は、確かに設定上この世界で最強という扱いの攻撃ですが、1発の威力は精々都市を灰燼に帰す程度です」
「十分に凄まじいと思いますが……」
アルフォンシーナさんは、やや引き攣った微笑み浮かべています。
そして、【神竜の咆哮】が最強とされる設定には、ゲームマスターである私が比較対象に含まれていません。
私はソフィアの【神竜の咆哮】以上の攻撃手段を……魔法、【能力】、近接攻撃……などで幾つも持っています。
・・・
私はアルフォンシーナさんとお茶を飲みながら施政の事や軍略の事などを意見交換しました。
私は現代知識の聞き齧りを適当に喋っただけですが、執務室にいたアルフォンシーナさんの秘書官だという【女神官】が猛烈な勢いでメモを取っています。
「魔法について、ご教授願えないでしょうか?」
アルフォンシーナさんは言いました。
魔法の話となると何処まで話して良いモノやら……。
「では、【誓約】で私が話した内容を口外しないと約束して下さい」
「か、畏まりました……」
私が魔法の奥義を伝授すると聞き付け、エズメラルダさん達、高位の【女神官】達が全員揃いました。
全員が……見聞きした事を口外したり記録に残したりしない……という【誓約】を行使します。
私は部屋の外に音を漏らさないように【防音】の魔法を行使しました。
これで魔法の設定がこの世界に無軌道な拡散をする心配はなくなりましたね。
ただし、私の話を聞いた本人が魔法の修練に活用して上達する分には、それを咎め立てるつもりはありません。
私の話を聞いただけで急激に魔法の能力が上がるのならば、その人物には元から才能や適性があったという事です。
私が話し始めると、誰かが……ゴクリッ……と生唾を飲み込む音が聴こえました。
エズメラルダさんが顔を赤くして俯いています。
私は大人なので聞かなかったふりをして話を続けました。
・・・
「……というのが【元素魔法】の基本原理です」
私は説明します。
「なるほど。【元素魔法】は、そのような仕組みなのですか……」
アルフォンシーナさんは言いました。
「そうです。地・水・火・風の魔法四大元素を、こちらの世界の人々の研究では、文字通り地・水・火・風の象徴と捉えたり【精霊魔法】と混同したりしていますよね。それは完全な誤りです」
【四大元素魔法】は元素と名付けられていますが、水素やヘリウムなどの所謂元素とは無関係です。
【四大元素魔法】は位相を扱う分野であり、即ち【地】は固体、【水】は液体、【風】は気体、【火】はプラズマを司るという設定になっていました。
一般に【氷魔法】が難しいとされている理由は、詠唱者が氷を先入観から水の系統と誤解するからなのです。
氷は固体……つまり【地】の系統の魔法。
これに気付かなければ【氷魔法】を上手く制御出来ません。
「【四大元素】?地・水・火・風・雷・光・闇の七大元素魔法ではないのですか?」
アルフォンシーナさんは質問しました。
この世界の魔法学によると七大元素という概念が常識なのだとか。
「違いますね。雷はプラズマですから【火魔法】の系統に入ります。魔法物理学的には、さらに電磁気力の範疇に入りますが、皆さんは、とりあえず……雷は火の仲間……という認識をしておけば良いでしょう。光は光子という粒子あるいは電磁波、闇は重力子という粒子あるいは重力波に関係します。光と闇は【元素魔法】とは根幹からして全く異質の系統です」
光と闇の魔法が、こちらの世界で超難易度とされている理由は、この2つがそもそも【元素魔法】ではないからです。
私は空中に該当する【魔法公式】を幾つか書きながら解説しました。
アルフォンシーナさんの秘書官さんが、それをメモに残そうとして【誓約】が発動し失敗します。
「今度、実際に魔法を行使しながら教えてあげましょう。魔法は独学で行うと思わぬ事故に繋がる事もありますので」
「本当ですか!?やったっ!」
エズメラルダさんが声を上げました。
「エズメラルダ。はしたないですよ」
アルフォンシーナさんがエズメラルダさんを窘めます。
「申し訳ありません。アルフォンシーナ様」
エズメラルダさんは罰が悪そうにしました。
一同は笑います。
私の魔法の講義は深夜まで続きました。
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