第59話。魔狼の子供。
チュートリアル後。
名前…ロルフ
種族…【ドワーフ】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【鍛治士】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【加工】
特性…【才能…加工】
レベル…7
【静かの森】深部。
「ノヒト先生。お願いします。この子を救けて下さい……」
ジェシカは懇願します。
私達は、森の中で致命傷を負った【魔狼】の子供を見つけました。
通常、秋は【魔狼】の出産時期ではありません。
この【魔狼】の子供は珍しいケースです。
地球の野生動物でも、極稀に繁殖時期がズレる場合がありました。
そういう時期外れに産まれた得意な子供は、自然界で生き延びられない事が普通です。
この【魔狼】の子供の種族は【ガルム】。
成長すれば【高位】に分類される魔物でした。
この【ガルム】の子供は、【闇狼】の群に襲われていたのです。
おそらく、この【ガルム】の子供の親は、一昨日私が狩場の地均しで討伐した魔物の中に居たのでしょうね。
【魔狼】は、一度に複数の子供を産みますので、この【ガルム】の子供には兄弟も居た筈ですが、【マッピング】の広範囲捜索に反応がない事から、もう死んでしまっると思われます。
私は、【闇狼】の群を【自動人形】・シグニチャー・エディションに殲滅させた後、この【ガルム】の子供を回収させました。
今にして思えば、誤った判断でしたね。
好奇心は人間の美徳でもありますが、醜悪さでもあります。
回収しても、保護や養育などをするつもりは全くなかったのですから。
私は、自分の判断を後悔していました。
まあ、致し方ありません。
始末をするしか出来ないのです。
放置して衰弱死させるか、他の魔物の餌にするか。
あるいは、この場で苦しませずに即死させるか。
どちらを選択しても、死ぬ事に変わりはありません。
どちらかを選ばなければならないなら、不本意ですが後者を選びます。
つまり、すぐ殺すという事。
「ジェシカ。あなたは、これから森で怪我をした子供の魔物を見つける度に全て治療してやるのですか?それは、意味がある行為ではありません。この【ガルム】の親は、一昨日私が殺したのだと思います。この子供は傷を治したとしても、親が居ないので生き存えられません。苦しませずに殺すべきです。それに、魔物は個体差はあるとはいえ、全て本能の中に人種を襲うようにプログラムされています。仮に、この子供の【ガルム】を助けても、成長すれば人種を襲い、臓腑を引きずり出して喰らい殺しますよ」
私は、事実だけを淡々と話しました。
本能にプログラムされている云々……の表現は、比喩ではありません。
この世界の魔物は、文字通りの意味で……人種を襲う……ようにプログラムされているのです。
「でも……」
ジェシカは俯きました。
私は、野生動物を自分の都合で殺す事には、微塵も心が動かされませんが……。
人種の素朴な感情の発露に伴う自我を無視する事は、中々に難しいのです。
ジェシカの感情は憐れみ?庇護欲?慈愛?
それとも、偽善でしょうか?
まあ、そんな事は如何でも良いですね。
「ジェシカ。この子供を【調伏】してみせなさい。そして、あなたの責任で保護をするというのなら生命を救います。【調伏】された魔物は【調伏士】に服従しますので、成長しても危険はありません。あなたは【調伏士】ではありませんが、誰でも【調伏】自体は不可能ではありません。ただし、【調伏士】でなければ、【調伏】の成功率は限りなく0に近いのです。5分あげます。5分以内に【調伏】に成功するなら、この【ガルム】の子供の傷を治しましょう。そうでなければ、苦しませずに即死させます」
私は、言いました。
・・・
私達は、今日の狩を予定より早く切り上げて【ラウレンティア】に戻って来ています。
【ガルム】の子供は、ジェシカに抱かれて目を閉じていました。
眠っているだけ……つまり、生きています。
ジェシカは、【ガルム】の子供の【調伏】に成功しました。
ただし、私が手を貸しましたが……。
その事を、ジェシカを含め弟子達は知りません。
はあ……。
ジェシカの行いは、素朴で純粋な庇護欲だったのだと思いますが、私のやった事は明確で悪辣な偽善です。
私は、あらゆるステータスが限界値までカンストしているゲームマスターでした。
【調伏】も、【調伏士】の最高位である【大調伏師】を凌ぐスペックがあります。
私なら、死に掛けて【抵抗力】が下がった【ガルム】の子供を【調伏】する事など、造作もありません。
そして、私が【調伏】した【ガルム】の子供にジェシカを主人として、認識させる事くらい簡単にやって退けます。
ゲームマスターはチーターなのですから。
さてと、戯れに生き物の生命を玩んで、私は一体何を考えているのでしょうか?
悪趣味過ぎて、我ながら呆れます。
とにかく、一旦生命を助けた以上、無責任な事はしたくありません。
今更ですけれどね……。
因みに、【調伏】をする時には、【名付け】をしなければいけません。
ジェシカは、【ガルム】の子供に……ウルフィ……と【名付け】しました。
狼だから、ウルフィ。
そのままです。
ジェシカは、突発的な出来事で大分テンパっていたらしく……頭が真っ白で何も思い浮かばなかった……のだとか。
この際、ネーミングセンスの問題は追及しないでおきましょう。
「ジェシカ。ウルフィの傷と体力は最大限【治癒】と【回復】をしてありますが、栄養……つまり餌を与えなければ死にます」
私は言いました。
「はい。ミルクを……」
ジェシカが言います。
「【魔狼】は肉食獣です。なので、草食動物の乳は飲んでも消化が上手く出来ず、お腹を壊します。また、必要な栄養素が草食動物の乳からは摂取出来ずに栄養失調となり、やがて死にます」
私は言いました。
「では、如何したら?」
ジェシカは、涙目で言います。
「肉食獣……理想を言えば、近縁種の【魔狼】の乳が手に入れば良いのですが……」
私は言いました。
弟子達は、一斉に【狼人】のグロリアを見ます。
「え!いやいや、出ないから。私、まだ出ないから」
グロリアは、胸元を隠しながら慌てて言いました。
とりあえず、大型犬を飼っているお宅があれば……。
いや、犬も繁殖期は概ね狼と同じでしょうから、乳が出る母犬を探すのは難しいでしょうね。
如何したものか?
今の時期に乳を出す飼育されている身近な肉食獣……。
私の頭に思い浮かんだのは1種だけでした。
「ジェシカ。それから、みんなもホテルの部屋で待機していなさい。私は、ちょっと肉食獣の母乳を貰って来ます」
私は、【竜都】に【転移】します。
・・・
私は、高速飛行で【竜都】の城壁外北方に向かいました。
ここは軍の大規模演習場の近く。
広大な敷地の森の中にある巨大な構造物です。
建物は、一見すると馬や牛を飼う厩舎のように見えますが、縮尺がデタラメでした。
何もかもが馬鹿みたいに大きいのです。
ここは竜騎士団の【竜】などを繁用する施設。
その時、一人の【ドラゴニュート】が私の方へ近付いて来ました。
「どなた様ですか?」
【ドラゴニュート】は私に訊ねます。
「ノヒト・ナカと申します」
「ノヒト様!これはこれは、ようこそお出で下さいました。私は、この繁用施設の施設長をしております、エルネストと申します。高価な魔物の肉を寄付して下さるとか。ありがたい事です」
エルネストさんは、柔和そうな笑顔で言いました。
「ところで、私が寄付した【竜】の肉なのですが、【竜】に【竜】の肉を食べさせる事は問題ありませんか?」
私は、以前から疑問に思っていた事を訊ねます。
「問題ありません。野生の【竜】は、日常的に同族を食います。【竜】は、群れません。基本的に繁殖の時以外は孤高の存在で、縄張りを侵す者は何でも襲って食っちまいます。【竜】が【竜】を食って体に不調を来たすなんて事はありませんので、大丈夫ですよ」
エルネストさんは、言いました。
専門家がそう言うなら大丈夫なのでしょう。
あ、そうでなくて。
私は、ここに肉食獣の乳を貰いに来たのです。
【竜】の乳?
いいえ、まさか。
【竜】は卵生。
乳は出しません。
「実は、【ホワイト・ファング】の乳を少し分けて欲しいのですが」
私はエルネストさんに頼みました。
実は、この繁用施設には竜騎士団の騎竜である【竜】だけではなく、広大な敷地の彼方此方に多くの騎獣が繁用されています。
騎獣とは、軍の騎兵が乗る獣の事。
軍の騎獣は、その扱いやすさから馬の類が多いですが、【ドラゴニーア】軍は、【翼竜】、【グリフォン】、獅子系、虎系、狼系……なども馴致して騎獣として使役していました。
因みに、騎馬の類で草食系の動物は、他の場所で繁用されています。
【竜】などの肉食獣の気配に怯えてストレスとなるからだとか。
私が、この繁用施設を訪れた理由と目的。
騎獣として使役される動物の中には、寒地に適応した個体がいます。
軍隊は、如何なる環境下にも出動して行って戦わなくてはなりません。
例えば、真冬の寒冷地にも。
そんな時に、騎獣が寒さで動けないようでは、戦争になりません。
そういう事態を想定して、寒冷地に適応した魔物も騎獣として繁用している訳です。
私が乳を求めた【ホワイト・ファング】は、別名……氷狼……とも呼ばれる、特殊な魔物でした。
この【ホワイト・ファング】は、寒さを全く苦にせず、むしろ低温環境を好むという珍しい魔物なのです。
通常、狼の近縁種は春に出産し、夏の間に子育てをします。
しかし、【ホワイト・ファング】は秋口に出産し、冬の間に子育てをしていました。
つまり、【ホワイト・ファング】は、今乳を出すのです。
「氷狼の乳ですか?売る程ありますから、お譲りするのは構いませんが、余り美味い物じゃありませんよ。気付けに効くとか、薬の材料やら魔物避けになるとかで、余った乳を売りに出す事もあるんですが、とにかく、甘くて酸っぱくて、それでいて、苦くて渋くて、匂いも独特で、とても人種が飲めたもんじゃありません」
エルネストさんは、言いました。
・・・
私は、エルネストさんから大量の【ホワイト・ファング】の乳を貰って、【ラウレンティア】に戻ります。
ホテルの部屋で待つ弟子達の所に合流しました。
ウルフィは、目を覚まし……クゥー、クゥー……と空腹を訴える鳴き声を上げています。
ソフィアの、お腹の虫と同じような声ですね。
「ジェシカ。これを飲ませてみて下さい」
私は、【ホワイト・ファング】のミルクを深皿に入れてジェシカに手渡します。
「うえ〜、何この匂い」
ハリエットが言いました。
他のメンバーも眉を顰めています。
特に嗅覚が鋭いグロリアとジェシカには、強烈なダメージがあったらしく目をシパシパさせていました。
甘ったるくて酸っぱくて苦くて渋くて……という匂い。
味を確かめてみようなどとは思えないミルクです。
ジェシカが戸惑いながら、【ホワイト・ファング】のミルクを差し出すと、ウルフィはクンクンと匂いを嗅いでペロペロと飲み始めました。
私は、【鑑定】で、ウルフィの体内をサーチしながら健康状態に問題はないか確認しています。
問題はなさそうですね。
ウルフィは、ミルクを飲み干してペロペロと皿を舐めていました。
私は、少しミルクを注ぎ足します。
やがて満足したのか、ウルフィは自分の口の周りをペロペロと器用に舐めて綺麗にした後……げふ〜っ……と盛大にゲップをしました。
それから、ウルフィは大きな欠伸をして、ジェシカの膝の上に顔を埋めて眠ってしまいます。
「ジェシカ。これは【ホワイト・ファング】の乳です。管理はジェシカに任せます。ウルフィを責任を持って養育するように」
私は、大量の【ホワイト・ファング】のミルクが入ったタンクを【宝物庫】に移して、ジェシカに渡しました。
あ〜、もう色々と面倒なので、この機会に【ファミリアーレ】のメンバー全員に、1つずつ【宝物庫】を支給してしまいましょう。
弟子達は、恐縮しながら【宝物庫】を受け取り、左手首にはめて嬉しそうにしていました。
基本的には、内部【収納】には【ギルド・カード】などの貴重品類を入れ、【宝物庫】には素材や資材など嵩張るモノを入れて使い分ければ良いでしょう。
さてと、少し早いですが弟子達には昼食を食べさせましょうか。
ジェシカは、ウルフィを看ていなければならないので外食は不可能でしょうね。
ウルフィは、まだ部屋で待たせておける程には育っていません。
飲食店に動物を連れて入るのは衛生上好ましくはありませんからね。
盲導犬など人種の生活支援に必要不可欠な家畜の場合は仕方がありませんが、ウルフィは【調伏】された魔物ですので。
「ジェシカ。アタシが後でウルフィの世話を交替してあげるから、順番に食事して来よう」
ハリエットが言いました。
弟子達の女子チームは、ハリエット、アイリス、モルガーナの同室組が先に食事に出て、グロリア、ジェシカ、リスベットの同室組が留守番……その後、交替する算段になったようです。
「私は、午後【竜城】で会合に出席しなければいけません。なので、午後は戻りません。今日も午後は自由時間にします。いつも通り、何かあれば【スマホ】か【ビーコン】で呼び出して下さい」
私は、弟子達にお小遣い3銀貨を支給しました。
「あのう、私達は魔物の討伐報酬で口座に凄い金額があるのですが……」
グロリアが遠慮します。
「忘れましたか?私と行動を共にしている間は、あなた達に私金の使用は許可しません。これは決定事項です。必要がなければ貯蓄しておきなさい。冒険者という職業は、いつ大怪我をして働けなくなるかわからないのですから」
私は言いました。
ジェシカが野生の魔物を助けた事で、私なりに色々と考える事もあります。
ジェシカが野生の生き物を可哀想だと思って保護したのと、私が孤児院の出身者を支援しているのと、一体何が違うのでしょう?
それは偽善なのでは?
いや、こんな自問自答は無意味ですね。
何故なら、この答えに非の打ち所がない正解を導き出せるとするなら、私は絶対に行動を間違わない筈なのですから。
私には正解がわからないという事が、即ち……私には、選択した結果が正しいとか間違いだとか自分で判断する能力がない……という事の証明なのです。
如何いう決断をした所で、私には、その選択の正否を評価する能力自体が備わっていない訳ですから、どんな結果になろうとも致し方ありません。
私は、ソフィアと相談した日に決めました。
ゲーム運営側のガイド・ラインであるゲームマスターの遵守条項と、この世界の法律・公序良俗・倫理・公衆衛生・社会通念に、なるべく違反しない……その限りにおいて、好きなように振る舞うと。
ええ、私は、もう決めたのです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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