第58話。ブートキャンプ(2日目)。
チュートリアル後。
名前…ティベリオ
種族…【狐人】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【騎士見習い】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…統率】
レベル…5
【静かの森】深部。
私達は、陣形を組んで行軍しています。
今日の布陣はというと……。
【自動人形】・シグニチャー・エディション達が前方に3体と、両翼に2体ずつの布陣。
その内側に弟子達。
前衛は、左からサイラス、グロリア、ハリエット。
中衛は、左からジェシカ、ティベリオ、アイリス。
後衛は、左からリスベット、ロルフ。
上空から近接航空支援でモルガーナ。
私は、後方を固めます。
「拠点の周辺は、昨日狩ったので獲物が薄いですね。今日は、もう少し奥まで侵攻してみましょう」
一同は返事を返しました。
うん、士気は上々。
良い傾向です。
3km程森を分け入ると、最初の魔物の反応がありました。
私の索敵能力は広大なので、未だ弟子達は魔物に気付いていません。
魔物の方も、それは同じ。
ただし、私達の位置は風上なので、おそらく敵の方が先に此方に気が付くと思います。
「前方12時方向に敵性反応2。距離約600m」
アイリスが言いました。
ほう、魔物より先に索敵しましたか……。
素晴らしい。
「モルガーナは、距離200mまで近付いたら攻撃。アイリスとジェシカは、100m圏内に入ったら【闘気】(魔力)を練って攻撃。他は近接するまで、そのままで」
ティベリオが矢継早に指示を飛ばしました。
うん、適切な指揮です。
しばらくして、魔物の方も此方に気が付きました。
魔物は、2頭の【牙鼠】です。
昨日の初戦で経験不足を露呈して、浮き足立った相手でした。
今日は如何でしょうか?
【牙鼠】は、かなりの速度で接近して来ます。
接敵……。
モルガーナが、渾身の【闘気】(魔力)を込めた【スピア】を投じました。
ドスッ!
見事に1頭の【牙鼠】を仕留めました。
それも、額のド真ん中にストライク。
もう、1頭が怯みました。
「前進っ!」
ティベリオが指示します。
【牙鼠】は、一瞬怯んだものの、此方の魔力反応から……弱い……と判断して再度突進して来ました。
知性が低い【牙鼠】は騙されましたね。
私と【自動人形】・シグニチャー・エディション達は、【認識阻害】して魔力を隠蔽しているので脅威と認識されていない筈です。
魔物は、獲物や天敵など対象の魔力を計る能力がありました。
おそらく、【コア】で魔力を感知出来るのだと思います。
【牙鼠】は、前方の【自動人形】・シグニチャー・エディション達が構えた【大盾】を跳躍しました。
その瞬間を狙っていたアイリスとジェシカが、完璧なタイミングで【クナイ】と【吹き矢】で迎撃します。
見事に【牙鼠】の両眼を潰しました。
【自動人形】の【大盾】を飛び越えた【牙鼠】は、着地に失敗して転倒します。
「おおーーっ!」
サイラスが【大剣】を振るい、【牙鼠】を一撃で仕留めました。
お見事。
まるで、熟練の冒険者パーティのようなチーム・ワークでしたね。
周囲の警戒を怠らない陣形に守られて、ロルフが2頭の【牙鼠】を【宝物庫】に収めます。
・・・
「9時方向に敵1。距離500。これは……昨日と同じ感覚なの。【王ムカデ】なの」
ジェシカが言いました。
魔物の種類も判別するようになりましたか……。
大したものです。
「左回頭っ!回れっ!」
ティベリオが躊躇なく指示しました。
一同は、ティベリオを中心に一糸乱れず一瞬で左回頭を完了します。
素晴らしい規律。
【王ムカデ】は、地中を進んで来ます。
【王ムカデ】が獲物を感知する方法は、振動でした。
ロルフが一計を案じ、【収納】から取り出したミスリル鋼材でパーティの50m前方辺りの地面を叩き、【王ムカデ】を誘き寄せます。
狙い通り、地中から……ボンッ……と【王ムカデ】が飛び出し、囮のミスリル鋼材に噛み付きました。
飛んで火に入る夏の虫。
此方は万全の迎撃準備です。
出現地点がわかっていれば、攻撃を当てる事は難しくありません。
モルガーナの【スピア】が、【王ムカデ】を一撃で屠りました。
【自動人形】・シグニチャー・エディション達が、【王ムカデ】の死体を地中からズルズルと引き摺り出して、ロルフが回収します。
「これを見て下さい。ミスリル鋼材が、こんなです」
ロルフが【王ムカデ】の強靭な大顎の餌食になった、ミスリル鋼材を見せながら言いました。
ミスリル鋼材には、くっきりと牙の痕が残されています。
「要注意ね。これに噛まれたら怪我では済まないわ」
リスベットの忠告に一同は頷きました。
ロルフが、【加工】でミスリル鋼材の牙痕を綺麗に修復して、元通りの真っ直ぐな形状に戻してしまいます。
ほお、もう金属の成形が出来るようになりましたか……。
素晴らしい。
如何やらロルフは、【チュートリアル】の後から、暇を見つけては【加工】の練習を繰り返しているそうです。
練習は嘘を吐きません。
ロルフの【加工】の能力は、【チュートリアル】で、泉の妖精から貰った【贈物】です。
つまり、【才能】によって能力が【上方補正】されていました。
とはいえ、その習得速度はユーザーに引けを取らない程に早いのです。
ロルフは、将来が楽しみですね。
・・・
「1時方向に【角狼】11。距離600m。急速接近中」
アイリスが報告しました。
アイリスも、魔物の種類を判別出来るようになったのですね。
素晴らしい。
【自動人形】・シグニチャー・エディション達が迎撃態勢を取ります。
私は、敵の数が弟子達の人数を上回る場合、まだ、対処が難しいと見て、【自動人形】に攻撃を命じていました。
しかし、今回は一当てさせてみましょう。
私は、【自動人形】に壁役を命じました。
【角狼】は、3頭が左から、3頭が右から、私達の背後に回り込んで来ています。
前方からは5頭。
挟み討ちですね。
さあ、ティベリオは如何しますか?
「グロリアは後方に移って、僕と2人で後方を守る。【自動人形】隊は等間隔で円形陣に陣形を変えろっ!ロルフは、前方の支援。リスベットは、後方の支援。アイリスとジェシカは、両翼に別れて側面を保持っ!モルガーナは、先に前方を狙えっ!」
ティベリオは指示を飛ばしました。
今回もパーティ・メンバー達は統率された動きで陣形変更に対応。
う〜ん、2正面戦術ですか?
火力を分散するのは得策ではありませんし、このままでは包囲されてしまいますが……。
まあ、見守りましょう。
【角狼】は、私達を完全に包囲してしまいました。
ジリジリと包囲網を狭めて来ています。
モルガーナが初撃を投じました。
1頭を見事に倒します。
残った【角狼】達10頭が、反時計回りに回り始めました。
モルガーナが2投目を撃ちましたが、これは不発。
【角狼】は、尚も高速でグルグルと周回しています。
これは、あれですね。
横方向の動きに私達が慣らされたところで、方向転換して一気に襲い掛かって来るつもりでしょう。
横方向の動きから急に前後方向の動きに変わると、存外に咄嗟の対応が難しいモノでした。
「来るぞっ!」
アイリスが言います。
刹那、【角狼】達が、地面を蹴って一斉に襲いかかって来ました。
アイリスとジェシカとモルガーナが自分の武器で、ロルフとリスベットが、【理力魔法】で迎撃します。
5頭に攻撃を当てました。
モルガーナの【スピア】を食らった1頭は即死。
他はダメージは受けましたが生きています。
前方では、ハリエットとサイラスが、1頭ずつの【角狼】を一刀の元に斬り捨てました。
後方では、グロリアとティベリオが、それぞれ1頭ずつの【角狼】を迎撃。
グロリアは【角狼】の頭蓋を【闘気】(魔力)を込めた拳で打ち抜き倒しましたが、ティベリオの斬撃は軽く致命傷には至りません。
そして、2頭は無傷のまま余ってしまい、当然攻撃を仕掛けて来ました。
同時に傷を負いながらも生きていた4頭も攻撃に参加。
弟子達は準備が整っていません。
これはダメなケースです。
私が、魔法で6頭の【角狼】を殲滅しようとした時……。
グロリアが遠吠えをしました。
【遠吠え】。
狼系の魔物……そして狼系の種族に共通する【能力】。
いいえ、本来は【能力】とも種族特性とも言い難い単なる鳴き声。
もちろん、戦闘技能の類ではありません。
【遠吠え】は、遠隔のコミニュケーションとして用いられるモノです。
しかし、魔力を高めた状態で敵に対し至近距離で放つと、敵を一瞬【硬直】させる効果がありました。
【高位】の魔物には簡単に【抵抗】されてしまいますが、このクラスの魔物になら辛うじて効きます。
グロリアの【遠吠え】を真面に受けた【角狼】達は、完全に【硬直】しました。
時間にして僅か1秒ほどでしたが、それだけあれば今の弟子達には十分です。
弟子達は、私が手を貸すまでもなく、あっと言う間に6頭の【角狼】を殲滅してしまいました。
大変素晴らしい。
弟子達は、良い意味で私の予想を上回って来ました。
期待以上の結果です。
グロリアとロルフが、手分けをして【角狼】の死体を回収しました。
「さてと、一旦休憩にしましょう」
私は言います。
・・・
【転移】で拠点に戻り、甘い菓子とジュースを補給しながら反省会。
【角狼】との戦闘では、グロリアの【遠吠え】が効いて倒しきりましたが、あれは結果オーライでした。
本来は、包囲された時点で思わしくない状況だったのです。
では、如何するべきだったのか?
私は、弟子達に考えさせました。
「昨日ソフィア様が言っていたように、包囲される前に【自動人形】を何体が出して、敵後方を圧迫して此方に追い込むのが良いのでは?」
ティベリオが言います。
キツツキ戦法ですね。
それも一案です。
「何処か包囲されないような地形に誘い込んだら如何かな?」
モルガーナが言いました。
「崖を背にするとか、川を背にするとかして、正面方向だけに敵を集めるのね……」
リスベットが言います。
背水の陣ですね。
それも一案です。
「アタシは、敵と等距離を保って、ず〜っと退却しちゃって、この拠点まで連れて来ちゃえば良いと思うんだけど?そんで、入り口の所で隠れて待ち構えて、敵が入って来たら、みんなでボコ殴りにすんの」
ハリエットが言いました。
「いや、相手は【角狼】ですよ。知恵があるから罠には乗ってこないのでは?」
ロルフが言います。
「きっと、匂いで私達が隠れてるのがわかるの」
ジェシカも、ハリエットの作戦の粗を指摘しました。
「そっか、ダメか……」
ハリエットは、落ち込みます。
「いや、そうとも言えない。ハリエットの言う……味方が有利に戦える場所まで敵を連れて来る……という考え方自体は使える」
アイリスが言いました。
「そうですね。リスベットが言ったように、何処か有利な地形を事前に調べておいて、そこに誘い込むという事も可能なのではないかと……」
グロリアも言います。
「予め陣地を構築しておく……」
サイラスが言いました。
「そうですね。陣地や味方が有利な地形や、そういう場所に引き込んで戦うのですよ」
ティベリオが言います。
どうやら意見は良い具合に煮詰まったようですね。
「ハリエットが言った……撤退しながら敵を引き込んで、味方有利な状況に誘引し撃滅する戦術を、冒険者達は……トレイン……と呼びます。大体は少数の機動力があるメンバーが囮として敵を引き寄せ、味方が有利な状況で待ち構えている陣地に引き連れて来るのです。その考え方は、あり得ます。しかし、これは敵を誘引する囮役が危険に曝されますので、あなた達には許可出来ません。ただし、【角狼】を後方に回り込ませない戦術機動を行いながら、有利な地形や状況まで誘い込むというハリエットの着想は正しいです。さっきの状況なら、私もそういう指示を出したと思います。他のみんなの意見も、それぞれ一考に値する有効な方法論だと思いますよ。良く考え付きましたね。感心しています」
私は言いました。
一同は、嬉しそうに頷きます。
・・・
休憩後。
再び進軍開始。
「前方に敵性反応20、距離600m。闇狼」
アイリスが声を上げました。
はい、これはダメ。
敵が多過ぎました。
私は、即座に【自動人形】・シグニチャー・エディションに撃破を指示します。
【自動人形】は、20頭……いや、19頭の【闇狼】を瞬時に殲滅しました。
「1頭が残った。いや、【マップ】の光点反応が白く変わった。敵ではないのか?」
アイリスが言います。
私は、迷いましたが【自動人形】・シグニチャー・エディションに、その生物を回収させました。
「【魔狼】の子供……」
ジェシカが言います。
これは、一昨日私が地均しで殺した【高位】の【魔狼】の子供だったのでしょう。
体長から推測するに生後間もないのでしょうが、季節外れの子供ですね。
ごく稀に秋口に産まれる個体があるそうです。
そういう個体は、やがて季節が冬に向かうにつれ餌が足りなくなって、まともに育たない事が多いのだとか。
それから、【魔狼】の子供は同時に複数産まれます。
周辺の広範囲を【マッピング】で捜索しても、他に反応はなし。
つまり、この子供の兄弟は先程の【闇狼】の胃袋の中でしょうか?
少なくとも、生存はしていないでしょう。
親を殺してしまいましたか……。
気の毒な事をしました。
まあ、子供連れだとわかっていたとしても、やはり殺したでしょうが。
必要があれば、私は何でもやります。
魔狼の親だろうが子供だろうが……。
「酷い怪我……」
グロリアが手を伸ばしました。
途端、【魔狼】の子供は……フーーッ!……と牙を剥いてグロリアを威嚇します。
中立を示す白い光点が、瞬間的に敵対を意味する赤に変わりました。
この辺りは、子供とはいえ野生の【魔狼】です。
グロリアが【治癒】を掛けて傷を治しましたが、今のグロリアでは、ここまでの重篤な傷は治療しきれません。
【魔狼】の子供の後脚は、膝下から欠損しています。
おそらく、【闇狼】に食い千切られてしまったのでしょう。
その傷よりも、もっと深刻なのは体側の深傷。
毛皮と皮膚を裂かれ、肋骨が直に見えていました。
此方も現在のグロリアの能力では治せません。
つまり、この【魔狼】の子供は、もう間もなく死ぬでしょう。
「ノヒト先生。救けてあげて下さい」
ジェシカが言いました。
ジェシカ、それは些か感傷が過ぎます。
望ましい判断ではありませんね。
私は、黙って首を振りました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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