第54話。ブートキャンプ(1日目)。
本日、7話目の投稿です。
【静かの森】。
「9時方向、敵性反応1、距離400m。こちらへ向かって来る。速度が早い!接敵するぞっ!」
アイリスが声を上げます。
「回頭……いや、間に合わないか……このままの陣形で迎撃。モルガーナは敵を捕捉し次第、攻撃開始!」
指揮官役のティベリオが、多少慌てながら指示を出しました。
「うりゃーっ!」
モルガーナが【スピア】を投擲します。
ガスッ……。
【スピア】は地面に突き刺さりました。
「外したっ!」
モルガーナが悔恨の声を上げます。
ガサガサッ!
体長2mほどの【牙鼠】が茂みから飛び出しました。
アイリスが素早く3本の【クナイ】を投げますが【牙鼠】の毛皮に跳ね返されます。
【中位】以上の魔物に対して、質量が小さい投擲武器を普通に投げ付けただけでは、有効なダメージが通りません。
攻撃の威力を高めるには、武器に【闘気】(魔力)を込めなければならないのですが、まだアイリスを含めた弟子達は【闘気】(魔力)を武器に込めるのに数秒間の溜め時間を要しました。
予め【闘気】(魔力)を溜めておく事は可能ですが、溜め待ちをすると燃費が悪く、攻撃インパクト時に最大効率が得られず萎んでしまったり空振ったりという、所謂……パンク……の状態が起き易くなります。
アイリスは、パンクを嫌って溜め待ちをしていません。
左翼に展開している【自動人形】・シグニチャー・エディション2体が、【大盾】を構えて【牙鼠】の突進に備えます。
しかし、【牙鼠】は地面を蹴って【大盾】を跳躍しました。
【牙鼠】は生体反応がない【自動人形】・シグニチャー・エディションを獲物ではなく障害物と認識したのでしょう。
弟子達は予想外の事態に戦慄して硬直してしまい、動けません。
私とソフィアは咄嗟に迎撃の魔法を準備しました。
空中から【牙鼠】が大きな牙でアイリスに襲い掛かろうとします。
ガシッ!……ビターンッ!
【自動人形】・シグニチャー・エディションが手を伸ばし空中の【牙鼠】の尻尾を捕まえて地面に叩き付けました。
私は、【自動人形】・シグニチャー・エディション達に……新兵訓練の間は危険がない限り攻撃には手を貸さず、単なる壁役に徹するように……と命じてあります。
つまり、今の【牙鼠】のジャンプ攻撃は……【自動人形】・シグニチャー・エディションが手を出さざるを得ない程度の脅威があった……という事でした。
「ハリエット。行けっ!」
私は、思考停止してしまっているティベリオの代わりに指示を飛ばします。
こういう味方が硬直してしまっている時は、危険感知能力が少しお馬鹿になっているイケイケな性格のハリエットを焚き付けるのが適当でした。
「おりゃーっ!」
ハリエットは、私の声に反応して半ば条件反射のように【牙鼠】に斬り掛かります。
私は、指揮系の各種ステータスも全てカンストしているので……命令に味方を従わせる【能力】……を最大効果で行使出来ました。
これは、ティベリオが持つ【統率】と同系統の【能力】です。
もちろん、私の【能力】はティベリオの上位互換ですけれどね。
味方を命令に従わせる指揮系の【能力】は、味方が放心状態や恐慌状態などに陥っていると効果が働きません。
現在の弟子達が硬直した状態がそうです。
この瞬間は、ハリエットしか【能力】による指揮の効果が及ばない状況でした。
ザクッ!
ハリエットが【牙鼠】の胴に【太刀】を振るいます。
私がハリエットに与えた【太刀】は高性能ですが、打ち付けるような打撃では【太刀】の性能が十分に発揮されません。
「キシャーーッ!」
【牙鼠】は苦悶の鳴き声を発します。
「アイリス。トドメをっ!」
私は、ハリエットの攻撃を見て硬直が解けたアイリスに命じました。
「はーーっ!」
アイリスは【闘気】を込めて【短刀】を突き立てました。
グサッ!
【牙鼠】はビクビクと痙攣します。
「くっ、このっ!」
アイリスが【短刀】を、もう一度突き立てました。
グサッ!
「そりゃーーっ!」
ハリエットも再び【太刀】を振るいます。
ザシュッ!
【牙鼠】は首にハリエットの斬撃を受け、ようやく絶命しました。
初戦を終え、弟子達は半ば放心状態です。
「次来るぞっ!前方500m。モルガーナ、【敵性個体】を引き付けてから投げろっ!全員魔力を高めろっ!」
私は指示を飛ばしました。
「はぁーーっ!」
モルガーナが【スピア】を投擲します。
シュンッ、ザクッ!
モルガーナが投げた【スピア】は獲物を掠めて外れ、地面に突き刺さりました。
如何せん距離が遠過ぎます。
モルガーナの力量では、もっと近接しなければ投擲が当たりませんし、仮に命中しても長射程では深傷を負わせられません。
しかし、【敵性個体】に対して有効射程に近接するという事は、【敵性個体】からの攻撃を受けるリスクも高まりました。
戦闘に慣れていないと、如何しても恐怖心で【敵性個体】を引き付けるのを忌避しがちになります。
今度の【敵性個体】は【ホーラブル・ベア】。
立ち上がると4mの巨体を誇る熊で頭部に4つの眼を持ち口は大きく裂け、ホーラブル(悍しい)という名前が示す通りの姿をしています。
【ホーラブル・ベア】は【牙鼠】と同じ【中位】に分類される魔物で、【ホーラブル・ベア】は【膂力】と【攻撃力】のステータスが高く、【牙鼠】は【敏捷性】が高いという違いがありました。
【ホーラブル・ベア】の攻撃は威力が高いので、被ダメージという意味では【牙鼠】より危険です。
【ホーラブル・ベア】の突進を前方の【自動人形】・シグニチャー・エディション3体が【大盾】でガッシリと受け止めました。
動きが止まった【ホーラブル・ベア】に【前衛】を担うハリエットとサイラスの2人が同時に斬りかかります。
しかし、ダメージを与えたのは【ホーラブル・ベア】の肩口を抉ったサイラスの【大剣】の方だけ。
ハリエットの斬撃は、【闘気】(魔力)の練りが甘く跳ね返されてしまいました。
もう1人の【前衛】であるティベリオは立ち竦んで動きません。
これは不味いか……。
私とソフィアは同時に魔法の準備をします。
手負いの【ホーラブル・ベア】が後ろ足で立ち上がり爪を振り上げました。
刹那。
ジェシカが【吹き矢】を連射して【ホーラブル・ベア】の眼球2つに命中させました。
ほぼ同時に動いていたロルフが【収納】から出した100kgのミスリル鋼材を【理力魔法】で飛ばし、【ホーラブル・ベア】の頭部に叩き付けます。
敵が怯んだところをリスベットから【防御】を掛けてもらい、尚且つ【獣化】したグロリアが飛び掛かり、【ホーラブル・ベア】の顔面を【闘気】を込めた拳で横殴りにフル・スイングしました。
グロリアの拳を真面に食らった【ホーラブル・ベア】は脳が揺らされてグラリと蹌踉めき前足を地面に下ろします。
アイリスが【闘気】を込めて【クナイ】を投げ、同時にジェシカが再び【吹き矢】を発射。
【ホーラブル・ベア】の残った2つの眼球を潰しました。
「そいやぁーーっ!」
ハリエットが【太刀】を横薙ぎに一閃します。
スパーーッ!
【ホーラブル・ベア】の首がズルリと滑りドサッと地面に落ち、巨体が潰れるように倒れました。
うん、ギリギリでしたが自分達の力だけで何とか倒しきりましたね。
【牙鼠】と【ホーラブル・ベア】の死体は【宝物庫】を持つロルフが回収しました。
・・・
「モルガーナ。遠いですね。もっと獲物を引きつけなさい」
「はっ!」
「ハリエット。【太刀】は断ち切るのではなく、刃を利かせて引き斬るのですよ。最後の一太刀筋は良かったです」
「はい。鍛錬の時を思い出した」
「【中衛】と【後衛】も良くやりました。特にジェシカとロルフは咄嗟に眼球を狙ったり鋼材をぶつける機転は素晴らしかったですよ。アイリス、グロリア、リスベットも自分の出来る役割を、きちんと果たしましたね」
「「「「「はい」」」」」
「ティベリオ。あなたは【後衛】に下がってロルフの場所に移りなさい。それから指揮もロルフと交代。ロルフは【中衛】のグロリアの場所に、グロリアはティベリオに変わって【前衛】中央に立ちなさい」
「は、はい……」
ティベリオは、消沈したように言いました。
「「はいっ!」」
グロリアとロルフはキビキビと持ち場を交代します。
・・・
【静かの森】深部。
「10時方向、敵性反応1。距離400m、接近中っ!」
アイリスが報告します。
「見えないっ!何処だ?」
上空からモルガーナが叫びました。
【マップ】では確かに赤い光点反応が近付いて来ていますが、肉眼では敵の姿が視認出来ません。
弟子達は、これが如何いう事か気付けるでしょうか?
「下にいるの。地面の下っ!」
ジェシカが言います。
「密集して防御っ!アイリス、ジェシカ、モルガーナ……出鼻を撃てっ!」
ロルフが指示を飛ばしました。
「近いっ!接敵するぞっ!」
アイリスが報告します。
「【加工】!」
ロルフが地面に両手を付けて【加工】を詠唱しました。
ロルフは、いつの間に【加工】を使えるようになったのでしょうか?
ロルフの【加工】により土の密度が変化して硬くなり、地中を接近して来る敵は地表に向けて進路を変えました。
ロルフの見事な魔法の応用です。
パーティの10mほど先で地面が盛り上がり、地中から巨大なムカデが出現しました。
【王ムカデ】。
ムカデとしては最大のサイズで強力な顎で金属すら簡単に噛み砕きます。
年月を経て成長すると魔法まで使い始め【高位】に分類されますが、このサイズなら、まだ【中位】の範疇。
アイリス、ジェシカ、モルガーナが、準備していた飛び道具を一斉に浴びせます。
ロルフもミスリル鋼材を【王ムカデ】に勢い良く落下させました。
全ての攻撃が命中。
特に初めて当たったモルガーナの【スピア】が強力な破壊力を発揮。
【スピア】は【王ムカデ】の胴体を貫通して、その巨体を地面に縫い付けました。
さすがは、【ドラゴニュート】の攻撃力。
「ハリエット、サイラスっ!」
ロルフは叫びます。
この状況なら名前を呼ぶだけで、やる事は明らかでした。
ハリエットとサイラスは敵にたっぷりと魔力を込めた斬撃をお見舞いします。
スパッ!
ザクッ!
【王ムカデ】は胴体を3つに切断されました。
しかし、まだ生きています。
「ハリエット、サイラス。退けっ!」
ロルフは叫びました。
トドメを刺そうとしていたハリエットとサイラスは、その場を跳び退きます。
「ティベリオっ!頭にトドメをっ!」
ロルフは指示しました。
なるほど、ロルフは失点を犯して気落ちしているティベリオに汚名を拭うチャンスをお膳立てしてあげた訳です。
中々粋な計らいをしますね。
「……」
しかしティベリオは動きません。
【王ムカデ】の頭部がサイラスに襲いかかりました。
【自動人形】が、ピクリッと反応しましたが動きません。
「おおーーっ!」
既にグロリアが躍り掛かっていました。
【王ムカデ】の頭部に一撃を食らわせトドメを刺します。
その時【王ムカデ】の大顎がサイラスの身体に擦りました。
グロリアはサイラスの元に駆け寄って噛まれたと思われる箇所に【治癒】を掛けようとします。
「大丈夫。【バフ】が剥がれただけで身体は平気だ……」
サイラスは言いました。
「見せてっ!あなたは【無痛】の効果で気が付いていないだけかもしれないんだからっ!」
グロリアは怒鳴ります。
サイラスはグロリアの剣幕に気圧されて言う通りにしました。
「……大丈夫ね。良かった」
グロリアは大きく息を吐きました。
「あ、ありがとう……」
「まったく、あのくらい避けなさいよ」
グロリアが注意します。
「う、うん、わかった……」
サイラスは苦笑い。
その後、魔物と2回【遭遇】しましたが、両方とも弟子達が戦う前に【自動人形】が殱滅してしまいました。
一度は【猛毒ムカデ】。
毒はヤバいので【自動人形】が【光線】で瞬殺。
もう一度は、【ホーン・ウルフ】20頭の群。
こちらも数が多過ぎる事から【自動人形】が魔法で殺傷。
瀕死の【角狼】3頭が逃げ出しましたが、モルガーナの【スピア】と、アイリスの【クナイ】と、ジェシカの【吹き矢】で簡単にトドメが刺されました。
・・・
私達は、一旦拠点に【転移】して休憩を取ります。
ソフィアが自分の【宝物庫】から大量の菓子とジュースを提供しました。
疲労時に甘い物を摂取するのは良い考えです。
「アイリスさんの【索敵】は助かりますね」
ロルフが言いました。
戦闘中は敬称略で命令口調ですが普段は後輩組は1つ歳上の獣人娘達に敬語を使います。
「もっと早く気付ければ良いんだけど」
アイリスは眉間にシワを寄せました。
「いいえ。十分ですよ」
ロルフは言います。
「リスベット。【防御】をありがとう。おかげで思い切って踏み込んで行ける」
グロリアが言いました。
実は、私とソフィアと【自動人形】が掛けた強力な【防御】が効いているので、リスベットの【防御】は、ほとんど誤差のようなモノなのですが、それを言うほど私もソフィアも空気が読めなくはありません。
「いいえ。私こそグロリアさんの【回復】で魔力を回復してもらってる。魔法も使いながら【前衛】で戦うグロリアさんは凄いわ」
リスベットは言いました。
弟子達の輪から離れて、ティベリオが落ち込んでいます。
「ティベリオ。休憩明けはロルフと場所を交代しなさい。もう一度あなたが指揮をしますよ」
私は命じました。
「む、無理です……」
ティベリオは言います。
「出来るか如何かは関係ありません。やってもらいます。これは決定事項です」
「僕は役に立てません。ロルフのように見事な采配は振るえない……」
「ティベリオ。あなた達は生きています。パーティ・メンバーが死ななければ、それだけで十分に私の期待に応えています。采配云々は私やソフィアから見れば、ロルフもあなたも、どちらも評価に値するようなレベルではありませんよ。なので、どんなに拙くても現時点では何も問題はないのです。やるだけやりなさい」
「わ、わかりました……」
・・・
私達は【静かの森】深部を隊列を組んで行軍しています。
「3時方向、敵……いっぱい」
ジェシカが声を上げました。
「距離、400m。数6、いや7っ!」
アイリスがジェシカの情報を補足しました。
【索敵】を使えるアイリスの索敵範囲は現在のレベルでなら最大で半径1km。
確実な効果を発揮する距離は400mほどでしょう。
対してモルガーナは目視で敵を探し、ジェシカは嗅覚などの五感を頼りに捜索していました。
【マップ】の光点表示で詳細なデータが表示されるのは最大縮尺の半径100mサイズなので、多少不正確でも【索敵】を使えないにも関わらず距離400mで敵を察知出来るジェシカは十分に凄いですね。
「近付いて来ない……」
ジェシカが不思議そうに言います。
敵は【闇狼】。
群で行動し魔物としては知恵も回るので中々厄介です。
おそらく、こちらと距離を保って付け狙い隙を窺っているのでしょう。
さて、弟子達は如何するのでしょうか?
「ティベリオ。如何する?」
グロリアが訊ねます。
「ここは……パーティを分けます……」
ティベリオは静かに言いました。
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