第51話。ニュートン・エンジニアリング。
本日、4話目の投稿です。
【商業ギルド】から【飛行】で、同じ中心街にある大企業【ニュートン・エンジニアリング】に到着しました。
【ニュートン・エンジニアリング】は、私がソフィアにプレゼントする50mの【アイアン・ゴーレム】を発注した【ダビンチ・メッカニカ】などと同じく900年前から存在している老舗の大企業です。
【ニュートン・エンジニアリング】の発足はウエスト大陸最西端の国【ブリリア王国】ですが、ウエスト大陸が900年間戦争やら何やらで不安定だったのと、【ドラゴニーア】が世界経済の中心なので本社を【竜都】に移したのだとか。
確かに【航路ギルド】が運営する定期運行飛空船も【竜都】をメイン・ハブとして国際線を発着していますし便利ですからね。
【ニュートン・エンジニアリング】の本社に足を踏み入れると、本来【不滅の大理石】で出来ている筈の建物の内装は、全てオーク材が上貼りされ落ち着いた意匠に設え直されています。
ふむ、【ダビンチ・メッカニカ】同様、こちらも儲かっているようですね。
羨ましい。
私は、赤いカーペットが敷かれたエントランスを歩き受付に声をかけました。
「ノヒト・ナカと申します。イプシロン上級副社長に面会の約束をしているのですが」
「承っております。ご案内致します」
受付の女性が促します。
私は、そのまま応接室に通されました。
既に、数人が応接室に待っています。
「初めまして、イプシロンです。今日は、良くおいで下さいました」
イプシロンさんは右手を差し出して来ました。
「ノヒト・ナカです。どうぞ宜しく」
私はイプシロンさんと握手します。
自己紹介も終わり、早速本題へ……。
「魔法通信でお伝えした通り、飛空船の建造依頼に参りました。これが図面です」
私は【収納】から設計図の束を取り出しました。
【スマホ】製造後の効能として大企業の重役と簡単にアポが取れるという事があります。
【スマホ】のような携帯魔法通信が衰退した事により、魔法通信は官公庁やギルドや大企業でしか使われなくなりました。
なので、魔法通信で各所に連絡をすると、大体中枢にダイレクトに話が通りますので結果的に優先案件として取り扱ってもらえるという事なのでしょうね。
「これは、【飛空巡航艦】でございますね?」
イプシロンさんは眼鏡をかけて設計図を注視します。
「はい。これを造って頂きたいのですが」
「当社は造船業では世界一のシェアを誇ります。喜んで造らさせて頂きます」
「概算で構わないので見積りをお伺いしたいのですが、幾らくらいになりますか?」
【ダビンチ・メッカニカ】に発注した50mの【アイアン・ゴーレム】の金額から推定するに高額である事はわかりきっていますが、幾らかわからないと、私が今後幾ら稼がないといけないかもわかりません。
サウス大陸で一暴れして来る予定なので、どんなに高額でも捻出自体は可能だとは思いますが……。
「そうですね……【メイン・コア】それから各所の【コア】類を全てノヒト様が確保・製造なさると……。ならば15万金貨でお受け致しましょう」
イプシロンさんは、すぐに答えました。
「随分と安いのですね?軍の同規模の新造艦なら100万金貨はする筈です。【コア】関係を私が全て行うとしても50万金貨は予算として覚悟していたのですが?」
「【ゴーレム】とは違い稼動部分に精密度を要求される訳ではありませんし、制御・駆動も比較的シンプルです。【コア】関係を製造しなくても良ければ、船は配線やパイプが張り巡らされた空に浮かぶ只の箱に過ぎませんから安く出来ますよ」
イプシロンさんは笑います。
それにしても安過ぎますね。
私の計算では50mの【アイアン・ゴーレム】の重量は2400tに対して、飛空巡航艦の重量は3万t。
単純計算で使用する鋼材が10倍以上になりますので、材料費だけで10倍。
制御系が【ゴーレム】よりもシンプル?
それだって、かなり怪しい言説です。
私がイメージする艦のモデルはイージス艦。
先進技術が詰まったハイテク艦が……只の箱……などである筈がありません。
この人、技術系は素人なのでしょうか?
大丈夫ですか?
不安ですね……今から発注先を【ドワーフ・インダストリー】に変更しようかな……。
そして、私はイプシロンさんの言動に違和感を覚えていました。
どうやら、彼は私が【ダビンチ・メッカニカ】に【アイアン・ゴーレム】を発注した事を知っているようです。
「率直に言って、私はその認識には同意出来ません。もしも、あなた方が重工企業のプロフェショナルならば私の引いた図面を一目見れば、これが……只の箱……ではない事がおわかりになる筈。この話はなかった事にして下さい。他社に依頼する事にします」
私は図面を仕舞って席を立ちました。
如何やら、この人達は腹に含む所があるようですので関わり合いにならない方が良いでしょう。
「あ、いや、これは大変失礼を致しました。決してそういう意味ではありません。ノヒト様の図面は驚異的な技術の結集された物であると認識しております。私共は、何としてでもこの依頼をお引き受けしたいのです。何卒お座り下さい……」
イプシロンさんは土下座せんばかりの勢いで私を止めました。
私は、もう一度座り直します。
話くらいなら聞いてあげましょう。
「お引き受け致します。私にはザクリスという古い友人がおります。ザクリスは【ダビンチ・メッカニカ】で技術部門の取締役をしております。私とザクリスは【グリフォニーア】工業大学の同級生なのです。彼から、ノヒト様から【ゴーレム】の発注があった事を聞きました。彼は……失われた【ゴーレム】技術を復活させるような、とんでもない設計図が持ち込まれた……と興奮しておりまして……本来なら、こちらから金を払ってでもやりたい仕事だが、営業の連中は設計図の価値を理解していない……とも言っておりました。この度【竜城】のノヒト・ナカ様からのアポイントがありました事をザクリスに話を致しましたら、彼から……必ず会社の為になるから無料でも良いから受注しろ……と言われたのです。なので赤字でも請け負わせて頂きたいと、このような費用見積りを致しました」
イプシロンさんは言いました。
なるほど。
まあ、私には関係のない話ですけれどね。
如何いう理由にせよ安く上がるに越したことはありません。
15万金貨(150億円相当)なら手持ちの現金で賄えます。
正直ありがたいですね。
「それで、納期はどのくらいかかるでしょうか?」
「4ヶ月……いいえ、3ヶ月でやらせて頂きます」
「いくら何でも早過ぎませんか?」
「他のセクションの操業を止めてでも3ヶ月で完成させます」
イプシロンさんは言いました。
「工期短縮の突貫工事だとしても完成度が下がる事は絶対に受け入れませんよ」
私は言外に……【竜城】の威光……というモノをチラつかせながら言います。
私の身分は……【竜城】の相談役……という建前になっていました。
私は、違法でなければ使えるコネは何でも使う主義なのです。
早く出来る事は望ましいですが、不良品を掴まされるのは受容出来ません。
「弊社【ニュートン・エンジニアリング】の威信を賭け、総力を挙げてやらせて頂きます」
イプシロンさんは言いました。
あ、そう。
ならば良し。
イプシロンさんは……見積りは間違いなく15万金貨で受注し、余計に経費がかかっても1銅貨たりとも追加の費用請求はしない。工期も必ず守る……と【誓約】するので、その場で契約を結ぶ事にしました。
「ノヒト様の期待に添えるよう、技術屋魂をお見せしますよ」
イプシロンさんは言います。
何だか少し熱苦しい人ですね?
きっと悪い人ではないのだろうけれど……。
「宜しくお願いします」
イプシロンさんは技術屋畑の叩き上げで上級副社長……つまり会社のNo.2にまで昇り詰めた人物。
私の図面の価値は初見にも拘らず瞬時に理解していたようです。
何はともあれ、プロが、やると言っているのですから任せておけば良いでしょう。
私は【ニュートン・エンジニアリング】を後にしました。
・・・
私は、図書館に向かいます。
【ドラゴニーア】中央図書館は【竜城】の西にある浮遊島にありました。
地上との往復には専用の飛空船が無料運行しています。
私は【飛行】で、一飛び。
中央図書館は古代ローマ風の建築様式。
ファサードの正面から入って【地図】を確認します。
【地図】には獣人娘達と彼女達の【自動人形】の光点があるので何処にいるのかは一目瞭然。
おや、ロルフとリスベットが居ますね。
約束でもしていたのでしょうか?
どうやら彼女達は、3階の中庭に面した机に並んで座っているようです。
3階に上り獣人娘達の後ろから近付くと、彼女達は何やら真剣にメモを取りながら本を読んでいました。
若干1名……どう見ても机に突っ伏して寝ている子がいますが……。
「如何ですか?目的の本は見付かりましたか?」
私は弟子達に声を掛けました。
「ノヒト先生」
ジェシカが振り向いて言います。
「あ、ノヒト先生。司書の方達に訊ねたのですが……その本はない……と。魔導大全という本に至っては禁書扱いだそうです。魔法ギルドが厳重に管理しているらしいですね」
グロリアが残念そうに言いました。
私が弟子達に勧めた本の原書は図書館には一冊もない……という事です。
意訳本や解説本の類は沢山あるそうですけれどね。
ロルフとリスベットは【スマホ】で連絡を取り合い図書館で合流したのだとか。
「では、みんなは何を、そんなに熱心に読んでいるのですか?」
「これです。グレモリー・グリモワール著……ゾンビでもわかる空間魔法の上達法。この著者は古の英雄で凄い内容です」
リスベットが手に持った本の背表紙を私に見せます。
「私は、同じくグレモリー・グリモワールの……ゾンビも生き返るかもしれない治癒魔法の上達法……です。とても難しいですが勉強になります」
グロリアが言いました。
「……グレモリー・グリモワール……ね。うん、まあ、その著者の本なら正しい事が書いてあると思いますよ。借りて行けば良いのでは?」
「これは貴重な本なので貸し出し禁止なんです」
リスベットが言います。
なるほど。
だから一生懸命にメモを取っていたのですね。
「ノヒト先生。私は、これを借りて行きます」
ジェシカが言いました。
【エルフ】流、森林サバイバル術……ですか。
面白そうな本ですね。
「アイリスとロルフは?」
私は訊ねました。
ロルフは魔導高炉の設計……。
なるほど。
アイリスは……アサシネイト読本……。
暗殺術……ですか?
まあ、良いでしょう。
「ああ、ノヒト先生。おはようございます」
ハリエットが目を覚ましました。
「おはよう。何か借りて行きたい本はありましたか?」
「モフ太郎の冒険の最新刊です」
ハリエットは、たった今まで枕にしていた本を私に見せます。
モフ太郎氏は実在するユーザーでしたが……モフ太郎の冒険……はフィクションであり、新しく創作されたエピソードは事実ではありません。
古い時代に書かれたモノは、概ね事実に即しているようですが……。
モフ太郎氏は、こちらの世界では一種のアイコンかキャラクターと化していました。
日本にいるご本人が知ったら、どんな感想を言うのか聞いてみたい気もします。
「食事をしに行きましょう」
「やった……」
ロルフが言いました。
ロルフとリスベットは基本的に食事は孤児院ですからね。
外食が嬉しいのでしょう。
「ロルフ、リスベット。【スマホ】で孤児院に連絡しなさい。2人の夕食の準備をしているでしょうから」
「「わかりました」」
「ソフィア様にも連絡しますか?」
ジェシカが訊ねました。
「もちろんです。ソフィアに知らせずに私達が外食をしたなどとバレたら大騒ぎですよ」
「私が通信しても良いですか?」
ジェシカが訊ねます。
「あ、ずるいよ。あたしが通信したい」
ハリエットが言いました。
「なら、チャット通話という機能で2人同時に話せますよ」
「「わかりました」」
2人は、自分の【スマホ】を操作します。
私なら世界中何処からでもソフィアに【念話】を送れますが、今回は彼女達に任せましょう。
よほど【スマホ】を使うのが楽しいのでしょう。
「あ、メッセージだ……今、謁見中につき、用件はメールを送るのじゃ……だって」
ジェシカがソフィアのメッセージを読み上げました。
「ソフィア様。お食事に行くので、早くお仕事は終わらせて下さいね……と」
ハリエットがソフィアにメールを送信します。
「それじゃダメだよ。お仕事は大事だもの」
ジェシカが言いました。
「そっか。なら、お仕事はちゃんとして下さい。私達は終わるまで待ってますよ……と。これで完璧」
ハリエットは言います。
「あ、メッセージ。すぐ、終わらせるのじゃ……だって」
ジェシカがソフィアのメッセージを読み上げました。
公務中に【スマホ】を弄るとか……まあ、良いか。
私達は、図書館に保証金を預け貸出手続きをして【竜城】に移動しました。
獣人娘達は【自動人形】に抱えられ、ロルフとリスベットは私が抱えての【飛行】です。
お読み頂き、ありがとうございます。
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