第5話。超、多機能な空気清浄機。
大神官…アルフォンシーナ。
大神官直営の部下。
神官長…エズメラルダ。
軍…長官。
竜騎士団…竜騎士団長。
(竜騎士団長の格は、将軍や提督と同格)
軍の長官の幕下。
第一軍…将軍。
第二軍…将軍。
艦隊…提督。
竜城の立ち入り禁止部屋に【転移】した私は室内を見回しました。
広さはホールと呼べるくらいの大きさがありますが、四方の壁、床、天井……全て継ぎ目のない無垢の【不滅の大理石】で覆われています。
ここは殺風景ですね。
おそらく、しばらくは、この立ち入り禁止部屋が私の私室という扱いになるのでしょうから家具や調度を置きたいものです。
家具と言っても収納関係は【収納】の方が圧倒的に便利なので必要ありません。
パソコン……などありませんから、書き物をする机と椅子、ベッド、食卓として使うテーブルセット……そういう物はあっても良いですね。
明日にでも買い揃えに行ってみましょう。
照明は、この部屋は何故か明るいので必要ありませんね。
光源はどうなっているのでしょうか?
冷静に考えたらおかしいです。
この私室は、窓はおろか隙間すらない完全密閉空間。
どうして明るいのでしょうかね?
魔力の流れを感じませんから魔法的な何かではなさそうです。
まあ、考えてもわからない事は、異世界特有の不思議現象として丸っと飲み込んでしまいましょう。
キッチン、バス、トイレは、基本的に換気と排水が困難だという問題がありますから無理ですね。
魔法を駆使すれば亜空間に排出してしまうというギミックも敷設出来ますが……面倒です。
これは竜城の設備を借りるしかありません。
さてと、これから何をしましょうか?
私は、この世界に転移してしまった為に会社とは連絡手段がないのでゲームマスターとしての業務を完全には行えません。
こちらに異世界転移して以来、ユーザーらしき人達を一人も見かけませんので、もしかしたら、もう既にゲームのサービス自体が終了しているのかもしれませんしね……。
向こうの状況はどうなっているのでしょうか?
私は失踪者扱いになるのでしょうか?
クビになりますかね?
というか……私は死んでしまったのでしょうか?
まあ、気にしても仕方がありませんね。
そもそも、時間軸が現実世界と違っている可能性もあります。
とりあえず、ゲームマスターの職務っぽい事をボチボチやっていれば、もしも何かの拍子で日本へ戻れた場合に会社から給料がもらえるかもしれません。
給料問題は率直に言って切実です。
何もない私室では特にやる事もないので、ソフィアの様子でも見に行きましょう。
あれは、私が独断で運用を変更してしまいましたから管理を誤ると私の責任問題となってしまいますからね……。
私は私室を出ました。
場所は礼拝堂。
そこには、数人の【女神官】達が控えていて、何やら熱心に祈りを捧げていました。
本来【竜都】の礼拝堂は【ドラゴニーア】を含むセントラル大陸の主祭神である【神竜】……つまりソフィアに祈りを捧げる場所です。
ソフィアが現世に復活しているというのに、彼女達は一体何に祈りを捧げているのでしょうか?
実物は何処かそこいら辺をウロ付いている筈です。
意味もなく単に今までの習慣だからやっているだけなのかもしれません。
真心がないポーズとしての宗教儀式や、虚礼の類は空虚で馬鹿馬鹿しいです。
まあ、ソフィアにではなく【創造主】や先祖代々の魂に祈りを捧げている可能性もありますね。
「「「お帰りなさいませ」」」
【女神官】が声を揃えて恭しく礼をとります。
「ただいま戻りました。ソフィアは何処にいますか?」
「ソフィア様は、アルフォンシーナ様とご一緒に大会議室にいらっしゃいます」
【女神官】達の統括者であるエズメラルダさんが言いました。
「ソフィア達は公務中ですか?」
私は訊ねます。
「はい。【ドラゴニーア】最高評議会が緊急招集されたのです」
エズメラルダさんは答えました。
なるほど。
900年不在だった国家元首が急に実体を伴って現世に顕現したら、それは色々と話し合う事もあるでしょうね。
仕事の邪魔はしてはいけません。
私はエズメラルダさんと世間話をしました。
エズメラルダさんの役職名は神官長。
神官の中では最高位にあるそうです。
大神官のアルフォンシーナさんと、どちらが上席なのか、と訊ねたらエズメラルダさんは言いました。
「アルフォンシーナ様は【聖格者】でいらっしゃいます。私共【人格者】とは存在そのものからして位階の違う高貴なお方です」
エズメラルダさんは謙って言います。
セントラル大陸の信仰対象は【神竜】のソフィアで、彼女は名目上【ドラゴニーア】の国家元首でもあります。
【神竜】の首席使徒である大神官はアルフォンシーナさんで、彼女は【ドラゴニーア】の統治実務責任者でした。
その下の役職が神官長のエズメラルダさんという序列です。
つまり神官長エズメラルダさんは【神竜神殿】のNo.2でした。
【人格者】とは……人柄が良い者……という意味ではなく所謂人型の知的生命体……つまり人種の事。
種族によって違いますが、おおよそ数十年〜数百年そこそこの寿命を持ちます。
【聖格】とは、それらの上位種を指し、その特長は千年をゆうに超える寿命と強い魔力。
【ハイ・ヒューマン】、【ハイ・エルフ】、【エルダー・ドワーフ】などが、これに相当します。
銀行ギルド頭取のビルテさんは【ハイ・エルフ】なので【聖格者】ですね。
アルフォンシーナさんも、大神官を継承した時に【神竜】の加護を得て【聖格】を与えられたのだとか。
うん、確かに、そんな設定があったような……。
さらに、その上位には【神格者】という最上位の位階があり、守護竜の【神竜】やゲームマスターの私がそれに相当しました。
【神格者】は原則として不老不死で、仮に死んでもやがて復活します。
魔力も下位階の者とは比較にならないほど強大で、ゲームの設定上【神格者】は、文字通り神そのものか、または神と同等の存在として扱われていました。
因みにゲーム・ユーザーは死んでもレベル半減と所持金半減のコストを払えばコンティニューで何度も復活しますが、扱いとしては初期ステータスでは全員【人格】に設定されています。
ユーザーはレベルを上げたり特殊イベントを経て、上位種族の【聖格者】へとクラス・アップ出来ますが、設定上【神格】までは到達不可能。
【神格者】は、生まれつき【神格】を持つのです。
さてと、ソフィアの様子を見るつもりでしたが、彼女は仕事中。
暇になりました。
他にやる事は……あ、歓楽街で転移座標を設置した時に座標設置場所の件で親切にも便宜を図ってくれた衛士隊の上席者の方にお礼を言っておきますか……。
私は……誰かから親切を受けたら親切を返す……という信条を大切にしています。
こういう事は律儀にしておくべきでしょう。
私は、エズメラルダさんと別れ礼拝堂を後にしました。
・・・
私は【竜城】の下層にある官庁街に向かい衛士機構の本部を訪ねる事にしました。
【竜城】の下層はショッピングモールのような形状になっています。
中央部は吹き抜けとなり、周囲は何層ものフロアに分かれ、ここに【ドラゴニーア】のあらゆる行政機関の本部が収まっていました。
ショッピングモールのような……とは言っても規模は現代人がイメージするものより遥かに巨大です。
通路を【竜】が行き交えるサイズ感と言えばわかるでしょうか。
しかし、【神竜】がドラゴン形態に現身して動き回ると竜城上層部同様に、こちらも窮屈かもしれません。
いかんせん、あれはサイズから何から別格なのです。
衛士機構とは警察に相当する役所です。
治安維持、城門警備、税関、犯罪の取締り……などが任務。
私は、竜城下層の吹き抜けを【飛行】魔法で一気に降下し目的の衛士機構本部に到着しました。
入口を守る警備役の衛士に用件を伝えると彼は慌てて本部内へと伝令に走ります。
しばらくすると私は衛士機構本部内に案内されました。
エレベーターで上階へ向かいます。
エレベーターを降りた所では、多くの衛士が左右に整列し敬礼していました。
中央奥から男性が歩み寄って来ます。
【人】の男性。
彼が衛士長でしょうか?
見るからに歴戦の猛者然とした厳つい風貌です。
「衛士長を拝命しております。コルネリオでございます。【調停者】ノヒト様、この度はわざわざのお運び恐悦至極に存じます」
コルネリオ衛士長が敬礼しました。
「ご丁寧にどうも。実は、先ほど東側都市外縁部の歓楽街で門番の衛士の方に便宜を図って頂きました。そのお礼に参った次第です。ありがとうございました」
「勿体ないお言葉です。報告は受けております。お礼を賜りました事、当該の衛士達も皆励みにするでしょう」
さてと用件は済みました。
「では、お忙しいでしょうから、私はこれで失礼します」
「もう、行かれるのですか?もし、よろしければ【調停者】様から、お話を伺って見識を広げたいと存じますが……」
コルネリオ衛士長が言います。
うーむ、面倒臭いな……。
「いえ、職務もありますので、今日のところは、これで失礼します。また日を改めて伺います」
これは社交辞令。
私は堅苦しいのが苦手なので、用がなければ衛士機構本部には二度と来る事はないでしょう。
「そうですか、では、ご予定が決まりましたら、ご一報下さいませ。その時を楽しみにお待ち申し上げます」
コルネリオ衛士長は言いました。
私は、その場から【転移】で私室に戻りました。
・・・
私は、【ステータス画面】を開き【リマインダー】に……やるべき事リスト……と……やりたい事リスト……を作っています。
小一時間過ぎて、改めて【リマインダー】を読み返しました。
うん、まだ何一つやっていませんが、何だか……やり遂げた感……があります。
私は、こういう物を作成する事は好きなのですが、だいたい三日坊主ですからね。
忘れない内に、今出来る事をやりましょう。
この私室は密閉空間。
私は、無敵なので酸欠で死ぬ事はないのですが、息苦しさは感じます。
あまり気分の良い感覚ではありませんし、この私室で寝起きするつもりなので、寝ている間に空気が悪くなったら睡眠障害になるかもしれません。
なので空気清浄機を設置しましょう。
簡単な事です。
私が異世界転移して早々に、この部屋で酸欠になった際に使った魔法【大気】を永続的に掛け続ける【魔法装置】を造れば良いだけです。
私は、生産職系のステータスも最大値に固定されていますので、物作りだってお手の物。
あ、いや、少し工夫してみますか……。
【大気】は【超位】に分類される【気象魔法】なので、デタラメに魔力を消費します。
私は魔力が無限なので、直接魔法を行使する場合、効率は無視出来ますが、装置で行うとなると不経済ですからね。
制御とエネルギー供給を行う【魔法石】が巨大になるか大量に使用するか、いずれにしても材料費が嵩みます。
【魔法石】は集積回路と動力源を兼ねた基幹部。
【魔法装置】の最も重要なコアパーツです。
資金的に余裕はありますが、今の私は暇ですからね。
作業で時間を潰しましょう。
いっその事、多機能な空気清浄機にしますか。
まず【収納】から必要な部材とソフトボール大の【魔法石】を取り出しました。
このサイズの【魔法石】なら基幹部としては充分でしょう。
【魔法石】の内部に魔法で……室内環境を常にモニター、適宜炭酸ガスを吸収、適宜酸素を供給……を自動で行い、最適な大気状態を維持する目的の【魔法公式】を刻みます。
その他、多機能の部分を実現する様々な【魔法公式】も……と。
あー、もう、いっそ【積層型魔法陣】にしてしまいましょう。
簡単にやっていますが、【積層型魔法陣】は【超位】に分類される高度な【儀式魔法】で、それを【魔法石】に刻むのも高度な【超位工学魔法】なのです。
このレベルの【超位魔法】を精緻に制御出来るのは、私がゲームマスターだから。
更に私はユーザーや一般NPCには使えない【神位魔法】や、【神格者】のソフィアにも使えない【超神位】という最上位階のゲームマスター専用魔法や【能力】が使い放題。
我ながらチートだとは思います。
とは言っても、理論そのものは何のことはない、単なる物理学の応用なんですけれどね。
物理に魔法というご都合主義的ツールで無理矢理介入して現象を変質させ、または制御する。
これが、この世界の魔法の基本設定なのです。
さしずめ魔法物理学とでも呼びましょうか。
もしかしたら膨大なトライアンドエラーの末に私がやった現象と同じ事が再現出来るようになる【魔法使い】が現れる、あるいは既にいるかもしれませんが、おそらく原理を完全に理解出来る者は、こちらの世界にはいないでしょう。
こちらの世界には現実に魔法が存在します。
それが、こちらの世界の住民が、地球の純粋な物理学を理解する事を妨げるのです。
おそらく魔法に熟達し魔法の知識を深めた者ほど、物理学を基本としたこの世界の魔法の本質から遠ざかってしまうでしょう。
私は部材を組み立て魔法陣を刻んだ【魔法石】をフレームにハメ込みました。
外装はミスリル合金製です。
更に最大限の【耐久力向上】と【防御力向上】と【魔法耐性向上】の【永続バフ】をかけて仕上げ。
良し、出来たっと。
名付けて……【ガーゴイル型空気清浄機】プロトタイプ・アルファ。
魔力を流し【ガーゴイル型空気清浄機】を起動。
ブイン……。
お、動いた、動いた。
うん、正常に動作していますね。
因みに【ガーゴイル型空気清浄機】は、普段は彫像のように部屋の隅っこで、ひたすら空気清浄機の役目を果たしますが自立起動して私の命令も遂行します。
たぶんダンジョンなどに出る最高位の【ガーゴイル】より戦闘力も高いでしょう。
深呼吸してみました。
何となく空気が美味しく感じます。
同じ物を作れば売れますかね?
たぶん売れませんね……。
使われている魔法技術の隔絶した高さと、高品質の材料原価によって販売価格がとんでもない金額になりそうです。
・・・
私は、工作の時間を終えて私室から外に出ました。
もう日暮れです。
夕食は、また例の定食屋にでも行きましょうか。
「ノヒト様」
アルフォンシーナさんが声をかけて来ました。
「最高評議会は終わったのですか?」
「はい。細かい事は各省に持ち帰って詰めるよう命じました。ところで衛士機構に行かれたとか?」
「はい。ちょっと、お礼を言いに……」
「公職者への褒賞の場合は、事前に私に一言仰って頂けましたら大変ありがたいのですが……」
アルフォンシーナさんは少し困惑したように苦笑いしています。
褒賞?
あれは単なるお礼で、そんな大それた事ではないのですが……。
どうやら何か不味かったようですね。
「仕事中の衛士機構にアポもなく押しかけて、先方のご迷惑になりましたよね?すみません。今後は気を付けます」
「いいえ、とんでもない。ノヒト様は【調停者】。いわば【創造主】様の御使でいらっしゃいます。どちらへなりとも、お好きな場所にお出まし下さいませ。【調停者】様は、時には抜き打ちの査察などをなさる事もご職務の内だと理解しております。ただ、小さなトラブルが起きておりまして……」
「トラブル?」
「はい。実はノヒト様の訪ねた衛士長が……調停者様から表敬訪問を受け、衛士機構の働きに褒賞のお言葉を頂いた。次回は正式に式典を行い訓示を賜る約束をした……などと吹聴しておりまして。それを聞いた軍の長官が少し嫉妬をしているようなのです。身内の恥を晒してしまい、誠にお恥ずかしい限りなのですが……」
アルフォンシーナさんは【ドラゴニーア】の統治システムについて説明してくれました。
ドラゴニーアの頂点には神である【神竜】が絶対者として君臨しています。
しかしソフィアは原則として統治に関与しません。
君臨すれども統治せず。
つまり【ドラゴニーア】は立憲君主制を採用しているという事です。
まあ、900年も不在で国が問題なく回っていたのですから、ソフィアがいなくても実務に差し支えはないのでしょう。
実際に統治実務を行うのは……大神官、元老院議長、執政官、大判事……の【四大権者】と呼ばれる者達。
大神官アルフォンシーナさんは【神竜】の首席使徒、軍の最高司令官、首席外交官であり、他の大権者の執行に対する拒否権を持っています。
元老院議長は立法府の長。
執政官は行政府の長。
大判事は司法府の長。
今回私が訪問してお礼を言った衛士長は、執政官の下位にいる八人の長官の一人である内務省長官の更に下位の役職。
一方で軍の長官は大神官直属の部下で、衛士長より一段格上なのだそうです。
つまり軍の長官は……順序・序列があるだろう……と考え、衛士長だけが私から褒賞された事が内心面白くない訳ですね。
理解しました。
「つまり私に政府高官のところへ序列順で挨拶に回れと?」
「滅相もございません。ただ、もしも私のわがままをお聞き届け頂けるのでしたら、せめて軍の長官と、その幕下にある三軍。それから竜騎士団の閲兵をお願い出来ないかと。【調停者】様は【人】でありながら【神格】を持ち、強大な武力を持つお方。彼ら武人にとっては憧れの存在なのです。【調停者】様からお褒めに預かったり、お礼のお言葉を賜る事は最上の栄誉なのです。いかがでしょうか?」
アルフォンシーナさんは申し訳なさそうに言います。
軍の三軍とは……第一軍、第二軍、艦隊。
【神竜】の近衛である竜騎士団も大神官直営ですが、格的には軍の長官より一段低く、三軍の各指揮官や衛士長と同格。
それぞれ実力行使組織である軍と竜騎士団と衛士機構は互いに対抗心が強いのだとか。
なるほど。
「わかりました。ではスケジュールを決めておいて下さい」
「ありがとうございます。では早速予定を組んでおきます」
アルフォンシーナさんは深々と礼を執りました。
私の浅慮な振る舞いによって引き起こされた問題のようですから、閲兵くらいはしても構いません。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願いいたします。