第48話。シグニチャー・エディション
チュートリアル後。
名前…サイラス
種族…【オーガ】
性別…男性
年齢…15歳
職種…【戦士】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…無痛】
レベル…8
【センチュリオン】の【闘技場】。
「全員、集合」
私は弟子達を呼び集めました。
「え?これは何事ですか?」
グロリアが居並ぶ【自動人形】達を見回しながら言います。
「ノヒト先生。このお姉さん達は誰?」
魔力を武器に流す訓練に夢中で私の作業を見ていなかったハリエットは、完全に【自動人形】を【人】と認識している様子でした。
「いつの間に?」
アイリスは、全く気配という物を感じさせない【自動人形】達を怪訝そうに見ています。
「お人形?」
ジェシカは鼻をクンクンいわせ、どうやら【自動人形】が非生物だと気が付いたようでした。
「これは【自動人形】・ノヒト・ナカ・シグニチャー・エディション……と言います。現在私が手に入れられる材料で造れる最高性能の【自動人形】です。この7体は、あなた達戦闘職7人の訓練相手であり教師役ともなります」
弟子達はポカーンとした表情。
「この【自動人形】の人工知能には、私が持つ剣術、刀技、槍術、杖術、弓術、格闘術……などなど、あらゆる戦闘技能をトレースしてあります。また学習機能もあります。戦闘技能は、かなり高いレベルにあります。この【自動人形】を相手に訓練をして勝つようになれば、武道大会で優勝出来るでしょう」
弟子達は、ようやく意味がわかったようです。
ハリエットとモルガーナは明らかにワクワクしているのが、見ているだけでわかりました。
「そして実戦においては、この【自動人形】達が、あなた達の身を守ります。今後は常にペアとなった【自動人形】と行動を共にするように」
「「「「「「「はいっ!」」」」」」」
7人は元気良く返事をします。
「ノヒトよ。我も欲しいのじゃ」
「ソフィアには【神の遺物】の【自動人形】が修理出来次第、そちらを渡しますよ。ただし……絶対に攻撃などをしない。また、いかなる故障を誘発するような扱いもしない……という約束をして下さい。戦闘訓練の相手にする事など、もっての外です。【神の遺物】の【自動人形】の方を、そういう用途に使ったら、私は本気で怒りますからね。【神の遺物】の【自動人形】は高性能過ぎて完全に壊れてしまった場合は私にも直せません。戦闘訓練の相手は修理が可能な【アイアン・ゴーレム】などにして下さい。この約束を破った場合はソフィアを亜空間の休眠状態に戻してしまいますよ。良いですね?」
私はソフィアに伝わるように、きっぱりとした口調で最大限釘を刺しました。
ソフィアはお馬鹿なので、このくらいキツく、また明確に言わなければ、あの【自動人形】を戦闘の相手にして直ぐ破壊してしまうでしょう。
「うむ。わかったのじゃ」
ソフィアは私の言葉が冗談の類ではない事を悟り深く頷きました。
何故、ここまで厳しく言うのか?
それは簡単な事でした。
私が造ったモノと違い【神の遺物】の【自動人形】には、知性と自我があるからです。
自我に目覚めた機械。
人工知能の技術的特異点を突破した存在でした。
私は、【神の遺物】の【自動人形】は知的生命体だと思います。
実際、この世界には機械生命体も実在しました。
知的生命体を修理不可能な状態に破壊する行為は、即ち殺人。
自分の楽しみの為に殺人を犯すなど……狂人のする事です。
つまり私は、件の【神の遺物】の【自動人形】は知的生物として、言わば人権を認める事に決めていました。
・・・
【神の遺物】の【自動人形】が女性型だったので、私の【自動人形】も女性型にしてあります。
なので私は7体の【自動人形】に衣服を着せていました。
生々しくならないようにディフォルメしたつもりでしたが造形が精密だった為に、そのままでは多少羞恥を誘発するフォルムでしたので……。
女性型の細身の身体の中にバレーボール大の【コア】を装填しなければならなかったのです。
端的に言うなら、容積スペースを確保する為に胸部を大きくする物理的必要に迫られました。
つまり、この【自動人形】は巨乳さんだったのです。
これは、あくまでも物理的必要であって私の趣味ではありません。
ありませんからね。
閑話休題。
衣服は、やはりベタなフレンチ・メイド・スタイル。
もちろん衣服にも、あらゆる【効果付与】が最大限【バフ】してあります。
私はロルフとリスベットを除く弟子達に、それぞれ一体ずつの【自動人形】とペアになってもらいました。
「では、それぞれペアとなった【自動人形】に触れ、あなた達の魔力を軽く流して下さい」
私はロルフとリスベット以外の弟子達に指示をします。
ロルフとリスベットには、後日【コア】が入手出来次第、彼ら用の【自動人形】を与える約束でした。
それまでは我慢して下さいね。
7人は言われた通りにしました。
すると【自動人形】達が起動します。
「「「「「「「マイマスター。コマンドをどうぞ」」」」」」」
【自動人形】達は発声しました。
私以外の全員が感嘆の声をあげます。
一見して非生物とは思えないような仕草。
良し、不気味の谷は完全にクリアしましたね。
「【自動人形】・シグニチャー・エディション。製造者コマンド発動。プログラムを実行せよ」
「「「「「「「了解」」」」」」」
【自動人形】は私の音声と魔力パターンを認識し声を揃えて言いました。
これで、大丈夫。
「この【自動人形】達には個体名があります。グロリアのペアはウーノ……ハリエットのペアはドゥーエ……アイリスのペアはトレ……ジェシカのペアはクアットロ……モルガーナのペアはチンクエ……サイラスのペアはセイ……ティベリオのペアはセッテ……です。それぞれ少しずつ初期プログラムが異なります」
1、2、3、4、5、6、7……安直ですが、何か?
私は7体の【自動人形】用の武器……【オリハルコンの杖】を【収納】から取り出して手渡します。
これも、昨晩私が造りました。
元々魔力親和性の高いオリハルコン製の【杖】に市販品では最高品質の【魔法石】を取り付けた【神の遺物】以外では現存する最高クラスの魔法触媒であり殴打武器ともなります。
あ、そうだ。
ついでに……。
「みんなに支給した武器を貸して下さい。それとチュートリアルで【泉の妖精】からもらった武器もです」
私は弟子達に言いました。
弟子達は言われた通りにします。
私は弟子達に支給していた武器を【加工】で成型し直し【泉の妖精】から与えられた武器と全く同じ形状とバランスにしました。
【泉の妖精】から弟子達がもらった【鋼の武器】と、私が支給した【魔鋼の武器】も鋼材の密度と質量は同じ。
しかし性能は【魔鋼の武器】の方が桁違いに高性能です。
これで良し。
私は弟子達に【泉の妖精】から与えられた【鋼の武器】を返却し、私が成型し直した【魔鋼の武器】を再支給しました。
私から武器を支給されていなかったロルフとリスベットにも、このタイミングで、それぞれ魔鋼製の【ハンマー】と【杖】を渡します。
「では、あなた達は【自動人形】を相手に戦闘訓練を始めて下さい。ああ、グロリアとジェシカは残って下さい」
「あ、はい……」
「わかりました」
グロリアとジェシカは言いました。
弟子達は【自動人形】と戦闘訓練を開始します。
・・・
私はグロリア、ジェシカ、ロルフ、リスベット、に魔法の個人レッスンを開始しました。
元々魔法適性が高かったリスベットと、チュートリアルを経て魔法詠唱者として【才能】が開花したグロリアとジェシカとロルフには魔法を教えます。
「この【ミスリルのダイス】を空中に浮かべて静止させる訓練をしてもらいます。【理力魔法】ですね」
私は魔法詠唱者の4人に言いました。
【ミスリルのダイス】は、ミスリル製の小さなサイコロ。
ユーザーが【理力魔法】の練習を始める時には、このように魔法伝導率が高いミスリルを使って練習します。
「いきなり【高位魔法】から行うのですか?初めは水盤に溜めた水を動かすのでは?」
多少魔法学の知識があるリスベットは驚きました。
ああ、例の水盤訓練ですね。
もしかしたら、リスベットは孤児院で魔法の基礎訓練をしていたのかもしれません。
あの水盤訓練はNPC達にとって……魔法初心者が必ず最初に行うべきレッスン……という常識になっています。
しかし私には、あの訓練法に一体どんな効能があるのか、さっぱりわかりません。
おそらく、この世界の仕様から言って……殆ど意味はない……と断言出来るでしょう。
私は、魔法の初心者は何はともあれ、まず【理力魔法】から習得するべきだという考えです。
これは、ベテランのユーザー魔法職が考える一致した結論でもありました。
この世界の魔法の本質は……魔力という純粋なエネルギーを用いて、自然界の物理法則に介入する事……です。
つまり、全ての魔法は物理学の応用。
物理学の基礎と言えば、ご存知ニュートン力学。
つまり、最も力学的な【理力魔法】からやるのが妥当なのです。
そもそも、【理力魔法】が高難易度の【高位魔法】に分類されているのは、NPCが地球の物理学を全く理解していないからなのであって、【理力魔法】は本来とても簡単な原理で発動していました。
また、物質に影響を及ぼす【理力魔法】は、コンピューターで言えばOSに相当する物で全ての魔法の根幹でもあります。
これからやらなくて、一体何からやるのですか?
・・・
「出来た……」
リスベットは【ミスリルのダイス】を手の平の上で浮かべて驚いていました。
自分がしている事が信じられないようです。
「重力は重力場の歪みです。つまり魔力を用いて重力場を歪ませてやれば、重力から解き放たれた物体は自ずから浮かびます。それを制御すれば、物体は自由自在に動かせる訳です」
まだ多少ぎこちなく【ミスリルのダイス】を浮かせているリスベットの横では、グロリアとジェシカとロルフが50kg相当の【ミスリル】の鋼材をビュンビュンと空中に飛ばしていました。
グロリアとジェシカとロルフは、この世界の間違った魔法学の先入観がなかったので、水を吸うスポンジのように私の指導を吸収して、早くも【理力魔法】を使い熟し始めています。
「あのう、では既存の魔法学とは全て誤りなのですか?」
「蓄積された経験という意味では利用価値があります。また、相互作用や相関関係の観測結果は正しいです。しかし、根本原理に関しては概して誤りだと認識して差し支えありません。英雄が居なくなった後この世界の住人が独自に積み上けて来た魔法学は魔法の本質を理解出来ない【魔法使い】達が……自分達に理解出来る範囲に魔法の原理を無理矢理こじ付けた……いわゆる観念であって理論ではありません。なので魔導書を選ぶ時は、英雄が書いた物にして下さい。英雄ではない、この世界の【大魔道士】などと称されている者が書いた魔法書には正しい事は書いてありませんので」
「わかりました」
リスベットは頷きました。
「この【理力魔法】の精度を高めて突き詰めて行けば、色々な事が出来るようになります。リスベットは昨日……【調合】を覚えたかった……と言いましたが、【調合】と同じ効果を【理力魔法】で再現する事は可能です。【理力魔法】は、あらゆる物体・物質に影響を及ぼす魔法。熟達すれば物質の素性や分子構造にだって影響を及ぼせます。【調合】は……どういう原理か理解できないけれど、とにかく術者の目的に適う調合結果が引き起こされる……という魔法です。それに対して【理力魔法】では物質の素性や構造を完全に理解した上で、自分で意図して調合させる訳です。意味もわからず、ただ結果を受け入れるのと、きちんと現象の意味を理解しながら想定した結果を得るのと、どちらが研究者にとって利があるか?リスベットなら、わかりますよね?」
「はい、ノヒト先生。一生懸命頑張ります」
リスベットは100kg相当のミスリル鋼材を巧みに操り始めています。
元々弟子達の中で最も魔法適性が高かったのは、リスベットでした。
一旦コツを掴めば、後はグロリアやジェシカやロルフに後れを取る事はないのです。
これで魔法職組の魔法入門の取っ掛かりは良し。
さて、非魔法職組の方は……。
あ〜、見事なまでに【自動人形】にコテンパンにやられていますね。
まあ、今の弟子達に勝てる筈もないのですが……。
「いててて……」
ハリエットは【自動人形】に打ちすえられた手首をさすっていました。
「マイマスター。太刀は剣と違います。打つのではなく、引くのです」
ハリエットの【自動人形】であるドゥーエは、ハリエットに【治癒】を掛けてやりながら言います。
「うん、わかった……」
ハリエットは頷きました。
・・・
「マイマスター。無闇に跳び上がるのは愚策です。空中では慣性に支配され機動変更が出来ません」
アイリスの【自動人形】であるトレが言います。
「わかった」
アイリスが頷きました。
・・・
「マイマスター。予備動作が大き過ぎます。相手に狙いを読まれてしまいます」
モルガーナの【自動人形】であるチンクエが言います。
「わかった」
モルガーナは頷きました。
・・・
「小さく最短距離で攻撃を行いましょう。マイマスターの力なら軽く振っても効かせられます」
サイラスの【自動人形】であるセイが言います。
「わかった……」
サイラスは言いました。
・・・
「マイマスター。もっと下半身を安定させて下さい」
ティベリオの【自動人形】であるセッテが言います。
「うん。努力してみよう」
ティベリオは言いました。
・・・
「ちょっ、待って。無理。それ以上されたら壊れちゃう……」
リスベットは悲痛な声をあげています。
リスベットは【低位】の【防御】を張りジェシカとロルフの攻撃を耐えていました。
ジェシカとロルフは【理力魔法】で持ち上げた100kgのミスリルの鋼材で、リスベットの【防御】をガンガン叩いています。
リスベットの【防御】は2発ほどで簡単に破壊されてしまいますが、彼女は直ぐに【防御】を張り直すという格好。
リスベットの魔法は、まだまだ無駄が多いので、すぐに魔力が枯渇しますが、リスベットの背後にいるグロリアが【低位】の【回復】を掛け続け支援していました。
グロリアも、すぐに魔力が枯渇しますが、それを今度は私が【回復】するという形。
ソフィアは、グロリアとジェシカの【自動人形】であるウーノとクワットロを相手に、ごくごく軽いスパーリング中。
壊すなよ。
【メイン・コア】が無事なら修理出来ますが、ソフィアは、やり過ぎますからね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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