第46話。ソフィア、盛大にやらかす。
チュートリアル後。
名前…ジェシカ
種族…【犬人】
性別…女性
年齢…16歳
職種…【盗賊】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】、【解錠】
特性…【才能…潜入、解錠】
レベル…8
【ホテル・センチュリオン】のロビー。
夕刻。
私は、約束の時間にきちんと戻って来た弟子達を迎えました。
その場で【スマホ】を全員に支給し、使用方法を教えます。
ハリエットが直ぐホテルの奥に向かい、他のメンバーに通話したりメールしたりし始めました。
ロルフは、構造が気になる様子で【スマホ】を色々と弄っています。
「ノヒト先生。どうして音が出ていないのに耳を当てると声が聞こえるのですか?」
ロルフは質問しました。
ロルフとリスベットも他の子達の影響で、私を……先生……と呼び始めています。
「これは骨伝導という方式です。耳に……というか顔の骨に当てると振動が鼓膜に伝わり、音として認識される訳です」
私は【スマホ】を顎にくっ付けて話しました。
「なるほど、音は周波……つまり振動だからですね?」
ロルフは言います。
「そうです」
うん、ロルフは賢いですね。
・・・
【スマホ】への興味が一旦落ち着くと、弟子達は口々に自由時間をどう過ごしたのか話し始めました。
ハリエットとアイリスは幼馴染と旧交を温め、カフェでお茶をして、その後は他の女子メンバーと一緒にショッピングをしたそうです。
私からのお小遣いがあったので、ウィンドー・ショッピングではなく実際に買い物をしたのだとか。
女子力が高いリスベットの見立てで、色々と可愛い物を買ったそうです。
それは良かった。
男子メンバーは武器や【魔道具】を見て回り、結局何も買わずにフライドチキン系のファスト・フード店で大量お持ち帰りをして【収納】にキープした……と。
なるほど。
お小遣いですから、どのように使おうとも全く構いませんよ。
「私は神殿にソフィアを迎えに行きます。あなた達は夕食まで部屋で寛いでいて下さい」
夕食の時間までは、まだ2時間程あります。
「アタシも行って良いですか?神殿長様に、ちゃんとお礼をしたいし」
ハリエットが言いました。
アイリスも同意します。
「構いませんよ」
2人の為には明日改めて神殿長のオフィーリアさんと話す時間を取るつもりでしたが、2人が行きたいと言うのを断る理由もありません。
私は、ハリエットとアイリスを連れて神殿の【転移座標】が設置された部屋に【転移】します。
すると、神殿長のオフィーリアさんが、やって来ました。
「ノヒト様。ソフィア様とは、お会いになりましたか?」
オフィーリアさんは少し心配したような口調で訊ねます。
「迎えに来ました。ソフィアは1人にすると色々自由な子なので……」
「まあ、いけない」
オフィーリアさんはハッとして両手で口を覆いました。
物凄く嫌な予感がします。
「如何しました?」
「ソフィア様は1時間以上前にお着きになりました。私共は……ノヒト様をお待ちになるように……と申し上げたのですが……子供ではないから、1人で行ける……と申されまして、外へと飛んで行ってしまわれました」
やっぱり……。
まあ、夕食の時間は伝えています。
食事の時間だけは守るソフィアなら、その時間になればホテルに戻って来る筈ですが……。
まったく、仕方のない娘です。
まあ、おおかたファスト・フード店などをハシゴしているのでしょう。
ソフィアは【チュートリアル】をクリアして、金貨1枚を手に入れました。
自分の財布が出来たので買い食い三昧に繰り出したのだと思います。
「わかりました。夕食の時間には戻るでしょう」
「捜索隊を出しましょうか?」
オフィーリアさんは訊ねました。
「必要ありませんよ」
ハリエットとアイリスは、オフィーリアさんと歓談中。
私は【念話】でソフィアに怒ります。
何をしているのですか?……あなたはセントラル大陸の人達にとって信仰と崇敬と畏怖の対象なのですから、勝手な行動をすると周りの人が迷惑するのです……もっと自覚というモノを……。
ノヒトよ……少しだけ失敗したのじゃ……ちょっと助けて欲しいのじゃ……。
ソフィアは珍しく殊勝な態度です。
これは、何かやらかしたな?
どうせ食欲に任せて超高級レストランなどで大量注文して食い散らかしたあげく、お金が足りなくなったとか、そんな事でしょう。
まったく、あの駄竜は……。
如何の世界に飲食店で支払いに窮する神様がいるのですか?
今、何処にいるのですか?
私は【念話】で訊ねました。
【青の淵】じゃ……。
ソフィアは【念話】で答えます。
は?
何で、そんな場所に?
いや、そんな事より……。
ソフィア……あなた、まさか……。
私は【念話】で訊ねました。
こうなるとは知らなかったのじゃ……。
ソフィアは【念話】で答えます。
明らかに声が焦っていますね。
私は、この瞬間ソフィアが何をしたのか大体見当が付きました……。
私の予想通りなら、かなり悪い部類のしでかしです。
あの、お馬鹿……やらかしてくれましたね。
突然【センチュリオン】の街中にけたたましくサイレンが鳴り響きました。
空襲警報のような音です。
「オフィーリアさん、これは?」
「魔物の襲来警報です。まさか【青の淵】から?まだ満月ではないのに、どうして?」
【青の淵】など特定の【スポーン・エリア】では【古代竜】などの魔物のスポーンには周期があります。
それは満月と新月。
こちらの世界では15日周期で満月と新月が交互に訪れます。
その時に複数の魔物が発生するのですが……。
現在は、まだその日ではありません。
という事は……【強制遭遇】
つまり、何か魔物発生のキーが必要です。
まず間違いなくソフィアですね。
「オフィーリアさん。こういう時の対応マニュアルはありますか?」
「はい。神殿長の指揮下に対策本部が設置されます」
「では、諸々の指揮はお任せします。住民に被害を出さないように。ハリエット、アイリス、あなた達は完全武装の上で神殿に待機。自分の身を守りなさい」
「「はい」」
私は、【スマホ】でホテルに居る弟子達にチャット通話を行います。
「全員、完全武装の上、ホテルのロビーに集合。直ちに行動しなさい」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
「オフィーリアさん。弟子達は神殿に置いて、私は迎撃に出ます。弟子達は戦力としては期待出来ません。申し訳ありません」
「お弟子様達は、お預かり致しますので御存分にお戦い下さいませ。ご武運を」
オフィーリアさんが言いました。
私は、神殿から離陸しました。
これは、私が……金欠で【竜】を100頭単位で狩らなきゃならない……などと考えたのでフラグが立ってしまったのでしょうか?
・・・
何をしているのですか、馬鹿ソフィア。
私は、飛行しながら【念話】で叱責します。
すまんのじゃ……こ、こんな事になるとは……。
ソフィアは、【念話】で焦った声を出しました。
そちらの状況は想像出来ます……【バトル・フィールド】が形成されてしまったのでしょう?……とにかく一刻も早く【スポーン】した【敵性個体】を片付けてしまいなさい。
私は【念話】で伝えます。
【青竜】の奴らが、いっぺんに20頭【スポーン】したのじゃ……苦戦中なのじゃ……くっ、おのれ……。
ソフィアが【念話】で言いました。
【古代竜】たる【青竜】が最大【遭遇】数の20頭ですか?
まあ、発動キーが現世最高神の【神竜】なら、そうなりますよね……。
【神竜の咆哮】連発して、とっとと殲滅してしまいなさい。
私は【念話】で伝えます。
やっておるのじゃ……20頭バラバラに飛び回って、一度に2、3頭ばかり消滅させても、また出現するのじゃ……数が減らぬ……鼬ごっこなのじゃ。
ソフィアが【念話】で言いました。
ボス個体がいます……【バトル・フィールド】の魔物は、ボスを倒さないと減らした【眷属】を補充する仕様なんですよ……【魔力感知】を使いなさい……一番魔力がデカイ奴がボス個体です。
私は【念話】で伝えます。
わ、わかったのじゃ……む、彼奴か、こら待てーーっ!
ソフィアが【念話】で言いました。
さてと元凶は、これで取り敢えず大丈夫でしょう。
私は超音速でホテルに飛行しました。
弟子達をピック・アップして神殿に【転移】。
それから再度【センチュリオン】上空に飛び上がりました。
東の空から1頭の【竜】が10頭ほどの【翼竜】を率いて飛来するのが見えます。
不味いな……。
数も魔物の強さも、私には全く問題とはなりません。
しかし市街地近くでは……【神位魔法】で殲滅……などという乱暴な攻撃は不可能。
住民に被害が出ます。
致し方なし。
ここは航空格闘戦ですね。
私は加速して魔物の群に突っ込みました。
・・・
私は【竜】の首を【神剣】で斬り飛ばし、死体を素早く【収納】に回収します。
ここは市街地の外ですが【マップ】には幾つかの白い光点が表示されていました。
つまり、誰かが地上にいます。
巨大な【竜】の死体が落下すれば死者が出るかもしれません。
次は【翼竜】。
こちらは数が多い。
全て倒して死体を【収納】に回収したところで、9騎の【竜騎士】が飛来しました。
彼らとランデブーします。
「竜騎士団【センチュリオン】部隊長のゼイビアでございます。【調停者】ノヒト様と、お見受け致します」
ゼイビア隊長は敬礼しました。
「援軍を要請して下さい。それから都市上空を守って下さい。また【竜の淵】から各方向に【竜】が移動している可能性があります。それらを捕捉・追尾して下さい。こちらに第2波が来ていますが、それは私が引き受けます」
私の【マップ】には、既に10頭ほどの赤い敵性反応が光っています。
「はっ!【竜城】へは応援要請をしてあります。直ちに防衛、及び【敵性個体】の捕捉任務に移行しますっ!」
ゼイビアさんは言いました。
ゼイビアさん率いる竜騎士部隊は散開して【センチュリオン】上空の防衛と、【青の淵】方面への索敵任務に飛び去ります。
さすがは竜騎士団。
最低限の指示で、各自がやるべき事を即座に理解しました。
良し。
これなら、何とか被害を出さずにやれそうです。
私は第2波の群に突撃。
手当たり次第に【神剣】で首を斬り飛ばし、死体は次々に【収納】に回収しました。
ノヒト……【青竜】は殲滅して、今【青の淵】から離脱したのじゃ。
ソフィアが【念話】で伝えて来ます。
合流します。
私は【念話】で伝えました。
・・・
ソフィアは神殿で正座中。
弟子達は全員無事。
【センチュリオン】の住民からも大きな被害報告はなし。
しかし、事件発生が夕刻だった為に炊事をしていた住民が慌てて火傷をしたり、小火が起きたりなどという小さな被害はあるそうです。
私は、神殿長のオフィーリアさんと【センチュリオン】の竜騎士団部隊長であるゼイビアさんと事後処理に関係する話し合いをしていました。
「大神官様には事態収束をお伝えしました。援軍として出撃した竜騎士団は2個部隊を除いて他は帰還したそうです」
オフィーリアさんが言います。
【ドラゴニーア】竜騎士団の2個部隊は念の為【センチュリオン】の増援として、しばらく警戒任務に当たるそうです。
「そうですか……。アルフォンシーナさんには私から事の顛末を伝えてお詫びしておきます」
「ノヒト様。この度の武威、誠にお見事でした。ご助力感謝致します」
ゼイビアさんは言います。
助力というか、ソフィアの尻拭いをしただけなのですが……。
「討ち漏らしはないと思いますが、当面警戒は続けて下さい」
「はっ!」
私は、あの後ソフィアと合流して、【青の淵】から四方八方に飛んで行った【竜】と【翼竜】を全て追討・殲滅して回りました。
【マップ】で広範囲を捜索した結果、反応がなかった事から、おそらく生き残りはいない筈です。
【竜】が中立化して赤い光点が白い光点に変わってしまうと見つけにくいのですが、この短時間でヘイトが消えて中立個体になるという可能性は、ほぼありません。
・・・
もう、すっかり深夜です。
何が起きたのか?
いや、ソフィアの馬鹿が何をしでかしたのか?
【強制遭遇】が発動したのです。
【強制遭遇】とは、特定の【スポーン・エリア】にユーザーとNPCが足を踏み入れると発動するイベントの事。
今回はソフィアが【青の淵】の最奥地である【スポーン・エリア】に侵入してしまった為に【強制遭遇】が引き起こされました。
ユーザーとNPCが【スポーン・エリア】に入ると魔物が複数【スポーン】します。
その時、【スポーン・エリア】内にいるユーザーとNPCは【バトル・フィールド】と呼ばれる外界から隔絶された異空間に閉じ込められ、魔物を全滅させるか自分達が全滅するまで強制的に戦闘を行なわされました。
これは、この世界の仕様です。
魔物の強さや数はユーザーとNPCの強さや、パーティの人数などによって変動しました。
つまり、今回【強制遭遇】を発動させたのが、現世最高神である【神竜】のソフィアであった為、【青の淵】の設定上最強の【古代竜】たる【青竜】が最大数の20頭で同時に【スポーン】してしまった訳です。
さすがは【神竜】……というか何というか……。
この【バトル・フィールド】の強制戦闘イベントには、あるギミックがありました。
それは【バトル・フィールド】のボスとなる魔物と、それに従う【眷属】と呼ばれる魔物の設定。
【バトル・フィールド】のボスは配下の【眷属】達を従わせています。
【青の淵】の場合、通常はボスの【青竜】と【眷属】の【翼竜】が【スポーン】しますが、ユーザーとNPC達が強い場合、【眷属】として【竜】や【古代竜】が【スポーン】する場合もありました。
また、【強制遭遇】が刺激となって【スポーン・エリア】の周囲に生息している魔物が狂乱状態になったり、【スポーン・エリア】の周囲に新たな魔物が多数【スポーン】してしまう場合もあります。
その際も刺激の大きさ、つまり【神竜】の強さによって魔物の強さや数が決まりました。
【センチュリオン】に飛来した【竜】と【翼竜】は、【強制遭遇】と同時に周囲で【スポーン】した個体が【青の淵】から飛び出して来た訳です。
ソフィアは、好奇心から【青の淵】を……ちょっと探検してみよう……と思い立ち1人で向かいました。
夕食の時間までに【転移】で戻ればバレない……と思っていたそうです。
しかし、ソフィアは、【青の淵】の【強制遭遇】の仕様を知らず、結果このパニックを引き起こしました。
とにかく人的被害がなくて良かったですね。
グウゥゥ〜……。
ソフィアのお腹の虫が鳴きました。
もう何十回も鳴いています。
しかし、正座・反省中のソフィアは自分が置かれている立場を理解しているので、空腹を訴えては来ません。
当然です。
私だって事後処理に追われて夕食抜きになっているのですから。
ホテルの夕食、高級鉄板焼きのフルコースなど食べている場合ではありませんでしたよ。
今は、もう真夜中です。
弟子達には男子チームが【収納】に貯蔵していたフライド・チキンを私が買い取る形で分配し軽く食事をさせましたが……。
「ノヒト様。お食事を用意致しました。大した物は出来ませんでしたが、よろしければ皆さんでお召し上がり下さい」
オフィーリアさんが言いました。
「なら、ありがたく頂きます」
「チラッ……」
正座中のソフィアが、グーグーと鳴るお腹をさすりながら、こちらを見ます。
はあ……仕方ありませんね……。
「ソフィア。二度と勝手な行動はしないと約束しますか?」
「約束するのじゃ。ごめんなさいなのじゃ」
【神竜】のソフィアを【誓約】や【契約】で縛る事は望ましくありませんし、そもそも【神格者】は自力で【誓約】や【契約】を破棄出来ますので意味がありません。
世界の設定上、【神格者】は【誓約】や【契約】を守らせる存在であり、【誓約】や【契約】に拘束される側ではないのです。
また、基本的に一般大衆から……【神格者】は嘘を吐かない……と信じられていました。
実際には【神格者】も嘘を吐けますし、吐きます。
「なら、食事して良し」
「ありがとうなのじゃ。もう我慢が出来そうになかったのじゃ」
私達は神殿で遅い食事をしてからホテルに戻り解散しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。