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第4話。900年前の恋物語。

神竜ディバイン・ドラゴンが絶対者として君臨する都市国家ドラゴニーア。


統治実務の四大権者。


大神官。

神竜の首席使徒。

軍の最高司令官。

首席外交官。

立法、行政、司法の執行に対する拒否権を有す。


元老院議長。

立法府の長。


執政官。

行政府の長。


大判事。

司法府の長。

 私の【銀行ギルド】の口座残高には、異世界転移してしまった以前の預金がきちんと保全されていました。

 私はゲームマスターの業務に大して現金を必要としなかったので、元の預金は大した金額ではありません。

 しかし、900年分の利子が付いていて現在の預金額は、とんでもなく増えていました。


 900年のインフレ率を差し引いても莫大な資産。

 私1人なら、この先一生遊んで暮らせる蓄えが出来ましたね。

 まあ、いざとなれば【収納(ストレージ)】内にあるアイテム類を売却すれば国家予算級の金額になります。

 しかし【神槍】など【神の装備】シリーズなどは、チート過ぎるので未実装のままお蔵入りになってしまった経緯から言って市井に流通させて良い(たぐい)の物ではありませんが……。


【銀行ギルド】の頭取であるビルテ・エクセルシオールさんによると、私の取引利用記録は余りにも古く最終利用日がいつであるかは判然としませんでしたが、私が記憶している元本の金額と利子によって増えた現在の総額を単純に逆算した結果、おおよそ900年が過ぎているのは間違いがなさそうです。


 さてと、用件は済みましたね。

 次の目的地に向かいましょう。


 一応ビルテさんから許可をもらって、【銀行ギルド】内の一室に【転移座標】を設置しておきました。

 この部屋は今後私専用の部屋にしてくれるとの事。

 大変恐縮です。


 ゲームマスターの業務をしていた時には、私は管理プログラムを使用すればあらゆる場所に瞬時にアバターを出現させる事が可能でしたので、いちいち【転移座標】を設置する必要はありませんでした。

 こんな事になるなら各都市に【転移座標】を設置しておけば……いや、別に必要もないですね。

 今の私はゲームマスターの業務とは関係ありません……というか業務を行えません。

 なので、特に【転移(テレポート)】をして遠くに行く用事もないのです。


 ビルテさんを始め【銀行ギルド】の行員全員が揃って私を見送ろうとしていたのを丁重にお断りして……私が【調停者(ゲームマスター)】である事は、あまり流布しないように……と、お願いしました。


「なるほど。お顔が知られていると不正を摘発する査察のお役目に差し支えが出ますものね」

 ビルテさんは、何やら勝手に納得しています。


 いや、単純に目立つと気楽に観光したり出来なくなるからです……とは、雰囲気的に言えませんでした。

 だって、ビルテさんが私に向ける視線は何だか畏敬の念が溢れているのです。

 私は単なるサラリーマンですから、そんな他所(よそ)様から畏敬されるような存在ではありません。


 ・・・


 国家としての【ドラゴニーア】は、恐るべき軍事力と経済力を併せ持つ世界最強の超大国と見なされていました。

 その首都である【竜都ドラゴニーア】は、人口こそ世界一ではありませんが、その他あらゆる統計指標において世界一の大都市です。


【ドラゴニーア】の統治機構は【ドラゴニーア元老院】と呼ばれる選挙で選ばれる民主議会でした。

 しかし【神竜(ディバイン・ドラゴン)】は文字通り【ドラゴニーア】にとっての主祭神であり信仰対象です。


 おそらくソフィアが命じれば【ドラゴニーア】の民は疑いもなくその命令に服するでしょうね。


 また、【神竜(ソフィア)】の使徒たる【女神官(プリーステス)】達も【ドラゴニーア】の国民から崇敬と畏怖の対象と見做されていて、彼女達は内政には基本的に関与しないものの、外交や安全保障の国策決定については専権を有する存在でした。

 つまり、大神官であるアルフォンシーナさんは軍の最高司令官でもある訳です。


 幼女に化けたソフィアといい、アルフォンシーナさんといい、ビルテさんといい、人は見かけによらないモノですね。


 私は【銀行ギルド】を出てメイン・ストリートを都市城壁に近い東側外縁部に向かっていました。

 時折、地上を歩いて色々と観察したり情報収集をしたりもしますが、大半は【飛行(フライ)】の魔法で高速移動します。

【竜都ドラゴニーア】は都市城壁の外周がおよそ山手線と同じ領域。

 都市圏は更に城壁の外まで延々と続いていました。

 徒歩移動では日が暮れてしまいます。


 そろそろ東側の外縁部に近付いて来ましたね。

 かつては歓楽街があった区画なのですが……。


 ありました。


 どうやら破壊不可能な【不滅の大理石】による【初期構造オブジェクト】の所為(せい)で、建て替えや区画変更が出来ず、900年という年月を経ても存外に昔のままの営みが残っている例が少なくないようです。

 ここまで移動する間、公共施設はもちろん、店舗、ホテル、住居……など、私の記憶と同じ業態や使途で使われている建物が結構ありました。

 もちろん900年が経過しているので、所有者や経営者は変わっています。


 歓楽街の区画は壁に囲まれており、出入りするには門番の衛士に【ギルド・カード】の提示が必要です。

【銀行ギルド】と同様に多少騒がれるかもしれないと身構えましたが、すんなり入れました。


「ご視察ですか?」

 歓楽街の入口を警備する衛士に小声で訊ねられます。


「いいえ、所用です」


「ノヒト様なら大丈夫だとは思いますが、この歓楽街の中は酔った者や気性の荒っぽい者もおります。お気を付け下さい」

 衛士は敬礼しました。


 どうやら、騎士、兵士、衛士には、竜城から私の素性が伝わっているようです。


「お気遣いありがとうございます」

 私は衛士に目礼をして歓楽街に入りました。


 歓楽街の真ん中を走る大通りの左右には沢山の酒場や飲食店、カジノ、綺麗な女性達のお酌でお酒を飲めるお店、ショーを観せるお店、様々なサービスを売りにする娼館……など、大人向けの店舗が軒を連ねています。

 まだ午後の明るい時間だというのに、あられもない姿をした多様な種族の女性達が、こちらを手招きしたり投げキッスをしてみせたり……。


 私達が運営していた時より、遥かに如何(いかが)わしい雰囲気になっているようですが、治安が良く暗黒街や貧民街などがない【ドラゴニーア】だからなのか、殺人などの凶悪犯罪はほとんど起こらないとの事です。

 ただしボッタクリ・バーなどはあるらしく、また酒に酔った者や羽目を外し過ぎた旅行者などが起こすトラブルなども日常茶飯事。

 夜になり人混みが出来ると、スリや置き引きなどにも気を付けなければいけません。


 私が歓楽街に来た理由なのですが……。


 娼館でお楽しみ?


 いいえ、違いますよ……そういう事に全く興味がないとは言いませんが……。

 実は、どうしても確かめておきたい事があったのです。


 歓楽街の大通りから一歩裏道に入り、裏通りの袋小路にある定食屋。

 屋号は変わっていましたが定食屋なのは昔と同じですね。


 このお店、実は私のチームがコンセプト・デザインを行なったのです。

 私のチームはプログラミングが仕事なので、本来コンセプト・デザインは担当外なのですが、デザイン・チームのチーフが使えない奴で、彼の半端な仕事を私達プログラミング・チームがいつも徹夜で尻拭いする羽目になっていたのですよ。


 この定食屋の店主夫妻はモブのNPCでしたが、その娘は名前持ち(ネームド)でお店の看板娘でした。


 彼女の名前はクラリッサ。


 クラリッサは【(ヒューマン)】で、気立ての良い美しい町娘であり、両親の定食屋を健気に手伝う年頃の女の子……という設定でした。


 庶民的な価格ながらボリュームがあって美味しい料理と、クラリッサを目当てに集まる男性客で店は連日盛況。

 アルフレードという青年も、そんな男達の1人。

 アルフレードは足繁く店に通って、やがてクラリッサも彼の事を好きになり、お互いの想いを伝え合います。


 しかし二人の恋には障害がありました。


 アルフレードは、隣国【リーシア大公国】から【ドラゴニーア】の大学に遊学中の【リーシア大公国】の皇太子だったのです。

 町娘のクラリッサと、皇太子であるアルフレード。


 身分違いの2人の恋は、はたして……というゲームのサブ・シナリオだったのですが……。


 あれから900年、二人の恋はどうなったのでしょうか?


 私は自分が携わったイベントの結末を見ずして此方(こちら)に転移してしまったので、とても気になっていました。

 それに、900年前(私の体感では昨日)、丁度クラリッサとアルフレードの身分違いの恋に進展が起きるイベント・フラグを運営として立てたところだったのです。


 運営側の予定では2人は身分の差を乗り越えて、めでたく結ばれるというシナリオでした。

 しかし……もしかしたら……という事もあり得ます。


 私は、意を決して定食屋に入りました。


「いらっしゃい。こちらへどうぞ」

 給仕係の若い人族の女性が声をかけて来ました。


 クラリッサ?


 いいえ、そんな訳はありません。

 あのイベントは、900年前の出来事なのですから……。


 うん、店内の雰囲気は昔の面影を残していますね。

 午後3時まではランチをやっているようです。


 現在、午後2時50分。

 ランチに間に合いました。

 何か得した気分です。

 午前中の中途半端な時間に食事をしてしまった所為(せい)で多少小腹が空いて来ましたから、ついでに軽く食事をして行きますか……。


 私は給仕係の女性に促されるままカウンターの席に座りました。


「何にしますか?今日のランチは、鳥肉と野菜ゴロゴロシチューか、豚の生姜焼きです。同じ値段でライスは大盛りに出来ますよ」

 給仕係の女性がニッコリと微笑みます。


 この給仕係の女性が、アルフレードとクラリッサの子孫という可能性はあるでしょうか?

 アルフレードとクラリッサは美男美女でした。

 給仕係の女性は、どちらかというと可愛らしいタイプですし、髪の色や眼の色も900年前のカップルとは大分違っているようです。


「牛モツ煮込みはありますか?」


 かつて、この定食屋の名物はモツ煮込みでした。


「ごめんなさいね。モツは夜だけなんだ」

 カウンターの中から調理人の若い人族の男性が詫びます。


 アルフレード?


 いいえ、あり得ませんね。


 この調理人の男性もアルフレードやクラリッサの面影は感じられません。

 とはいえ、如何(いかん)せん比較対象が900年前の2人ですから、遺伝的特徴が全くあてにならない可能性もあります。


「では、生姜焼きをライス大盛りで」


「あいよ〜」

 調理人の男性が景気の良い声をあげました。


「ところで、この店に以前クラリッサという女性が働いていた筈なのですけれど、ご存知ではありませんか?」


 900年という年月を考えると……まぁ、無理でしょうが、彼らがクラリッサとアルフレードの子孫だとすれば、一族の歴史として何か伝えられているかもしれません。


「クラリッサ?知らないなぁ。この店は曾祖父(ひいじい)さんの代からやっているけど、クラリッサって名前の人を雇っていたなんて聞いた事がないよ。どのくらい昔の話なんだい?」


「900年前なんですが……」


「900年って、お客さん、そりゃ〜幾ら何でも昔過ぎるよ。ははは……」


「そうですよね……」

 私は思わず溜め息を吐きました。


 この定食屋が彼の曾祖父からの商売だとするなら、彼らがクラリッサとアルフレードの子孫の可能性は限りなく低くなります。


 やはり、900年の時間は無情ですよね。

 私だって平安時代に先祖が何をしていたかなんて知りませんし他人の家の歴史なら尚更です。


「あんた。900年前のクラリッサって言ったら、もしかしたら、おとぎ話に出て来るクラリッサ王妃の事じゃないの?」

 給仕係の女性が調理人の男性に訊ねました。


 どうやら、2人は若夫婦みたいです。


「おとぎ話?ああ、【リーシア大公国】に嫁いだっていう、あの王妃様の話か?」


 私は、それを聞いて思わず立ち上がってしまいました。


「そうです。その人だと思います。詳しく教えて下さい」


「俺は、あんまり詳しくないな。平民の娘が皇太子様に見初められて玉の輿に乗る……って(たぐい)の良くある内容のおとぎ話だから、大概が女の子が読む物語なんだよ。ダフネ、お客さんに知ってる事を教えてあげなよ」

 調理人の男性は給仕係の女性のダフネさんに言います。


「あのね、クラリッサって名前で、この界隈に住んでいた娘さんらしいわよ。それで【リーシア大公国】の皇太子様と恋に落ちて色々な苦難に遭うけど、最後は結ばれて【リーシア大公国】の王妃様になって幸せに暮らしたって話。ここいらじゃ結構有名な物語だから、本屋さんに行けば、その物語が置いてあると思うわよ。それでね、今の【リーシア大公国】の大公様は、そのクラリッサ王妃の子孫なんですって。夢がある話よね〜」

 ダフネさんは言いました。


 そうですか……。

 あの2人は、無事結ばれていたのですね。


 私は何だか嬉しくなって、思わず店に居合わせたお客さん達の食事代を全部奢ってしまいました。


 いや〜、感動的な話を聞けましたね。

 胸につかえていた物がとれた感じです。


 ・・・


 私は、上機嫌で生姜焼き定食を食べました。


 うん、普通に美味しい。


 この店の名前は【ジャガイモ亭】。

 ベニートさんとダフネさんの若夫婦が切り盛りする洋食を食べさせる定食屋でした。


 この世界(ゲーム)……元々の設定は日本人が創った世界観なので、日本人に馴染み深い料理が沢山あったのですが、そこから900年独自に進化して、私が【竜城】で食べたような現実世界では見た事がないような料理になってしまっている事もあるようです。

 しかし、この店の味は私が知る生姜焼き定食と変わりませんでした。


 ベニートさんは中心街にある世界的な一流ホテル【ホテル・ドラゴニーア】の厨房で修業をして、去年から隠居した親御さんから家業を継いだのだそうです。

【ホテル・ドラゴニーア】も、この定食屋の先代も、伝統的なレシピを大事にしているそうで、おかげで良く知った日本的な料理にありつけた訳ですね。


 よし、この店を贔屓(ひいき)にしましょう。


「美味しかったです。また来ますね」


「「ありがとうございます」」


 私は、気分良く【ジャガイモ亭】を後にしました。


 いつでも食事にやって来れるように、近くに【転移座標】を設置しておきましょう。

 あまり人目につかない場所があると良いですね。

 ソフィアやアルフォンシーナさんの話によると、現代のNPCにも【転移(テレポート)】を使える者はいるようですが、伝説級の【魔法使い(マジック・キャスター)】に限られていました。

 私を除いて【転移(テレポート)】を行使する者で公に名前が知られている人物は、現在セントラル大陸に1人、イースト大陸に1人いるだけなのだそうです。


 まあ、非公式には各国政府や各ギルドが運用していたり存在を認知している【転移能力者(テレポーター)】は少数ながらいるらしいのですけれどね。


 つまり、誰かが見ている前で私が突然消えたり、あるいは何処(どこ)からともなく【転移(テレポート)】して現れたら確実に悪目立ちしますね。


 私は歓楽街の門を守る衛士に話をつけ、歓楽街を囲む街壁の角にある塔の中に転移座標を設定しました。


 これで良し。


 さあ、帰りましょう。

 帰りは一瞬です。

 私は竜城の立ち入り禁止部屋の【転移座標】に【転移(テレポート)】で帰還しました。

お読み頂き、ありがとうございます。


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