第38話。捕らぬ狸の皮算用。
本日、9話目の投稿です。
【竜城】の私室。
アルフォンシーナさん以下【高位女神官】の皆さんが居くなり、私室には私とソフィアと獣人娘達が残りました。
さてと……。
問題は獣人娘達です……。
私の指導の甲斐なく、彼女達は全く魔力制御が行えていません。
如何しましょうか?
NPCというのは、ユーザーと比べてレベルや経験値の上昇率が極めて少ないのです。
ユーザーはヘビー・プレイヤーなら半年あればレベルをカンストさせられ、自身の【職種】に応じた熟練値も極限まで育ちました。
しかしNPCは一生掛かって1項目でもステータスをカンストさせられたら良いというレベル。
それも才能があれば、という大前提があります。
いや、地球と比較すれば、訓練による能力向上という意味では、むしろNPCのそれが普通ですよね。
人間の職業技能が半年で極限まで上がるなどという事は普通はあり得ません。
つまり、獣人娘達を、このまま訓練して育成しても、おそらく早々に戦闘力の上昇率は頭打ちになるでしょう。
そうだ!
私は、ある画期的なアイデアを思い付きました。
これなら、効率良く、また効果の高い訓練が出来る筈ですよ。
「グロリア。こちらに来て下さい」
「はい……」
グロリアは近くにやって来ました。
魔法の制御を高める訓練法を身に付けた【高位女神官】と違い、全く変化がなかった獣人娘達は何だか意気消沈気味です。
「あなた達を効率良く鍛える方法があります。これを着て下さい」
私は【収納】から【ゲームマスターのフルプレートアーマー】を取り出しました。
【ゲームマスターのフルプレートアーマー】は、【ゲームマスターのローブ】などと同じ【不滅の装備】シリーズの1つで、不滅の効果で絶対壊れない他、あらゆるダメージを不透過にする効果があります。
つまり、これを着れば誰でも無敵状態になります。
因みに、私は【ゲームマスターの装備】シリーズを4セット……【神の装備】シリーズを4セット……都合8セットの【不滅の装備】を保有していました。
これは防具関係だけで【神剣】など武器関係は含みません。
私は、これを獣人娘達4人……それから孤児院の問題児の3人……合計7人の弟子達に着せて、大量の経験値を稼げるの強力な魔物が【スポーン】する【遺跡】深層階や【青の淵】などに放り込んでしまおうと考えました。
【不滅の装備】を着れば、どんな攻撃も不透過なので絶対安全。
死にません。
その上で弟子達には更に【神剣】や【神槍】や【神弓】を持たせ強力な魔物を狩りまくらさせるのです。
ゲームではユーザーは基本的に魔物を倒した経験値の合算がレベルに換算されて強くなる設定でした。
生産職系などは熟練値という、また違う要素が必要なのですが……とりあえず戦闘職だけの話をしましょう。
NPCの場合は、その換算率がクッソ低いのです。
しかし、ほんの僅かずつは経験値の合算がレベルに換算されて行きました。
剣や槍や弓などの武器類は生産職と同様レベルとは別に熟練値の項目がありますが、これは取り敢えず放置で……。
武器なんか上手に扱えなくても高レベルになれば肉体能力が向上するので、ただ闇雲に鈍器を振り回しただけでも魔物は殺せます。
私は、弟子達に【神剣】や【神槍】を持たせるつもりなので、【古代竜】だろうが何だろうが、【神剣】が刺さりさえすればアホほどの高ダメージが入りますので素人でも簡単に倒せるでしょう。
つまり、高ランクの魔物をガンガン倒せば、仮にレベルが上がり難いNPCであってもレベルが上がり易くなり、誰でも強くなる事には違いはないのです。
ははは……何この、ぬるゲー。
まあ、1か月毎日【遺跡】の深層階を周回させれば、幾ら換算率がクッソ低いNPCとはいえ、多分レベル30やそこいらには直ぐになるでしょう。
レベル30とは、現代の各大陸の武道大会でベスト4クラスに相当します。
因みに、【銅級】冒険者の獣人娘達は現在レベル10相当。
【銀級】冒険者のドナテッロさんがレベル20相当。
【ドラゴニーア】の兵士の平均もレベル20。
【ミスリル・クラス】で【ドラゴニーア】の冒険者ギルドのギルマスであるエミリアーノさんがレベル30相当。
【ドラゴニーア】軍の将軍や提督であるヨハネスさん、カスパールさん、フィオレンティーナさんと、衛士最強のマッシミリアーノさんがレベル40相当。
竜騎士団長のレオナルドさんがレベル50相当。
軍の長官イルデブランドさんと神官長エズメラルダさんがレベル60相当。
エズメラルダさんは戦闘職ではありませんが地味に高レベルです……。
治癒・回復職は他者を治療したら経験値が入りますからね。
それだけ多くの傷病者を治療して来たという事でしょう。
頭が下がります。
もしかしたら、脳筋の軍や竜騎士団や衛士機構の連中が、日々の訓練で大怪我をしまくっているから治癒の頻度が高いだけなのかもしれませんが……。
【聖格】持ちの世界最高峰【剣聖】クインシー・クインがレベル80相当。
同じく【聖格者】のアルフォンシーナさんは戦闘職ではないもののレベル99カンスト。
アルフォンシーナさんは……たぶん素手で【地竜】を殴り殺せるんじゃ……。
現在セントラル大陸は、軍や竜騎士団によって継続的に攻略されているので30階層の【遺跡】しかありませんから、獣人娘達の訓練場所は他の大陸という事になりますが……。
そうだ。
私とソフィアがサウス大陸とウエスト大陸で、面倒事を片付けている間、弟子達にはノース大陸の【遺跡】の深層階に毎日潜らせておきましょう。
よし、これで簡単に弟子達が強くなりますね。
くっ、何でこんな簡単な事に今まで気が付かなかったのか……。
・・・
「……良し良し。うん、取り敢えず一旦落ち着こうか……」
私は獣人娘達に言いました。
獣人娘達は……ポカーン……という表情。
はい、冷静になれ……私。
「あのう……」
グロリアが怖ず怖ずと声をかけて来ました。
「うん、大丈夫。落ち着こう……そうだ、取り敢えず朝食を食べてから、その後で対応策を考えよう。うん、そうしよう」
・・・
朝食後。
「何故だあぁーーっ!」
私の悲痛な叫びが【竜城】に木霊しました。
そうです。
私が保有する【ゲームマスターの装備】シリーズと【神の装備】シリーズの防具関係、それから【神剣】、【神槍】など武器関係も、獣人娘達には全く装備出来なかったのです。
獣人娘達だけでなく【竜騎士】も【女神官】もソフィアも……私以外の誰にも装備出来ませんでした。
私が獣人娘達に【不滅の装備】のどれかを手渡すと、それらは直ぐに消滅して私の【収納】に戻って来てしまうのです。
何度やってもダメでした。
これは、おそらく【ゲームマスターの装備】も【神の装備】も、ゲーム未実装だった為に私以外の運営側権限がないユーザーやNPCには使用出来ないという仕様なのでしょうね……。
甘かった……。
完全に計画倒れです。
正直……弟子達の育成なんか楽勝だ……と高を括っていた時期がありましたよ。
【不滅の装備】シリーズ以外にも私の【収納】には強力な装備がありますが、それらは一部例外を除き原則としてダメージ不透過の効果はないので、防御力を上回る攻撃を食らったら当然ダメージが通ってしまいます。
つまり死亡してしまいました。
獣人娘達はレベル10。
多分レベル50相当の魔物の全力攻撃を1撃は防御力最大向上の【バフ】でノー・ダメージですが、2撃目を受けたら、一溜りもありません。
いや、【神の遺物】の防具は無傷でしょう……中身の方が保たないのです。
【竜】の尻尾で……ビターーンッ……とやられたら、鎧は無傷でも鎧の中身はグッチャグチャ……。
ミンチ肉になってしまいますね。
ダメだ……。
如何しましょうか?
今更面倒を見きれないなどと言って、放り出す訳にも行きません。
だとすると正攻法で地道に鍛えるしかありませんが……。
NPCは一生掛かってステータスが1項目カンストするかどうかというレベルです。
レベル99のカンスト・プレイヤーに育てるなんて時間的に不可能なんじゃないのでしょうか?
何よりも指導を行わなければならない私が面倒臭さ過ぎる……。
待てよ……。
もしかして、あれが出来るんじゃないか?
あれとは……そうです、あれです。
【チュートリアル】。
NPCに【チュートリアル】が可能なのかは試してみなければわかりませんが、誰も試した事がないのですから不可能と決まった訳ではありません。
ソフィアに訊ねると。
「ちゅうとりある?何じゃ、それは?美味しいのか?」
との事。
【チュートリアル】を行う事で、ユーザーにはゲームの世界を生き抜く為の幾つかの特典が与えられます。
これは【贈物】と呼ばれていました。
この【贈物】として、初期装備品(弱い)と、お金(金貨1枚)と、【収納】機能、【マッピング】機能、【鑑定】機能、そしてランダムで【才能】が与えられます。
【才能】は大体はキャラ・メイクに従い、その種族や【職種】に応じた【才能】となりますが、この時希にレアな【才能】だったり複数のタレントが付く場合もあり、ガチ勢のユーザーは、ここで納得行くまでリセマラをする訳です。
因みに、私はプライベートで使用していたキャラの【死霊術士】に欲しかったレアな【才能】を含む3個(最大数)の【才能】が付くまで、のべ100時間リセマラに費やしました。
リセマラの途中、私は深夜に……何でレア【才能】が付かないんだ!キィーーッ!……となって、住んでいたマンションのお隣さんから何度も壁をドンッ!とされましたね……。
今となっては良い思い出です。
さて、【チュートリアル】ですよ。
【チュートリアル】をやりましょう。
こうして、私は絶望のどん底から辛うじて復活したのです。
・・・
「では、あなた達には【チュートリアル】という……一種の試練を受けてもらいます。【チュートリアル】を受けられる場所はセントラル大陸では4か所あります。【センチュリオン】、【ラウレンティア】、【アルバロンガ】、【ルガーニ】、いずれかの神殿です。何処で【チュートリアル】を行いますか?やる事は何処でも同じです」
「なら、あたしは【センチュリオン】に行きたい。友達がいるんだ」
【兎人】のハリエットが言いました。
「ハリエットが行くなら私は付いて行く」
【猫人】のアイリスが言います。
二人は【センチュリオン】の出身でしたね。
この機会に古い友達と会うのも良いでしょう。
「グロリアとジェシカは?2人も出身地の近くの都市で【チュートリアル】をしますか?」
「私は【ルガー二】の神殿に引き取られましたが、友達はいません。その時は、まだ赤子でしたから……」
グロリアは言います。
「私は【竜都】の生まれです。お父さんとお母さんは【アトランティーデ海洋国】の出身ですが、向こうには親戚も友達もいません」
ジェシカは言いました。
なるほど。
「わかりました。では明日【センチュリオン】で【チュートリアル】を受けましょう」
「明日ですか?とても遠いですが?あ、でも、ノヒト先生の【転移】なら直ぐか……」
ハリエットが言います。
「いいえ、【転移】は、一度訪れた場所に【転移座標】を設置しておかなければ使えません。今回は別の移動手段を使います。そうですね……明日の早朝に【ドラゴニーア】を経てば、おそらく朝の内には【センチュリオン】に着くでしょう」
「空を飛んで行くのじゃ」
ソフィアが言いました。
「飛空船ですか?」
「いいえ、【神竜】の背中を借ります」
「「「「ソフィア様の!」」」」
獣人娘達は声を揃えて驚きました。
獣人娘達はソフィアの正体を知っていました。
【神竜】形態も昨日大浴場で見たそうです。
彼女達は、どうやら神様である【神竜】の背中に乗る事を……畏れ多い……と考えている様子。
「我は世界で最も速く飛べるのじゃ。何せ我は……至高の叡智を持つ天空の支配者……なのじゃからな!」
ソフィアは……エッヘン……とばかりに、ない胸を張ります。
【神竜】形態のソフィアは大気中を超音速で飛行出来ました。
ソフィアより速く飛ぶ輸送手段は存在しません。
おそらく地球の飛行物体と比較しても最速でしょう。
乗客の生命維持を無視すれば【神竜の咆哮】をジェット推進に使い亜光速まで加速します。
私はともかく、獣人娘達が死んでしまいますので、もちろん亜光速飛行は禁止ですが……。
「明日の予定は、そういう事です。ですが、先ずは今日の予定からですね。今日は、まず【冒険者ギルド】でパーティ登録をしに行きます」
パーティ登録をしておけば私の討伐実績が獣人娘達にも与えられます。
また、パーティがある程度の近いエリアに集まって戦っていれば、パーティ・メンバーが倒した魔物の経験値が他のパーティ・メンバーにも少しだけ割り振られました。
これは、この世界の仕様。
つまり、私が高ランクの魔物を狩りまくれば、獣人娘達も、その分経験値が上がります。
とはいえ、その振り分けられる経験値は、ほんの少しだけ。
割り振られる経験値があまりにも少ない為、NPCには、この仕様はあまり周知されていないようですね。
討伐した魔物から得られる経験値は、基本的には戦闘で魔物に与えたダメージの量で決まります。
つまり、死ぬ寸前まで私が魔物のダメージを削り瀕死の状態にしておいて、獣人娘達にトドメだけを刺させて彼女達に大量経験値を取らせるというようなパワー・レベリングは出来ません。
お読み頂き、ありがとうございます。
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