第36話。井戸と釣瓶。
本日、7話目の投稿です。
【竜城】の私室。
私は【獣人】の4人娘……つまり【狼人】のグロリアと、【兎人】のハリエットと、【猫人】のアイリスと、【犬人】のジェシカを弟子に取りました。
彼女達は冒険者として身を立てたいと志望しています。
特にハリエットは、伝説的ユーザーのモフ太郎氏に憧れていて、彼のような【剣宗】になりたいと言っていました。
私は弟子にした獣人娘達の育成方針として、当初は魔法を主体にした強化を行えば手っ取り早いと考えていたのです。
知識か?技能か?という割合で言えば、魔法は知識の比重が高く、剣術などの近接戦闘は技能の比重が高いので、私は正しい知識を与えれば比較的効率良く習得可能な魔法を覚えた方が獣人娘達の育成・強化が捗ると考えました。
しかし、獣人娘達は……自分達には魔法適性がない……と言います。
ただし、詳しく調べてみると、彼女達には一応魔法適性がある事がわかりました。
溢れ出る才能があるとは言いませんが、才能が全くないよりは遥かにマシです。
なので、私は弟子にした4人の獣人娘達に、取り敢えず魔法の基礎から教えてみようと考えましたが……。
何でこうなった?
何故か、私の部屋には、アルフォンシーナさん以下【竜城】の【高位女神官】の皆さん達が勢揃いしていました。
私が獣人娘達に……魔法の基礎を教える……と喋った事が、何故か……魔法の真髄を教える……というふうに、おかしな形で伝わってしまったようで、アルフォンシーナさん達が……是非とも魔法の真髄をご教授頂きたい……という話の流れとなったのです。
どうやら、ソフィアが犯人みたいですね。
ソフィアが神託を出して皆さんを呼び集めてしまったのです。
早朝だというのに叩き起こされた人達は堪ったものではありません。
私は仕方なく礼拝堂に迎えに出て、魔法の受講希望者を全員私室に招き入れました。
因みに、アルフォンシーナさん以下【竜城】の【高位女神官】の皆さん達は【転移】適応に問題なし。
大概魔法の上級職は適応している物事なのです。
「ここが【調停者】様のお部屋……何だか殺風景ですね?」
エズメラルダさんは言いました。
まあ、家具や調度品が何も置いてない壁、床、天井の6面が白いだけの部屋ですからね。
「はっ!【ガーゴイル】!」
【女神官】の1人が部屋の空気清浄機に気付いて身構えました。
「狼狽えるでない。それはノヒトが造った【ガーゴイル】じゃ。こちらから手を出さねば安全じゃ」
当然のようにソフィアが言います。
はい、もうツッコミませんよ。
さてと、早速講義を開始します。
まずは、ほんの小手調べ。
「一般論として魔法の出力を上げるより緻密さを出す方が難しいとされているのは、魔法の制御は魔法を行使する者のイメージが関係するからです。例えるなら20kgくらいの大きな石を持ち上げる時、力一杯……などという表現にあるように、大雑把な力加減で判断しても目的は達成出来ますよね?しかし、その大きな石からハンマーとノミを使い正確に100gだけ破片を取り分けろと言われたらどうですか?これは難しい。魔法の出力や使用回数を司るのが魔力、精密さや制御を司るのが【器】です」
「「「「「なるほど……」」」」」
一同は頷きます。
「魔力とは言わば井戸の水のような物です。人種が生きている限り、水……つまり魔力は湧き出し続けます。人種が死ねば井戸も枯れ、水である魔力も止まります。井戸の湧水量を超えて一度に大量の井戸水を組み上げると、再び溜まるまで一時的に水はなくなります。これが魔力の使用限界。個人差はありますが、1日に【高位魔法】は何回まで……などという制限は、井戸の水位が下がった状態だからです。水位が下がっても時間が経てば、再び井戸水は溜まります。この回復の時間にも個人差がありますね。井戸は個人個人で大きさも湧水量も違うからです。井戸の容積や湧水量……つまり魔力総量や時間あたりの魔力回復量などは違う訳ですが、鍛錬を積めば魔力総量を多少は増やす事が可能です。これは井戸の底を掘って深さを増し、井戸に溜まる水の量を増やした状態と考える事が出来ます」
一同は頷きました。
まあ、初心者に魔法を指導する場合、水を魔力の比喩に使う事は一般的ですから、イメージし易いでしょう。
「さて、魔力を井戸水に例えるなら、魔法の制御を司る【器】とは何ですか?はい、アルフォンシーナさん」
「釣瓶でしょうか?」
釣瓶とは井戸にぶら下がっている、紐付きバケツみたいなアレです。
「正解です。この釣瓶である【器】が水である魔力を汲み上げて魔法として行使させる為の道具になります。生まれ付き、この釣瓶に不具合があって上手く水を汲み上げられない場合、その人物は魔法制御が上手く出来ない……つまり、魔法適性がない者と判断される訳です。因みに【ドラゴニーア】では生活用水は如何していますか?さすがに、現在でも井戸水を釣瓶で汲み上げて使用したりはしていないでしょう?」
【ドラゴニーア】は、世界最高の経済大国ですからね。
「はい。北方の【ピアルス山脈】から流れる複数の河川から取水し、浄水場で浄化し、地下パイプ・ラインで各施設・各家庭に送水しています。ただ各浮遊島ではパイプ・ラインでの送水が不可能な為、【神の遺物】の【魔法装置】で水を生み出しています」
アルフォンシーナさんが答えました。
各浮遊島にある水を生み出している【魔法装置】は制作サイドが創った純正の機械です。
あれは、厳密には【神の遺物】アイテムの扱いではなく、各浮遊島の構造物と一体化した【初期構造オブジェクト】という扱いなので壊れたり劣化したりしませんし、取り外したりも出来ません。
「私は、それが魔法上達の鍵だと考えます。魔法には井戸と釣瓶に加え、あと2つ重要な要素があります。それは利水と水質です。水質については後で話します。まずは利水から。利水とは魔法の運用の事です。例えば、【低位水魔法】である【水】1発で【古代竜】を殺せるとしたらどうでしょう?」
私は軍を相手に行った講義で話した……【古代竜】の脳細胞内液を【水】で制御して、【古代竜】の脳に一瞬で致命的な影響を与えて即死させる……という方法を説明しました。
ソフィア、アルフォンシーナさん、エズメラルダさんは、それを軍から報告されて知っていたそうですが、他の【高位女神官】は初耳だったらしく驚いています。
私は、また【収納】から証拠品の【青竜】を出して見せるハメになりました。
【青竜】の死体を見たハリエットとアイリスは、身体を強張らせて激しく動揺しています。
あ、しまった……。
ハリエットとアイリスが孤児になったキッカケは、【ドラゴニーア】と【グリフォニーア】の国境にある【青の淵】で野良の【竜】に2人の家族全員が気の毒にも食べられてしまったからです。
【青の淵】は、その場所の景観が青く見えるからという訳ではなく、深い淵の底でエンカウントする【青竜】から由来する名称でした……。
【青の淵】には【青竜】だけでなく普通の【竜】も多数生息していますが、ハリエットとアイリスの異様な怖がり方を見るに、どうやら2人の家族を食べたのは【青竜】だったのでしょう……。
トラウマを呼び起こしてしまいましたか?
「ノヒト先生。あたしも修行して強くなれば、この【青竜】を倒せる?」
ハリエットは目に涙を浮かべて言いました。
獣人娘達の私の呼び名は、何故か今朝から……先生……となっています。
因みにソフィアは……ソフィア様……のまま。
まあ、呼称などには拘りませんが……。
「モフ太郎氏は、【古代竜】の討伐実績がありますよ。同じ【兎人】なのですからモフ太郎氏に出来てハリエットに不可能だとは思いません」
モフ太郎とは、ハリエットが憧れ目標とする英雄の【剣宗】でした。
この世界では【竜】を特定条件(パーティの人数制限など)で討伐すると……【竜殺し】……の称号が運営から正式に与えられ、ステータスにも表示されるようになり、この世界の住人から尊敬と畏怖の対象となります。
モフ太郎氏は、自身がリーダーを務めるパーティで【古代竜】を討伐した実績もある著名なゲーマーでした。
とあるゲーム・ショーの際に本人は……討伐は成し遂げたものの、課金アイテムを大量に使ってしまって財布的にはキツかった……と苦笑していましたが、【古代竜】を倒したのは間違いなく偉業です。
モフ太郎氏が強いのはユーザーだからでした。
ハリエットがモフ太郎氏のレベルになれる可能性は限りなく低いでしょう。
しかし……不可能か?……と訊ねられたら、私は……不可能ではない……と答えます。
「頑張って修行して、きっとみんなの仇を討ってやる」
ハリエットは涙を拭いながら決然と宣言しました。
その様子を見てアイリスも力強く頷きます。
「2人とも……それから他のみんなもですが、止むを得ない自衛の場合を除いて、個人の判断で勝手に魔物に挑む事は認めませんよ。必ず私の許可を得て下さい。それを守れないなら魔法も戦闘擬似も教えません。その時が来たら、私が機会を与えます」
私は獣人娘達に釘を刺しました。
「「「「わかりました」」」」
獣人娘達は了解します。
ならば良し。
「【水】で脳細胞内液を制御して瞬時に生命維持機能を破壊する他にも、【低位魔法】のバリエーションで強力な魔物を殺す方法はあります。例えば【火】を魔物の喉の中に放ち、肺を焼き呼吸を出来なくして殺す。【旋風】なら、そうですね……試した事はありませんが、魔物の血管内に気泡を作り出せば脳の毛細血管の血流を止めて殺せるかもしれませんね……」
「どれもエゲツない戦い方なのじゃ……」
ソフィアが呟きました。
正攻法で殺してもエゲツなく殺しても死ぬ事に変わりはありません。
生死に係る状況では手段を選んでいる場合ではないのですから。
「四大元素魔法でなら、あとは【地】があります。【地】の【低位魔法】……即ち【礫】で強力な魔物を倒すなら如何しますか?」
エズメラルダさんが質問しました。
「そうですね……如何しましょうか?脳や中枢神経や生体機能に影響を与えるか、さもなければ生物共通の弱点は呼吸ですから、やはりそこを何とかしたいモノですね……。少し皆さんで考えてみて下さい」
ブレイン・ストーミングの開始。
【礫】を砂状にして肺に詰まらせるだとか、血液を結晶化あるいは泥状にするだとか、胆石を作り出すだとか……色々とアイデアが出ましたが決定的な物はありません。
アイデアを実現する為に、それぞれの【魔法公式】が組めなければ実用性はありませんので……。
「ふふふ……我はわかったのじゃ。【草食竜】なら【礫】で殺す方法があるのじゃ」
ソフィアが平らな胸を張って言いました。
「では発表して下さい」
私はソフィアに促します。
「如何しようかの……。ノヒトはわかるか?」
「う〜ん、難しいですね。【草食竜】限定ですか?」
「そうじゃ。わからぬか?あっはっはっは……我はノヒトにもわからぬ事を考え付いたのじゃ。これは愉快なのじゃ」
ソフィアは調子に乗って勿体ぶりました。
う〜む、【草食竜】限定ですか……。
【草食竜】といえば恐竜の竜脚類に酷似した姿をした、草食の【竜】です。
特長は首と尾が長く胴体は巨大で象のような脚、しかし頭部は小さく知能は比較的低い。
この世界で最大級の陸上動物でした。
全長100mとかなり常軌を逸した巨大さですが、性格は大人しく人種の生活圏に現れて家屋などを踏み潰したりしない限り脅威とはなりません。
肉は食用として上質な為、狩猟の対象でしたが、その巨大さと、ぶ厚い皮膚と皮下脂肪、そして【防御】の強固さから【草食竜】を倒すのは容易ではないのです。
もしも、【低位魔法】の【礫】で倒せるとしたら、それは画期的な発見となるでしょう。
そうか!
【草食竜】は恐竜の竜脚類に酷似しています。
その生態や習性や食性も似通っていました。
ならば……。
「草食(恐)竜は石を飲み込んで食べた木の枝葉などを胃の中で磨り潰して消化を助ける性質があると聞いた事があります。であれば、胃袋の中には沢山の石が貯まっている筈ですね。これを利用します。胃袋の中にある石を【礫】の魔法で形状変化させて制御すれば良いのですね?例えば、鋭く尖ったナイフのようにすれば胃袋を内部から切り裂けます。それを繰り返せば、おそらく死ぬでしょうね」
「ぐぬぬぬ……我が発表する筈だったのに何で言ってしまうのじゃ」
ソフィアは地団駄を踏みます。
「勿体ぶっているからですよ。こういう時は勝利を確定させてから、ゆっくりドヤるべきなのです。油断一秒、怪我一生ですね」
「狡いのじゃ。我が言うつもりじゃったのに〜」
ソフィアは地団駄を踏み続けました。
その様子を見て、その場にいた全員が吹き出します。
ソフィアは……プンスコ……と頬を膨らませました。
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