第35話。魔法適性。
本日、6話目の投稿です。
異世界転移8日目。
早朝。
ソフィアからの【念話】で獣人娘達の起床を報され私室に入ります。
昨夜はソフィアが私室に泊まりました。
連日の過酷な労働で疲労を溜め込んでいた獣人娘達には、少しゆっくりさせ心身を休ませてあげようと考えていたのですが……。
獣人娘達は……いつもの時間に目が覚めてしまった……との事。
「何だか、ギンギンです」
とは【兎人】のハリエットの言葉。
他の3人も同意します。
どうやら私の【完全回復】が効いたようで……気力と体力が漲り、とても寝てなどいられない……のだとか。
後は、地味ながら私が獣人娘達の為に【収納】から放出したレア食材による滋養強壮作用も原因かもしれません。
あ、そう。
なら始動しますか。
「あなた達は、今日から私の弟子として新たに再出発しますが、私の弟子に相応しい格好という物があります。端的に言って、今のあなた達の衣服や装備は貧相で薄汚くて少し臭います。もちろん、必死に生活をして来たあなた達の暮らしぶりを卑下するつもりは毛頭ありません。あなた達の生活ぶりは胸を打つものがありました。しかし、私の身内には可能な限り安全で健康で清潔で快適に過ごしてもらいます。これは決定事項です」
獣人娘達は、自分達のボロ布のような衣服を見回して苦笑しています。
昨夜着ていた神官服は風呂上がりに準備されていた物を仕方なく着ていただけなのだとか。
入浴中に一着しかない自分達の衣類は【竜城】の【女神官】達に洗濯されてしまったらしいのです。
「衣類を支給します。好きな服を着て下さい。それから着替えとして各自最低3着ずつ予備を確保して下さい」
私は【収納】からポポイのポイと大量の衣類を出しました。
私の【収納】内にある衣類には、全て【効果付与】で汚損防止処理がしてありますので汚れる事はありませんが、激しく傷付けたりすれば穴が空いたり解れたりはします。
着替えは必要でしょう。
【復元】を使えば修復は可能ですが、【復元】は本来剣などの原始的な道具、または柱や梁などの建築部材など、ある程度均質で単純な構造の物を修繕する為の魔法でした。
衣類や機械などの複雑な構造をした物に使用するのは、本来は超高難易度なのです。
私は問題なく行使出来ますが、街の職人さんなどに繕ってもらうのは困難でしょうから、やはり着替えは必要。
それに、年頃の女の子なら仮に汚れないとしても、毎日同じ服装というのも嬉しくはないでしょうからね。
獣人娘達に渡した衣類は、冒険者として機能的で動きやすい物を見繕ったので男物も混ざり込みましたが止むを得ません。
もちろん、これらの衣類には私の強力な【効果付与】が【バフ】してあります。
私は、着替えが済むまで一旦私室を出て礼拝堂に待機。
しばらくすると、ソフィアが【念話】で着替えの完了を報せて来ました。
私は私室に戻ります。
獣人娘達は、小綺麗な衣類に身を包んでいました。
サイズも自動的に装備した者に合うギミックで、4人の身体にピッタリと合っていました。
うん、問題ありませんね。
ですが……何故彼女達は沢山の衣類を抱えて立ち尽くしているのでしょうか?
自分達が選んだ服を私にチェックさせる意図ですか?
そんな確認の必要はありませんよ。
「それは、もう、あなた達の服です。自分の【収納】に仕舞って、各自でシッカリ管理して下さい」
獣人娘達は、困惑気味に顔を見合わせました。
「あのう……」
【狼人】グロリアが意を決したように言います。
「何ですか?」
「私達は、【収納】は使えません。魔法適性がないので……」
グロリアが怖ず怖ずと言いました。
はい?
何ですと?
「魔法適性がない?全員ですか?」
「「「「はい」」」」
「魔法を全く使えないと?」
「「「「はい」」」」
ガーン……。
確かに、この世界には魔法適性が全くない者も一定割合でいますし、【獣人】は元来魔法が余り得意ではない種族ですが……。
全く魔法適性がないとは、想定外でした。
因みに【ドラゴニュート】や【蛇人】も【獣人】に分類されています。
一般的に【獣人】は50年ほどの寿命で押し延べて魔法適性が低い傾向がありました。
しかし【ドラゴニュート】と【蛇人】の寿命は200年程で、どちらかといえば魔法は得意で魔力も豊富。
従って、近年生物学者の間では……【ドラゴニュート】と【蛇人】を【獣人】に分類すのは、如何なものか?……という議論があるそうです。
まあ、関係のない蛇足ですね……【蛇人】だけに……。
私は、取り敢えず【収納】から4つの【不思議な鞄】を取り出して獣人娘達に渡し、手に持っていた衣類の予備と今まで着ていたボロ布……いいえ、彼女達の服を仕舞わせました。
【不思議な鞄】は【収納】機能を持つ【魔道具】です。
一見すると丈夫そうな革製の肩掛け鞄。
昔の郵便屋さんが持っていそうな形状をしていました。
性能は50kg10品目までの物品が入ります。
因みに、アイテムの数え方は【町娘の服】など上から下までコーディネートされた1セットで1品目。
ゲームでは、ありがちなガバガバ設定です。
【収納】機能を備えたアイテムは、プレイヤー(ユーザーと、この世界の住人)には製作する事が出来ないので、それなりに貴重なアイテムではありますが、【遺跡】浅層階の【宝箱】から比較的頻繁に出る為、商品として流通しており高価ですがお金さえ払えば誰でも購入出来ました。
【収納】は物品を入れた状態で他の【収納】に重複して仕舞えないという設定があります。
これを許すと【収納】アイテムに、物品を入れた【収納】アイテムを入れて……と、実質無限収納が可能になってしまいますので。
メタな事を言うと、ゲーム・バランスです。
【不思議な鞄】は最低ランクの【不思議な袋】よりはマシですが、私がソフィアにプレゼントした【宝物庫】には性能で全く及びません。
私にとってはゴミ・アイテムの類。
私は【神の遺物】の【宝物庫】を複数保有していますし、私自身の内部【収納】は容量が無限です。
閑話休題。
獣人娘達が魔法を全く使えないとは……。
これは安易に考えて弟子に取ったのは良いですが、育成が物凄く大変なのでは?
魔法なら多少の実地訓練は必要ですが基本的に知識を与えれば、どんどん習得・上達が可能です。
ただし、魔法適性により【低位】までしか使えないとか、【高位】まで使いこなせるとか、そういう個人差は発生しますが……。
私は、この世界をプライベートで遊んでいた時に、ありとあらゆる魔法の運用を自分で試行錯誤を繰り返した経験がありますので、魔法を教える事は得意な方だと思います。
しかし剣術、槍術、格闘術……など魔法に依らない戦闘術に関しては、ゲームマスターとして初めからプログラムで身に付いているだけ。
なので、私は世界最高レベルで、あらゆる武器と武術を扱えますが、指導には余り自信がありません。
私にとって魔法は、剣術、槍術、格闘術……などといった熟練値を要する直接戦闘技能に比べれば、指導が容易……つまり獣人娘達を【魔法使い】として育成する方が格段に強化が楽なのです。
これは困りましたね……。
一度弟子に取ると言った以上……やっぱり止めた……などと無責任に放り出す訳にはいきません。
私は獣人娘達のステータスを、もう一度良く確認してみました。
彼女達の魔力は種族の平均的な水準とみて遜色ない量があります。
しかし、適性がない、と。
いいえ、そんな事はありませんね。
彼女達の魔法制御を司る【器】は、ちゃんと生きています。
「4人とも魔法が扱える筈ですよ。【器】が機能しています。【大魔導師】になりたい……などというレベルは難易度が高いですが、【収納】くらいなら苦もなく使えると思いますが?」
「「「「本当ですか!」」」」
本当です。
そもそも魔法適性とは何か?
この世界では全ての生命体が魔力を持っていました。
魔力とは生命力そのものだからです。
魔法とは生命力の源泉にして純粋なエネルギーである魔力を用いて、自然界の物理法則に介入して事象を変質させたり制御したりするモノです。
この時、魔力は発動させる魔法の出力を司りますが、制御を司るのは【器】と云われる生体機能。
この【器】は魔物で言えば【コア】……つまり【魔法石】の中に備わっています。
しかし、人種には【コア】はありません。
人種は【器】と呼ばれるモノによって魔法を制御するのです。
【器】は形がある物体ではありません。
私は個人的に人種の脳に、この【器】の働きをする領域があるのだと考えていました。
何故なら腕や脚……場合によっては胴体を切り離されても人種は魔法を使えますが、頭を切り離された人種は魔法を行使出来ないからです。
魔法を使えるかどうか以前に頭を切り飛ばされた人種は即死しますので、魔法研究者でも今まで誰もその事に言及してはいません。
しかし、きっと【器】は脳に存在する筈です。
人種は【器】を使い魔法を制御しました。
この【器】が生まれ付き形成不全であると魔法適性がない……つまり魔法を行使出来ないという事になる訳です。
しかし、獣人娘達の【器】は正常に機能していました。
つまり、彼女達は魔法が使える筈です。
もしかすると、この世界……より正確に言えば、ゲーム当時ではなく、私達地球人がログインしなくなって以来の世界では、実際には【器】に異常がなく魔法が使える筈なのにも拘らず……魔法適性がない……と判断された者が相当数いるのではないでしょうか?
現代の世界は文明が衰退しています。
それはユーザーが消失してしまった事による、知識と技術と対魔物戦闘力の衰退に起因すると思いますが、NPCの魔法適性者の割合が下がった事も要因の1つなのでは?
その可能性は、あり得ます。
【器】は目に見えません。
アルフォンシーナさんなどに聴いた話では、現在の世界において個人の【器】が機能しているかいないかを確認するテストは、新生児や義務教育レベルの学校に通う子供に対して魔法の熟達者達が【魔道具】などを用いて魔力反応を確認し経験則的に判断をしているに過ぎないのです。
この世界の常識として身体測定や健康診断の際には魔力についても検査が行われていました。
魔力は生命力なので病気や寿命で死に掛けていれば、魔力にその兆候が現れるという訳です。
実に合理的ですね。
【鑑定】による効果は、この世界では原則として物体だけに限定されています。
例外的にユーザーであれば【鑑定】のステータスが極限まで上がると、対象は限定的ながら【鑑定】が物体以外にも行使可能になりました。
しかし、私はゲームマスターの業務に必要な為に、【鑑定】が生物を含む全てのモノに完全に効果を発揮しました。
なので、魔法適性がないと判断された獣人娘達の【器】が正常に機能している事がわかったのです。
一般的に、ある程度幼い内に魔法の訓練を始めなければ魔法適性があっても魔法が上手く扱えないなどと言われていますが……。
これは根拠のない風説の類でした。
別に大人になってからでも魔法は覚えられます。
ただし、子供の内の方が物覚えが良いのは魔法に限らず、あらゆる分野に共通する事。
幼い内にアメリカに移住した人は数年でネイティヴ・スピーカーになりますが、大人になってから英語を勉強し始めた人は20年経っても発音が訛るというようなモノです。
「取り敢えず、私が魔力の扱い方を指導しましょう。それで魔法が使えるようになれば良し。使えなければ、その時は別の方法がない訳ではありません」
別の方法とは、この世界の設定では、超絶レアな【スクロール】アイテムなどで魔法を覚えたり、【秘跡】を経て魔法適性の【追加贈物】を運営から貰えたり、【転職】などによって無理矢理魔法適性を生やしてしまう方法がありました。
【秘跡】は任意の試練をクリアし、何らかの報酬を獲得出来るというイベントやサブ・シナリオ。
報酬の中には……魔法を覚える……という選択肢がありました。
例えば、【戦士】や【剣士】や【格闘家】など非魔法職系のユーザーでも、簡単な魔法を覚えられるのです。
キャラ育成の効率が悪いので非魔法職が魔法を覚えるメリットは少なく【秘跡】の報酬で、あえて魔法習得を選ぶユーザーは皆無ですが……。
【転職】は、そのままの意味。
中央神殿……【ドラゴニーア】で言えば【竜城】の礼拝堂で【神竜】に祈り、新しい天職を授けてもらうというイベントでした。
ここで魔法職系に【転職】してしまえば良い訳です。
ただし、クリア報酬として魔法が覚えられる類の【秘跡】はいずれも高難易度ですから、死ぬかもしれません。
獣人娘達はNPC。
つまり死んだら復活は出来ません。
高難易度帯の【秘跡】はエゲツないですからね。
初見殺しの【ランダム・トラップ】とか……ユーザーは、死亡してもレベル半減と所持金半減のコストを支払えばコンティニュー出来る……という事を前提とした各種罠の類が待ち受けています。
【転職】も50レベル分のレベルが下がるというコストが必要ですので現状では不可能。
そもそもNPCである獣人娘達は、ユーザー用の【秘跡】やイベントに挑戦可能なのでしょうか?
ゲーム時代はNPCもユーザーの味方ユニットとして参加可能な【秘跡】やイベントがありましたが、現在もそうなのかはわかりません。
取り敢えず、今は獣人娘達に魔力の扱い方を教えてみましょう。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。