第340話。閑話…続・大神官付き筆頭秘書官の日誌…1。
名前…イフォンネッタ・シエンツァ
種族…【ホビットとダーク・エルフの混血】
性別…女性
年齢…25歳
職種…【医療魔法士】
魔法…【闘気】、【回復・治癒】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】など。
特性…【才能…回復・治癒】
レベル…11
ソフィア・フード・コンツェルンCOOのジリオと、アブラメイリン・アルケミーの研究者シメネーラの娘。
私は、ゼッフィ。
【ドラゴニーア】の統治実務の責任者であり、【神竜】様の首席使徒であるアルフォンシーナ大神官様の筆頭秘書官をしています。
失敗する事もありますが、私は、それなりに優秀だ、という自負がありました。
ですが、その自負が虚飾だったという事を、日々、思い知らされています。
アルフォンシーナ様は……着任して、まだ日が浅いのだし、ゼッフィは幼いのだから、焦らずジックリと前進していけば良いのですよ……と優しく慰めて下さいました。
いいえ、それらを言い訳には出来ません。
着任初日から、問題なく業務が行えるように私は指導されて来たのです。
そして、私の年齢の時には、アルフォンシーナ様は、既に大神官に即位なさっておいでだったのですから。
私の前任者であるチェレステ様は、大変に優秀な方でした。
何事においても、アルフォンシーナ様の、ご指示を待たず先回りして、あらゆる指示に対応出来るように準備をなさっておられたのです。
私には、とても、そのような真似は出来ません。
チェレステ様が【神竜】様、御自らの、ご推挙によって【ムームー】の女王陛下に御即位遊ばすのも不思議な事ではありません。
かつてのチェレステ様や、現在私が就く、【ドラゴニーア】大神官付き筆頭秘書官、という職責は、次代の大神官候補という役割でもあるのです。
私も……大神官の候補なのですよね……。
全く自信がありません。
アルフォンシーナ様は、【神竜】様の首席使徒であり、世界最富国【ドラゴニーア】の統治実務責任者であり、【ドラゴニーア】の首席外交官であり、世界最強の【ドラゴニーア】軍の最高司令官です。
これは、諸外国の王や大統領などにも名目上与えられている何ら実務を伴わない、お飾りの権限ではありません。
アルフォンシーナ様は、実際に、ご自身で数多くの法案を起草されて元老院に提出なさいますし、官僚に指示して行政を差配なさいますし、各国の元首や大使と外交交渉をなさいますし、軍の前線指揮官に命令を下されて戦争を采配なさいました。
かつては、自ら騎竜を駆り、軍を率いて先陣を切り、敵軍に突撃なさっていたそうです。
私に、アルフォンシーナ様と同じ事が出来るのでしょうか?
「もしも、ゼッフィが大神官の職責を継げば、至高の叡智を持つソフィア様とパスが繋がり、何かわからない事があっても、全てソフィア様が教えて下さいますから心配はいりません。それに今は、ソフィア様や、ノヒト様が、現世に降臨なさっておいでなのですから、知りたい事は【神格者】様に直接訊ねる事も出来ます。ノヒト様は、お忙しいですから、こちらから話しかける時はタイミングを見計らわなければいけませんけれどね」
アルフォンシーナ様は、優しく微笑んで仰いました。
仮に、ソフィア様とパスが繋がったとして……私も、先頭を駆けて敵の大軍に突撃など出来るようになるモノなのでしょうか?
一応、武芸の訓練もしてはいますが、私には無理だと思います。
ノヒト様は、この世界の最高神で在らせられる【創造主】様の御使である【調停者】様です。
常に【神格者】として超然たるオーラを放っておられますが、けれども、他を圧するような雰囲気ではなく、むしろ何もかもを丸ごと抱擁するような佇まいの、お方でした。
ソフィア様やファヴ様やリント様もそうですが、本物の【神格者】様とは、存外に、気さくな方々ばかりです。
もちろん、だからといって、気やすく接するような愚か者は竜城にはいません。
あの方々の存在や立ち居振る舞いを見れば、圧倒的強者で、文字通り人ならぬ崇高な方々である事は一目瞭然だからです。
あのアルフォンシーナ様でさえ、ソフィア様やノヒト様や守護竜様達の前では、緊張感を持って最大限の礼節を尽くしておいでなのですから。
ノヒト様は、いつも涼やな面差しで穏やかに話されました。
実は、ノヒト様は、私の前任者であるチェレステ様が、お慕いしていらっしゃる殿方だという事は、竜城の【女神官】は皆気付いていますが、それは公然の秘密です。
チェレステ様が、ノヒト様を、お慕いする気持ちは理解出来ました。
ノヒト様は、誰よりも強くて、お優しい方ですからね。
けれども、人種からの【神格者】様への思慕の念は、叶う事はありません。
チェレステ様の、切ないお気持ちは、お察し致します。
失礼な!
子供の私にも、そのくらいは分かりますよ。
まだ、恋という感情の発露は経験した事はありませんが……。
ノヒト様は、大変に、お優しい方です。
私に【タブレット】端末を手ずから造って下さいました。
この【タブレット】は、竜城のメイン・サーバーにリアルタイムでアクセス出来ます。
他にも、各省庁、地方都市の役所、戦闘指揮所、通信指揮車、偵察機、艦隊……そして、各ギルドや、個人が持つスマホにも瞬時にアクセスが可能でした。
凄まじい性能ですよ。
この【タブレット】は【神の遺物】に匹敵する国家の至宝だと思います。
これを持つ事を許されたのは、私とアルフォンシーナ様とエズメラルダ様だけ。
同じような機能の製品は、ソフィア様とノヒト様が起業されたソフィア&ノヒト社傘下のマリオネッタ工房で買う事が出来ますが、性能は大幅に制限してあるようです。
当然ですね。
私の【タブレット】は、国家機密や艦隊にもアクセス出来るのですから……。
私は、普段、この【タブレット】に議事や記録を残す事を、重要な職務の1つとしていました。
アルフォンシーナ様に常に帯同して、公式の会談や、官僚達への指示など、アルフォンシーナ様が公式に話したり行った事を全て記録するのです。
これが、やがて【ドラゴニーア】の国史として編纂され、永遠に歴史に記されました。
責任重大なのです。
・・・
ある時、私に他国の姫の指導という任務がアルフォンシーナ様から与えられました。
アルフォンシーナ様曰く……ゼッフィにも良い経験になるはずです……との事。
他者を指導する事で、自分の勉強にもなる、という事のようです。
私にも部下である多くの秘書官がいましたが、皆、私より年齢もキャリアもある先輩ばかり、普段、私が部下を指導するような機会は全くありません。
なるほど、趣旨は理解しました。
私が指導する事になったのは、【アルカディーア】の王位継承順位第一位……皇太王女ドローレス・アルカディーア殿下。
竜城での女王研修なのだそうです。
かつて【アルカディーア】は敵国でした。
愚かにも【ドラゴニーア】の同盟国である【グリフォニーア】に侵略しようとした為に、滅ぼされたのです。
ドローレス殿下は皇太王女。
つまり、将来、【アルカディーア】の女王となる予定の方でした。
ドローレス殿下が女王に即位した時、【ドラゴニーア】に敵対しないようにする為に、竜都に招いて【ドラゴニーア】式の教育をするのです。
人質?
人聞きの悪い。
確かに、【アルカディーア】を二度と【ドラゴニーア】の敵にしない為の措置ですから、人質のような意味合いがある事は否定しません。
けれども、世界最高の政治システムや経済政策を、アルフォンシーナ様やエズメラルダ様など、世界トップレベルの実務者から直接学べる機会なのですよ。
それも、滞在費は全て【ドラゴニーア】持ち。
世界中の人達の大半は、これを羨ましい待遇だ、と思うでしょう。
今後、ドローレス殿下は、毎日、午後は登城して、私の助手として実地で研修をするそうです。
ドローレス殿下の第一印象は、最悪でした。
私の事を小さな子供扱いしたのです。
子供をあやすような声色で話しかけられたので、イラッ、としました。
まあ、良いでしょう。
これは、仕事です。
別に……ドローレス殿下と友達になれ……などと指示されている訳ではありません。
私はプロフェッショナリズムに徹します。
・・・
毎日、午後になるとドローレス殿下は、登城して来て、私に付いて回りました。
しかし、この、お姫様は、呑気です。
私が、何か指導をしても、メモすら取ろうとしません。
最初、私はドローレス殿下は、【記憶】持ちなのか……と思いました。
竜城の下層階にいる官僚の中には、そういう【能力】を持つ者がいますので。
けれども違いました。
単に、メモを取る、という発想に思い至らなかっただけのようです。
私がアルフォンシーナ様の隣で、必死に速記しているのを見ていてさえ、それに気付かないとか、バカなのでしょうか?
私は、感情を表に出さず、ドローレス殿下に……メモを取って下さいね……と、やんわりと、お伝えしました。
メモの取り方がわからない?
記録は、臣下の者がするべき仕事だから、と?
本当ですか?
そのような認識で、よく今まで生きてこられましたね?
幾ら何でも、浮世離れし過ぎではありませんか?
私は、メモの取り方など誰からも習った事などありませんよ。
私は、そう言葉を吐いて出かけて、飲み込みました。
優しく指導するように……というのが、アルフォンシーナ様からの指示です。
「一言一句違わず全てを記録する事が理想ですが。それが無理なら、6つの項目に注意して記録するようにしてみて下さい。ノヒト様によると、これは5W1Hという情報伝達の基礎なのだそうです。それで事足りるはずです。情報は、それさえ誤認しなければ、大筋で正確性は担保されますので」
「ゴダブリューイチエイチとは?」
ドローレス殿下は、小首を傾げて、キョトンとした表情をします。
この、ドローレス殿下の、いかにも世間知らず風の態度も、私を、度々、苛つかせました。
竜城の竜騎士団からは、こういうドローレス殿下の媚びたような仕草が……可愛らしい……などと、結構人気があったりするのです。
それも計算で、ワザとやっているのでしょうか?
だとしたら、この姫様は、侮り難いですね。
「when、where、who、what、why、howしたのか?……です」
「なるほど」
ドローレス殿下は、目をキラキラさせて言いました。
はあ、何だか疲れますね。
・・・
基本的に私の仕事は、夕刻の夕食前までには終わります。
けれども、ソフィア様やノヒト様達が、竜城で夕食をお召し上がりになる場合は、別でした。
ソフィア様やノヒト様達が、アルフォンシーナ様と一緒に夕食をお召し上がりになる時には、テーブルを囲んで、国家の重大事が話し合われる場合もあるのです。
それを、筆頭秘書官は、つぶさに記録しなければいけません。
ですが、今日、ソフィア様やノヒト様達は、竜城ではなく、外食なさる予定。
つまり、今日の私の仕事は終了です。
私とドローレス殿下が、竜城の廊下を歩いていると、ドローレス殿下が立ち止まり、何かを見つめていらっしゃいました。
また、ですか?
ドローレス殿下は、興味を惹かれるモノを見つけると、すぐに、こうして私の計算尽くの行動計画を変更させます。
今度は、一体何を見つけたのでしょうか?
私は、ドローレス殿下を、お迎えの飛空舟まで、ご案内するまでが、任務。
早く、厄介な方の、お守りを他の方に預けて、夕ご飯を食べに向かいたいのですが。
何も、食いしん坊で言っている訳ではありません。
私は、自由時間に勉強する事が、たくさんあるのです。
もちろん、最近、頬っぺたが落ちそうになるほど美味しくなった竜城の食事が楽しみなのは否定しませんが……。
以前から竜城の食事は、世界最高水準と云われていました。
それが、ソフィア様とノヒト様の、ご指導で、さらに美味しくなったのです。
私は、海鮮丼が大好きでした。
特にマグロとタコとイクラとウニが好きですね。
ワサビ醤油でツーンとなるのが病み付きになります。
以前なら……丼料理など、ライスの上に食材を乗せた市井の者達が食べる低俗な食べ物だ……という認識が上流階級では、あったようですが、今では丼料理は、竜城の食堂では定番の献立になっています。
ソフィア様やノヒト様が、それを、ご所望になるからでした。
【神格者】が好んで召し上がる料理が低俗な料理であるはずがありませんからね。
私も、大好きな海鮮丼を堂々と食べられます。
「あれは、【グリフォン】ですか?」
ドローレス皇太王女殿下は、目を輝かせて訊ねました。
「はい、そうです」
私は、早く食堂に向かって、海鮮丼を食べたくて、多少、早口で言います。
竜城の中に幾つもある庭園の1つに、複数の【グリフォン】がいました。
きっと、フローラ様が来ているのでしょう。
ドローレス殿下は、度々こうして好奇心の赴くままに質問をなさいました。
それは、悪い事ではありません。
殿下は研修で【ドラゴニーア】にいらしているのです。
学ぶのが、お仕事なのですから。
でも、ご自分で調べたりするような傾向が希薄なのは、あまり感心出来ません。
私は、筆頭秘書官の前任者であり、長らく私の教育係をして下さったチェレステ様から、そのように指導されました。
わからない事があれば、まず自分で調べる。
その上で、なお、わからなければ、わかるであろう方や、部署に問い合わせて訊ねる。
もちろん、即座に情報共有が必要な場合は、その限りではないが、極力、自分で調べる癖をつけなさい、と。
「竜城の私地にまで【グリフォン】が降りるのですね。暴れたりしたら危険ではありませんか?」
んーと、ドローレス皇太王女殿下は、何を言っているのでしょうか?
【グリフォン】や【翼竜】などの騎獣や騎竜は、人を乗せるモノ。
暴れないように手懐けてあるのです。
暴れるような騎獣や騎竜では役に立ちません。
王族の方なので、ドローレス殿下は、少し世間知らずなところがあります。
時々、話が噛み合わない事がありました。
でも……そんな事も知らないのですか……などとは言えません。
傷付けてしまいますので。
アルフォンシーナ様は、ドローレス殿下の指導の注意点を、私に、こう仰いました。
「物事を知らないのは、本人の素養や努力が足りないのではなく、大半の場合、周りにいた大人達が正しく知識や教養を与えて来なかった事が原因です。ですから、非常識であったり、無知であったりしても、それを頭ごなしに批判したりしない事。優しく教えて差し上げなさい」
……と。
「馴致してありますので安全ですよ。騎馬などと同じです」
「あ、いえ、そうではなくて、高貴な方々が暮らす竜城の私地のような特別な場所に、獰猛な【グリフォン】を伴って、直接、降りるなど、【アルカディーア】の常識から言うと、少し奇異な感じです」
やはり、話が噛み合いませんね。
馴致され人種に慣れた【グリフォン】は、賢獣と呼ばれるほど穏やかな気性です。
私は、人種に慣れた【グリフォン】で獰猛な性格の個体を知りません。
「あの騎獣は特別です。あの【グリフォン】の持ち主は、【リーシア大公国】の後宮に上がられたフローラ妃です。フローラ妃は、アルフォンシーナ大神官様の、ご子孫。こうして、時々、ふらりとアルフォンシーナ様に会いにいらっしゃるのですよ」
フローラ妃は……変わった……いえ、進歩的な、お考えを、お持ちな方です。
【リーシア大公国】の後宮に上がられた後も、暇を見つけては頻繁に外出して竜城に訪問なさいます。
いつも、【グリフォン】に乗って、僅かな供回りだけを連れて、突然、竜城にいらっしゃいました。
到着の数分前に……大お祖母様、今から参ります……と報告して来られるので、お迎えの準備も出来ず、私達は、てんてこ舞いになるので、少々、困った方なのですが……。
アルフォンシーナ様は、【聖格】に、お昇りになっておいでなので、長命でした。
永く生きておられる内に、近しい近縁者の方々は、皆、お亡くなりになっています。
子孫の方々は、いらっしゃいますが、皆、アルフォンシーナ様を一族の偉大な先祖として、まるで崇めるよにして接していました。
肉親の情というような親密な関係性は、ほとんどなくなってしまっています。
そんな中、フローラ様だけは、ずっとアルフォンシーナ様を……大お祖母様……などと呼び、家族のように接していました。
もちろん、かつてフローラ様が【ドラゴニーア】軍に所属していた際、軍務の時には、アルフォンシーナ様もフローラ様も、公私の区別は厳しくしていらっしゃいましたが……。
なので、アルフォンシーナ様もフローラ様が可愛くて仕方ないのでしょう。
フローラ妃は、【リーシア大公国】の正王妃ではありません。
側室でした。
側室とはいえ、一国の、お妃様が、事前に予定も報せずに、ふらりと外国の国家中枢にやって来るのは、いかがなモノなのでしょうか?
【リーシア大公国】の大公陛下が、それを、お許しになっているのが不思議です。
噂では、結婚の条件として……月に一度は里帰りをする……という事を大公陛下に談判して承諾させたのだ、とか。
フローラ様は、豪放磊落な女性でした。
さもありなん、という話ではあるのです。
フローラ様は、元【ドラゴニーア】第1軍【グリフォン】航空騎兵軍団の指揮官でした。
かつて、大公陛下が【ドラゴニーア】を訪問した際に、【ドラゴニーア】軍の閲兵をしたのですが……その時に【グリフォン】航空騎兵を颯爽と率いて見事な儀仗をなさったのが、フローラ様。
大公陛下は、一目でフローラ様に魅了されてしまったそうです。
私達が、フローラ妃の【グリフォン】を眺めていると、廊下の向こうからフローラ妃ご本人が現れました。
私は、慌てて、フローラ様とドローレス殿下を紹介します。
「ドローレス殿下。フローラ・リーシアです。どうぞ、お見知りおきを」
フローラ妃は恭しく礼を執りました。
王妃と皇太王女なら、皇太王女の方が格式は上だからです。
「お初に、お目にかかります。ドローレス・アルカディーアでございます。あのう、フローラ様、あの【グリフォン】達は、随分と大人しいのですね?」
ドローレス殿下は訊ねました。
他国の要人と会って、最初に訊ねる話題が【グリフォン】の事とは……。
ドローレス殿下の呑気さには、少し呆れます。
「あいつは、軍時代からの私の相棒……ハーツグロウです。触ってみますか?大丈夫、卵から人の手で育てられていますから噛み付いたりしませんよ」
フローラ妃は、ドローレス殿下を促しました。
ドローレス殿下は、【グリフォン】のハーツグロウの元に私達を案内します。
ドローレス殿下は、嬉しそうに【グリフォン】を撫でていました。
ハーツグロウは、クルクルと喉を鳴らします。
喜んでいるのでしょう。
「魔物は、決して人に馴れないものと思っていました」
ドローレス殿下は言います。
「魔物と言えど、馴らせば、この通り。可愛いでしょう?」
フローラ妃は言いました。
「【アルカディーア】の騎獣は、どう猛で鎖に繋がれていました」
ドローレス殿下は言います。
「【アルカディーア】軍は【精神支配】を使って魔物を強制的に使役していましたからね。確かに【精神支配】で正気を失わせれば、恐れも、痛みも感じなくなりますが、人種を信頼することもないのです」
フローラ妃は説明しました。
「フローラ様は、大神官様の、ご子孫なのだ、とか?」
ドローレス殿下は訊ねます。
「はい。随分と世代は離れていますが、肉親として甘えさせてもらっています」
フローラ妃は言いました。
「以前は、軍の上級士官だったのだ、とか?」
ドローレス殿下は訊ねます。
「はい。女だてらに騎獣に乗って飛び回って、はしたないとお思いでしょう?」
フローラ妃は答えました。
「いいえ。ただ大変な、お役目だと」
ドローレス殿下は言います。
「責任は重いのですが、軍務を、それほど大変だとは思いませんでしたね。私は望んで軍に入隊しましたから」
フローラ妃は答えました。
「理由を聞いてもよろしいですか?」
ドローレス殿下は訊ねます。
「理由ですか?難しいですね。素養があったから、としか……」
フローラ妃は、困惑気味に言いました。
「フローラ様は、アルフォンシーナ大神官様の、ご子孫という名門の家柄に生まれ、危険な軍務に従事なさり、今は王家に嫁がれていらっしゃいます。私は、そういうフローラ様に……私は民の為に何が出来るのか?……という事を、お訊ねしてみたいと素朴に思ったのです」
ドローレス殿下は言います。
私は、ふと、ドローレス殿下の必死な横顔を観察しながら、少しだけドローレス殿下を見直していました。
ソフィア様は、よく、こんな事を仰います。
「ゼッフィよ。わからぬ事があれば、馬鹿なフリをして、知っているだろと思う者達に何でも訊いてしまうのじゃぞ。他人から、馬鹿だと思われても、そんな事に頓着するのは、所詮小者じゃ。気にする必要はない。肝心の知識を身に付けてしまえば、こっちのモノなのじゃから、知りたい事は恥をかいても単刀直入に訊いてしまえば良いのじゃ」
……と。
ドローレス殿下は、もしかしたら、それを実践しているのではないのでしょうか?
私は、つまらないプライドが邪魔をして、馬鹿だと思われないように振る舞い、そのせいで知識を得る機会を失っているのでは……。
急に自分が、ソフィア様が言う……小者……なのではないか、という気がして来ました。
「殿下。そう気を張り詰めて難しく考える必要はないと思いますよ。自分に出来る事を一生懸命にやれば良いのです。斯く言う私も【リーシア大公国】の近衛の質が悪いので、良く訓練をしているところです。私は兵の訓練は得意ですからね。自分に出来る事を一生懸命……これが全ての原点ですよ」
フローラ妃は言います。
「なるほど」
ドローレス殿下は言いました。
「あ、でも、私が【リーシア大公国】で兵を鍛えているだなんて、他言なさらないでくださいね。こんな粗野な素行が、大お祖母様に知られたら大変です」
フローラ妃は口に人差し指を当てて言います。
「修道院に入れられてしまいますね?」
ドローレス殿下は笑いました。
「とんでもない。【青の淵】に投げ込まれて、【青竜】の餌にされてしまいますよ」
フローラ妃は言います。
「そんな、まさか」
ドローレス殿下は笑いながら言いました。
「いいえ。大お祖母様が怒ると、空腹の【古代竜】よりも恐ろしいのですよ」
フローラ妃は真面目な顔で言います。
ドローレス殿下とフローラ妃は、笑い合いました。
私は、絶対に笑ってはならないと、必死に堪えます。
上席者たるアルフォンシーナ様を話のネタにして、笑うなどという事は、私には出来ません。
この日、私は、勉強では学べない何か大切な事を、たくさん学んだ気がしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。
・・・
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誤字報告をして下さる皆様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
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