第33話。守護竜が文明の敵に回る時。
本日、4話目の投稿です。
【冒険者ギルド】のラウンジ。
私とソフィアは今後の事を話し合っています。
サウス大陸の問題には一応の行動方針が決定しました。
サウス大陸は、同大陸にある4つの【遺跡】が【スタンピード】を起こし膨大な魔物が地上に溢れ出し北方の【アトランティーデ海洋国】を残して国家が滅びてしまったのです。
現在も2つの【遺跡】で【スタンピード】が継続していました。
私とソフィアは魔物に支配されているサウス大陸を人種文明に取り返すつもりです。
戦略の要諦は、サウス大陸の守護竜である【ファヴニール】を復活させて、ソフィアと同じように現世に存在を固定する事。
当初、私は最優先でウエスト大陸の問題に対処する計画でしたが、予定を変更しました。
ウエスト大陸の問題も、なるべく早く対応しなければいけませんが、サウス大陸の方が優先度が高いので止むを得ません。
私は、常に変化する状況に合わせて局面局面で最善と思われる方策を取り続ける事しか出来ないのですから……。
私達の会話は【防音】によって周囲に声は漏れていません。
周りから見れば私とソフィアの会話は口パク状態なので奇異には思われていますが、【防音】自体は使い手がある程度はいますので異様というほどの事ではありません。
「サウス大陸が片付いたら、次はウエスト大陸です」
私は言いました。
「【リンドヴルム】の阿呆をどうにかするのじゃな?」
「【神格者】が自分の意思で閉じ篭っている状態を、私が行って元に戻せますかね?」
実際には対処法はあります。
相当に乱暴な方法ですが……。
私は、なるべくなら穏当に解決を図りたいと考えています。
それが可能かどうかは、さて置き……。
「我がブッ飛ばしてでも言う事を聞かせるのじゃ。それでも無理なら止むを得ん。一度【リンドヴルム】を滅ぼして過去への執着を断ち切り守護竜としての存在意義を思い出させてやるのじゃ」
【領域守護者】は神様です。
その存在はユーザーにとっては完全中立。
【領域守護者】の庇護下にあるNPCにとっては守護神そのもの。
ただし、【リンドヴルム】のように個体としての自我や意思を持ち人種の敵性者となる場合も設定上あり得ます。
守護竜の戦闘力は強大無比。
もしも、守護竜と敵対する事態になれば厄介極まりありません。
本来なら人種を庇護する為に存在する守護竜が、もしも人種と敵対してしまった場合、リセット……つまり、一度滅殺してしまう事で本来の中立で人種の庇護者たる管轄領域の【領域守護者】として【復活】させる事が可能です。
製作サイドがゲームの世界観作りの一環として創作した900前時点の過去の歴史によると、ノース大陸の守護竜【ニーズヘッグ】とイースト大陸の守護竜【アジ・ダ・ハーカ】は、太古の昔人種文明の敵に回った事があると記されていました。
【神の怒り】。
【神の怒り】とは【超位】を超えた先にある【神位】に分類される最強の攻撃魔法(あるいは守護竜の【ブレス】)。
その威力は正に神罰と呼んで差し支えないモノです。
NPCはもちろんユーザーでさえも使用不可能な極大魔法でした。
より厳密に言えば、【神位】を超えるゲームマスターしか使えない【超神位】という位階の権能も存在するのですが、これは公式設定にはない、言わば運営の管理コードなのでゲーム内の攻撃威力値判定を逸脱した位階です。
人種NPCが自分達には使用不可能な【神位魔法】の存在を知っているのは、ノース大陸とイースト大陸の文明が滅んだ時に、【ニーズヘッグ】や、【アジ・ダ・ハーカ】が【神位魔法】を連発してノース大陸とイースト大陸の文明に終焉をもたらし、それが2つの大陸の生存者達によって歴史に記されたからなのです。
ノース大陸とイースト大陸の文明は滅亡し、しばらくして【ニーズヘッグ】も【アジ・ダ・ハーカ】も自ずから中立の個体に戻った……という設定。
もちろん、ゲーム会社がゲームの世界観として、そういう歴史を創作しただけですが……。
ゲームのリアル・タイムでは神たる守護竜が人種文明に牙を剥いた例はありませんでしたが、製作サイドとしては、今後そういうメイン・シナリオの実装も計画していました。
守護竜を敵に回しての超大規模レイド戦ですか……。
そのシナリオが、もしもゲームに実装されたら凄まじい事になりそうです。
5大大陸の守護竜は4つの島の守護獣と同じ【神格】の個体。
しかし守護竜は、この世界では、その他の有象無象とは一線を画す万物の霊長たる【竜】族の頂点に君臨する存在。
魔物由来の守護獣とは、その戦闘力において隔絶した差があります。
守護竜と戦うなら、レベル・カンストしたユーザーが万単位のレイド・パーティを組んで挑まなければ勝ち目はなさそうですね……。
ゲームの情報処理が間に合うのでしょうか?
過負荷でサーバーがガンガン落ちまくったりして……。
ははは……ゲーム会社の社員としては、洒落にならない状況です。
「とにかく、一度【リントヴルム】に直接会って説得を試みましょう。最悪の場合は滅殺する事も止むを得ません」
「のじゃ」
ソフィアは真剣な表情で頷きます。
私が本気を出して無制限に能力を行使すれば、守護竜であっても一瞬で殺せました。
守護竜の中の守護竜である【神竜】のソフィアであったとしてもです。
私はソフィアに対して父性のような感情が芽生えていますので、そんな状況にならない事を心の底から願っていますけれどね……。
【リンドヴルム】の件は、取り敢えずそれで良し、と。
「【ウトピーア】に関しては私一人でやります。これは対国家という事になります。セントラル大陸を管轄するソフィアが絡むと外交問題になりますから」
ソフィアは、セントラル大陸の守護竜です。
ウエスト大陸の【ウトピーア法皇国】の問題にソフィアが介入すれば、それはセントラル大陸からの宣戦布告と受け取られても仕方ありません。
【ウトピーア法皇国】は守護竜など【神格者】の存在を否定し、更に……【人】至上主義……なる狂気の宗教を信仰する独裁国家です。
近年は軍備増強にも力を入れていました。
彼らは、この世界では禁止されている大量殺傷兵器を秘密裏に開発しているのではないかと疑われています。
ゲームマスターである私は、これを放置・是認する事は出来ません。
「そうじゃの……。【ウトピーア】の問題に首を突っ込むなら、我の庇護下にあるセントラル大陸をウエスト大陸との戦争に巻き込む覚悟をせねばならん。さすがに、それは我の一存では決められぬ。ノヒトには助力出来ぬのじゃ」
「ソフィアの【アイアン・ゴーレム】の完成が遅れるかもしれませんね」
「なぬ!それは困るのじゃ。じゃがしかし、【アイアン・ゴーレム】の容れ物が出来上がるのは半年後じゃ。サウス大陸を片付けて、速やかにウエスト大陸を片付けて、それから【アイアン・ゴーレム】の心臓である【ダンジョン・コア】を確保しに行く。全てをやっても、我とノヒトの2人掛かりでやれば半年も掛かりはせぬじゃろう?それに、サウス大陸の魔物を殲滅するとなれば根本を叩かねばなるまい?つまり、現在も【スタンピード】の魔物を吐き出し続けておるサウス大陸の南東・南西2つの【遺跡】の攻略じゃ。その【遺跡】攻略のついでに【ダンジョン・コア】も確保出来るのじゃ」
「そうですね。だとするなら【遺跡】攻略の為にノース大陸の【ユグドラシル連邦】に行く理由がなくなります。私は【世界樹】に幾つか訊ねたい事があったのですが……」
「な〜に、復活の式典と祝賀が終わりさえすれば、我は暇になる。サウス大陸、ウエスト大陸と片付けたら、次はノース大陸じゃ。世界中の【遺跡】を全制覇してやるのじゃ」
「まあ、サウス大陸とウエスト大陸の問題が片付いたら、その後はゆっくり観光を楽しみながら【遺跡】攻略をしていけば良いですよ。【遺跡】は逃げませんから、慌てる必要はありません」
「のじゃな」
・・・
深夜。
掛け持ちのアルバイトで長時間の仕事を終えクタクタとなったグロリア、ハリエット、アイリスの獣人娘達が【冒険者ギルド】にやって来ました。
3人はジェシカの元に駆け寄り彼女の小さな身体を抱き締めます。
しばらくして落ち着いた4人に、私はジェシカの処遇について話しました。
深夜なので【冒険者ギルド】には私達の他にお客はいませんが、宿直のギルド職員達がいます。
ジェシカの罪状などを、あまり他所様に聴かせるのは憚られますので、私達は【冒険者ギルド】の奥にあるギルド・マスターの執務室に移動していました。
ドナテッロさんは自宅に帰りましたが、ギルマスのエミリアーノさんはまだ残業中です。
「隅っこの方をお借りしますね」
「どうぞ、お使い下さい」
エミリアーノさんは快く許可してくれました。
ジェシカは窃盗の被害にあった方と示談が成立し起訴猶予となります。
しかし、罪自体が消える訳ではありません。
正式には明日略式裁判で判決が確定するそうですが、ジェシカには半年間の保護観察処分が科されます。
保護観察期間中にジェシカが、また罪を犯せば起訴猶予が取り消され……今度は収監される事になるでしょう。
ジェシカの身柄は私が預かり、保護観察期間中の責任を負う事になりました。
ジェシカは【ギルド・カード】に保護観察処分中と明記されているので色々と行動に制約が科されているのです。
「ジェシカ。違法行為は二度とやったらダメだよ」
【狼人】のグロリアが優しく諭しました。
「ごめんなさい。もう絶対しないの」
ジェシカは言います。
「何かするにしても、事前にアタシ達に相談しろ」
【兎人】のハリエットが言いました。
「その通りだ」
【猫人】のアイリスは瞑目して頷きます。
「うん。わかったの」
ジェシカは言いました。
ジェシカは、私とソフィアの前では随分しっかりとした言葉使いや態度でしたが、3人の獣人娘の前では口調は舌足らずで幼く見えます。
私とソフィアの前では気を張っていて、こちらが本来の素なのでしょうね。
獣人娘達は子供の頃から、ずっと孤児院で一緒に暮らし社会に出てからの1年は必死に肩を寄せ合って生き抜いて来たのです。
血は繋がらなくとも間違いなく彼女達は家族。
何人にも侵し難い絆があるのです。
私とソフィアは、そんな獣人娘達の様子を見守っていました。
・・・
「さてと、4人とも明日の朝に現在の宿泊先は一旦精算しておいて下さい」
「「「「わかりました」」」」
「ですが、今晩は【竜城】に宿泊してもらいます」
「りゅ、【竜城】ですか?」
グロリアが戸惑ったように言います。
他の3人も事情がわからないという様子。
それはそうでしょう。
【竜城】は【ドラゴニーア】の国家中枢なのですから。
ましてや彼女達を招く場所は【竜城】の上層部。
【神竜】であるソフィアの私有地……つまり禁足地扱いの神域なのです。
獣人娘達が宿泊する場所が神域だという事は彼女達を不安がらせないように内緒にしていましたが……。
私とソフィアは今晩獣人娘達を【竜城】に泊まらせ、お風呂に入らせ健康状態の診察もしようと考えています。
獣人娘達は衣服も身体も薄汚れていました。
【獣人】は【人】などに比べ体毛が濃く長い為に衛生状態が悪くなると、バクテリアや寄生虫の繁殖なども心配もしなければいけなくなりますしね。
そもそも【獣人】は綺麗好きな種族なのです。
彼女達にとって、経済的な理由で満足に入浴や洗濯が出来ない生活は、耐え難い苦痛だったに違いありません。
「大丈夫です。ソフィアが個人的な友人を招く……という体裁で特別に許可をもらっています」
「のじゃ」
ソフィアは頷きます。
「では、みなさん。私の方に向かって真っ直ぐに手を伸ばして下さい。そのまま動かないように……」
私は獣人娘達に指示しました。
4人は言われた通りにします。
何をしているのかというと、獣人娘達4人の【転移】適応の検査。
私は現在地点に【転移座標】を設定し、その場で【転移】しました。
すると当然、私は現在地点に【転移】します。
獣人娘達は伸ばした手の先がギリギリ【転移】の効果範囲に被るようにしていました。
もしも、獣人娘達が【転移】の適応を持たない場合、彼女達の指先は亜空間に接触した瞬間に霧散・消滅。
そうならなければ、彼女達には安全に【転移】出来る適応があるとわかります。
獣人娘達は、何をしているのかという表情。
「はい。大丈夫ですね」
もしも、獣人娘達に【転移】適応がなかったら?
指がなくなりますが、何か?
その時は直ぐに【治癒】で治して謝りますよ。
事前に説明してしまうと、きっと獣人娘達は腕を伸ばすのを怖がってグダグダと時間がかかります。
時間の節約ですよ。
私は足元の【転移座標】を消去しました。
【転移座標】は、すぐ近くの【銀行ギルド】にも設置してあります。
近くに幾つも【転移座標】を置くと管理が面倒になりますからね。
それに現在地は【冒険者ギルド】のギルマスの執務室。
セキュリティ的にも、部外者である私が【転移座標】を設置してしまうのは問題がありました。
エミリアーノさんは……問題ない……と言っていますが消しておきましょう。
消去を行うと空間に浮かんでいた【魔法陣】が霧散しました。
これで良し、と。
私はエミリアーノさんに挨拶をして獣人娘達を連れ、【冒険者ギルド】のギルドマスターの部屋から【転移】で【竜城】に向かいました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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