表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/1238

第32話。二人だけの世界戦略会議。

本日、3話目の投稿です。

【ウトピーア法皇国】が【魔法ギルド】を追放した件についての言い訳は、全く信用に値しないものでした。

 いずれ査察に(おもむ)きキッチリとケジメは付けさせようと思います。


 私は謁見の間を後にしました。

 ソフィアは、この後も謁見の予定を残しています。


 私は、ソフィアが嫌々でいい加減に謁見をこなしているのかと思いましたが、実際は神経を擦り減らすようなギリギリの外交戦を見事に戦っていました。

 正直言って国家元首としての振る舞いは……堂に入るものだ……と私はソフィアの事を見直しています。


 謁見の間から【竜城】の禁足地エリアに戻って来ると、エズメラルダさんがやって来ました。


「ノヒト様。例の冒険者……ジェシカの保釈が決定されました。本日午後6時に保釈されます。被害者の方と連絡が付き、事情を知った先方からジェシカに対して……厳しい罰を望まない……との意向が示されたので司法機関により逮捕勾留の必要なしと判断されたようです」

 エズメラルダさんが言います。


 そうですか!

 ジェシカは心細い思いをしているでしょうから、迎えに行ってあげなくては……。


「私がジェシカの身柄を引き取りたいのですが、何処(どこ)に行けば良いのでしょうか?」


「北に浮かぶ浮遊島に【ドラゴニーア】の中央拘置所がございます。そちらから衛士機構の飛空公舟で街の衛士機構支所に護送され、そこで保釈となります。おそらく【冒険者ギルド】に近い中心街の衛士機構支所だと思われますが……」


「では、そちらに伺います。午後6時ですね?」


「はい」


「因みにジェシカの処遇は最終的には如何(どう)なりそうですか?」


「おそらく悪いようにはならないでしょう。ジェシカが盗んだ財布の持ち主が見つかり、先方はお金などの損害の弁済は望んでいるようですが、ノヒト様のご提示になった慰謝料は必要ないとの断りを入れて来ているようです」


 ジェシカは盗んだ財布を捨てたり売り払ったりせず保管していたそうです。

 その財布に被害者の方の身元がわかる物が入っていたのだとか。


 ジェシカの盗みは出来心だったのでしょう。

 何故なら常習的に盗みを働くような性根が腐った者なら、証拠品である財布を後生大事に仕舞っておくなどという事をする筈がありません。


 今回は、そのおかげで被害に遭われた方が見付かりました。


「受け取ってもらえませんでしたか。示談は無理でしょうかね……」


「いいえ、逆でございます。どうやら被害にあった者は、ジェシカの境遇や犯行の動機などを知り、むしろ気の毒に思って慰謝料などがなくても示談に応じ、またジェシカに対して重い処分を望まない旨、正式に申し入れているようです。おそらく、ジェシカは刑事罪に関しては起訴猶予、不法行為に関しては保護観察処分となる公算が高いと思われます」


「はぁ〜……そうですか。それは、ありがたいです。被害者の方は窃盗被害に遭いながら犯人であるジェシカの身の上を案じてくれるだなんて、なんて優しい方なんでしょうか……」

 私は被害者の度量に感心すると同時に、安堵感で弛緩した気持ちから、大きく息を吐きました。


「?」

 エズメラルダさんは何だか怪訝そうな表情をしています。


「どうしました?ジェシカの処遇に何か気になる事が?」

 私は訊ねました。


 もしかしたら、ソフィアの申し送りが司法介入などと受け取られているのかもしれません。


「いいえ、そうではありません。ただ……失礼ながら【調停者】様とは、もっと超然としていて、私共市井の者にとっては神聖にして(おか)し難い、遠い存在の御方なのかと?」

 エズメラルダさんは遠慮がちに言いました。


 そうですね……。

 私は、ゲームマスターの業務より個人的な心配事を優先してしまいがちです。

 立場的には【創造主(クリエイター)】の現世における全権代理などと見做されていても、中身は所詮ゲーム会社のサラリーマンですからね……。


「すみません。【神格者】として私事にばかり囚われてはいけませんね」


「むしろ、少し安心しております。場合によっては、私共市井の者に……天の罰……をお与えになる立場の御方が、私共と同じような事に心を砕かれ心配したりするのだと……」

 エズメラルダさんは言いました。


「本来それではいけませんよね?」


「いいえ。宜しいと思います。あ、いえ、差し出がましい事を申しました。どうぞ、ノヒト様のなさりたいようになさって下さいませ」


 私は、【世界の理(ゲーム・ルール)】と世界(ゲーム)の世界観、そして開発サイド・運営サイドの決めたガイド・ラインとゲームマスターの遵守条項を守ります。

 それが、この異世界に飛ばされた訳のわからない状態にある現状の私が、地球との繋がりを維持する唯一の存在意義となっているような気がしますので。

 その前提で、こちらの世界の法令、公序良俗、倫理、公衆衛生、社会通念、礼法……なども考慮出来ればとも考えていました。

 しかし、私は中身が現代日本人ですから、どうしてもそちらに感情が引っ張られ完全に中立公正な立場を保つ事は難しい……いや、私には無理なのでしょうね。


「被害者はどんな方なのですか?」


「どうやら、一昨年定年退職をするまでは、【ラウレンティア】で小学校の校長をしていたそうです」


 なるほど元聖職にあった方でしたか……。

 きっと立派な考えを持っている方なのでしょう。

 頭が下がります。


 ・・・


 私は保釈されるジェシカを迎えに行きました。

 今日の謁見の予定を全て終わらせたソフィアも一緒です。

 獣人娘達はジェシカの事をとても心配していましたが、今日は深夜までアルバイト。

 ジェシカの迎えには来られません。


 中心街の衛士機構支所。

 ジェシカは、とぼとぼと外に出て来ました。


「おかえりなさい、ジェシカ」

「なのじゃ」


「ソフィア様、ノヒト様。この度は私の愚かな振る舞いの所為(せい)で、ご迷惑をお掛けしました……。誠に申し訳ありません」

 ジェシカはシッカリとした口調で謝罪して、ペコリとお辞儀をします。


「お腹は減ってはいませんか?」


「みんなが帰って来てから一緒に食べます」


「む……そうなのじゃな?」

 ソフィアは自分のお腹をさすりました。


 ソフィアは何か食べたくとも、ジェシカの手前そう出来ないと思ったのでしょう。

 仕方のない神様です。


 ・・・


 私達は、ゆっくりと歩いて【冒険者ギルド】に向かいました。

 今日の夜遅くに3人の獣人娘達は合流するそうです。


 私はジェシカに……【冒険者ギルド】のラウンジで何か軽い物を食べたら如何(どう)か?……と勧めました。

 しかし、ジェシカは……みんなは働いているので、みんなが帰って来るまでは何も口にしない……と頑なに言います。


 現在午後7時……3人の獣人娘達が仕事を終えて戻るのが深夜0時。

 随分長い待ち時間がありますね。

 私もソフィアも、中途半端に早い時間に昼食を摂った所為(せい)で腹ペコです。


 いいえ、私達の事より、むしろジェシカですね。

 彼女は拘置所では何も食べなかったらしく、お腹が空いているでしょうに……。


 ソフィア……ジェシカに食べ物を摂らせたいので口裏を合わせ欲しいのですが。


 私は【念話(テレパシー)】でソフィアに伝えました。


 ソフィアは黙って頷きます。


「困りましたね。実は私の役職は……行動を共にする仲間が何も食べない場合、私も食事をしてはならない……という決まりがあるのですよ。ジェシカが食事をしないなら、私もソフィアも何も食べられないのです。お腹が空きました……」


 もちろん、そのような決まりなどはありません。

 しかし、我ながら酷い大根役者っぷりです。


「では、私は席を外していますので、御二方で食事をなさって下さい」

 ジェシカは言いました。


「いや、それでもダメなのですよ。ジェシカは、私達にとって、もう仲間ですからね。私もソフィアも、ジェシカは大切な仲間だと思っているけれど、ジェシカは違うと思うのですか?」

 私の台詞は、もはや支離滅裂です。


 私の【能力(スキル)】には相手を騙したり欺いたりする(たぐい)の偽装、詐術、陽動、撹乱、煽動、誘導、洗脳……などなどといった、多少穏当ではないモノも含まれていました。

 これらは全て最大効果で発動出来ますが、私は()()して行使する事は、(ほとん)どありません。

 基本的に不死身で無敵のゲームマスターは業務を遂行する時には、そのチートな能力で無理矢理に力任せに局面を打開出来てしまえるので、そもそも小手先の技は必要がないという事もありますが、正直そういう技能に頼る事には個人的に忌避感があります。

 まあ、私の望みに沿うように半ば()()()に発動している事は多いのですが……。


 今回のような時には、特にジェシカの気持ちを無視して私の目的に沿わせるように恣意的な誘導をするべきではないと思います。


「いえ、でも、あの、やっぱり……」

 ジェシカは私とソフィアの顔を順番に見つめました。


 グウゥゥ〜……。


 これ以上ないというタイミングで、ソフィアのお腹の虫が鳴きます。


 ソフィア、あなたは天才ですよ。


「お腹が減ったのじゃ……」

 ソフィアが待合席の背もたれにアゴを載せてグッタリと脱力します。


 たぶん本当に空腹なのでしょう。

 ソフィアの仕草は芝居とは思えない説得力がありました。


 ・・・


 ジェシカは私達に付き合う形で軽食と飲み物を口にして、今は私に身を預けて眠ってしまっています。

 張り詰めていたモノが解けたのかもしれません。


「ソフィア。気になった事があります」


「何じゃ?」


「私は午後の謁見の時、ソフィアの神託が聞こえました。あの在【ウトピーア法皇国】大使を……手当てしてあげるように……と【女神官(プリーステス)】達に伝えた神託ですよ」


 あの後、複数の【女神官(プリーステス)】達が実際に大使の介抱に向かった事からもわかるように、あれは個人への【念話(テレパシー)】ではなく同時多数への神託に間違いありません。


「む〜、確かにその神託は出したが……変じゃの……」

 ソフィアは首を捻りました。


「はい。ソフィアの使徒ではない私に神託がもたらされる事は普通はありませんからね」


「ノヒトが我の神託を受けられる性質に目覚めたのではないか?」


「今まで、そんな事がなかったのに突然ですか?神託を受ける能力は生れ付きの素養ですよね?私なりに考えたのですが……もしかしたら、ソフィアは私に【調伏(テイム)】された扱いになっているという事は、ありませんか?私は、あなたに名付けをしていますし……」


 野良の魔物を【調伏(テイム)】する時には、まず対象の魔物を殺さずに制圧するなどして自分の力を認めさせた上で、自分の魔力を与え【名付け(ネーミング)】を行う事が条件です。

調伏(テイム)】された魔物は主人(マスター)との間に【パス】が構築され、【神竜(ソフィア)】とアルフォンシーナさんがそうであるように思念や感覚などを共有出来るようになりました。


「【神格】たる我を【調伏(テイム)】したとな?それは信じられぬ話じゃ。ならば我に何か命じてみよ。もしもノヒトが我を【調伏(テイム)】しているとするなら、我はノヒトの命令には服従する筈なのじゃ」


 なるほど。


「ソフィア。椅子から立ち上がれ……右手を上げろ……お手……」


「何も起こらぬの……」


「【調伏(テイム)】ではないですね?では何故【神竜(ソフィア)】の神託が聴こえたのでしょうか?」


「まあ、能力に目覚めたのじゃろう。大人になってから後天的に我の使徒に目覚めた例は今まではなかったが、そういう事はあるのかもしれぬのじゃ」


「【世界の(ことわり)】には、そんな設定はなかった筈です」


 少なくとも私は知りません。


「【名付け(ネーミング)】によって絆が深まった……とかではないのか?」


「そんな設定もありませんよ」


調伏(テイム)】を伴わない【名付け(ネーミング)】は基本的に無意味ですし、ゲームの設定に絆という数値項目は存在しません。


 う〜ん、良くわかりませんね。

 考えてもわからない事は、考えるだけ時間の無駄です。

 はい、この話は終了。


「ソフィア。あなたの復活の式典や祝賀が済んだら、私はサウス大陸に行きます。優先順位としてそれが最も高いと思います」


「【パラディーゾ】で暴れるのじゃな?その時は我も一緒に行くのじゃ」


 私の【リマインダー】にある……やらなきゃリスト……は状況の変化に応じて、刻々常に優先順位が変動しています。

 現在私が最優先するべき事柄はサウス大陸の問題。

 それは間違いありません。


「ありがとう。サウス大陸では正直ソフィアの戦力を頼りにしています。攻勢と防衛を二正面……場合によっては、三、四……と多正面を構える可能性もありますので、強力な味方は少しでも多い方が良いですからね」


「うむ。失地回復の為とはいえ、サウス大陸の諸国は、多少慌てて国土を奪還してしまった感は否めぬのじゃ。東と西の両国の首都を奪還してしまったが為に防衛線が長大に伸び切り、度々守りの手薄な場所で魔物の突破を許していると聞く。民らが【アトランティーデ海洋国】に固く閉じ篭ってくれておれば、我とノヒトで魔物の殲滅は楽じゃったが、長い防衛線を移動して戦うのは面倒じゃ。まあタラレバを言うても詮なき事じゃが」


 そうですね。

 魔物と戦うだけなら、私とソフィアにはそれほど難しいミッションではありません。

 問題は脆弱な人種を守りながら戦うという事。

 これが私とソフィアの行動の自由を大きく制限していました。


 それに、現下の問題は軍事戦略上のものばかりではないようです。


 かつてはサウス大陸の全土が魔物に蹂躙された為、サウス大陸の全国民は国の違いを忘れて一致団結し、最後に残された北端の【アトランティーデ海洋国】に集まり協力して魔物に対抗していました。

 しかし、現在では曲がりなりにも東の【ティオピーア】と西の【オフィール】の首都が奪還された為に、国家ごとの思惑というモノが頭をもたげて来て自国の利益を優先する風潮が共同戦略を難しくしているそうです。


「東・西・中央の内、二正面で防衛線を死守。どこか一箇所を攻勢正面として鉄床戦術……いいえ、それでは状況が余り変わらないですね……。防衛線と背後からの挟撃が出来れば理想的なのですけれど……」


「効率から言えば東か西のどちらかで焦土戦術を取り、敵を自陣に深く引き込んで縦深防御をすれば良いのじゃが、その焦土となる国民は受け入れ難いじゃろうの」


「で、考えてみたのですけれど、中央に空挺強襲(エア・ボーン)を仕掛けてみては如何(どう)でしょうか?」


「ふむ。確かに我とノヒトの2人の火力を持ってすれば、攻め込んで敵陣の真ん中に陣地を築く事は可能じゃが。維持はどうする?陣地防衛には歩兵がいるぞ。その場合兵站の問題も生ずるのじゃ。結局それらの者達を守り、また維持するとなれば、我とノヒトの行動の足枷にしかならん」


「なので、【ファヴニール】を、あなたに行った方法と同じようにして復活させ現世に存在を固定し、味方ユニットとして一緒に戦わせようと思います」


「なるほど!歩兵を連れて行かず我とノヒトだけで速攻において中央に乗り込み、現地で【ファヴニール】の奴めを復活させ、その存在を外界に固定し【ファヴニール】に中央陣地の維持をやらせるのじゃな?うむ。理にかなっておるのじゃ」


「そうして中央を維持しながら私とソフィアで両翼の魔物を一掃して、そこにサウス大陸の軍隊を呼び込み防衛線を押し上げる。それを繰り返せば人的犠牲なくサウス大陸の奪還が出来るのではありませんか?」


「うむ。筋は通っておるのじゃ」


「そもそも【ファヴニール】の解放は可能でしょうか?」


「可能じゃと思うぞ。我はノヒトが【世界の(ことわり)】の変更を……許可する……と宣言した瞬間に解き放たれたのじゃ」


 なるほど……そうなのですね。

 やはり私は【世界の(ゲーム・)(ルール)】を変えてしまっていましたか……。

 考えないようにしていましたが、これは絶対に会社や上司から怒られるでしょうね……。


 ともかく、私とソフィアのサウス大陸奪還作戦の基本方針は決まりました。

お読み頂き、ありがとうございます。


ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ