第3話。世界銀行ギルド・ドラゴニーア本店。
本作品の通貨制度。
金貨、銀貨、銅貨などが流通するファンタジーベタな設定です。
但し、クレジット・カードのような、魔法的システムが整備されているという設定なので、都市生活者は現金取引は、ほとんどしていません。
私は【竜城】の衛兵を務める竜騎士団に見送られ外に出て、【竜都ドラゴニーア】の市街地に向かって真っ逆さまに飛び降りました。
そうです、【竜城】は空中に浮かぶ巨大な浮島状の構造物だったのです。
【竜城】の他にも【竜都ドラゴニーア】では、多くの公共施設が空中に浮かんでおり、それらの場所に出入りする為には、飛空船か竜騎に乗るか、あるいは自ら飛行出来なければいけません。
【竜城】に勤務するのが【ドラゴニュート】達ばかりだったのも、【ドラゴニュート】達が種族的に【神竜】からの神託を受け易いからという理由ばかりではなく、彼ら彼女らが背中に翼を持っているという事も関係があるのでしょう。
空中に身を投げ出した私は加速度的に落下しながら【飛行】の魔法を詠唱しました。
高速で近付く地面との距離を目視で測りながら、放物線を描くように軌道を変えてスムーズに着地します。
多少、周囲にいた人々から驚かれましたが、【ドラゴニーア】では飛行出来る種族や【職種】の者達が少なくないので、やがて人々は興味を失ったように日常に戻って行きました。
実際、私の他にも【竜都】の上空には、【竜】に跨って高速で旋回する【竜騎士】達による竜騎士団の編隊や、【翼竜】に跨って飛ぶ【翼竜使い】達、自らの翼を使って飛ぶ【ドラゴニュート】達、大小様々な飛空船などが交通ルールを遵守して整然と飛び交っています。
私のように【飛行】の魔法で飛ぶ者の姿は多くはありませんが、全くいない訳でもないようですね。
さてと、食事は済ませてしまいました。
何処に行って何をしましょうか……。
う〜む、とりあえずベタですが、ギルドでも見物して回りますか。
この世界の様子を探るには、やはり各国の色々な情報が集まるギルドに向かうのが一番です。
おや?
メインス・トリートを歩いていると、何だか見慣れない街並みに違和感を覚えました。
私が知る【竜都ドラゴニーア】の面影は残していますが……やはり建物の形状などが私が記憶している【竜都】の様子と少し違うようです。
私はゲーム会社のプログラマーとしても【竜都】の作成に深く関わっていますので景観が変わっている事がわかりました。
【竜都ドラゴニーア】の風景と言えば、例の【不滅の大理石】の構造物で統一され同心円上に整然とデザインされ、調和の取れた白亜の街並みが有名です。
しかし、今私がいる【竜都】は、多少雑然としていて、色調もやや不均一なように感じられました。
どうやら、ゲームの【初期構造オブジェクト】に石材や木材で増築がしてあるようです。
私がゲームマスターとして業務に当たっていた当時は、このような増築は行われていませんでした。
何だかゲーム内の時間が、かなり進行してしまっているように感じられますね。
最低でも数十年……もしかしたら、私は百年、千年単位の未来にやって来てしまったのかもしれません。
実は現在がゲームの時代より相当に未来だという事は、【竜城】での会話で気が付いていました。
食事中にソフィアやアルフォンシーナさんから聞いた話によると、【神竜】が直近で復活したのは900年前なのだそうです。
・・・
「辻褄があいませんね。確かに【ディバイン・ドラゴン】の降臨イベントは、レベル・カンストしたユーザーでなければ発動しないので簡単ではありませんが、それでも私がゲームマスターとして業務を行なっていた時は、毎日数件から十数件は起きていたイベントでした。それが900年もの間、全く起こっていないとすると……」
「私共の言い伝えでは、ノヒト様のような【調停者】様が現れたという記録も、ソフィア様と同様に、およそ900年前に途絶えております」
アルフォンシーナさんは言いました。
「実のところ、私には直近でゲームの世界を訪れたのは昨日だという記憶があるのです。つまり、私が気が付かない内に、ゲームの中の年月が一気に900年も過ぎてしまったという事なのでしょうね……」
「我も、ここ最近は現世に呼ばれる事がなくなったので退屈をしておったのじゃ」
ソフィアは大きな肉の塊を両手に掴みながら言います。
現在使われている世界暦なるモノは、私が知るゲーム内の年数カウントと、かなり異なり単純に当てはめる事が出来ませんでした。
世界暦というモノは今年919年。
これは、この世界の歴史が919年という訳ではなく、地球の西暦のように世界共通年表記として世界暦が導入されたのが919年前からだという意味です。
この世界の歴史は、もっと長いそうです。
対して私が記憶しているゲーム時代の年数表示はゲーム発売年から01、02、03とカウントされていました。
・・・
ふむふむ……やはり、ギルドに行って確認してみる必要がありそうです。
私は、異世界転移時に何らかの理由でタイム・トリップもしてしまったという仮説に確信を深めました。
ギルドは現代の感覚で言うなら国際機関か、あるいは国際企業のようなモノ。
【冒険者ギルド】や【商業ギルド】が有名ですが、このゲームで最も重要なのは【銀行ギルド】でしょう。
【銀行ギルド】の正式名称は……【世界銀行ギルド】。
【世界銀行ギルド】は、特定の国家の中央銀行や、国際機関が運営する国際通貨基金などではなく、世界中に支店を持つ市井銀行でした。
つまり純然たる民間営利企業です。
ゲームの世界で何処でも決済や送金や金融取引が行えるのも、この銀行ギルドのおかげ。
各ギルドの本部は色々な国に分散していますが、【銀行ギルド】の本店は、ここ【竜都ドラゴニーア】にありました。
何故なら、この国が世界で一番豊かで安全だからです。
【ドラゴニーア】はセントラル大陸の中央にあり、地政学的に流通のハブとして機能していました。
また世界で最も治安が良く戦争などとも無縁。
もっとも、世界最強の個体戦力である【神竜】が庇護していて、世界最強の軍隊【竜騎士】達の竜騎士団が防衛する強大な国家に侵略しようとする愚か者は存在しないでしょうが……。
私は、【銀行ギルド】の【竜都ドラゴニーア】本店に向かいました。
【銀行ギルド】でなら、おそらく私が最後にゲームに入ってから何年が過ぎたのか正確にわかる筈です。
私は、変貌してしまっている街並みを【マッピング】し直す為に、御上りさんのようにキョロキョロとしながら、ゆっくり時間をかけて【銀行ギルド】に到着しました。
魔法によって外気を遮断する【結界】の入口を潜り、豪華なエントランスに足を踏み入れます。
この【結界】は、犯罪歴のある者や指名手配されている者を排除する機能があり、招かれざる客は中に入れないような仕組みになっていました。
「いらっしゃいませ。本日は、どのようなご用件ですか?」
【人】の女性行員が、私を見付け営業スマイルを湛えて声を掛けて来ました。
礼節や社交性への適性からギルド本店や高級ホテルなど格式あるサービス業種には、接客担当として彼女のように【人】が採用される傾向が高いようです。
「実は最終利用日から、どのくらい時間が経過しているのかを確認したいのですけれど……」
「はい?時間経過……ですか?【ギルド・カード】は、お持ちでしょうか?」
女性行員は、多少怪訝そうに言いました。
不審に思われるのも当然ですね。
銀行に来て、そんな訳のわからない事を訊ねる利用者はいません。
「はい」
私は【収納】から全世界共通の【ギルド・カード】を取り出して提示しました。
【ギルド・カード】は身分証明書の役割を果たす他、キャッシュ・カードやクレジット・カード機能、資格・免許の保有証明、【冒険者ギルド】や【商業ギルド】での各種記録、納税記録、健康保険証、賞罰……などなど、およそゲーム内で必要となる、ありとあらゆる個人情報の記録をしたり、支払い、決済、手続き、契約、登録……などに利用されています。
「こ、これは【ドミニオン・クラス】!し、失礼致しました。どうぞ、こちらへ……」
女性行員は、私を建物の奥へと案内しました。
私と女性行員は建物の奥でエレベーターに乗り込み上階に向かいます。
最上階でエレベーターを降り、私は貴賓室らしき部屋に通されました。
「しばらく、こちらでお待ち下さいませ。ただいま頭取が参ります」
女性行員は慌てた様子で去って行きました。
すぐに別の行員が、お茶とお菓子を運んで来ます。
貴賓室で頭取自らが対応してくれるのですか?
VIP待遇ですね。
【ドミニオン・クラス】とはゲームをプレイするユーザーと、NPCでは王侯貴族や高位の聖職者などが所有する最上位のギルド等級です。
ゲームマスターの業務に必要な為、私もこの最上位クラスのカード等級を持っていますが、ゲームの時には、ここまでの騒ぎにはならなかったのですが……。
まぁ、ゲームの時のギルド職員達は定型文を喋るだけで、顧客のカード等級など全く気にもしませんでしたからね。
あまり目立ちたくなかったのですが、迂闊でした。
・・・
座り心地の良いソファに腰を沈めて、お菓子を摘みながら待っていると女性が現れました。
【エルフ】です。
【エルフ】は長命な種族なので外見から正確な年齢は類推出来ませんが、それにしても世界銀行ギルドのトップである頭取を任されるにしては、やはり若い気がしますね。
「大変お待たせ致しました。【世界銀行ギルド】頭取のビルテ・エクセルシオールでございます。誠に失礼ながら、ノヒト・ナカ様の敬称を寡聞にして存じ上げないのですが、何とお呼びすれば宜しいでしょうか?」
頭取のエクセルシオールさんは訊ねました。
この世界では家名を持つという事は、それなりの身分がある出自という事になります。
エクセルシオール?
何処かで聞いた事があるような……。
まあ、良いでしょう。
それにしても私の敬称ですか……。
NPCで【ドミニオン・クラス】の【ギルド・カード】を持つ者なら、陛下、猊下、殿下、閣下……と、確かに色々と敬称がありそうですからね。
身分制度は現代人には些か面倒です。
「エクセルシオールさん。守秘義務を守って頂けますか?」
「もちろんでございます。お客様の個人情報を正当な理由なく流出させないと誓います。【宣誓】」
エクセルシオール頭取は、紙を取り出し魔法的に書面化して、【宣誓】の魔法を行使しました。
誓約内容が書かれた紙が、魔法によって燃え尽きるように消滅。
このエフェクトにより正しく【宣誓】の魔法効果が発動した事が視覚的に確認出来る訳です。
【魔法使い】ならば、魔法のギミックは目で見なくとも魔力反応という形でわかりました。
しかし、エクセルシオール頭取は、私が【魔法使い】である事を知らないので、わざわざ視覚化してわかるように見せてくれた訳です。
エクセルシオール頭取は【杖】や【指輪】などの魔法触媒を一切使わずに【低位】とはいえ、いとも簡単に魔法を行使してみせました。
通常【低位魔法】であっても、触媒を用いずにホイホイと魔法を行使する事は、NPCにとっては、それなりに難しい事なのです。
私や【神竜】のように魔力が無尽蔵にあれば話は別ですが……。
この辺りは、さすが【エルフ】というところでしょうか。
「では……」
私は、【収納】から【ゲームマスターのローブ】を取り出しました。
「【調停者】の紋章!」
エクセルシオール頭取は目を剥いて声を上げます。
「このロゴの意味をご存知なようですので改めて説明はしません。エクセルシオールさんのお気付きの通り私はゲームマスターです」
「【調停者様】。私の事はビルテとお呼び下さいませ。では、やはり、あの情報は本当だったのですね?」
エクセルシオール頭取……もとい、ビルテさんは何事か得心したように深く頷きました。
「私の事はノヒトと呼んで下さい。敬称も不要です。ビルテさん、あの情報とは?」
「あ、いえ。もしも秘密なのでしたら他言致しませんが、実は先ほど私の実家から……【調停者】様の手により、【神竜】様がご復活されたと思われる……との緊急の魔法通信がありまして……」
なるほど、ビルテさんの実家と聞いて想像出来る場所はエルフ族の国【エルフヘイム】。
【エルフヘイム】は、ノース大陸にある大国【ユグドラシル連邦】の一国です。
【ドラゴニーア】と【ユグドラシル連邦】は有史以来友好的な関係にあり、【ドラゴニーア】にもビルテさんのような【エルフ】族が沢山暮らしていました。
「私の実家は【エルフヘイム】で代々【祭司】をしております。その関係で【世界樹】にアクセスする権限があるのです。あ、もちろん、実家にも私にも厳格な守秘義務がありますので、実家も知り得た情報を全て報せて来る訳ではありませんし、私も情報を悪用したりはいたしませんよ」
ビルテさんは慌てて取り繕います。
なるほど。
ビルテさんが若く見える理由は種族が【ハイ・エルフ】だからなのですね。
ゲーム設定における【ハイ・エルフ】は【エルフ】の上位種という位置付けで、【エルフ】族のキャラ・メイクをしたユーザーならレベルを上げたり特定の【秘跡】をクリアすれば【ハイ・エルフ】になります。
この上位種に昇華可能な設定は基本的に全種族共通でした。
しかしNPCにおいては、もう1つの意味合いがあります。
ユーザーと違いNPCには生まれ付き上位種で生まれて来る個体あるいは一族が存在していました。
【エルフ】族の常識では、そうした生まれ付いての【ハイ・エルフ】は古代の王族や、高位の聖職者に連なる血脈の一族であり、概して【エルフ】よりも長命で魔法能力にも秀でています。
なので歴史を重んじる【エルフ】のコミュニティでは【ハイ・エルフ】は敬われ、社会的に高い地位になる事が多いのだとか。
【世界樹】へのアクセス権限を持つ一族という事は、エクセルシオール家は【エルフヘイム】でも屈指の名家なのでしょう。
ユグドラシルとは世界樹を意味する名称ですが、世界樹は世界中の植物や植物系のモンスターを支配し【神格】を持つ神聖なる知的植物。
ゲーム設定では現存する最も古い生物の1柱とされ、世界の歴史の全事象を記憶しているゲーム世界の【完全記憶媒体】とされています。
あの【世界樹】ならば、ゲームマスターである私や【神竜】の復活を知り得たとしても不思議ではありません。
また、世界の全事象を知り得る立場にいる者が金融機関に情報を流せばインサイダー取引どころではない不正が行えてしまいますからね。
ビルテさんの釈明は、もっともな事。
それに、私の職業である【調停者】は、正にそういう不公正なシステムの是正を行なったり、違反者の摘発をする役割でもあります。
ビルテさんが慌てたのも無理はありません。
「疑っていませんよ。ご心配なく」
私は笑って言いました。
この世界では一方的に約束する【誓約】や、双方が合意する【契約】などの魔法の存在により、概して約束は守られる傾向にあります。
もちろん、魔法に拙い者であったり、文明水準の低い辺境地であったり、魔法を行使して縛るまでもない小さな約束などの場合は、その限りではありませんが……。
「別に秘密にしている訳ではありません。アルフォンシーナさん……いえ、【ドラゴニーア】のアルフォンシーナ大神官は、近い内に公式に【神竜】の復活を世界に向けて宣言する予定だそうですので」
「そうでしたか。それは吉事でございます。きっと盛大な祝賀が行われるのでしょうね?」
「そうですね。ところで私の用件ですが、ビルテさんがお知りになった情報の通り、私も【神竜】同様、今日長い眠りから目覚めたばかりなのです。それで私がどのくらい眠っていたのか正確な日時を知りたいのです。私が以前に【ギルド・カード】を利用した最終日を照会して下さい」
「あ、はい。失礼いたしました。ご用件を蔑ろにしてしまいまして申し訳ありません」
ビルテさんは襟を正して謝罪しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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