第293話。ブロークン・ウィンドー・セオリー(割れ窓理論)。
名前…マーゴット・ボードレール
種族…【人】
性別…女性
年齢…21歳
職種…【貴人】→【罪人】
魔法…なし
特性…【優美】
レベル…7
イングヴェの妃。
旧【パラディーゾ】貴族家の末裔であり家柄が良い。
夫イングヴェを【パラディーゾ】王にして、実家が外戚として権力を握れるように暗躍していたが、露見し、夫や実家の者共々幽閉されている。
【サンタ・グレモリア】の集会場。
私と、トリニティと、オラクルが【サンタ・グレモリア】に戻ると、ソフィアとウルスラとヴィクトーリアと、街の衆は、大宴会を開催していました。
ソフィアとウルスラは、大量の食料と飲料のストックを放出して、街の衆に振舞っています。
大人達は、酒と【氷竜】料理に大喜び、子供達はホールケーキやバケツ・プリンに歓喜していました。
ファヴとリントとティファニーも大宴会に参加しています。
オラクルは、私に断って、ソフィアの元に向かいました。
「ノヒト。ファミリアーレは、竜都に運んでおいたわよ」
リントが報告します。
「ありがとう」
私は、リントに礼を言います。
「お疲れ様でした。ありがとうございます」
アリス辺境伯が、やって来て、食事を給仕してくれました。
私とトリニティは、遅い夕食にありつきます。
グレモリー・グリモワールとアリス辺境伯の、お抱えシェフ……ジェレマイア料理長が作った料理が、私とトリニティの前に並びました。
メニューは……。
蒸し野菜の【コカトリス】のレバー・ペースト添え。
トマト・ベースで、【竜の湖】で獲れた魚を使った練り物と野菜やキノコが入った、ミネストローネ。
【地竜】の骨でとった出汁で炊いたリゾット。
ソフィアが提供した【氷竜】のロースト。
正当な【アルバロンガ】料理でした。
「頂きます」
おー、これは、美味しい。
ジェレマイア料理長の腕は大したモノです。
・・・
「ごちそう様でした」
グレモリー・グリモワールの2人の養子……フェリシアとレイニールの姿を宴会に参加する子供達の中に見つけました。
ディーテ・エクセルシオールが連れて帰って来たのでしょう。
しかし、ディーテ・エクセルシオールの姿は見当たりません。
アリス辺境伯に話を聴くと、どうやらディーテ・エクセルシオールは【サンタ・グレモリア】にフェリシアとレイニールを連れて帰って来た後、【シエーロ】に向かってグレモリー・グリモワールの手伝いをしているようです。
何でも、グレモリー・グリモワール自宅の【マジック・カースル】から、工作機械の類を運び出そうとしているのだ、とか。
【サンタ・グレモリア】に、何かの製造設備を移設するつもりのようです。
その時、集会場の中に歓声が上がりました。
見ると、オラクルが、立体映像を投影して、映画のようなモノを始めたようです。
内容は、ソフィアの活躍を映した、一大活劇。
サウス大陸奪還作戦の様子でした。
子供達はもちろん、大人達も、オラクルが投影する映像に大興奮。
【サンタ・グレモリア】は、あまり娯楽がありませんからね。
・・・
アリス辺境伯や、世界銀行ギルド副頭取のピオさんと色々と情報交換をしていると、酔った【サンタ・グレモリア】の大人達は、死屍累々の惨状を呈し、子供達は眠る為に帰宅して行きました。
ソフィアとウルスラも睡魔で眠そうにしています。
私は、オラクルとヴィクトーリアに、ソフィアとウルスラを【ドラゴニーア】に送るように指示しました。
オラクルとヴィクトーリアは、ソフィアとウルスラを大切そうに抱いて【ドラゴニーア】に【転移】します。
「リント、ファヴ、トリニティ、ティファニー。みんなも、良きところで【ドラゴニーア】に戻って下さい。明日は朝が早いですからね」
「そうします」
ファヴは言いました。
「そうね。お暇しますわ」
リントが言います。
「畏まりました」
ティファニーは言いました。
「私は、ノヒト様と一緒にいます」
トリニティが言います。
「トリニティ。休める時に、キチンと身体を休めておくのも、私の従者としての役目の内ですよ。あなたの力が必要な時は、否が応もなく招集しますからね。その時に、眠気や疲労で力を発揮しきれないようでは、困ります。私は、トリニティを頼りにしているのですからね」
「はい……仰せのままに致します」
トリニティは、頷きました。
私に精一杯仕えようとしてくれるトリニティの気持ちは大変に嬉しいのですが、私は部下の労働環境には、なるべく気を配りたい性質なのです。
こうして、レジョーネのメンバーは帰還して行きました。
・・・
【サンタ・グレモリア】。
コンパーニアの工場。
私は、コンパーニアの関連工場を次々に起動させて行きました。
既に、【ドラゴニーア】から【転送装置】で送り込まれて来た【自動人形】・オーセンティック・エディション達が揃っていますし、生産自体は【プロトコル】が行いますので、各商品の生産を開始させるだけならば何も問題はありません。
ただし、人種を雇って働かせる為に指導をしたり、生産ラインに不具合が生じたりした場合、【自動人形】・シグニチャー・エディションや、イアンやロルフのような優秀な人材がいない【サンタ・グレモリア】では、対応が出来ません。
なので、私は、【サンタ・グレモリア】で内職を始めました。
気合いを入れて【自動人形】・シグニチャー・エディションを造りましょう。
必要があれば、グレモリー・グリモワール配下の139体の【自動人形】・シグニチャー・エディションもいますし、【ドラゴニーア】から本部所属の【自動人形】・シグニチャー・エディションを出張させて来れば、事足りるのですが……。
【ラニブラ】にも【自動人形】・シグニチャー・エディションは必要ですし、私も常時100体単位で【自動人形】・シグニチャー・エディションを保有しておきたいのです。
私は、まず【収納】にストックされていた【自動人形】・シグニチャー・エディションの部材を取り出して、一気に20体を完成させました。
完成した20体の【自動人形】・シグニチャー・エディションと、【サンタ・グレモリア】の【自動人形】製造ラインの【プロトコル】の力を借りて、新しい部材を製造しながら、私は【自動人形】・シグニチャー・エディションの【メイン・コア】に積層型魔法陣を組んでいきます。
・・・
深夜。
私は、45体の【自動人形】・シグニチャー・エディションを完成させました。
また、新記録更新ですね。
とりあえず、【サンタ・グレモリア】の【転送装置】を使って、【ラニブラ】に35体を送り込みました。
【ラニブラ】の方は、これで良し。
残り、10体で、【サンタ・グレモリア】は……回りませんね。
まあ、グレモリー・グリモワール配下の【自動人形】・シグニチャー・エディションを投入すれば手数の問題は解消するのですが、グレモリー・グリモワールにも手持ちの【自動人形】・シグニチャー・エディションを独自に運用する計画もあるでしょうから、コンパーニアとイーヴァルディ&サンズの工場で働かせる【自動人形】・シグニチャー・エディションに関しては、私の方で賄いたいと思います。
これは、技術流出を防止する意味もありました。
まあ、グレモリー・グリモワールが配下の【自動人形】・シグニチャー・エディションを使って、コンパーニアやイーヴァルディ&サンズから技術を盗もうとするとは思いませんし、また、万が一そのような事をしようとしても、私が造った【プロトコル】はブラックボックス化してありますし、私やマリオネッタ工房が製造した全ての【自動人形】にはバックドア機能が仕込まれていますので技術は盗み取れません。
しかし……技術を盗めるかもしれない……などと誤解をさせかねない環境や誘惑を放置する状況自体が問題なのです。
罠を仕掛けて敵を仕留める、などの特定の理由がない限り、私は、そういう管理の甘さで不必要な邪心や犯意を誘ってしまう事自体が大嫌いでした。
これを……割れ窓理論……と呼びます。
割れ窓理論とは……。
アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した、環境犯罪学、犯罪心理学、行動科学などに跨る帰納法的な学術理論、または、社会実験の一分野でした。
空家などの窓が割れていたり、手入れが行き届いていない荒廃した状況を放置すると……誰も注意を払っていない、あるいは、誰の目も届いていない……と見做される状況……つまり廃墟となり、やがて他の窓も全て壊され、放火されたり、違法薬物の取り引きに悪用されたり、レイプや殺人などの凶悪犯罪の温床ともなりかねない、との考え方です。
空家などの窓が割れているのを放置する。
誰も、その場所に関心がない……という、品行を乱していたり、遵法姿勢が希薄な人物に対して、ある種の動機を与える事となる。
犯罪を起こしやすい環境や状況を誘発する。
廃棄物の不法投棄などの軽微な不法行為が起きるようになる。
地元住民が、その空家を避けるようになり、さらに目が届かなくなり、環境を、ますます悪化させる。
やがて凶悪犯罪を含めた違法行為が多発する。
この負のスパイラルが発生します。
したがって、治安を保つ為には……。
犯罪とも呼べないような、取るに足らないと思われるような軽微な不法行為でも、いちいち法や規範に則り厳格に取り締まる。
警察官や自警団による巡廻を強化する。
地域の住民・組織・企業などは警察に協力して、秩序の維持に努力する。
こうすれば、軽微な犯罪は起こらず、その先にある重大犯罪をも、未然に防げる。
という、良い循環が起こり、結果、治安は良くなります。
こんな実証実験が行われました。
治安の良い閑静な住宅街で高級車のドアに施錠せず2、3日放置しても、何も問題は起こりません。
しかし、その高級車の窓ガラスをワザと割って放置しておくと、数時間後には、車内のカーナビやコンポなどが分解されて盗まれてしまったそうです。
やがて、ジャッキなどで、タイヤがホイールごと盗まれて、割れていなかった窓ガラスやライトなどが叩き割られ、革張りシートが持ち出され、ガソリンが抜き取られ、最後には、高級車は放火されて、スクラップとなったのだ、とか。
この間、数日。
つまり……私が、情報管理を甘くしたせいで、法を守って生活していた市民を犯罪の道に誘うキッカケを与える……という状況が発生してしまうかもしれないのです。
私は、それを是認しませんし、そういう状況を自らの手抜かりで誘発する事も我慢出来ません。
なので、一見、非効率だったり無意味に思えるルールや原則であっても、それを馬鹿正直に守る事は重要なのです。
・・・
未明。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールが【サンタ・グレモリア】に帰って来ました。
「えっ?まだ、いたの?」
グレモリー・グリモワールは驚きます。
「もう帰ります。地下鉄は完成しました。明日……いや、もう、日が変わっていますので、今日の朝から仮ダイアで運行出来ます。それから、浮遊移動機を20台製造しておきましたので、【サンタ・グレモリア】で利用して下さい。この20台は、差し上げます。追加発注は、有料ですよ」
「わかった。ありがとうね。地下鉄を見ても良い?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「もちろん、どうぞ」
私とグレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールは、地下鉄【サンタ・グレモリア】駅に降ります。
「ノヒト。【サンタ・グレモリア】で夕飯を食べたんでしょう?」
グレモリー・グリモワールは訊ねました。
「はい」
「お米は食べた?」
「はい。リゾットでした。美味しかったですよ」
「あ、そう。やっぱり、白ご飯には、まだ無理だったからリゾットにしたのかな。今日はね、稲刈りだったんだよ。本当は乾かさなくちゃダメなんだけれど、今日、少し、お米を炊かせてみたんだよ」
「そうだったのですね。だから、宴会をやっていたのですか?」
「そゆこと。収穫祭だね」
「グレモリーは、参加しなくて良かったのですか?」
「私は、収穫の手伝いは何もしてないしね。街の人達が、お祝いすれば良いんだよ」
「そうですか」
・・・
【サンタ・グレモリア】駅。
「本当に半日で、こんなのが造れちゃうんだね?とんでもないね?」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「信じられない。これが神の御技……」
ディーテ・エクセルシオールは感嘆します。
「正味、6時間でしたね」
「これ、自動改札?」
「いえ、ギルド・カード対応方式と、人力改札の併用です。切符切りの駅員は、グレモリーの方で用意して下さい」
「わかった。図面より、随分、駅が広いみたいだけれど?」
「駅地下街を作ってみました。キオスクやコンビニやファストフード店などを作ってみては、いかがですか?」
「なるほど。うん、何か考えてみるよ」
「【イースタリア】側にも駅地下街は、ありますよ」
「わかった。ありがとう」
「車両を見ますか?」
「見る」
私達は、車両の中に入りました。
客車の方は、少し走らせてみます。
乗り心地は、日本の地下鉄より快適。
慣性制御が上手く働いています。
「うん、悪くないね」
グレモリー・グリモワールは言いました。
貨車の方は、グレモリー・グリモワールの発注通りにコンテナの規格が寸分違わず統一してあります。
クレーンを使って、貨車から浮遊移動機へ……反対に、浮遊移動機から貨車へ……何度か積み降ろしのチェックを行いました。
「完璧だね。でさあ、王都【アヴァロン】まで、延伸して欲しいんだけれど?」
グレモリー・グリモワールは言います。
「4千km以上ありますね。工期は、概算で、4か月かかります。地形なども加味すれば、半年。さすがに、そこまでは、やっていられませんよ」
「やっぱ、無理か。なら、地上に列車を走らせるかな……」
グレモリー・グリモワールは呟きました。
「線路敷設の大型重機を造って、それで延々と線路を伸ばして行けば良いのでは?」
「だね。問題は、【神位バフ】が効かせられないと、草原は1日で草ボーボーになるし、森は1日で木が生える事なんだよね。やっぱり高架橋を渡して行くしかないかな」
グレモリー・グリモワールは言います。
「まあ、人海戦術で公共投資でやるんですね。古代エジプト人はピラミッドを造り、古代ローマ人はコロッセオを建てたのです。重機も魔法建築もない時代に、ですよ。やってやれない事はありません」
「そだね。昔の人は偉いよ」
「同感です」
「じゃあ、私らは、2時間、仮眠するよ。2時間後にまたね」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「はい、2時間後に竜城で」
「ノヒト様、また後ほど」
ディーテ・エクセルシオールが言います。
「はい、また後で」
私は、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールと別れて、【ドラゴニーア】に【転移】しました。
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