第29話。3人の問題児。
名前…アイリス
種族…【猫人】
性別…女性
年齢…16歳
職種…冒険者・銅
魔法…なし
特性…なし
レベル…10
神殿長の執務室に……【オーガ】のサイラス、【ドラゴニュート】のモルガーナ、【狐人】のティベリオ……が入室しました。
「俺はサイラス……雇ってくれてありがとう」
サイラスは、ぎこちなくお辞儀をします。
「騎士見習いのモルガーナでありますっ!在留資格を与えて頂けるとの事。感謝致します」
モルガーナは肘を張って握り拳を胸に付ける竜騎士団流の敬礼をしてみせました。
「ティベリオでございます。どうぞ、よしなに」
ティベリオは軍隊式……ではなく、貴族を演じる舞台役者がするような気取った礼を執ります。
私は、この3人を獣人娘達と一緒に鍛えるつもりでした。
今更4人が7人に増えた所で如何という事もない……という訳です。
3人のステータス表示を見ると特筆するような事柄は何もありませんね。
一言で言うなら凡庸です。
サイラスは、多少力が強い。
モルガーナは、多少魔力が多め。
ティベリオは、多少素早さが高い。
これらは全て彼らの種族特性の枠を超えるモノではありません。
3人のステータス表示の【職種】は?と言うと……。
サイラスは【暴れ者】となっていました。
まあ、喧嘩をして近所の子供達に怪我をさせたのなら、そうなるでしょうね……。
モルガーナとティベリオは2人とも【小姓】となっていました。
【小姓】は【騎士】の下位にある【騎士見習い】の更に下位職。
2人は志望を叶える為、引退した元【竜騎士】に多少の指導を受けていたようです。
ただし、その元【竜騎士】は、齢200歳を越えようかという杖をついたヨボヨボのお爺ちゃん【ドラゴニュート】で、槍を突き合わせての稽古などという事は出来る筈もなく、専ら……騎士道精神とは何ぞや……という薫陶を受けていたのだとか。
4人の獣人娘もそうでしたが【才能】持ちは、そうそういないですね。
因みにアルフォンシーナさん、エズメラルダさん、イルデブランドさん、ヨハネスさん、カスパールさん、フィオレンティーナさん、マッシミリアーノさん……などは、全員何かしらの【才能】持ちでした。
やはり、一軍の司令官となったり国家の指導者となるような人達は生れながらのスーパー・エリートなのですね。
私の預かった7人とは住む世界が違うのかもしれません。
「ノヒト・ナカです。どうぞ宜しく。3人に、それぞれ質問があります。良いですか?」
「はい……」
「はっ!」
「喜んでお答え致します」
「まず3人には、法令、公序良俗、倫理を遵守する【契約】を結んでもらいます。良いですね?」
「はっ!」
「何も問題ありませんね」
モルガーナとティベリオは同意しました。
しかし、サイラスは俯いて考え込んでいます。
「待って欲しい。俺は確かに、あの不良達に大怪我をさせた。反省している。でも友達を助けた事を後悔していない。仮に同じような場面に出会したら、また友達を助けに行く。それが出来なくなるような契約はしたくない」
サイラスは、私の目をしっかり見据えて言いました。
「心配いりません。法律には、正当防衛や緊急避難という考え方があります。例えば自分や他人が暴漢に襲われた場合、自分の身を守る為あるいは襲われている人を助ける為に暴漢を実力行使で制圧する事は正当防衛とみなされます。また、自分や他人が襲われた際に、暴漢を撃退する為に必要な程度の実力行使をした結果、暴漢に怪我を負わせても傷害罪には問われません。これが緊急避難の考え方です。なので、仮に【契約】を結んでも、サイラスは友達を助けに行けますよ」
「本当か?なら、その契約をしても良い」
「ただし、サイラス。たかが数人の不良如きを制圧するのに半殺しにするのはやり過ぎです。不急不必要な実力行使は過剰防衛と見做され、違法行為となり得ます。それは、あなたが弱い所為です。圧倒的強者なら相手を無傷で制圧します」
「俺は弱くなんかないぞっ!」
「ならば、掛かって来なさい」
サイラスは……意味がわからない……という表情をしています。
「如何しました?私が制圧術の手本を見せてあげます。さあ、本気で掛かって来なさい」
クリスタさんは不安気な表情をしていましたが、やがて意を決したようにサイラスに向かって頷きました。
サイラスはクリスタさんから許可が出たので私に殴りかかります。
手加減していますね……。
ボクッ!
私は全く避けずにサイラスの拳を顔面で受け止めました。
「ほら、サイラス。あなたは弱過ぎます。この程度の力で友達を守るですって?笑わせないで下さい」
私はサイラスを挑発します。
「うっ、うおぉーーっ!」
サイラスは今度は本気で殴って来ました。
ガツッ!
私の顔面を殴り付けたサイラスは拳を押さえて呻きました。
おそらく、骨は折れていないでしょうね。
まあ、このくらいで怪我をする程【オーガ】の肉体はヤワではない筈です。
しかし、大した事のない攻撃ですね……。
ある程度以上の威力値がある打撃で……当たり判定なし・ダメージ不透過……の私を殴れば自身の攻撃の全反射による【ノック・バック】でサイラスは弾き飛ばされる筈です。
つまり、【ノック・バック】が跳ね返りさえしないサイラスの打撃力は、その程度という事。
私はサイラスの丸太のように太い腕を無造作に掴むと手首をヒョイッと捻って床にねじ伏せました。
小手返しという合気道の技です。
サイラスは渾身の力で逃れようとしますが、全く動けません。
「どうですか?圧倒的強者なら相手を無傷で制圧出来ます」
「はいぃ……参りました……」
サイラスは情けない声で言いました。
私はサイラスを立ち上がらせます。
「サイラス。1つ教えてあげましょう。あなたと同じ【オーガ】で、この孤児院の先輩でもあるマッシミリアーノさんという優秀な衛士がいます。彼は私と試合をして死ぬほどのダメージを受けました。しかしマッシミリアーノさんは、その時に呻き声ひとつ上げませんでしたよ。【オーガ】とは、そういう誇り高い種族です。友達を守る時にも、真に強い【オーガ】は決して過剰な暴力に頼ったりはしないのです。それを心しておきなさい」
「はい、ノヒト様……一生懸命精進します」
サイラスは、すっかりシュンとしてしまいました。
「わかれば宜しい」
私はサイラスに微笑み掛けます。
マッシミリアーノさんの振る舞いを見たり彼の両親の話を聞いたりして、私は【オーガ】という種族に敬意を持っていました。
サイラスも【オーガ】なのですから、きっと誇り高い人物になると私は期待しています。
・・・
次はモルガーナ。
「モルガーナは竜騎士団に入りたいのですね?」
「はっ!」
「私の元で修行して来年もう一度試験を受けなさい。女性の【竜騎士】を採用してもらえるように大神官と竜騎士団長に掛け合ってあげます」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ただし1年みっちりと稽古をつけてあげます。私は厳しいですよ」
「はっ!宜しくお願いしますっ!」
うん、体育会系は思考がシンプルで非常に助かります。
・・・
最後はティベリオ。
「あなたの素養では、本来兵士には向きません。しかし鍛え方次第では何とかなるでしょう。私の言い付けを守り修行するなら騎兵隊に入るくらいにはしてあげられると思います」
「感謝感激の至り。このティベリオ身を粉にして励みます」
ティベリオは三文役者のようなキザで芝居掛かった仕草で言いました。
うざっ……。
ティベリオの個体戦闘力は期待出来ませんが、まあ選ばれし者である竜騎士団という訳ではなく採用人員が多い騎兵隊なら、たぶん如何にかなるでしょう……。
3人は礼をして退室して行きました。
・・・
クリスタさんと相談の結果、今期の孤児院卒業生の中から私が雇用した合計35人は準備が整い次第、いつからでも私の元に置いて構わないとの事。
孤児院では卒業式などというセレモニーはなく、養父母に引き取られた子供、就職先の決まった子供から、順次卒業して行くそうです。
4人の獣人娘、新卒の2人、問題児3人、そして社員・従業員組の30人の合わせて39人分の住居が必要ですね。
社員寮のような物があれば良いのですが職場の近くに住居を確保出来るでしょうか?
【ドラゴニーア】は不動産物件が不足がちですから、直ぐには見つからないかもしれません。
しばらくは、【竜都】の外縁部などから通勤させるかホテルに住まわせるかして、福利厚生として私が交通費や宿泊費を負担しますか……。
出費が馬鹿になりません。
早めに会社の経営が軌道に乗れば良いのですが……。
私はクリスタさんと相談して諸々の段取りを済ませ、ソフィアがいる孤児院の建物の方に向かいました。
・・・
私が孤児院の一室を覗くと、ソフィアは自分と同じくらいの背丈の子供達に混ざって遊んでいます。
2チームに分かれて何かしていますね。
お遊戯?
いや、それにしては、あの積み上げられたマットの山は何でしょうか?
高地争奪戦?
は?
ソフィアは、幼稚園児達を率いて何をしているのですか?
男の子だけではなく女の子も全員参加しています。
「よーい、ドン!なのじゃーーっ!」
ソフィアが高らかに開戦を宣言しました。
双方の幼稚園児達が両側からマットの山によじ登り始めます。
当然ソフィアが一番早く頂上に到達しました。
ソフィアは自分達のチームの青い旗をマットの山頂に掲げます。
両チーム入り乱れて白兵戦。
もちろん殴り合いなどは禁止。
どうやらソフィアのいる青チームが山頂防衛側になり、相手の赤チームが攻撃側という構図になったようです。
制限時間の終了時点で山頂を奪取していたチームが勝ちというルールのようですね。
うわ!
子供達がゴロゴロとマットの山から転げ落ちました。
あ〜あ、泣いちゃった……。
【修道女】の皆さんがマットの山の麓で救護活動をしています。
結構激しく落下する子供もいますよ。
大丈夫でしょうか?
ソフィアが全員に【防御】を掛けているのですか?
なるほど……。
お、どうやら攻防戦は終了したようです。
当然ソフィアがマットの山頂の旗を死守して青チームが勝ちました。
子供達は楽しそうです。
まあ、怪我だけはしないようにして下さい。
「ソフィア。時間です。【商業ギルド】に向かわなくてはいけません」
「わかったのじゃ」
途端子供達が……もう1回コール……の大合唱です。
ソフィアは……また、来るのじゃ。その時までに、確と訓練をしておくのじゃぞ……と司令を発しました。
子供達はビシッと敬礼します。
ソフィアは、すっかり子供達を手懐けたようですね。
私とソフィアは、子供達に手を振られて孤児院を後にしました。
「ソフィア。また来ましょう」
「なのじゃ」
ソフィアは満足気に頷きます。
帰り際、私はクリスタさんに許可をもらって神殿の奥に転移座標を設置させてもらいました。
これで次回は【竜城】から一瞬で飛んで来られます。
・・・
私とソフィアは【転移】で【銀行ギルド】に飛びました。
朝にもしましたがピオさんと挨拶をします。
度々すみません。
私とソフィアは【商業ギルド】に向かいました。
【商業ギルド】に到着。
営業時間が始まってエントランスでは、忙しげに人々が出入りしています。
すると職員が連絡を入れたのでしょう……すぐに会頭のニルスさんが現れました。
私とソフィアは応接室に通されます。
「ノヒト様。物件も人材も今現在全力で選定中でございます。あと3日程お待ち頂きたいのですが……」
ニルスさんは困惑気味に言いました。
前回そういう約束でしたね。
忘れていませんし、急かすつもりもありません。
「今日は社名と事業内容が決まりましたので、それを伝えに来ました。それから追加で人材1名と物件を探して頂きたいのです」
「そうでしたか。では社名と事業内容の方からお伺い致します」
「社名はマリオネッタ工房。事業内容は【魔法装置】の開発・製造・販売です」
私は社名と事業内容を書いたメモ書きをニルスさんに渡しました。
「承りました。後はオフィスの物件が決まりましたら登記書類の書式は整います。【魔法装置】ですか?私は、あの見事な武器・防具などを販売する会社なのだとばかり……」
「武器類は、あの手の物が出回ると既存の職人さんの仕事を奪う可能性があるので本格的な商売としては出来ません。なので【自動人形】などを主力製品にしたいと考えています」
「【自動人形】ですか?それは凄い。ロスト・テクノロジーですね」
「それほど大したモノでは、ありません。収入に多少余裕のある家庭向けのメイド・タイプですから」
「しかし、自立制御なのですよね?」
「ええ、まあ、それは【自動人形】ですからね」
「ノヒト様。だとするなら、現代では再現不可能な失われた技術体系でございます」
え?
まさかオーバー・テクノロジー?
いや、900年前には、ありふれた技術でしたから、その技術を流布したからといってゲームマスターの遵守条項には抵触しません。
実際私が造る【自動人形】は既存技術の組み合わせだけで出来ているので、私の名前で特許出願などは出来ませんし、900年前の技術ですから元の特許自体が全て有効期限切れになっています。
「そうですか……。とにかく機械製造業を行う事にしたので工場の物件を探してもらいたいのです。工作機械もこれらを揃えて下さい。予算は3万金貨。足りない場合は最大5万金貨までを予算の上限とします。それから工場を運営・管理出来る人材を1名追加募集して下さい。報酬と条件は前回と同じです」
私は工場の大まかな規模と必要な工作機械を書いたメモをニルスさんに渡しました。
予算はかなり余裕を持って見積もりましたが、【竜都】の不動産は用途に限らず慢性的に不足しています。
幾らお金を積んでも物件が売りに出ていなければ、手に入りません。
工業地帯に適当な売り物件がなければ、最悪工場は【竜都】の都市城壁外になるかもしれませんね。
「なるほど……。工員の募集はどうされますか?」
「工員は当てがありますので大丈夫です」
「わかりました。では再度手配致します」
ニルスさんは言いました。
私は【ギルド・カード】で【商業ギルド】に5万金貨と募集人材の追加1名分の資金を預けます。
日本円に換算すると50億円……かなりの出費ですが、必要経費なので仕方がありません。
兎にも角にも【ドラゴニーア】では不動産物件はアホほど高いですからね……。
これで私の現預金残高は15万金貨……日本円に換算すると150億円です。
会社員時代にはあり得ないような大金ですが、何となく15万金貨でさえ心許ない気分になって来るから不思議です。
きっと現在の私が無収入だからでしょうね。
資産と収入とは別という事なのかもしれません。
お読み頂き、ありがとうございます。
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