第280話。姫様のドラゴニーア滞在記…9…志望。
名前…フェドーラ・ベロッキオ
種族…【人】
性別…女性
年齢…70歳
職種…【乳母】
魔法…なし
特性…なし
レベル…10
エルマの祖母で、ドローレスの乳母。
ある日の朝食。
【アルカディーア】での反乱が鎮圧され、私達は、決意も新たに研修を再開していました。
そろそろ竜都の暮らしにも慣れ、私と10人の側近達も、各自の目標を明確に定めつつあるようです。
エルマは、【ドラゴニーア】の先進的な軍の運用法と指揮を学んでいました。
【ドラゴニーア】艦隊など、【ドラゴニーア】の先端科学技術に支えられている分野は、そのまま【アルカディーア】に持ち込む事は不可能だとしても、兵站や軍政、あるいは訓練方法など、参考に出来る事は多いのだそうです。
また、エルマ個人としても戦闘力を高める為に連日厳しい訓練が行われ、彼女は必死に食らいついてるのだとか。
闘技場での訓練には、【調停者】ノヒト様の、お弟子さん達も参加しているらしく、彼女達は15、16歳にも関わらず強力な戦闘力を誇るそうです。
エルマにも、彼女達の存在が刺激になっているようでした。
「皆、若い冒険者なんだけど、キャリアは長くても1年、短い子だと一月そこそこ……。でも、全員、べら棒に強いんだよ。私は、多少、腕には覚えがあったんだけど、全く歯が立たない。伸びた鼻がへし折られたよ」
エルマは、少し嬉しそうに言います。
「やっぱり、ノヒト様の門弟なら、皆様、選りすぐりの方々ばかりなのでしょうね?」
「いや、それが全員、孤児院の出身者なんだよ。そして、ノヒト様の指導を受けるまでは、特段、秀でた才能などはなかったらしい。ソフィア様とノヒト様……それから、ノヒト様の従者であるトリニティ様の指導の賜物だと言っていた。つまり、努力すれば、私も、あの子達のようになれるという事だ。訓練はキツイが、精進しなければ……」
エルマは、充実感のある表情で言いました。
フェドーラは家内の事を取り仕切りながら……姫様に良い婿を探す……と張り切っています。
彼女は、私やエルマを、【ドラゴニーア】の社交界にデビューさせる……と言っていました。
私は逃げ回っています。
でも、私も、もう成人。
婚姻年齢が早い事が当たり前の貴族としては、逃げてばかりもいられません。
渋々ですが、社交界に参加しなければならなくなりそうです。
私は、【アルカディーア】で、社交界には何度も参加していました。
なので、緊張したりはしませんが、婿探し、となれば話は別……。
「選択肢は、【ドラゴニーア】の名家の方か、姫様と同じように各国から遊学されている王家や貴族家の、ご息子様達です。社交界では、積極的に話しかけて、交友を深めて下さいませ」
フェドーラは言いました。
「フェドーラ。気乗りしません。私は、今、学ぶ事が楽しくて仕方がないのです。時間があれば、書物を読んだり、視察をさせて頂いたりしたいのです」
「ならば、この屋敷にゲストを招いてパーティなどを計画致しましょう。それならば準備に手間はかかりすが、時間は有効に活用出来ますからね。王陛下からは、姫様の婿探しは、私に一任されております。必ずや、姫様と【アルカディーア】にとって最良の伴侶となる、お方を見つけてみせます」
フェドーラは力強く言います。
年少のカティアとレティーツィアは、学校通い。
カティアは、飛び級して大学に通い始めました。
2人とも【アルカディーア】では、指折りの才媛ですし、努力家ですから、きっと【アルカディーア】の為に多くを学んでくれるでしょう。
「カティア。大学では何を専攻するのですか?」
「理学と機械工学と建築を学びます。それから、余裕があれば、化学と医学も、と考えています」
カティアは答えました。
あれもこれも、と欲張っているようですが、これで良いのです。
私達の使命は、その道を極めてプロフェッショナルになる事ではありません。
あくまでも、為政者として、【アルカディーア】の発展に寄与するような形で知識や経験を積む事なのです。
カティアが機械工学や建築を学んでも、彼女は技師になったり建築家になる訳ではありません。
政策に生かす為に必要な専門性があれば、という事。
つまり、カティアは、政府のテクノクラートとして、政策立案などに役立てる目的で知識を身につけているのです。
「なるほど。頑張って下さいね」
私は、激励しました。
「はいっ!」
カティアは元気良く言います。
「レティーツィアは?」
「私も学校を卒業しましたら、大学に行ってみたい、と思います」
レティーツィアは、遠慮気味に言いました。
「わかりました。費用の件は、一部【ドラゴニーア】から補助を受けられるという事ですので、心配ありません。アルフォンシーナ大神官様に、お願いしてみます」
「ありがとうございます」
「大学では何を学びたいのですか?」
「政治哲学の分野を中心に、と考えております」
「それは良いですね」
マリアンナとナタリアは、財務や予算執行、及び、財政政策や金融政策などを学んでいます。
2人は成人しているので学校ではなく、【ドラゴニーア】の公官庁で研修に入り、実地で政策立案や行政システムなどを指導してもらう傍ら、経済や金融を基礎から学び直していました。
「マリアンナ、ナタリア。2人は、研修に慣れましたか?」
「「はい」」
「やはり、【ドラゴニーア】の官僚の方々は、有能ですか?」
「はい。有能なのは疑いようもありません。規範意識も高く、職権を乱用して私腹を肥やすような者はいません。そして、皆様信じられないくらい早口で話されます。初めは、聴き取れませんでした」
マリアンナは言いました。
「なるほど。確かに、会議などに参加させて頂くと、皆さん、早口ですね。時間の節約だ、と言っていましたね。ナタリアは、どうですか?」
「政策を立案する場合、漠然とした雰囲気やイメージでは官僚の方々は動きませんね。数式の根拠がない経済政策は、誰からも相手にされません」
ナタリアが言います。
オルネラとパトリツィアは、外交や安全保障を学んでいます。
2人も、【ドラゴニーア】の中央官庁で実地研修をしていました。
「オルネラ、パトリツィアは?」
「指導に当たってくれている【ドラゴニーア】の外交官や安全保障会議の皆様からは……【アルカディーア】では【ドラゴニーア】の、外交のやり方を、そのまま踏襲すべきではない……と言われています」
オルネラは言います。
【ドラゴニーア】は、世界の衛士機構たる事を標榜しており、また、その裏付けとなる世界最強の軍隊も持っています。
当然、弱小零細の【アルカディーア】は、【ドラゴニーア】と同じ方法論は使えない訳ですね。
つまり、【アルカディーア】は、原則に従わず、約束を守らない外交の交渉相手に対して……【ドラゴニーア】が、しているように……いつでも、かかって来い……というような揺るぎない立場は取れないのです。
「外交官の皆様、曰く……外交のコツは、率直に勝る交渉なし……権謀術数を駆使するよりも、嘘がなくて、率直な望みを誠実に伝える事が、最も効果がある……との事です」
パトリツィアは言いました。
なるほど。
それは真理かもしれません。
「2人は、【ドラゴニーア】外交のトップ、アルフォンシーナ大神官様からもアドバイスがもらえると思います。国際政治の巨魁たるアルフォンシーナ様に直接指導を受けられるチャンスなど、望んでも得られるものではありません。しっかりと学んで下さいね」
「「はいっ!」」
クゥエイファとロゼッタは、魔法を学んでいました。
彼女達は、若年代では【アルカディーア】でも1、2を争う魔法エリート。
しかし、【ドラゴニーア】では、凡庸と見做されるレベルしかないそうです。
上を見て嘆いても仕方がありません。
自分の足元を見て、着実に前進するしかないのです。
優秀な【魔法使い】が集まる【ドラゴニーア】は、学ぶには、もってこいの環境。
【アルカディーア】の魔法の発展の為、2人には先駆となってもらわなければいけません。
「クゥエイファ、ロゼッタ。魔法学は、どうですか?【アルカディーア】で学んだ事とは違いますか?」
「全く違います。魔力の制御を定量化する工夫が色々とあります。【アルカディーア】では、何となく適当にやっていた事が、【ドラゴニーア】では厳密な出力の調整や、制御の正確性を追求させられます」
クゥエイファは言いました。
「それから、座学が驚くほどに比重が大きいようです。科学と魔法学が同一の原理に支配されているという理論など、初めて知りました」
ロゼッタが言います。
「科学と魔法が同一?私は、魔法に疎いのですが、その2つは別のモノではないのですか?」
「はい。私も、そう習いましたが、実際には同一の原理によって、支配されているようです」
クゥエイファは言いました。
「目から鱗が落ちました」
ロゼッタが言います。
私は、相変わらず、午前中はトンマーゾ殿から知識を学び、午後はアルフォンシーナ大神官様とゼッフィ殿に付いて、実地で帝王学を叩き込まれていました。
最近、アルフォンシーナ様の凄さが少しずつわかって来ています。
アルフォンシーナ様の凄さを一言で表すなら、剛毅。
どんな状況でも泰然自若としていて、判断を乱される事が全くないのです。
私も、将来、アルフォンシーナ様ような為政者になれれば良いのですが……。
私達は、朝食を済ませ、各自、出勤しました。
・・・
私は、午前中、地方自治や、選挙についてトンマーゾ殿から講義を受けます。
トンマーゾ殿は、広範な知識をお持ちでした。
専門は、政治経済ですが、予算執行を行う立場の者は、トンマーゾ殿のように、あらゆる分野に通じていなければ、ならないのです。
私は、知識が覚えきれません。
「ドローレス殿下、全てを知る必要はありませんよ。信頼のおける配下に任せるという事も出来ますし、わからない事があれば、判断を保留して、ご自身で、お調べになる事も出来ます。一つ、お気を付けにならなければならない事は、配下は、伝えたい事を伝えます。つまり正確な情報ではない事があるのです」
トンマーゾ殿は言いました。
「つまり虚偽の報告をする、と?」
「必ずしも虚偽とは限りませんが、報告の内容によっては、叱責を受けたり、自らの立場を危うくしかねない事は、訊ねられなければ、あえて報せない、という事はあり得ます。それが、即ち、悪意がある事とは限りません。保身は誰でも考えますので」
トンマーゾ殿は言います。
「トンマーゾ殿でも?」
「はい。私も、アルフォンシーナ様に、お伝えしたくない報告を上げるのは、覚悟がいりました。しかし、アルフォンシーナ様は、私共、下位者が、自らの立場を悪くしかねないような悪い報せをもたらした場合には、けして、それを咎めませんでした。正確な情報が最も必要なのですから、ミスや失敗は、ほとんど問題にはなさいませんでしたね。しかし、何度も失敗を繰り返す者は、失敗が許されない部門からは異動させます。この場合、失敗の大きさには関係はありません。失敗を繰り返す者は、ほとんどの場合、その者の性質によります。これは、大人になってからは、ほとんど改善しない性質なのです。ですから、失敗を繰り返す者には、失敗しても取り返しがつく仕事をやらせます」
「失敗を繰り返す者ですか?本人の自覚が足りないのでは?」
「いいえ。どんなに自覚を持っていても、繰り返す者は、繰り返すのです。これは、性質なので、矯正は困難。もちろん、1人の者の失敗で国家が揺らぐような事がないようにシステムが構築されているのですが、やはり、失敗が許されない業務は任せない方が合理的です。失敗が許される仕事もあるのですよ。例えば、未知の分野の基礎研究などですね。そういう仕事をやらせます。それに一生懸命に仕事をしていても、他人と比べて物忘れが多かったり単純ミスが多い者の中には、時々傑出した閃きを発揮するような特異な才能を持つ者がいます。現役の【ドラゴニーア】国立研究所の副所長が、そのような稀有な特性を持つ者なのです。件の副所長は、事務処理能力や管理能力では丸で頼りになりませんが、閃きにおいて右に出る者はいません。研究所副所長は、英雄大消失以来失われていた幾つもの有用な技術を現代に再現しています。彼のような者も社会や組織には必要なのです。もちろん、これは、本人が真摯に業務に就いている場合の話です。失敗が、本人の怠惰や無責任から発生する場合は、躊躇なく排除しますけれどね」
「なるほど」
私は昼食を済ませ、竜城に向かいました。
・・・
アルフォンシーナ大神官様とゼッフィ殿と、業務に従事していると……。
アルフォンシーナ様の執務室に、【ドラゴニーア】の情報局長殿がやって来ました。
「大神官様。【ウトピーア法皇国】のスパイは、全員、身柄を確保しました」
情報局長は報告します。
「ご苦労様。適切に対応して下さい」
「畏まりました」
実は、【調停者】ノヒト様が、【ウトピーア法皇国】に査察に入り、【ウトピーア法皇国】は国体が滅亡し、新国家【ウトピーア】に変わっていました。
また、【ウトピーア法皇国】が仕掛けた、対【ブリリア王国】への侵略も、完全に失敗しています。
ノヒト様が【ウトピーア法皇国】に向かわれて1日。
たった1日で、ウエスト大陸の強国【ウトピーア法皇国】は、国自体がなくなってしまいました。
世界の理に反していた為です。
【調停者】ノヒト様とは、斯くも恐るべき方。
私が、国を継いだら、世界の理だけには反する事がないように、気を引き締めて政に当たらなければいけません。
【調停者】様は守護神として世界を守っても下さいますが、人種が世界の理に反するなら、鬼神にもなられるのです。
私の為政者修行は始まったばかり。
学ぶべき事は、無数にあります。
これからも、頑張って行きましょう。
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