第279話。姫様のドラゴニーア滞在記…8…為政。
名前…エルマ・ベロッキオ
種族…【人】
性別…女性
年齢…19歳
職種…【騎士】
魔法…なし
特性…なし
レベル…25
ドローレスの側近。
私は、アルフォンシーナ大神官様の私室に招かれていました。
アルフォンシーナ大神官様が従軍なさった、第二次【オーガ】戦争、の話を伺っています。
第二次【オーガ】戦争が起きたのは、もう700年以上も昔の事です。
事のあらましを説明するには、さらに数百年の時を遡らなければいけません。
千年以上前。
当時の【グリフォニーア】は、未だ祈祷師が国を統治するような原始宗教国家でした。
【グリフォニーア】の人種の中で支配階級にあったのは【オーガ】だったのです。
当時の【ドラゴニーア】版図の辺境に接していた【グリフォニーア】は、治水すら行われていない未開地で農業収量も乏しく領土としての価値は、あまり高くありません。
しかし、【グリフォニーア】に暮らす民そのものには価値があったのです。
【グリフォニーア】には多くの【オーガ】が暮らしていました。
【オーガ】は信仰心に厚い種族で、また優秀な戦士としても知られています。
古代【ドラゴニーア】は、【グリフォニーア】と同盟を結びたいと考えていました。
精強な【オーガ】の各部族を味方とすれば優秀な戦士を雇い入れられられるかもしれないからです。
当時の【ドラゴニーア】は、表向きは交易をしたいとだけ伝え、【グリフォニーア】の代表者たちと、将来の同盟を見据えた安全保障協定を結ぼうと話し合いましたが、交渉は上手くいきません。
とりあえず対価を支払って、臨海部に租借地を得て補給港を開くことだけは認められました。
戦闘種族の性質でしょうか、【オーガ】は、非常に排他的だったのです。
過去には、古代【アルカディーア】を始めとする周辺諸国も彼らを兵士に欲しがりましたが、彼らを完全に服従させることは誰にもできませんでした。
【ドラゴニーア】は当時から対外侵略をしない事を国是とする気高い国でしたので、支配ではなく、同盟という道を模索しましたが、【オーガ】の力を欲しがったのは諸外国と同じ。
【オーガ】は独立心が強く、仮に占領されても度々反乱を起こし、勇敢な戦いぶりで異種族の支配者を酷く煩わせ、最後には敵を追い出してしまうのです。
しかし彼らの文化と歴史を調べる内に、【ドラゴニーア】は交渉において、自分達が極めて有利な切り札を持っている事を知りました。
交渉時点よりさらに数千年前に、【オーガ】の祖先に文字と耕作を教え文明を開かせた神と信じられていたのは、【神竜】様の事だったのです。
【オーガ】は世界中に集落を形成していましたが、そのルーツは、諸説ありますがイースト大陸が有力なのではないか、と云われていました。
なので、【オーガ】の主祭神は【アジ・ダハーカ】様である、というのが当時までの定説だったのです。
【オーガ】は、自らの信仰する神を、ただ守護竜様とだけ呼んでいたので、その守護竜様が、どの守護竜様なのかは、わかりませんでした。
それが、どうやら、世界中の【オーガ】が祈りを捧げている守護竜は、【神竜】様であるらしい事がわかったのです。
彼らの独自の長さの単位を、世界基準に置き換えると、【オーガ】の主祭神は、体高50m。
また、体色は、混ざり気のない、漆黒。
これらは、【神竜】様の特徴と一致しています。
【ドラゴニーア】側が細心の注意をはらって示唆したところ、【オーガ】の部族の中に……【神竜】様と、自分たちの神とは同一なのでは……と噂する者が現れ始めました。
やがて、【グリフォニーア】に暮らす【オーガ】の全種族は、順番に【ドラゴニーア】と同盟を結んだのです。
この一連の歴史の流れの中で、【ドラゴニーア】と【オーガ】は、戦争を行いました。
【オーガ】の部族同士の内戦に、【ドラゴニーア】が同盟勢力側への支援という形で、介入する事となったからです。
これを俗に、第一次【オーガ】戦争と呼びました。
まだ、千年以上前の【神話の時代】の出来事です。
第一次【オーガ】戦争によって、【ドラゴニーア】と同盟を結んだ【オーガ】勢力は【グリフォニーア】の大半を領有し、逆に【ドラゴニーア】と対立していた【オーガ】勢力は、都市から追われたのです。
それから数百年が経ち、都市から追われて、都市外に集落を築いていた反【ドラゴニーア】を標榜する【オーガ】達は、挙兵しました。
これが俗に第二次【オーガ】戦争と呼ばれます。
この時代、【ドラゴニーア】の大神官だったのが、若きアルフォンシーナ大神官様でした。
戦況は、【ドラゴニーア】優位で推移します。
当時の【ドラゴニーア】は、既に無敵の【ドラゴニーア】艦隊を擁していました。
もはや【オーガ】反乱勢力には、【ドラゴニーア】に勝つ可能性は皆無だったのです。
アルフォンシーナ大神官様が指揮した第二次【オーガ】戦争は、【オーガ】達の最後の組織的な反乱でした。
第二次【オーガ】戦争が、【オーガ】反乱軍の恭順という形で終結し、ここに反【ドラゴニーア】の【オーガ】は消えたのです。
【オーガ】は誇り高い種族。
敵が恭順するに値しない相手だと見做せば、仮に全滅しても、【オーガ】は絶対に従いません。
つまり、アルフォンシーナ大神官様は、【オーガ】に認められた統治者という訳です。
現在の【ドラゴニーア】軍にあって、竜騎士団に次ぐ強さを誇るのが【オーガ】歩兵軍団なのだとか。
【オーガ】は、心身共に頑健で、常に忠実で忍耐強く、正に理想的兵士達です。
【ドラゴニーア】の慣例では、精強で任務に忠実な【オーガ】達が、元老院議員や政府高官の警護を務めていました。
【オーガ】は、死を恐れず、またけして裏切りません。
その【オーガ】達の気風が、古代に【オーガ】が支配した国【グリフォニーア】の民にも受け継がれているのです。
種族は違っても、【グリフォニーア】に生まれた者は、【オーガ】のように誇り高くあれ、と教えられました。
それが【グリフォニーア】の伝統なのです。
【アルカディーア】は、愚かにも、そんな剛毅な気風の国に侵略を仕掛けてしまいました。
仮に【ドラゴニーア】からの援軍がなくて、【グリフォニーア】を【アルカディーア】が一時的に占領出来たとしても、きっと【グリフォニーア】の民は、【アルカディーア】に従う事はなかったでしょう。
反乱に次ぐ反乱で、【アルカディーア】軍は、やがて撤退を余儀なくされたはずです。
先程から左肘の辺りを何やら弄っていたアルフォンシーナ大神官様は、右手で、左前腕を捻って、スポッと外してしまいました。
「アルフォンシーナ様……その腕は?!」
「義手なのですよ」
「【治癒】は?神竜神殿の【高位女神官】は、四肢欠損も治療出来るのでは?」
「敵の剣が、【治癒】を阻む魔法武器だったの。でも【ドラゴニーア】の【エルダー・ドワーフ】の国家技師団は優秀でしょう?この新しい腕は物を触った感触も得られるのよ。先日、ノヒト様から……腕を生やしましょうか……と言われたのだけれど、これは私の戒めとして残す事にしたの」
「……」
「【オーガ】の大軍に囲まれて、腕を失い、魔力も尽きて、これで死ぬんだなって覚悟した時に、夫が竜騎士団を率いて来て間一髪救われたわ。けれど、甘味なご褒美がもらえたのだから、左腕一本くらい安いものだった」
アルフォンシーナ大神官様の夫とは、名将と誉れ高い【ドラゴニーア】軍の元長官……故ヴァレリオ・ロマリア閣下です。
「ご褒美?お菓子か何かですか?」
「うふふ、その夜、陣幕にあの方が来て、初めて結ばれたの。私の傷だらけの身体を抱いて……愛おしい……ですって。相当、変わっているでしょう?」
「!……」
「私は望んでヴァレリオを夫としたのだから、覚悟していたはずなのに、いざとなったら舞い上がってしまったわ。そういう気持ちがわかるかしら?」
「いえ、私は、まだ経験がありませんので……」
「【アルカディーア】貴族の姫たちは、夜伽の作法を学ぶと聞いているのだけれど?」
「ええ、まあ……」
「あの時の私も、今のあなたと同じように、ただ恥ずかしくて、顔が燃えているみたいに感じたわ。それで、思わず言ったのよ。眠っている時に、イビキをかくかもしれないけれど、どうか幻滅しないで下さい……なんて。若かったのね」
「いいえ。率直に言って、殿方と枕を並べて眠るとするなら、イビキは大問題だと思います」
「私たち、気が合いそうね。そうしたらヴァレリオはこう言ったわ。アルフォンシーナ、あなたは今夜眠るつもりなのですか……って」
「まあ……」
「とにかく、心から信頼できる方に認められて、愛し合うのって素敵よ。あの夜、私は腕や、色々な場所が酷く痛むというのに、ヴァレリオったら、何度も何度も……」
その時、私は、情報処理の許容範囲を超えてしまい、頭に血が上って鼻血が……。
アルフォンシーナ様から、すぐ【治癒】をかけて頂きましたが、その日は大事をとって、帰宅を許されました。
私は、エルマと帰宅します。
アルフォンシーナ様が、何故、プライベートな事を、お話になったのか、この時は、気が付きませんでしたが……きっと、【アルカディーア】の反乱の報を聞いて動転し取り乱していた私の気持ちを和ませる為だったのだろう……と帰宅してから気が付きました。
・・・
深夜。
竜城から連絡がありました。
【ザナドゥ】政府は、ウンベルト勢を全員殺害、拉致被害者は全員無事に保護されたそうです。
拉致被害者は丁重に扱われ、すぐに【アルカディーア】に送り届ける……と。
拉致被害者が無事救出された事は、ひとまず朗報です。
しかし、ウンベルト勢は、全員殺害ですか?
これは【ザナドゥ】が、ウンベルト達が【アルカディーア】側に身柄を確保され、ウンベルト勢を密かに支援していた【ザナドゥ】の事を喋らなせないように、口を塞いだ、と見るべきでしょうね。
ただし、ウンベルト勢の残党が多数、【バクトリアーナ】で捕虜として捕らわれています。
捕虜の尋問をすれば、この反乱の黒幕と疑われる【ザナドゥ】の陰謀などが露見するのではないでしょうか。
今後、【ドラゴニーア】と【アルカディーア】、対、【ザナドゥ】の火種になるかもしれません。
こうして【アルカディーア】の反乱事件は終息したのです。
・・・
翌日から、私達は、通常のスケジュールに戻りました。
私は、午前中、講義を受けます。
今日は、生物学の講義。
教えて下さるのは、トンマーゾ殿ではなく、生物学を専門とする家庭教師でした。
「【竜】は、高度な知性と強大な魔力を持つ獣で、数百年から数千年生きると云われています。上位種の【古代竜】ともなれば、さらに長命です。【古代竜】は、おそらく、寿命を持つ動物の中で地上で最も長命な種でしょうね。【古代竜】は、その長い寿命のうちに数十体の子を成すと推定されますが、そのほとんどは無性芽を用いた無性生殖です。無性芽は半ば産み捨てられ、孵化後は知性の低い【竜】として成長します。とは言っても、人種より知性は、ずっと高いのですが……。時折【古代竜】が握っている球体は、宝玉や宝珠と呼ばれているものと同一視されていますが、実はこれが無性芽なのです。【竜】は完全卵生で無性芽による繁殖は行えませんが、ごく稀に長い時を生きて経験を積んだ【竜】の個体が【古代竜】になる事は知られています。しかし、どうして、そうなるのか?は、未だ解明されていません。【古代竜】は無性生殖の他に、生涯で数回から十回ほどの繁殖期を迎え番による有性生殖を行い一度に一つの卵を出産します。有性生殖により孵化した幼竜のみを母竜は慈しんで育てるのです。幼竜は、母竜から知識と経験を学びながら成竜へと育ち、やがて【古代竜】として地上界生態系の頂点に君臨することになる訳ですね」
「守護竜様も、繁殖なさいますか?」
「守護竜様などの【神格者】様達は天地開闢より完全にして不変の存在。なので繁殖をして種を残す必要はありません。【神格者】様達は、不老不死で不死身……肉体が滅んでも、やがて復活なさいます。つまり、種の保存が必要ではない為に、繁殖機能は必要ない、と思われます」
「なるほど」
・・・
昼食後。
私は、竜城に向かいました。
アルフォンシーナ大神官様とゼッフィ殿に付き従って、研修です。
アルフォンシーナ様は、軍と外務省の幹部と安全保障会議。
議題は【ウトピーア法皇国】問題。
どうやら【ウトピーア法皇国】は、隣国の【ブリリア王国】を攻撃しようと計画しているようです。
攻撃開始予定時刻は、現地時間の今日の正午。
【ドラゴニーア】と、【ウトピーア法皇国】では時差があるので、もう間もなくです。
【ドラゴニーア】が送り込んだスパイ達からの情報なのだとか。
今までなら、私は、こういう重大な会議の場には入室出来ませんでした。
今回は、どうして入室を許されたのでしょう……。
理由はわかりません。
「【ウトピーア法皇国】の機甲軍や機械化軍は強力です」
「仮に、【ウトピーア法皇国】と戦争になった場合、苦戦するか?」
「全力で実力行使に及べば全く敵ではない。問題は、【ウトピーア法皇国】の民衆をいかに殺さずに、支配階級を排除出来るかだ」
「実態は恐怖政治だから、支配階級と既得権者を暗殺すれば、民衆はこちらに降るのでは?」
「そう簡単でもないでしょう。【ウトピーア法皇国】は、彼らの言うところの神の言葉によって統治されて来ました。もちろん詐術であり欺瞞ですが、宗教指導者層は民衆から半ば盲信されており、民は背理的で不合理な命令にも、神の意思だ、などと宗教指導者達から言われれば疑いもなく従います」
「【ウトピーア法皇国】の国民は、長年、宗教的価値観と反する事を表明したり学ぶことは、異端視され激しく排撃されました。そのうちに民は自分の知能で考えることを止め、宗教的権威に盲従するようになったのです。【人】は相互に強く依存して社会を作る種族ですから、愚民化政策は、恣意的に民意を操作する為に、かなり有効です」
「民衆に支持される自由主義の指導者に蜂起させて、我々が支援すれば良いのでは?」
「かつて【イスタール帝国】で成功した方法ですね?しかし、あれは多くの英雄達の助けがあったからこそ成功しました。英雄達がいない状況下で、同じ謀略が効くか、と言われれば疑問を呈さざるを得ません」
議論は煮詰まりつつあるようです。
アルフォンシーナ大神官様は、一言も口を開きません。
だいたい、いつも、そうしておいでです。
情報が出揃い、会議の参加者が意見を言い終わってから、アルフォンシーナ大神官様は、決断を下していました。
アルフォンシーナ大神官様の決定には、パスが繋がる【神竜】様の意見も加味されているのです。
「機密保持の為、皆には伝えていませんでしたが、たった今、【調停者】ノヒト様が【ウトピーア法皇国】に査察に入られました。おそらく、それで事は済むと思われます。【ドラゴニーア】と同盟国にとって最も影響が大きいのは、ノヒト様が、【ウトピーア法皇国】を物理的に完全に滅ぼしてしまわれた場合ですね。リアルタイムで情報の分析を行い、あらゆる想定をして準備しておきなさい」
アルフォンシーナ大神官様は、言います。
「「「「「ははっ!」」」」」
なるほど。
【調停者】様が現地に入り、もはや問題の解決が確実な為、本来なら安全保障に関わる会議の場に入室を許されない私も、今回は、入室を許されたのでしょう。
【ドラゴニーア】では、外交・安全保障・軍事に関わる全ての会議はアルフォンシーナ大神官様が、決断を下せば終わりました。
それにしても、【調停者】のノヒト・ナカ様という方は、恐るべき方です。
900年、魔物に支配されて来たサウス大陸を解放し、【天界】と呼ばれる異界を征討され、今度はまた、【ウトピーア法皇国】も……。
【アルカディーア】の反乱もノヒト様に助けて頂けば、簡単に鎮圧出来たのでは?
私は、アルフォンシーナ大神官様に、お訊ねしました。
アルフォンシーナ大神官様は、こう、お答えになります。
「ノヒト様は、人種同士の醜い戦争などには介入されません。そのような愚かな事に、【創造主】様の御使たるノヒト様の、お手を煩わせてはなりませんよ。そういう些末な事は、私達、人種の手で解決しなくてはいけないのです。それを、出来なければ、【創造主】様や、【調停者】たるノヒト様は、私達、人種を、お見捨てになるかもしれません。私達は、私達の責任を果たすのです。神は自ら助くる者を助く。持ち得る能力の全てを使って最善を尽くさない者は、神に祈る資格すらないのです」
アルフォンシーナ大神官様は、言いました。
おそらく、アルフォンシーナ様の、この言葉に全ての事が集約されています。
神は自ら助くる者を助く。
つまり……努力をしなければ道は開けない……という事なのでしょう。
私は、気持ちも新たに、与えられた環境で、より多くを真摯に学ぼうと決意しました。
いつか、【アルカディーア】に女王として戻る時に、私が率いる国が、ノヒト様に……助ける価値がある国だ……と思ってもらえるように……。
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