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第278話。姫様のドラゴニーア滞在記…7…経済。

名前…ドローレス・アルカディーア

種族…【(ヒューマン)

性別…女性

年齢…16歳

職種…【王家(ロイヤル・ファミリー)

魔法…なし

特性…なし

レベル…7


【アルカディーア】の皇太王女。

【アルカディーア】で反乱が起きた翌日。


 この日も、アルフォンシーナ大神官様は、軍の首脳や戦術担当官の方々と戦闘指揮所に篭りきり。

 時々、ゼッフィ殿や伝令の方が、私達の所にもやって来て、戦況を報せてくれます。


 味方優勢……反乱勢力は、もう、ほとんど瓦解している……との事。

 無理もありません。

【ドラゴニーア】の戦闘力は、遊学で見聞きした情報から、想像が出来ます。

 仮に、一方面軍だとしても、【アルカディーア】の反乱勢力などに後れを取るはずがありません。


 反乱は、間もなく鎮圧されるのでしょう。

 ですが、心配は尽きません。

 民は、犠牲にならないか……お父様達は、ご無事か……。


 竜城で朝食を頂き、エルマは竜騎士団との訓練に向かいました。

 私は、戦況報告を待つだけで他にやる事もありません。

 なので、今日もトンマーゾ殿に竜城へお越し頂き、講義を受ける事にしました。

 トンマーゾ殿は、禁足地に足を踏み入れられないので、昨日同様、私が、一般に開放されたエリアにある会議室に出向いての講義です。


【アルカディーア】は、心配ですが……私がやるべきなのは、為政者として相応しい知識と気概を身に付ける事。

 今、私の戦争は、学ぶ事なのですから。


 ・・・


「富とは、いわば水です」

 トンマーゾ殿は言いました。


「人間の生活に不可欠なものですからね」

 私は答えます。


「山の泉から湧き出た水は、川をつたい、海に流れこみますね?さて、泉から湧く水は、どこから来るのですか?」


「雨、あるいは雪……」

 私は答えました。


 トンマーゾ殿は笑いました。


「間違いですか?」


「いいえ、正解です。もしも、泉の湧水が……神の恵みだ……などと言われたら、私は殿下の指導に失敗したと落胆するところでした」


「間違わずに答えられて良かったです」


「ええ、私もソフィア様を失望させずに済みそうです。話を続けましょうか。では、雨雪は、どこから来るのですか?」


「空から……としか、わかりません」


「夏の昼間に道に水を撒くと、水が消えますね。あれは消えてしまうのではなく水蒸気というものに変わって目に見えなくなるのです。蒸発と言います」


「わかります。湯を沸かすと鍋口から立つけむりのようなもの」


「はい、そうです。条件が揃えば、あらゆる所で蒸発が起こるのですが、蒸発は大部分が海面で起こります。そして空の上で雲となり、気流に乗って運ばれ、冷えると雨や雪として地に降る。それが川となり海へと流れます。この循環が絶えず繰り返されているのです」


「それが富とどのような繋がりがあるのでしょうか?」


「殿下が、もしも、この世の全ての水を管理する雲上人だったとしますね。地に雨を降らせるのも、日照りを起こすのも、殿下の思いのまま。殿下が水を与えることの対価として農村から作物を税として取り立てます。殿下が日照りを起こせば作物の収量は減り、農民は飢え死に、人々は、少ない作物を奪い合い殺し合う、耕作する民が減り、殿下の取り分も減ります。十分に水を与えれば、作物は増え、農民は飢えず、子を産み育て、人々は増え、やがて生活に余裕が生まれれば、新しい土地を開墾し、ますます作物が増え、それで人を雇い、また新しい土地を耕す。殿下の取り分も増える。殿下の手の中に収まりきらない作物が納められます。つまり水は流すべきです。ここまでは、よろしいですか?」


「はい」


「今、殿下は、そんなこと至極当たり前だと思いましたね。けれど、殿下の国【アルカディーア】の商人も貴族も王も、みな、日照りを起こしていませんか?国庫や商人の倉には財宝があるのに、民は飢え、国は貧しい。富は水です。水は循環させなければならないのです」


「トンマーゾ殿は、国庫を開け放てとおっしゃるのですか?」


「そうです」


「王家に富の蓄積がなければ政策は行えません」


「一つ一つ学びましょう。まずは貨幣の流れが、どうやって国を富ませるのかということから始めます」


「はい」


「豊かな国を築くために、初代大神官様が、ソフィア様から初めに命ぜられたことは、国民に衣食住の不安がないこと、労働の対価が正当に支払われること、働けない病人、怪我人、孤児を国が庇護すること、王も貴族も役人も国民も等しく同じ法を守ること、【ドラゴニーア】の民は税を納めること、そして他国より攻撃を受けたら即ち敵に死を、です」


「わかりやすいですが難しい事ですね。初代大神官様は、具体的に何をなさったのですか?」


「世襲による貴族制度と奴隷制度を廃止し、爵位は、一代のみで優秀な者に与えました。これは、現在の【ドラゴニーア】の官僚機構に仕組みが引き継がれています。代理民主制の元老院議会を発足し彼らが民を富ますための法を定め、それを官僚が自らを含めた国民全てに守らせる。騎士や兵士達は、命をかけて国を守る。学問を奨励し、誰もが労働を(いと)わず、知恵を絞った」


「【アルカディーア】は、つまり、【ドラゴニーア】の初代大神官が行った、建国の端緒すら、未達なのですね?」


「【ドラゴニーア】でも干ばつや冷害やイナゴなどで時折不作が起きますが、殿下の国では不作の時に農民を助けますか?」


「もちろんです。領主は農民を慰撫します」


「【アルカディーア】が【グリフォニーア】へ侵攻する以前、世界的な大凶作で大飢饉が起き、殿下の国の農村では多くの餓死者を出したとか?田畑を捨て村ごと逃げた農民がセントラル大陸にも難民として、たくさん入って来ました。何故だと思われますか?」


「セントラル大陸が豊かだから、でしょう」


「いいえ。【アルカディーア】の為政者が愚かだったからですよ。かの大飢饉の時に【ドラゴニーア】を含むセントラル大陸各国も甚大な被害を受けましたが、セントラル大陸各国の穀物倉には平均して5年分の蓄えがありましたので、国民には、税の免除と生活の保護を行えました。これはモラトリアムなどと呼ばれます」


「それは、セントラル大陸が豊かだから言えることでは?」


「あの時、私は財務長官の職責にありましたが、アルフォンシーナ様から、【アルカディーア】から我が国に穀物の買付けの依頼が来るかもしれないから準備をしておくようにと命ぜられました。アルフォンシーナ様は……場合によっては無償援助をしても構わない……と命じました。実際、ノース大陸には備蓄穀物を安価で売り、【タカマガハラ皇国】や【アトランティーデ海洋国】や【イスタール帝国】には無償で援助をしました。しかし、(つい)ぞ、【アルカディーア】から、そのような要請は行われなかった。なぜ【アルカディーア】の王家は王宮の財宝を持って【ドラゴニーア】に来なかったのですか?アルフォンシーナ様に穀物を売ってくれと頼まなかったのですか?または、対価は払えないが助けて欲しいと、請わなかったのですか?我が国は大凶作の翌年が大豊作でしたので、1年で穀物倉は再び満杯になりました。しかし、【アルカディーア】は凶作の翌年、天候に恵まれながら、労働力が流出し農村が荒廃してしまったために、ギリギリ1年を暮らす実りが精一杯だったのです。これが【アルカディーア】が愚かだという理由です」


「どうして、祖父は、【ドラゴニーア】に助けを求めなかったのでしょうか?」


「くだらない自尊心でしよう。民の生命より、王の自尊心を優先したのです」


 愚王。

 お祖父様は、本当に愚かです。


「私が、女王となったら、改革を断行致します」


「そう簡単にはいきませんよ。太古の昔【ドラゴニーア】が奴隷を解放した時も、多くの他種族を受け入れた時も、貴族の世襲を廃止した時も、激烈な反乱が起こりました。代々の大神官様は、自らを軍旗を持ち、騎士団の先頭に立って反乱勢力を殺戮して回ったのです。そうして【ドラゴニーア】に秩序をもたらした後も、豊かな領土を侵犯しようとする他国との戦に自ら出陣して撃退したのです。殿下にそれが出来ますか?」


「私も、王家の一員。国に殉ずる覚悟はしています」

 私は、何故か涙が溢れて来ました。


 もう泣かないと誓ったはずなのに……。


「死ぬ覚悟は誰にでも出来ます。大事な事は、自ら剣を取り、血潮を浴び、敵の臓腑をえぐり、愛する者たちの屍を枕にし、それでも正気を失わず帰還して、出迎える民に微笑むことが出来るか?という事です。アルフォンシーナ様は、それをなさっておいでなのですよ」


 私はトンマーゾ殿の言葉に、ただただ嗚咽するばかりでした。


「今日はそのくらいにしませんか?」

 会議室の入口から声がします。


 アルフォンシーナ大神官様でした。


「これは、アルフォンシーナ様。いつお戻りで?」

 トンマーゾ殿は訊ねます。


「先ほどです。【アルカディーア】の反乱は概ね平定しました。後は守備隊と、ヘルマヌス王陛下に任せておけば大丈夫でしょう。あらあら、トンマーゾったら、殿下を泣かせたの?」


「はい。どうやら少し厳し過ぎました」


「トンマーゾ。私を、まるで血に飢えた魔獣のように言わないでくださいね。今まで千やそこいらの敵は、この手で殺して来ましたが、一度だって楽しいと思ってしたことはないのですよ」


「アルフォンシーナ様。そのようなつもりで申した訳ではございません」


「うふふ、まあ、あなたの熱心な講義に免じて許します」


「ははっ」


「殿下。お茶にしましょう。どうぞ、こちらにいらっしゃい。お菓子もどうぞ」


 私は、促されてアルフォンシーナ大神官様の私室に招かれました。


 ・・・


 私は、アルフォンシーナ大神官様から、【アルカディーア】の状況を聴きます。

 アルフォンシーナ大神官様は、私室だからか、少し砕けた口調で、お話になっていました。


 反乱軍は士気が低く、形勢不利と見るや一目散に潰走したので、敵方3万という兵力にしては弱かったのだとか。

 しかし、それでも【バクトリアーナ】の都市住民に、数百人の犠牲者が出てしまいました。

 ウンベルト勢による物資の略奪や【バクトリアーナ】住民の連れ去りも行われたそうです。


 この【アルカディーア】の住民を拉致して【ザナドゥ】に連れ去ったのは、ウンベルトの大失策。

【ドラゴニーア】の庇護国である【アルカディーア】の住民を拉致されたのですから、【ドラゴニーア】は、その拉致住民を取り返す国際法上の権利があります。

 もしも、【ザナドゥ】がウンベルト達を匿った場合、【ドラゴニーア】には【ザナドゥ】を攻め滅ぼす大義名分が発生します。


【ザナドゥ】はウンベルト勢に武器を供与して、密かに支援していました。

 これについて【ザナドゥ】は……ウンベルトに武器を供与しただけで、その武器をウンベルトがどう使うかまでは関知しない……と言い逃れる事が出来ます。


 しかし、【アルカディーア】国民の拉致に関しては問答無用。

 このケースでは、【ザナドゥ】は、拉致被害者を救出し、ウンベルト勢を逮捕するなど、【ドラゴニーア】に最大限協力しなければならないのです。


 これをしなければ、【ドラゴニーア】は、【ザナドゥ】に合法的に宣戦布告をする事が出来ました。

 もはや、【ザナドゥ】はウンベルトを匿ったり支援したりは出来ません。


【ドラゴニーア】の【アルカディーア】方面軍は、【バクトリアーナ】の反乱軍残党を殲滅した後、北進して【ザナドゥ】との国境で進軍停止。

【ザナドゥ】にウンベルトら反乱軍を引き渡し、拉致被害者を救出するように交渉を始めたそうです。


「アルフォンシーナ様は、どのように国を治むる術や、軍を指揮する術を身につけられたのですか?」


「大半はソフィア様とパスを通じて教えて頂きました。それ以外にも、今のあなたと同じように、幼い頃から学者や師について議論したり実践したり。私は座学が嫌いで、叱られてばかりだった。でも、投げ出そうなんて罰当たりなことは考えなかったわ。いつも、ソフィア様からの暖かい励ましもありましたしね。実践の方は気性にあっていたから良かったわ。戦争は得意なの。おかげで、大神官を継承して、何百年かは、民から、凄く恐れられていたけれど。おかげ様で、ここ数百年は、【ドラゴニーア】の本国が戦場になるような戦争はないから、私のイメージも段々と、慈愛の溢れる大神官、というモノに変わりつつあるはずですけれどね」


【ドラゴニーア】神竜神殿首席使徒アルフォンシーナ大神官様。

 一度(ひとたび)【ドラゴニーア】が戦火に見舞われれば、前線に立って兵を鼓舞しながら自ら暴威を振るう勇壮な戦ぶりから……女武帝……などという二つ名を持つそうです。


「私は、血を見るだけで、卒倒してしまいます」


「慣れよ。10歳の時に初陣で、足の骨を折って以来、矢が刺さったり、槍で突かれたり、身体中傷だらけ。でも今は、死なない傷は、みんなかすり傷だと思えるわ」


「戦は将兵に任せるというのでは、いけませんか?」


「良いと思うわよ。殿下が、玉座に座ったまま、将兵臣下に絶対の忠誠を誓わせられる女王になるならね。【ドラゴニーア】はトンマーゾのような知恵者、賢者がたくさんいるの。元老院議員も官僚も立派な者達ばかりで……将は皆、【(ドラゴン)】を相手に突撃するような命知らずばかり……国民も教養が高い。私が命をかけて汚れた仕事を背負えばこそ、民は私を畏れ敬う。美しい神官衣で少しばかり着飾ったところで、誰も私に額ずいたりなんかしないわ。そんな見せかけの権威なんか張り子の虎だって皆すぐに見破るもの」


「私は、張り子の虎どころか、愛玩人形に過ぎないのですね」


「【ドラゴニーア】の歴史は戦争の歴史。敵味方合わせて10億人以上が死んだわ。そのうち4分の1は、私の代で殺したのよ。私は、その人たちの死を背負っている」


「アルフォンシーナ様……」


「うふふ、学びなさい。この世界は面白いから」


「【ドラゴニーア】に来て、初めて私は温室の中で甘やかされて育ったのだと気づきました。私は【アルカディーア】の為に何ができるのでしょうか?」


「戦に出ようなんて考えなくても良いのよ。人には役割というものがあるし、向き不向きもあります。私は好きで戦に行くのだから」


「民のためですか?」


「それもあるけれど、もっと個人的なことかしら。大神官に即位して、成人して夫を娶ったのだけれど、あの方は私の寝所にちっとも寄りつかなかったの」


「故ヴァレリオ・ロマリア閣下ですね」


 アルフォンシーナ大神官様の、今は亡き夫は、かつての【ドラゴニーア】軍長官ヴァレリオ・ロマリア閣下でした。

 卓抜した戦術眼を持ち、世界中の戦術教本では、彼の事績だけで一章が割かれるほど。

 名将の中の名将です。


「そう。彼ったら、私をまるで小娘扱い。まあ、実際に小娘だったのだけれど……。でもね、第二次【オーガ】戦争の時に伏兵に射かけられて騎竜から落下して。私直属の近衛竜騎士は大軍に包囲されて殺されて、私も精一杯戦ったのだけれど肘から先を切り飛ばされてね」

 おもむろにアルフォンシーナ様は右手で、左肘の辺りを触り始めました。


 アルフォンシーナ大神官様は、何をしているのでしょうか?


 袖の長い神官衣のせいで、良くわかりません。

お読み頂き、ありがとうございます。

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・・・


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― 新着の感想 ―
[良い点] ああ、金は血液だっていうのと同じ理屈だな…あれは作品が有名すぎるが [一言] 最後のシーンで大神官のイメージが『コブラじゃねーか!』になってしまった件 多分サ◯コガンは付いてない
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