第262話。功罪。
名前…ドロテア・トリュフォー
種族…【ラミア】
性別…女性
年齢…50歳
職種…【高位僧侶】
魔法…【闘気】、【回復・治癒】など。
特性…【才能…回復、治癒】
レベル…57
勇者パーティ。
【回復・治癒職】
【ウトピーア法皇国】法皇都……改め、【ウトピーア】王都の【トゥーレ】。
法皇が在わす都市は、【サントゥアリーオ】だけですので正しい名称への変更です。
私は、【トゥーレ】中央聖堂で、サンドイッチと缶コーヒーで朝食を簡単に済ませました。
現在、リントとティファニーは、ファヴをオブザーバーに付けて、新生【ウトピーア】の国家体制の確立に向けて作業中。
【ウトピーア】は、サウス大陸の4か国の状況とは違い、国家インフラが完全に生きていますので、政権移譲の処理をすれば、スムーズに新国家への移行が完了します。
そう大変な作業ではないでしょう。
ソフィア、ウルスラ、オラクル、ヴィクトーリアは、【トゥーレ】の街を、お散歩。
こちらは、物見遊山。
特に問題もありません。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールは、【ブリリア王国】を代表して戦後交渉をしています。
【ウトピーア】側からすれば、かなり分の悪い交渉になるでしょう。
とはいえ、【ブリリア王国】側も、【ウトピーア】を占領統治するだとか、属国にしようだとか、という意思はないようですので、現在【ウトピーア】が実効支配しているウエスト大陸北西のオルフェーシュチ遺跡の所有権と、【魔力子反応炉】の技術とノウハウを引き渡してしまえば、後は【ブリリア王国】側に支払う賠償金の額だけの問題。
グレモリー・グリモワールから聞いた金額は、妥当なモノ(国家予算の10倍)でしたので、【ウトピーア】側がベタ降りすれば、それで終了です。
国家予算の10倍は、莫大な金額ですが、支払えるでしょう。
戦後交渉が纏まれば、【ウトピーア】と【ブリリア王国】には、不可侵条約と平和条約が締結される予定。
これは、【ウトピーア】にも利がある事。
【ウトピーア】は、【ブリリア王国】国境に展開していた軍を削減出来るようになりますし、経済的な交流などが始まれば、工業技術で【ブリリア王国】を上回る【ウトピーア】は、【ブリリア王国】に輸出を拡大して利益を上げられます。
それを考えれば、国家予算の10倍なら、御の字。
むしろ長期的には利益の方が大きいかもしれません。
要は、【ウトピーア】側が、下らない面子やプライドや差別意識を捨てられるか、が焦点。
それさえ、踏み越えてしまえば、【ウトピーア】に否はないはずです。
私やリントが介入するような事態にはならないと思いますね。
ピオさんは、父親であるヴィンチェンツォ氏の墓参りをして、血の繋がった半妹さんと、その母親と会っています。
ヴィンチェンツォ・パンターニは、【スヴェティア】政府から一時は死刑判決を受けるほどの非人道的な研究をしていたようですが、逃げるようにして、【ウトピーア法皇国】に流れ着いた後は、人が変わったように真摯に研究を行っていたのだ、とか。
そもそも、ヴィンチェンツォ氏が【魔力子反応炉】を開発した始めのキッカケは、ユーザー大消失後の衰退した文明の復興を願っての事。
それが、やがて歪んだ虚栄心によって変質してしまい、非合法な手段を取らせる事になってしまったのです。
もしかしたら、私達ゲームマスターがいれば、ヴィンチェンツォ氏を狂気の研究に走らせる事もなかったのかもしれません。
ヴィンチェンツォ氏が行ったという非合法の手段とは?
ヴィンチェンツォ氏は貧困な人種を拉致したり、騙して連れて来て、監禁し、【魔力子反応炉】の人体実験に使っていたのだ、とか。
もちろん、罪もない人種を拉致監禁して、あまつさえ人体実験に使うなどという事は、絶対に許せません。
死刑判決は当然だと思います。
ヴィンチェンツォ氏の過去の所業は断じて許しがたいモノ。
私が当時いたら、もちろん滅殺案件でした。
それは、ひとまず横に置いておいて、ヴィンチェンツォ氏は、【ウトピーア】に来て以降、衰退した文明の復興を願う初心を取り戻し、ひたすらに【魔力子反応炉】の実用化に向けて働いたのです。
そして【魔力子反応炉】は完成しました。
この研究の過労が祟って、ヴィンチェンツォ氏は、病を患い病死してしまいます。
同情はしませんが……。
【魔力子反応炉】の技術は、既存の技術を組み合わせた、いわばリノベーションでしたが、その有用性は、私から見ても眼を見張るモノです。
ヴィンチェンツォ氏の罪と、功績は、分けて考えるべきなのかもしれません。
彼の死後、【ウトピーア法皇国】が【魔力子反応炉】に奴隷を用いるという蛮行を働いた事は、ヴィンチェンツォ氏の過去の罪に対する皮肉でしょうか?
兎にも角にも、ヴィンチェンツォ・パンターニの犯罪は絶対に消えませんが、【魔力子反応炉】が今後、人種文明の発展に貢献すれば、ほんの僅かでも、被害者の無念と心の傷は減るかもしれません。
たとえ犯罪者が造った技術であっても、それが世の中の役に立つなら利用しない手はないのです。
私は実利主義者。
使えるモノは、死体でも使います。
・・・
正午前。
レジョーネ、グレモリー・グリモワール、ディーテ・エクセルシオール、ピオさんが、私が内職をしている【トゥーレ】中央聖堂の礼拝堂に集合しました。
レジョーネにとっては遅い昼食、グレモリー・グリモワール達にとっては早めの昼食を食べる為です。
エクストリアら【ウトピーア】暫定政府の首脳と、ピオさんの新しい家族も一緒でした。
「ノヒトよ。お昼を食べるのじゃ」
ソフィアが言いました。
「ごめんね。熱中していて、時間が過ぎるのを忘れていたよ。今、片付ける」
私は、内職で造った【自動人形】・シグニチャー・エディションを【収納】にしまいます。
午前中だけで、20体を仕上げました。
つまり日産に換算すれば40体。
最高記録ですね。
私が、作業場と化していた礼拝堂を片付けると、オラクルが【宝物庫】から、テーブルと人数分の椅子を取り出しました。
ソフィアも、【自動人形】・シグニチャー・エディションのディエチを取り出します。
昼食のメニューは、ソフィアが【トゥーレ】で買い込んできた惣菜や食品。
非加熱のソーセージなどは、マリオネッタ工房製の高性能マルチグリルで、ディエチが調理をしました。
「このグリル……凄くない?なんなの、この高性能。高火力なのに、精密な調節が出来て、集煙浄化機能も抜群じゃない?欲しいんだけれど」
グレモリー・グリモワールが言います。
「売り物ですから販売していますよ」
「幾ら」
「このハイ・グレード・モデルは100金貨です」
「買った。とりあえず、100台買うよ」
グレモリー・グリモワールは即断即決しました。
「わかりました」
私は、すぐにハロルドにスマホで連絡します。
「ねえ、グレモリーちゃん。高くない?幾ら高性能でもグリルでしょう?」
ディーテ・エクセルシオールが疑義を唱えました。
「ディーテ。このグリルは画期的だよ。炎による加熱、蒸気による加熱、空気による加熱、マイクロ波による加熱、遠赤外線効果の付与、温度の調節、気圧の調節……それらが全部、精密に出来る。これ一台で立派なレストランの厨房並……いや、それ以上の価値がある。そして、学習機能。このグリルで調理された作業は、記録出来るんだよ。つまり熟練の調理人の調理工程を再現出来る。奇跡みたいな技術だね。これで100金貨なら、お買い得過ぎる」
グレモリー・グリモワールは言います。
このグリルの価値に初見で気がつくとは、さすがグレモリー・グリモワールですね。
ディエチが焼いたり茹でたりするソーセージは、完璧な仕上がり。
私達は、ザワークラウトやピクルスと一緒にパンに挟んで、ケチャップやマスタードやバーベキューソースをかけて食べました。
パリッ!
美味い。
人生最高のホットドッグです。
【ウトピーア】料理は【ブリリア】王国料理と並んで不味い事で有名ですが、腸詰め文化は優れていますね。
ソフィアは、ディエチが焼いたり茹でたりするそばから、物凄い勢いでソーセージを食べていました。
今度は、この、じゃがバターを。
ジャガイモも【ウトピーア】の名産。
というか、腸詰め食品と、色々なジャガイモの品種と、ザワークラウトなどの酢漬け野菜、そしてビール……【ウトピーア】の人達が自慢する食品は、この4種類しかないのだそうです。
私が、そう判断している訳ではなく、ソフィア達が買い物ツアーで街を訊ね歩いたら、全員がそう答えたのだ、とか。
それ以外は?
と訊ねたら、皆、一様に首を振ったらしいです。
なるほど。
おそらく、それ以外に美味しい食品がない、という訳ではなく、その4つは世界のどこに出しても恥ずかしくない、という事なのでしょう。
「解放奴隷の受け入れ体制なのだけれど、明日では早過ぎるかしら?」
リントが訊ねました。
「早過ぎる事はありません。リントが良いなら、明日やりましょう」
「ありがとう」
「まずは【サントゥアリーオ】の関所を造らねばの?」
ソフィアが言います。
「とりあえず、午後は【ウトピーア】に接した北側と、【ブリリア王国】に接した西側に、取り急ぎ関所を造ってしまいますよ」
「うむ」
ソフィアは頷きました。
「西側も?助かるよ。あんがとね」
グレモリー・グリモワールが言います。
【サントゥアリーオ】の西側国境に接する【ブリリア王国】で最も【サントゥアリーオ】に近いのはグレモリー・グリモワールが庇護する【サンタ・グレモリア】でした。
街道などを整備すれば、【サンタ・グレモリア】は、対【サントゥアリーオ】への陸上交易の拠点として、発展する事は間違いありません。
これは、グレモリー・グリモワールにも利が多い話でしょう。
「【ウトピーア】の安全保障についてなんだけれど、どうしたら良いかしら?」
リントが訊ねました。
そうですね。
現状、武装解除された【ウトピーア】を、自衛の為に再軍備させるのは時期尚早です。
「赤師団に【ウトピーア】の防衛をやらせましょう」
「良いの?」
リントが言いました。
「もちろん。そして、青師団は【サントゥアリーオ】に展開します。こちらは、【神位結界】が当面維持されるので、防衛は必要ありませんが、周期スポーン・エリアから湧いた魔物への対抗戦力という意味合いですね」
「うむ。妥当な判断じゃ」
ソフィアは頷きます。
「ありがとう、ノヒト」
リントが礼を言いました。
「業務の一環ですので、礼はいりません」
「いいえ。だとしても、感謝を伝えるべき事です。ありがとうございます」
リントは再び頭を下げます。
「あのう。一般国民に【魔界】への移住希望者が、相当数いるようです」
【ウトピーア】の【高位女司祭】の1人……ツェツィーリア・ハンマーシュミットさんが言いました。
「どのくらいでしょうか?」
「予想最大数で、【ウトピーア】の全人口の3割ほどかと……」
「それは、当然、解放奴隷も予測数の分母に含むのですよね?」
「あ、いや、失礼致しました。解放奴隷は予測数に含みません」
ツェツィーリアさんは、解放奴隷を【ウトピーア】の人口に含めなかった事を詫びます。
まあ、差別や偏見は、そう簡単には払拭出来ませんが、私は、それを看過しません。
重箱の隅を突くようですが、その手の考え違いには、しつこく、いちいち訂正をして行きますからね。
「解放奴隷以外の、【ウトピーア】の人口の3割ですか……3千万人ほどですね?」
「はい」
「問題ありません。本人達が希望するなら、移住してもらいましょう」
「あのう。それで【魔界】とは、やはり恐ろしい場所なのでしょうか?」
エクストリアが、ツェツィーリアさんから話を継いで質問します。
「そんな事はありません。【魔界】の中央大陸と東大陸は完全に治世下にあります。文明水準は、【ウトピーア】より低いですが、秩序は保たれていますよ。他の3大陸は、スタンピードが猛威を振るっていますが、そちらも、いずれ私が行ってなんとかします」
「そうですか」
エクストリアを初めとする、【トゥーレ】聖堂の者達は、ホッ、とした表情を見せました。
信仰上の理由で袂を別つとしても、移住希望者も現時点では【ウトピーア】の民。
エクストリア達も移住希望者の行末を心配しているのでしょう。
「ただし、【魔界】は、こちら側の5大大陸……つまり【地上界】よりも異種族が入り乱れています。【人】至上主義は、捨てないと向こうでは生きていけないでしょうね」
「一神教を信仰し続けられるのならば、それは受け入れると思われます」
エクストリアは少し考えてから言いました。
あ、そう。
まあ、それは、移住希望者の内心の問題。
私には関係ありません。
その後、諸々の懸案事項の擦り合わせを行ったり、ソフィアが見た【トゥーレ】の街の様子などを聴いたりしました。
とりあえず、【ウトピーア】問題は、一応、解決の端緒が開けたのではないでしょうか。
私はゲームマスターとしての責任は果たしました。
後は、リントとティファニーとエクストリアと……そして【ウトピーア】国民が、なんとかするべき問題です。
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・・・
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