第261話。世界奴隷禁止条約。
名前…シーラ・ヴォーリーン
種族…【ダーク・エルフ】
性別…女性
年齢…50
職種…【魔導師】
魔法…【闇魔法】、【空間魔法】など。
特性…【才能…闇魔法、空間魔法】
レベル…56
勇者パーティ。
【転移能力者】
異世界転移、37日目。
深夜。
【トゥーレ】中央聖堂の礼拝堂。
リントとティファニー、そして付き添いのファヴは、つい先ほど、【ウトピーア】側との会議を終えて、【ドラゴニーア】に戻って行きました。
1つ問題が……。
奴隷解放が、日付変わって今日中には出来ない事が、リントからの報告で判明しました。
私は、すぐミネルヴァに連絡して対応策を指示しています。
予定変更の理由は、【ウトピーア法皇国】の非人道的な奴隷の扱いでした。
【ウトピーア法皇国】は【魔力子反応炉】で魔力を搾取していた奴隷を人工繁殖させて数を増やしていたのです。
親となる奴隷は眠らされたまま、繁殖に利用されていました。
産まれた子供も奴隷として【魔力子反応炉】に繋がれて意識がないまま、成長させられ、魔力を搾取されるのです。
あり得ません。
一体、どんなふうに考えたら、こんな悪虐非道な行為ができるのでしょうか?
唯一神の意思なのだそうです。
完全に狂っていますよ。
この対応の為に、即時の奴隷解放は不可能という判断になったのです。
何故なら、現状、奴隷にされている人達を、すぐ解放しても生きて行けません。
奴隷にされていた人達は、人として生きて行く為の基本的な知性や情緒や社会性を何も持っていないのです。
奴隷にされていた人達の人権の回復は急務ですが、生きて行けないような状況で管理下から解き放つと、さらに不味い状況になります。
まったく……【ウトピーア法皇国】には、怒りを通り越して慄然としました。
慈愛を象徴するリントが……【ウトピーア法皇国】の国民を全員抹殺する……とまで言って怒り狂ったのです。
私がリントに……やるなら支持します……と言った事で、リントは逆に冷静さを取り戻しましたが……。
守護竜形態になっていましたからね。
あれは本気で抹殺する気でしたよ。
ともかく、奴隷解放は、今日中には無理になりました。
私は、リアルタイムで上がって来る【コンシェルジュ】達の調査報告をスマホのデータ通信で確認し、遠隔でグリモワール艦隊の管制を行いながら、内職をしています。
【自動人形】・シグニチャー・エディションを、グレモリー・グリモワールに、あと361体納品する約束ですし、私自身も【自動人形】・シグニチャー・エディションのストックがない今の状況は不便。
私は、公私共に、今はもう何をするにも【自動人形】達の助けがなければ回りませんからね。
100体単位で【自動人形】が取り出せる状態が当たり前となっていたから、グレモリー・グリモワールにストックを全て譲渡してしまったので困っていました。
なので、グレモリー・グリモワールに納品する分は少し待ってもらって、私が使役する分を先にストックさせてもらいましょう。
私以外に出来ない事は、超パワーで私が行い……私でなくとも出来る事は、誰かに肩代わりしてもらった方が効率的なのです。
低出力で手間暇がかかる作業などは、やはり【自動人形】・シグニチャー・エディションにやってもらうのが良いですからね。
閑話休題。
【ウトピーア】の現状を整理してみましょう。
【コンシェルジュ】達の査察は、順調に進捗していました。
【魔力子反応炉】に強制的に魔力を供出させられていた奴隷の他にも、【ウトピーア法皇国】は、やらかしていました。
彼らが異教徒と呼ぶ、守護竜の信徒を奴隷として扱っていたのです。
大きな屋敷や商店や工場などでは、少数ながら奴隷の姿を見かけるのだ、とか。
【魔力子反応炉】に繋げて魔力を搾取しなくても、当然、奴隷は違法ですよ。
【ウトピーア】は、未開の地ではなく、それなりに技術や学術が進歩した国であるはずなのに……奴隷制度などを導入している、とか。
【イスプリカ】や、【アガルータ】や【ザナドゥ】でも奴隷制を採用している?
あと【シエーロ】でも一部奴隷制を採用していましたね。
私が是正しましたが……。
だから何?
他所がやっているから、【ウトピーア】でもOKだ、と言いたいのですか?
そんな理屈がゲームマスターの私に対して通る訳がないでしょう?
子供ですか?
もう少し、マシな事を喋って下さい。
騎竜の餌にしますよ。
【ウトピーア法皇国】では、奴隷を対象とした厳格な労働基準法があり、最低限の人権は担保されているらしいのですが……そんな事は関係ありません。
一顧だにしませんよ。
そもそも、【魔力子反応炉】に繋がれていた人達の労働基準は?
リントは、ブチ切れて……奴隷の労働環境は適切だ……などと主張した役人の腕を引きちぎってしまいました。
まあ、私が腕を生やしておきましたが……。
人種を隷属させる事自体が原則アウト。
例外は【眷属化】。
【眷属化】は……殺意を持って攻撃を仕掛けて来た……などの正当な理由があれば認められていました。
【眷属化】も本質的には奴隷と同じですが、ゲームの設定なので特例法でOKなのです。
ご都合主義的ですが、そこはゲーム。
ゲームにおいて、【眷属化】が違法になってしまうと、【ヴァンパイア】などは種族的利点が少なくなります。
日照によって弱体化補正がかかる【ヴァンパイア】は、【眷属】を使役しなければ、生活が困難になりますからね。
日中には、お買い物にすら行けません。
人種を雇えば?
あまり好まれているとは言いがたい【ヴァンパイア】に自ら望んで雇われようという人種がいれば良いのですが、それは中々難しい話でしょう。
私も、かつてプライベート・キャラのグレモリー・グリモワールで遊んでいた時には、【死霊術士】である事から、当時のユーザーやNPC達から忌み嫌われていました。
なので、同じようなダークサイドのロールプレイや、単に格好良いから、と【魔人】系のキャラ・メイクをしていたユーザー達の苦労は理解出来ます。
【魔人】系のキャラの地位向上と待遇改善を標榜していたユーザーの組合もあったはず……あれは、確か【黒の結社】とか何とか云う組合でした。
おどろおどろしい名称でしたが、活動内容は、至ってマトモ。
善い意味でゲーム内の価値観の多様性を担保してくれていた良心的な組合組織でしたね。
話を戻しましょう。
900年前の神話の時代……戦闘では利点が多いダークサイド系のキャラ・メイクは、逆に日常生活が困難でした。
それでバランスを取っていた面もあるのですが、明らかに人権に反するような偏見も存在していたのです。
グレモリー・グリモワールのように、理不尽な事には暴力で対抗出来て、力尽くで物事を解決してしまえる強大で無節操な一部のユーザー以外には切実な問題でした。
キャラ・メイクをやり直せば?
もちろん可能ですよ。
ただし、この世界は、リアルを追求した為に、ゲーム開始をしてチュートリアルを終えた後、申請やら登録やら、色々と手続きをする必要があるのです。
まあ、丸っと無視するユーザーもいましたが、ギルド・カードも持たず、銀行口座も持たず、冒険者登録もせずにゲームを快適にプレイするのは困難でしょう。
結局は、申請や登録をせざるを得ません。
キャラ・メイクをやり直すと、そういった煩雑な手続き関係も繰り返す事になるのです。
なので、ホイホイとキャラ・メイクをやり直す事は出来ません。
面倒ですからね。
また、古いキャラのレベルや経験値は、新しいキャラには持ち越せません。
ゲーム内資産は、贈与税をガッツリ払えば、新しいキャラに権利移譲出来ますが、例えば【ドラゴニーア】では贈与税の最大税率は5割。
お勧めは出来ませんね。
なので、よっぽどの事がない限り、ユーザーは、一度作って、チュートリアルを終え、ゲーム内でしばらく生活をしたキャラを作り変える事はしないのです。
まあ、ユーザーが消えた、この世界では、もはや【魔人】といえば、人種に敵対するNPCの個体しかいませんので、ほとんど形骸化しているゲーム・ルールかもしれませんが……。
言っておきますが、【ウトピーア】では、今後、奴隷制は完全撤廃ですからね。
日付変わって今日の朝6時の時点で……奴隷を所有している者は、私財没収の上で【魔界】送り……との布告を国中に出します。
3日の猶予期間を設けて、奴隷を各都市の中央聖堂か役所に送り届けてもらう事に決めました。
奴隷に不法行為を働いていた者は、解放奴隷に損害賠償を支払わせます。
奴隷を殺害したり、取り返しのつかない障害を負わせたりしていた場合は、【ウトピーア】政府が相応の刑罰を奴隷の所有者に対して科す事が決められました。
目には目を。
リントはマジです。
奴隷になっていた者達を、奴隷の主人だった者達が中央聖堂か役所に連れて行かなくてはいけません。
中央聖堂か役所に奴隷を無事に連れて行けば、それ以前の奴隷所有の犯罪要件は不問に付されます。
奴隷を虐待していた場合などは、もちろん別途罪に問われますが……。
奴隷の主人だった者達は、解放奴隷達に勤続年数に応じて、【ウトピーア法皇国】の平均給与を支払わなくてはいけません。
支払わない場合は、私財没収の上で【魔界】に送ります。
奴隷は財産だ……取り上げられる奴隷の対価を寄越すなら、ともかく、何故、奴隷に給与を支払わなくてはいけないのだ、と?
なるほど。
そういう事を主張する者がいたら、すぐ逮捕・拘束するように。
もちろん、私財没収の上で【魔界】に送りますからね。
しつこいようですが、ルシフェルから人種の管理人材を送るように、と、催促が激しいのですよ。
そもそも、【ウトピーア】国民は、根本的に勘違いしています。
私は、現状、あなた達への刑罰の執行を留保しているだけで、【ウトピーア】国民は全員、重犯罪者なのです。
全員、死刑にも出来るのですよ。
権利などを主張する根拠は、あなた達には存在しない、と理解しておいて下さい。
あなた達は、本来……生かされているだけでありがたい……と感謝してくれないといけない立場です。
あなた達が取り得る選択肢は、私とリントの決定に従うか、従わないか、の二者択一。
従わないのなら、【魔界】に強制移住。
ああ、もう一つ選択肢はあります。
自殺は可能でしょう。
人種には、自殺する自由と権利がありますからね。
【ウトピーア】の国民は、奴隷を使役するという、世界の理違反だけで、死刑判決を受けてもおかしくはないのです。
奴隷を持つだけで重罪なのですよ?
死刑を免除されただけでも感謝するべきなのに、その上、対価を要求するのですか?
その理屈で言うなら、私が、その者の家族を人質に取って身代金を要求したり……【呪詛魔法】をかけて、治療して欲しければ全財産を寄越せ、という主張も出来ますよね?
やってみますか?
「奴隷を使役していたような者は犯罪者として扱って構いません」
私は、【ウトピーア】暫定政府の役人達に命じました。
「【調停者】様……以前は国内法では奴隷が合法だったのです。これは遡及法なのでは?」
【ウトピーア】暫定政府の役人が訊ねます。
「あなたは役人なのに、法科学の原則すら知らないのですか?いかなる場合も、国内法より国際法や条約が優先されるのです。そして、遡及法による誤った法治とは、法の施行以前に合法だった事を、後に法が変わってから遡って罪に問われる事を言います。国際法では既に奴隷制の禁止が明記され存在していました。世界奴隷禁止条約です。これは、【創造主】が定めた世界の理。つまり、未批准であろうとも、未承認であろうとも、強制的、かつ、自動的に、全国家が参加しています。もちろん【ウトピーア法皇国】も例外ではありません。【ウトピーア法皇国】は、その国際法を意図的に破って、国際法上許されない国内法を運用していたので、この是正措置は、遡及法ではありませんよね?完全に妥当な措置です。理解出来ますか?」
「理解致しました」
大丈夫ですか、この役人達は?
もしかしたら、知っていて、ワザと言っているのでしょうか?
私……ナメられているのでしょうか?
1発、【神の怒り】を、お見舞いしてあげた方が良いですか?
リントは、解放奴隷に元の主人が給与補償を与え、また【ウトピーア】政府からも賠償金を支払わせる事を命じました。
解放奴隷が希望すれば、【サントゥアリーオ】に移住も認めます。
あー、ムカムカする。
奴隷制度なんて、絶対に認めませんからね。
・・・
早朝……というよりも、未だ明けぬ頃。
ソフィア達が元気良く、やって来ました。
【トゥーレ】と【ドラゴニーア】には、かなりの時差があるので、レジョーネは既に【ドラゴニーア】で朝食を済ませて来ています。
遅れて、グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールと……世界銀行ギルドの副頭取であるピオさんも、やって来ました。
「私さ、【ブリリア王国】のマクシミリアン王から、停戦交渉の全権代表に任命されちった」
グレモリー・グリモワールは実に面倒そうに言います。
「そうですか。ご苦労様ですね」
私なら、そんな役目は面倒極まりないと考えるでしょうから、グレモリー・グリモワールも同じでしょう。
「で、【ブリリア王国】は【魔力子反応炉】だっけ?アレの技術が欲しいんだってさ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
なるほど。
それは、そうでしょうね。
「奴隷の使用は是認しませんよ」
「わかっているし、私が、やらせないよ。【ブリリア王国】では、魔物を魔力源とした小規模な【魔力子反応炉】を各都市に設置したいらしいよ」
グレモリー・グリモワールは言いました。
「都市城壁内に魔物用の魔力吸収ユニットを置くならば、安全上、十分に配慮して下さいね。そういう意味で、ここの地下施設は、厳重で参考になりますよ。後で視察しておくと良いでしょう」
「そだね。そう、させてもらうよ」
【ウトピーア法皇国】の魔物用の【魔力子反応炉】の施設は、実に合理的な設計になっていました。
ユニットを組み立ててある区画は地下。
魔物用ユニットは、一つ一つ、個別区画に分けられています。
出入り口は人種用に小さなサイズのトンネル構造になっていました。
【竜】などの卵をユニット区画に持ち込み、内部で孵化させて、成獣に育てます。
魔物は、眠らされ魔力の吸収を行われる訳ですが、万が一、成獣に育った魔物が目を覚まして、暴れた場合なども、出入り口が小さなトンネルなので、巨大な魔物は外部には出られない構造になっていました。
処理は、個別区画内を無酸素状態にすれば、暴れた魔物は死にます。
【ウトピーア法皇国】は、【魔力子反応炉】といい、自前の機械化兵装といい、技術やノウハウは相当に発達していますよね。
こういう技術を奴隷などを用いずに利用していれば、私が滅亡させる必要もありませんでした。
【人】至上主義は、間違いなく憎むべきモノですが、それだけで私がゲームマスターとして【ウトピーア法皇国】の国家体制を破壊するほどの罪だったか、と問われれば、それは微妙です。
つまり、奴隷制を採用していなければ、覇権国として【ドラゴニーア】などに挑戦可能な国として【ウトピーア法皇国】は存在感を発揮していたでしょう。
賢いのか、バカなのか……。
「あのさ。魔物から【魔力子反応炉】で魔力吸収するのは、ゲームマスター的にはOK?それとも動物愛護的にアウト?」
グレモリー・グリモワールが訊ねました。
「全く問題ありませんね。魔物を狩って素材を獲る事と同じ解釈です。ゲームマスターの取り締まり事項に、動物愛護は存在しません」
「あ、そう」
「グレモリー。ピオさんは、例の件で?」
「うん。それが半分。後は、頼りになる交渉の補佐として付いて来てもらったんだよ」
ピオさんは、神妙な顔で頷きます。
なるほど。
私は、まず、【ウトピーア】の役人に指示して、ヴィンチェンツォ・パンターニの内縁の妻だった女性と、その娘で、ピオさんの半妹に当たる人物の2人を呼んでもらうように取り計らいました。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。
・・・
【お願い】
誤字報告をして下さる読者様、いつもありがとうございます。
心より感謝申し上げます。
誤字報告には訂正箇所以外の、ご説明ご意見などは書き込まないよう、お願い致します。
ご意見などは、ご感想の方に、お寄せ下さいませ。
何卒よろしくお願い申し上げます。




