第26話。冒険者ギルドで面談。
エリア・マスター(領域守護者)
五大陸…守護竜
セントラル大陸…ディバイン・ドラゴン(神竜)
イースト大陸…アジ・ダ・ハーカ
ウエスト大陸…リントヴルム
サウス大陸…ファヴニール
ノース大陸…ニーズヘッグ
四つの島…守護獣
北東、エル・ドラード…ジズー
北西、ティル・ナ・ノーグ…フェンリル
南東、エリュシオン…レヴィアタン
南西、マグメール…ベヒモス
異世界転移7日目。
まだ日も昇らない内に私とソフィアは身支度をして食事を済ませました。
現在午前3時半。
今朝は孤児院出身の冒険者達に会って、私とソフィアが起業する会社の従業員としてスカウトしなければいけません。
彼女達の仕事の予定が早朝からある為、面談をする時間はこの時間になったのです。
私とソフィアが起業する会社……【マリオネッタ工房(仮)】……は労働条件も賃金も孤児院出身の冒険者達が現在就労している仕事よりも、ずっと良い筈ですし、第一彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいであろう在留資格が発行されます。
なので断わられる事はないと思いますが……。
まあ、とりあえず会ってみない事には何も始まりません。
ソフィアは物凄く眠そうですね。
さっきから何度も大きなアクビをして、顎が外れそうです。
ソフィアの顎関節の構造は、どうなっているのでしょうか?
それ自分の頭より大きく開くんですね?
ちょっと怖いです。
ソフィアは必死に睡魔と戦いながら意識を保っていました。
孤児院出身者の支援はソフィア自身の望みですから、決して眠いなどと不平は漏らしません。
こういうところはソフィアは、とても偉い子なのです。
さてと、私が異世界転移してしまってから一週間が経ちました。
何だか【リマインダー】のリストが増えていくばかり……。
項目を消化しても、その数倍の勢いで懸案が増えて行きます。
とにかく、明るく元気に生きて行きましょう。
現状手を尽くしても解決しない問題は悩む意味がないのです。
とりあえず、目下のところ最も重要な事は【リントヴルム】の引き篭もりにより国境が封鎖されている【サントゥアリーオ】問題……次が大量破壊兵器を開発しているであろう【ウトピーア法皇国】問題……その次が起業と【ドラゴニーア】の孤児院出身者の雇用……最後が【遺跡】に向かって【ダンジョン・コア】と【ダンジョン・ボス】の【コア】の入手です。
それから、もしも可能ならばユーザーの大消失の謎と、それに関連して私が異世界転移してしまった理由も調べたいですし……【グリフォニーア】に戦争を仕掛け逆襲にあい【グリフォニーア】と【ドラゴニーア】の連合軍にコテンパンに返り討ちにあった、国家再建中の【アルカディーア】の様子も一度見に行きたいですし……全【遺跡】を制覇して【シエーロ】にある自宅と行き来出来るようにもしたいですね……。
順番にやっつけて行きましょう。
今日の予定は、この後午前4時に【冒険者ギルド】で孤児院出身者達と会います。
その後、孤児院で用事を済ませ、【商業ギルド】で【マリオネッタ工房(仮)】の事業内容についての相談。
午後は【竜城】に戻り【ウトピーア法皇国】の大使と面会します。
今日の午後【神竜】は、【ウトピーア法皇国】の在【ドラゴニーア】大使との謁見の予定が入っているので、アルフォンシーナさんにお願いして謁見の場に私も同席させてもらう事にしました。
【魔法ギルド】を国外に追い出した顛末について……一体如何いう了見なのか……と詰問してやります。
「ノヒトよ。また怖い顔をしておるのじゃ」
「仕事用の顔ですよ」
「のじゃな……」
・・・
私とソフィアは【銀行ギルド】に【転移】しました。
今日ビルテさんは、お休みとの事で挨拶に現れたのは副頭取のピオさん。
ピオさんは【人】の若者。
若い……。
世界【銀行ギルド】のNo.2にしては若過ぎます。
「もしかして……」
「種族は【ハイ・ヒューマン】です。このような外見ですが200歳を超えております」
出た!
【人】の上位種である【ハイ・ヒューマン】。
ユーザーでは別に珍しくもありませんでしたが、NPCでは稀な【聖格者】です。
「という事は、かなりの魔法の使い手なのですね?」
「【調停者】様には申し上げるのも恥ずかしいレベルなのですが、一応【賢者】の【職種】を得ております。戦闘は得意ではありませんが細々とした魔法が使えますので、ビルテ頭取からは色々と鬼のような無茶振り……いいえ、何かと重宝がられております」
ピオさん、一瞬本音が漏れていましたよ。
ビルテさんは有能そうですが、見るからに性格はキツそうですもんね……。
【世界銀行ギルド】は100%民営の市井銀行ですが、事実上世界の金融をコントロールする世界一の国際資本。
甘っちょろい性格では【世界銀行ギルド】のトップなどは務まりません。
「さすがは【銀行ギルド】。人材がいますね」
「ありがとうございます。おかげさまで民間では最も有能な人材が集まるのが、私共【世界銀行ギルド】でございますので」
なるほど……。
私とソフィアは、ピオさんと別れて【銀行ギルド】を後にしました。
・・・
【冒険者ギルド】。
約束の時間には、まだ15分早いですが……。
エミリアーノさんに促されギルド・マスターの執務室に案内されました。
孤児院出身の冒険者が現れたらドナテッロさんが連れて来てくれるそうです。
ソフィアは、お茶菓子を……モシャモシャ……と。
いつもの事ですね。
「ソフィア様、ノヒト様……」
エミリアーノさんが言いました。
「何じゃ?」
「何ですか?」
「実は【神竜】様の復活を祝う祭典に合わせて、本部より当ギルドのグランド・マスターが参ります。ソフィア様と謁見の栄誉に預かる事になっておりますが、グランド・マスターは……【調停者】様であるノヒト様にも是非お会いしたい……と申しております。いかがでしょうか?」
【世界冒険者ギルド】のグランド・マスターと言えば【剣聖】クインシー・クイン伯爵。
自身も世界に3人しかいないという竜鋼級の冒険者で、【剣聖】の称号を持ち、【世界冒険者ギルド】の本部がある【アトランティーデ海洋国】から伯爵位に叙爵されています。
また【聖格】を得て【ハイ・ヒューマン】となっているとの事。
【世界冒険者ギルド】のトップ。
世界的な大物ですね。
「クイン伯の噂は予々伺っております。私も是非お会いしたいと思います」
別に会いたくもないのですが、私は空気が読める大人なので、きちんと社交辞令は使えます。
「そうですか。それは、ありがとうございます。それで……」
エミリアーノさんは何だか恐縮していました。
「何ですか?」
「グランド・マスターは、ノヒト様に是非一手ご指南頂きたいと……」
エミリアーノさんは怖ず怖ずと言います。
一手ご指南とは、平たく言えば……俺と戦え……という事です。
やはり、そういう事になりますか……。
話の流れから何となく予想していました。
脳筋の戦闘狂が、ここにもいました。
「ノヒトよ。祝賀行事として武闘大会が行われるのじゃ。その際に記念試合として【剣聖】と仕合ってみてはどうじゃ?」
ソフィアが言いました。
なるべく目立ちたくないのですが致し方ありませんね。
「わかりました。では、クイン伯さえ宜しければ、お手合わせいたしましょう」
「ありがとうございます。いやぁ、良かった。もしも断わられたら私の首が飛ぶところでしたよ」
エミリアーノさんは額の汗を拭います。
エミリアーノさん……首が飛ぶ……って比喩的な意味ですよね?
つまり解雇されるという……。
まさか物理的な意味ではないですよね?
その時ギルド・マスターの執務室の扉がノックされ、孤児院出身の冒険者4人が現れました。
・・・
私達は自己紹介をします。
「私はノヒト・ナカと言います。さる、やんごとなき方から依頼され、孤児院出身者を支援する事業を行っています。どうぞ宜しく」
私は努めて温和に言いました。
「ソフィアなのじゃ。宜しくの」
ソフィアも名乗ります。
ソフィアは名乗りました。
現在【神竜】の個体名として世界各国に広報された名前と同じですが、どう見ても幼稚園児の外見なので、おそらくソフィアが【神竜】本人だとは思われないでしょう。
彼女達には、【竜城】絡みの話だという事がエミリアーノさんとドナテッロさんから伝わっていますが、私やソフィアの正体については伏せてもらっていました。
もっとも、私とソフィアの正体はドナテッロさんも知りませんが……。
「初めまして。グロリアです……」
大柄な【獣人】の女の子が名乗りました。
【狼人】ですね。
種族的に優れた身体能力を誇りますが、グロリアは何だか気弱そうです。
「アタシは、ハリエット」
【人】より、やや小柄な【獣人】の女の子が打っ切ら棒な口調で名乗りました。
耳が長い……。
ハリエットの種族は【兎人】です。
「アイリス」
【人】より、やや小柄な【獣人】の女の子が……興味がない……という態度で名乗りました。
彼女は腕組みをしたまま瞑目しています。
猫耳、猫尻尾……アイリスは【猫人】でした。
「ジェシカです。宜しくお願いします」
一際小柄な【獣人】の女の子が……ペコリ……とお辞儀をします。
彼女は【犬人】。
緊張感半分、好奇心半分という落ち着かない様子で、盛んに私達と隣に並ぶ孤児院出身の冒険者の女の子達との間でキョロキョロと視線を行き来させていました。
見事に【獣人】揃いですね。
もしも彼女達が【ドラゴニュート】や【人】や【エルフ】なら就職に失敗しなかったのかもしれません。
【ドラゴニーア】を含むセントラル大陸では、憲法で全て種族の人権の公正と保護が明記してありますので種族差別は明確に違法ですが、それは、あくまでも法規上の問題。
国民個人個人の内心の偏見を矯正させる効果まではありません。
人権意識が高い先進国のセントラル大陸各国であっても、企業の経営者や人事担当者は自分の会社の求人募集に【人】と【獣人】が応募して来て、どちらか一方しか雇えないならば【人】を選ぶ訳です。
残念ながらセントラル大陸にも種族差別は厳然として存在していました。
【獣人】は彼女達のような種族の総称です。
現代において【エルフ】や【ドワーフ】や【ホビット】に対しての……亜人……という呼称や、【獣人】に対する……半獣……という呼称は種族を差別する時に用いられる蔑称に当たるらしいので使用してはいけません。
恥ずかしながら私はその常識を異世界転移後に知りました。
900年前のゲーム時代には、日常的に使用されていた言葉でしたが……時代によって言葉の意味は変化するという事なのでしょうね。
気をつけましょう。
・・・
4人の女の子達をソファに座らせて面談を開始しました。
彼女達は物価の高い【ドラゴニーア】で生活する為に毎日長時間働いていました。
早朝から港で荷下ろし。
日中は工場や工事現場の手伝い。
夜は商店や工場の清掃。
深夜に【冒険者ギルド】で鍛錬。
しばらくアルバイトで稼いだら知り合いの冒険者パーティに頼み込んで【竜都】の都市城壁外に連れて行ってもらい、荷物運びをしながら先輩から技術を盗んで冒険者修行をしている、と。
なるほど。
彼女達が働き者だという事は良くわかりました。
「あなた達を雇用します。在留資格が発行されます。給料はこの通り。今の仕事の契約はいつまでですか?」
「一応来週までの約束ですが、日雇いなので今日の分が済めば明日からは自由ですが……あのう……」
【狼人】のグロリアが怖ず怖ずと訊ねました。
「何ですか?」
「何故私達に、こんなに良い条件の仕事を世話してくれるんですか?」
グロリアは明らかに不審がっています。
それは、そうですよね。
彼女達を雇う事で私達には何の利益もありません。
私が彼女達の立場でも警戒します。
「【竜城】の、さる、やんごとなき方から依頼されたのです……」
「ノヒトよ。もう、間怠っこしいのじゃ。其方らを雇いたいのは我の希望じゃ」
ソフィアが立ち上がって言いました。
座っていた時より視線が低くなりましたが……。
「ソフィア。話すのですか?」
「それが一番手っ取り早いのじゃ。我はソフィア。【神竜】のソフィアじゃ。我が其方達を雇いたいのじゃ」
ソフィアは魔力を【認識阻害】する指輪を外しました。
途端。
強大な魔力がソフィアから溢れ出しました。
通常魔力を感知出来るのは魔法適性のある者に限られますが、ソフィアの場合溢れる魔力があまりにも濃密な為、視覚的にもオーラとして認識出来ますし、肌に圧力としても魔力を感じます。
あ〜あ、やってしまいましたね……。
・・・
ソフィアが正体を明かして何が起きたかというと……。
私とエミリアーノさんを除いた全員が、ソフィアに対して跪いて拝礼していました。
【獣人】の女の子達は、皆尻尾を足の間に挟み耳をたたんでしまっています。
怖がらせてどうするのですか?
「とにかくソフィアは孤児院の事を気にかけています。なので孤児院出身のあなた達の支援をしたいという考えなのです。わかりましたか?」
「「「「「ははーーっ」」」」」
何故かドナテッロさんまでが最敬礼して返事をしました。
「者共。我が人化している時はプライベートじゃ。そのように堅苦しく振る舞う事はまかり成らん。すぐに立つのじゃ」
「「「「「はっ!」」」」」
全員が起立します。
せっかちなソフィアが短気を起こして考えなしに正体を明かした所為で、余計に話がこんがらがって、ちっとも用件が進捗しなくなってしまいました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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