第253話。リントと剣聖一行のチュートリアル。
「イーヴァルディ&サンズ・インダストリアル・エンジニアリング(ISIE)」
軍用艦船と兵器の開発・製造・販売。
関連施設。
【タナカ・ビレッジ】造船所。
【サンタ・グレモリア】工場。
【アトランティーデ海洋国】。
世界冒険者ギルド本部。
私達は、チュートリアルについて簡単な事前説明をする為に冒険者ギルド本部の剣聖の執務室に集まっていました。
ここは、防諜対策が万全なので、チュートリアルの秘密が漏洩する心配もありません。
「ノヒト様。この、ご令嬢達と、お嬢ちゃんは誰なんだ?俺達以外にも1人チュートリアルに参加するって話だったが……」
剣聖は、リントとティファニーを訝しげに見ながら訊ねました。
因みに、ご令嬢はティファニーで、お嬢ちゃんがリントなのでしょう。
ティファニーは、【神の遺物】の【自動人形】が着ている純正のメイド服ではなく、何やら貴族風の服を着ています。
純正のメイド服は、【自動修復】や各種の強力な【バフ】が効いているので、勿体ないのですが、ティファニーが起動した時には、既に純正メイド服は着ていなかったのだ、とか。
「妾は、ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】。リントと呼んで下さいまし」
「私は、リント様の下で【リンドブルム】聖堂の法皇を拝命しております。ティファニー・レナトゥスでございます」
「守護竜……様に、法皇……猊下?!」
剣聖は驚愕します。
「まあ、そういう事です」
「ノヒト様。気づいてはいたが、あんたの交友関係は、とんでもないな?」
剣聖は、溜息を吐きました。
「無駄話をしている時間はありません。もう1時間しかないのですからね」
「おっと、済まない。話を進めてくれ」
剣聖は、ゴホン、と咳払いをします。
私は、リントと剣聖に簡単なチュートリアルの概要を説明しました。
特に難しい事がある訳でも、危険がある訳でもないので、サラッとした内容です。
「チュートリアルが終了した段階で、もう一度説明をしましょう。おそらく、【贈物】として、何らかの【才能】がもらえると思いますが、その説明です」
ソフィアとファヴのチュートリアルの経験から、リントがもらうであろう【才能】に関しては、守護竜は共通なのではないか、と思われますが、剣聖達は、どうなるかわかりません。
チュートリアル・ガイダンスの最後に、私は、剣聖、クサンドラさん、フランシスクスさんの3人に契約書を配りました。
ノヒト・ナカ・プリンシプル。
世界の理に違反しない事。
ノヒト・ナカと、ノヒト・ナカの身内に敵対しない事。
法律、公序良俗、倫理、公衆衛生に違反しない事。
ノヒト・ナカが命じたら従う事。
世界の発展と平和に貢献する事。
ノヒト・ナカ・プリンシプルを遵守する限り、ノヒト・ナカは、敵対しない。
チュートリアル参加者は、チュートリアルの事を口外しない……という項目も加えてあります。
剣聖達3人は、内容を確認して、【契約】しました。
「リント様は、【契約】しないのか?」
剣聖は訊ねます。
「意味がありません。【神格者】は、【誓約】も【契約】も破棄できますので」
「そうです。妾達【神格者】は、【誓約】や【契約】を守る側ではなく、守らせる側。こんな約定には、行動を左右されません」
リントは言いました。
「なるほど……」
剣聖は、つまらない質問をしてしまった、と多少バツが悪そうに笑います。
「さてと、向かいましょうか。チュートリアルは【ラウレンティア】で行います」
「【ラウレンティア】ですか?何か意味があるので?」
リントが訊ねました。
「特に理由はありません。強いて言うなら、安全である事と、現地の神殿の聖職者達がチュートリアルについて慣れている事が理由でしょうか」
「ふむ。【ドラゴニーア】の領域であれば安全には違いありませんし、確かに、方々でチュートリアルを行うと、情報が漏洩するリスクも高まりますものね」
リントは、納得したようです。
特に意味はありません。
【ラウレンティア】の神殿なら、事前に連絡を入れておけば……ああ、またいつものね……と話が早いからです。
私達は、【ラウレンティア】に向かって【転移】しました。
・・・
【ラウレンティア】。
中央神殿の礼拝堂。
私達が、到着すると【ラウレンティア】神殿の神殿長ゾーラさんと、部下の【修道女】の皆さんが迎えてくれました。
「ようこそ、いらっしゃいませ。リント様、ノヒト様、クイン様、クサンドラ様、フランシスクス様……」
お婆ちゃん神殿長のゾーラさんは、隣に立つ、【修道女】に私達の名前を1人ずつ耳打ちされながら挨拶をします。
名前が覚えられないなんて、大丈夫?
大丈夫なのです。
ゾーラさんは、お婆ちゃんですが、アルフォンシーナさんが手塩にかけて育て上げた人材の1人でした。
アルフォンシーナさんからの信頼は厚く、特に、ゾーラさんの人材育成の手腕は、神竜神殿にあってもトップレベルなのだ、とか。
竜城にいる【高位女神官】の中には、【修道女】時代にゾーラさんから指導を受けた者が少なくありません。
神官長のエズメラルダさんも、【修道女】時代にゾーラさんから指導と薫陶を受けた1人でした。
この柔和そうな、お婆ちゃんは、最高の指導教官なのです。
「ゾーラさん。今日も、貸切にしてもらい、ありがとうございます。大変に助かります」
私は、幾分耳が遠い様子のゾーラさんに配慮して、多少、大きな声でハッキリと挨拶しました。
「いいえ、神であり、ソフィア様が心をお許しになれているノヒト様の、ご依頼に応えるのは、私共の喜びでございます。どうぞ、いつでも、お使い下さい」
ゾーラさんはニッコリと笑って言います。
挨拶が終わり、ゾーラさんを先頭に【修道女】の皆さんが礼拝堂から退出して行きました。
「ねえ、剣聖って噂通りハンサムだよね……」
「えー、何か冷たそうじゃない。私は、ノヒト様派だなぁ〜」
【修道女】の皆さんのヒソヒソ話を、私の強化された聴力が拾いました。
ふと、剣聖の方を見ると、剣聖もヒソヒソ話を聞いていたらしく、まんざらでもない様子。
少し、鼻の下が伸びていました。
クサンドラさんが、すかさず、剣聖の脇腹に肘打ちを食らわせます。
「ぐえっ!クサンドラ、何をしやがる?」
「いえ、ハエが止まっていましたので……」
剣聖……家庭では間違いなくクサンドラさんの尻に敷かれていますね。
どうでも良い事ですが……。
私達は、早速チュートリアルを始めました。
「では、リントからやっつけてしまいましょう。その魔法陣の真ん中に立って下さいね」
「お願いします」
リントは、優雅な仕草で頷きます。
リントを魔法陣に立たせて、私は、チュートリアル発動キーの【神竜】の彫像をクルリと360度回転させました。
刹那、リントの姿がかき消えます。
1秒後。
「はあ……ノヒトほどではありませんでしたが、なかなかの強敵でしたわ……」
リントは、乱れた髪を整えながら、言いました。
チュートリアルの最後の敵は、自分自身の能力を完全にトレースしたコピー。
戦闘人工知能のレベルは低いので、頭を使えば倒せますが、守護竜のコピーですので、もちろん強力です。
リントは、【ブロード・ソード】と金貨1枚を持っていました。
リントのステータスを確認します。
名前…【リントヴルム】
種族…守護竜
性別…雌
年齢…なし
職種…【領域守護者】、ウエスト大陸守護竜、【サントゥアリーオ】庇護者・国家元首
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】など。
特性…飛行(守護竜形態時)、ブレス、【神位回復・神位自然治癒】、人化、【才能…転移、天意、天運】など。
レベル…99(固定)
うん、予想通り、守護竜のチュートリアルの結果は同じみたいですね。
「リント。【転移】が使えるはずです。この場に転移座標を設置して、【サントゥアリーオ】の礼拝堂に飛び、すぐに戻って来てみて下さい」
「やってみます」
リントは、【転移】して行きました。
すぐに、【転移】で戻って来ます。
守護竜は、自分の管轄領域の中央神殿になら、転移座標がなくても【転移】して帰還する事が可能でした。
リントは、【サントゥアリーオ】の中央聖堂の礼拝堂まで往復して来たのでしょう。
「どうですか?」
「便利ですわ」
リントは微笑みます。
そう言えば……ティファニーは、リントから法皇に【指名】されて、【超位魔法】に覚醒していたはずですよね。
「ティファニーも【転移】が出来るようになっていますよね?」
「はい。今、試してみてもよろしいでしょうか?」
ティファニーは訊ねました。
「もちろん。すぐに、戻って来て下さいね」
「わかりました」
ティファニーも現在地に転移座標を設置して【転移】し、すぐに戻って来ます。
ん?
ティファニーは、【サントゥアリーオ】の礼拝堂にいる時には、まだ【超位】覚醒前だった為に、現地には転移座標を設置していなかったはずです。
また、ティファニーは、守護竜のように転移座標が必要ない【ホーム】も持ちません。
「ティファニー。どこに飛んだのですか?」
「【ドラゴニーア】竜城の礼拝堂でございます」
ティファニーは答えました。
なるほど。
私が知らない間に転移座標を設置していたのですね。
「ゴホン……」
剣聖が咳払いをしました。
おっと、存在を忘れていました。
「では、次はクインシーの番ですね。魔法陣の真ん中に立って下さい」
剣聖が所定の場所に立ったのを確認して、私は、チュートリアルの発動キーを回します。
剣聖は、姿が消えて、1秒後に帰還しました。
「久しぶりに熱くなったぜ」
剣聖は、ふぅ〜、と息を吐き出します。
次は、クサンドラさん。
最後は、フランシスクスさん。
剣聖一行のステータスの変化は?
名前…クインシー・クイン
種族…【ハイ・ヒューマン】
性別…男性
年齢…333歳
職種…【剣宗】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…剣技、威風、王威】
レベル…83
名前…クサンドラ
種族…【人】
性別…女性
年齢…38
職種…【剣達人】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…剣技、調整】
レベル…58
名前…フランシスクス
種族…【人】
性別…男性
年齢…45
職種…【戦略家】
魔法…【闘気】、【収納】、【鑑定】、【マッピング】
特性…【才能…洞察力、経営】
レベル…50
なるほど。
【収納】、【鑑定】、【マッピング】の三種の神器が生えたのは、3人共通。
これは、万人共通の設定でした。
剣聖の変化は、【風格】が【威風】に、【威圧】が【王威】に、それぞれランク・アップしています。
おそらくチュートリアルでもらった【贈物】と重複した為に、ランク・アップによる上方補正がかかったのだと推測出来ますね。
まあ、特に変化はなし、既存の【能力】の性能向上ならば、改めてアドバイスする事もありません。
クサンドラさんは、【調整】が生えましたか……。
これは、剣聖が冒険者ギルドの仕事をサボって、クサンドラさんに実務を丸投げしていたから、クサンドラさんの調整能力の熟練値が上がっていたからでしょうね。
ご苦労様です。
フランシスクスさんは、【闘気】と【経営】を得ましたね。
【闘気】を練れるようになれば、近接戦闘力は跳ね上がります。
まあ、本人が荒事を好まないかもしれませんが……。
【経営】は、クサンドラさんに【調整】が生えたのと同様に、仕事をしない剣聖のフォローをしている内に熟練値が上がっていたからなのでしょう。
誰かが言っていましたが……頼りない上司は部下を育てる……のだそうです。
これが、正に実例なのではないのでしょうか?
全体として、あまり変化がないようですが、ステータス上変化がなくても、チュートリアルを経れば、肉体強度、身体能力、膂力、演算速度は、単純に元の2倍になります。
これがレベル・クオリティ。
つまり、剣聖達3人はユーザー並に強化されたのと同じ事なのです。
チュートリアルの恩恵は、間違いなく3人に現れていました。
後は、この力を世の中の為に役立ててくれれば、私としては文句はありません。
「クインシー。この後、食事を一緒にどうですか?チュートリアルで得た、【収納】、【鑑定】、【マッピング】などの細かい説明をしている時間がありません。クインシー達も忙しいでしょうし、私達も暇でありません。食事をしながらなら、時間が取れるのでは?」
「クサンドラ。どうだ?」
剣聖は、クサンドラさんに訊ねました。
「ええ、ランチ・ミーティングなら時間を取れます。ノヒト様の、ご好意に甘えましょう」
クサンドラさんが言います。
「わかった。では、お誘いを受けたいと思う」
剣聖は言いました。
「わかりました。リント、悪いのだけれど、剣聖達を【ドラゴニーア】竜城まで送って欲しい。私は、【ラウレンティア】で、やる事があるのです」
「わかりましたわ。お任せ下さい」
リントは言います。
リントとティファニーは、剣聖一行を連れて【ドラゴニーア】に【転移】して行きました。
【ドラゴニーア】に転移座標を持つのはティファニーの方なので、【転移】の係はティファニーです。
さてと、私は、ソフィアに頼まれた【ラウレンティア・スクエア】の地下を造りに行かなければなりません。
あー、忙しい、忙しい。
私は、神殿長のゾーラさんに、お礼と挨拶をして、【ラウレンティア】神殿を後にしました。
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