第25話。竜騎士団への講義。
セントラル大陸の地理。
中央国家【ドラゴニーア】
竜都ドラゴニーア
東都市センチュリオン…東に、青の淵
西都市ラウレンティア
南都市アルバロンガ
北都市ルガーニ…北に、ピアルス山脈
東国家【グリフォニーア】
西国家【リーシア大公国】
南国家【パダーナ】
北国家【スヴェティア】
遺跡
北東、北西、南東、南西
私とソフィアは【魔法ギルド】から【竜城】の私室に【転移】しました。
「我の贄を忘れておるのじゃ。まだ食べてないのじゃ」
ソフィアは抗議します。
私とソフィアは、基本的に外出先で昼食を済ませる約束事になっていました。
ソフィアは……昼食抜き……を心配しているのでしょう。
「さっき、【念話】で準備をお願いしたので昼食は【竜城】で食べます」
「ノヒトよ。何か怖い顔をしておるのじゃ」
「ええ。場合によっては【ウトピーア法皇国】を【神の怒り】で攻撃しなければいけなくなりますし、【サントゥアリーオ】の事も気になります。ソフィア、現在の世界情勢について私に何か隠し事をしていますね?」
「うむ。実はの……【サントゥアリーオ】は滅びたのじゃ」
「滅びた?【スタンピード】とかですか?」
「いや、違う。戦争じゃ」
「戦争という事は【サントゥアリーオ】は攻め滅ぼされたのですか?相手は何処の国ですか?」
「少し違うのじゃ。攻めたのは【サントゥアリーオ】の方じゃ」
ん?
【サントゥアリーオ】が攻めて【サントゥアリーオ】が滅んだ、と?
良くわかりませんね。
ソフィアは事のあらましを説明しました。
900年前。
突如発生した英雄の大消失で世界が未曾有の大混乱に陥った時、各国は様々な方策で難局を乗り切ろうとしました。
殆どの大陸は【領域守護者】たる守護竜を中心に団結し協力体制を築きます。
場合によっては、長年の敵国や敵対種族が味方になるなど良い意味での社会変革も起きました。
しかし、ウエスト大陸は様相を異にしたのです。
限られたリソースを奪い合い戦争が起こりました。
その戦争を仕掛けたのがウエスト大陸中央国家【サントゥアリーオ】だったのです。
【サントゥアリーオ】は【ドワーフ】の国【ニダヴェリール】への交易路を握っていた【ウトピーア】に侵攻しました。
地理的な説明をするとウエスト大陸の北に位置する【ウトピーア】とノース大陸の西に位置する【ニダヴェリール】は、海を挟んだ斜向かいの対岸という位置関係にありました。
【ウトピーア】は【ニダヴェリール】を始めとする【ユグドラシル連邦】との交易地、あるいは中継地として富を築いていたのです。
【サントゥアリーオ】は、それを奪おうと考えました。
当時【サントゥアリーオ】は、ウエスト大陸で最も強大な国。
装備を整えた100万の大軍で【ウトピーア】を攻め瞬く間に占領してしまいます。
しかし、それを快く思わない存在がいました。
ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】です。
守護竜【リントヴルム】は、第一義的には大陸中央国家である【サントゥアリーオ】の国家元首として人種に【恩寵】を与える庇護者ですが、同時にウエスト大陸全土に君臨する信仰上の主祭神でもありました。
【リントヴルム】は、自らの意に反して戦争を起こした【サントゥアリーオ】の暴挙に怒り、【ウトピーア】に攻め入った【サントゥアリーオ】軍100万を神敵と認定。
【サントゥアリーオ】軍は、守護竜から神敵と見做された為に、【リントヴルム】が【サントゥアリーオ】全域に張る【神位結界】に阻まれて、二度と祖国である【サントゥアリーオ】に帰国出来なくなったのです。
それだけではありません。
外部にいる全ての者が【サントゥアリーオ】に入る事が出来なくなりました。
ここで【サントゥアリーオ】に残されていた人達は選択を迫られました。
戦争に出征していた家族が二度と帰国出来なくなり、また商隊などが【サントゥアリーオ】に入れなくなった為に物資も不足し始めたからです。
【サントゥアリーオ】は、【リントヴルム】の庇護で護られているので農業収量は豊富ですが、その他のあらゆる物が足りません。
生きていくだけなら何とかなりますが、このままでは、やがて文明的な暮らしを送る為に必要なあらゆる物がなくなるでしょう。
家族がいる【ウトピーア】に向かい彼らと新天地で暮らすか、家族と別れ徐々に滅びに向かう【サントゥアリーオ】で暮らすか。
【サントゥアリーオ】の【神位結界】から外に出たら、もう戻れません。
当時の【サントゥアリーオ】の政府は残された人達で国民投票を行いました。
投票結果は国民全員で祖国【サントゥアリーオ】を捨て新天地に移るというもの……。
【サントゥアリーオ】の【神位結界】から出た【サントゥアリーオ】国民は、予想通り二度と【神位結界】内に戻る事が出来なくなりました。
【サントゥアリーオ】を発った民は、【ウトピーア】に侵攻して占領している元【サントゥアリーオ】軍と合流。
こうして元の【サントゥアリーオ】国民と戦争に負けた【ウトピーア】国民によって、新しく【ウトピーア法皇国】が建国されます。
この時全ての【サントゥアリーオ】国民が【ウトピーア】に移住した訳ではなく、家族と合流した後に周辺国を目指し移民した人達もいました。
一部はセントラル大陸にも渡って来たそうです。
元【サントゥアリーオ】国民は守護竜から神敵認定されてしまった為に、守護竜【リントヴルム】を崇める多神信仰を捨て、結果【ウトピーア法皇国】は唯一神信仰の国となりました。
現在【サントゥアリーオ】には、【リントヴルム】の【神位結界】に阻まれて何人も近寄れません。
無人の都市を覆うように巨大な樹木が繁茂して都市国家【サントゥアリーオ】を含む広大な土地が深い【大森林】に沈んでしまったそうです。
【結界】の中が如何なっているのかは誰にもわからないのだとか。
「私が行って【リントヴルム】と話しましょう」
ゲームマスターの私なら【神位結界】を通過出来るでしょう。
守護竜はゲームマスターを敵性認定出来ない設定ですし、仮に【結界】阻まれたとしたら、あらゆる物を両断出来る【神剣】で【結界】をブッタ斬って推し通るまでです。
「我も行くのじゃ。【リントヴルム】めを一発殴りつけてやるのじゃ。あの馬鹿者め」
【神竜】も、たぶん【神位結界】を通過出来るでしょう。
私とソフィアは、近い内に【神位結界】の中に引き篭もってしまった【リントヴルム】に会いに行く事にしました。
数日後に行なわれる【神竜】の復活を祝う式典と祝賀行事が終わり次第、キナ臭い【ウトピーア法皇国】への査察も一緒に済ませてしまう予定です。
私用の【遺跡】攻略よりも、公用に関わるであろう、こちらの問題対応を当然優先しなければいけません。
・・・
多少重苦しい雰囲気で昼食を済ませ、私は竜騎士団に講義をする為に移動。
ソフィアは謁見に向かいました。
竜騎士団への講義と言っても、彼らに改めて戦闘技術などを指南する必要はありません。
竜騎士団は既に世界最強の実力行使組織ですし、そもそも私の戦闘スキルを一度の講義で身に付けられるとも思いませんしね。
それでも始めの内は、魔法の運用などをアドバイスしていたのですが、やがて講義の内容は竜騎士団の戦闘力の源泉である【竜】についての事が中心となりました。
【竜騎士】が最強なのは万物の霊長たる【竜】をパートナーとしているからです。
こちらの世界では【竜】の生態は、ほぼ解明されつつありました。
私の知るゲーム設定と比較しても概ね正しい知識が積み重ねられて来ています。
しかし、多少気になる事もありますね。
竜騎士団の繁用する【竜】の中には、【古代竜】が1頭もいません。
900年前のゲーム時代には、【古代竜】を騎竜とする精鋭の【竜騎士】達が【ドラゴニーア】の竜騎士団には沢山いました。
【古代竜】も【竜】も種族的には同じです。
ゲームの公式設定では……【竜】の中で高い知性と大きな魔力を持って産まれた個体が【古代竜】と呼ばれる……と規定されていました。
つまり、【ドラゴニーア】で900年間繁殖されて来た【竜】から、一頭も【古代竜】となる個体が産まれないのはおかしいのです。
単純に確率の問題なら産まれている筈ですので、おそらく育て方が悪いのでしょうね。
その理由として1つ思い当たる事があります。
それは餌の問題。
現在【ドラゴニーア】で繁用されている【竜】は、牛、豚、羊、馬……など人種の食肉として育てられた畜産物を餌としています。
当然死んだ動物の肉でした。
一方野生の【竜】達は、野生の動物を食料とします。
当然生きた動物、あるいは魔物を狩って捕食していました。
おそらく、この違いが何らかの影響を及ぼしているのではないでしょうか?
900年前の竜騎士団は、全てではないものの時々騎竜に魔物の狩をさせ生き餌を与えていましたので。
死んだ肉と生きた獲物の違い?
餌自体の違い?
狩をするかしないか、という捕食行動の違い?
これらは、それぞれ比較検討してみる余地があるでしょう。
しかし私は、たぶん答えがわかったような気がします。
【竜】の肉は極上の美味として珍重されていますが、同時に食すと力がみなぎったり病気に罹り難くなったりするという、一種の滋養強壮食品や健康食品としても知られています。
これは喫食可能な魔物の肉を食べた時に共通するゲーム設定でした。
強力な魔物の肉を食べると、ユーザーは一定時間スタミナやパワーが上がる事がステータスの向上として自覚出来ます。
しかし、こちらの世界では支援魔法や【効果付与】による【強化補正】の方が即効性があり効果も高い為に、魔物の肉を食べる事による効能が生理学的・栄養学的にあまり深く研究されていません。
もしも、【竜】が強力な魔物を狩り生き餌を食べ続けたら如何なるでしょうか?
実際に野生の【竜】は狩をして獲物を捕食していました。
私は、これが【竜】が【古代竜】に進化するヒントのような気がします。
竜騎士団は、私の仮説を真剣に聴いていました。
単純比較で、【超位】の魔物である【古代竜】のスペックは、【高位】の魔物である【竜】の10倍。
仮に繁用している【竜】から【古代竜】が産まれたなら、竜騎士団の戦力は格段に高まります。
「竜騎士団が討伐した魔物は如何していますか?」
「素材として売れる物は全て売却して、収益は国庫に納められます」
なるほど。
討伐した魔物の肉を、そのまま竜騎士団の騎竜の餌としてしまうより、素材として売却して売却益で安価な家畜の肉を買って餌とした方が、表面的には経済合理性が高いからでしょう。
しかし、それによって竜騎士団の騎竜が【弱体化補正】されているとするなら、費用対効果という観点で逆に効率が悪くなっていました。
「今後は強力な魔物は、その一部を【竜】の餌にするべきでしょうね。成竜ではなく幼生や、妊娠している母竜に食べさせてみて下さい」
「なるほど。大神官様に上申してみます」
竜騎士団長のレオナルドさんが言いました。
「【古代竜】が幼生から成竜になるまで、ざっと100年。気の長い話になりますが、試してみる価値はあると思います。まあ野生の【古代竜】を【調伏】して騎竜にすれば手っ取り早いですけれどね」
「ノヒト様。【古代竜】に対抗する為には、それこそ我々も【古代竜】に乗るしかありませんよ」
レオナルドさんは、きっと冗談のつもりで言ったのでしょう。
【闘技場】に集まって私の話を傍聴している竜騎士団員達から……ドッ……と笑いが起こりました。
そうです。
わざわざ【竜】を【進化】させるだなんて間怠っこしい事をしなくても、【古代竜】は【古代竜】を産むのですから、雌雄の【古代竜】を捕まえて来て繁用すれば良いのです。
そんな簡単な事に気付かないなんて、私は馬鹿ですね。
「レオナルドさん。何処からか【古代竜】を捕まえて来て、番わせて幼生を産ませ、親である【古代竜】と共に、その幼生を養育すれば良いのです。幼生から人の手で育てられた【古代竜】は馴致が可能です」
「ははは、御冗談を。そもそも【古代竜】と戦って殺すならともかく、生かして捕え、あまつさえ【調伏】する事なんて、絶対強者で神たるノヒト様ならともかく、我々脆弱な人種には無理ですよ」
レオナルドさんは笑いました。
再び【闘技場】は笑いに包まれます。
「冗談ではありません。私は竜騎士団が総力を挙げて行えば不可能な話ではないと思いますよ」
私は断言しました。
竜騎士団は、私が冗談を言っている訳ではないと気付き【闘技場】の中が……シーン……と静まり返ります。
「その損耗率は、どの程度と見積もられますか?」
レオナルドさんが真剣な表情に変わって訊ねました。
「現状では万に一つ。おそらく全滅でしょうね」
「ならば、やはり不可能ではないですか?」
「そうですね。ただ、可能性の問題が議論されているようなので、あくまでも不可能ではないと明示しておきますよ」
「ノヒト様かソフィア様が【古代竜】を【調伏】して下さると有難いのですが……」
なるほど。
近い内に【リントヴルム】に会いに行きます。
【リントヴルム】を【調伏】して……。
いや、【神格者】は繁殖をしません。
【神格者】は不老不死で不死身ですし、滅びてもしばらくすると復活するので種の保存の為に自己複製をする必要がないので繁殖能力自体がないのです。
それに、そもそもの話として守護竜は【調伏】が出来ません。
【調伏】するには、対象の魔物に【名付け】をする必要があります。
守護竜には元来、固有の個体名がありました。
例えば【リントヴルム】のように。
固有の個体名を持つ【リントヴルム】を【調伏】する事は設定上不可能でした。
【神格】を持たない【古代竜】は繁殖します。
また誰かに【調伏】された【名持ち】個体でない限り、固有の個体名も持ちません。
【古代竜】同士で番わせる必要はありますが雌雄2頭を揃えれば良いのです。
私が【古代竜】の雌雄を番で【調伏】して、生まれた幼生を【ドラゴニーア】の国営繁用施設で養育するという方法論はあり得ますね。
【古代竜】に騎乗する【竜騎士】ですか……。
文明が衰退した現代世界では、完全にバランス・ブレイクな戦闘力を持つでしょうね。
【ドラゴニーア】の国家元首である【神竜】と、統治実務の責任者である大神官のアルフォンシーナさんは、現在ゲームマスターである私に対して全面的な協力を約束してくれていました。
現在ゲームマスターが私しかいないという状況において、私がゲームマスターの職責を果たすならば世界最強の軍隊を持つ超大国【ドラゴニーア】が協力してくれるという状況は何よりも心強い援軍となります。
問題は……ゲームマスターは全ての国家及び生命体に対して原則中立であり、一国一党一派には与しない……というゲームマスターの遵守条項がある事ですが……。
この原則に触れずに【ドラゴニーア】に【古代竜】を譲渡するには、私が【調伏】した魔物は【調伏者】である私の命令に従うので、その騎竜を他国への侵略などに使えないようにしておけば、理屈の上では整合します。
そして、私の力で強化された【ドラゴニーア】竜騎士団は、純粋に人種の生存圏を守る為の対魔物戦力にしてしまうなどの運用条件を定める事も出来ますね。
これなら一応はゲームマスターの中立原則には反しません。
う〜ん、難しい問題です。
しかし、ゲームマスターが盲目的にプログラムに従う人工知能ではなく、生身の人間である理由は、場合によっては規則や規範を逸脱して臨機応変で柔軟な対応が選択出来るようなフリー・ハンドを残しておく必要があるからでした。
つまり、私がゲームマスターとして……それが必要だ……と考えれば超法規的にルールを破れる訳です。
もちろん、そのゲームマスターによる意図的なルール違反は、後でゲーム会社から厳しく査問され……結果的に適切でなかった……と判断されれば、私は相応の処分をされる事になりますけれどね。
最終的には私が……全責任を負う……という覚悟と決断を出来るか如何かですが……。
「そうですね。考えておきましょう」
私が【古代竜】を【調伏】して、それを【ドラゴニーア】に貸与あるいは譲渡し竜騎士団を強化させ、代わりに竜騎士団を運用する【ドラゴニーア】にゲームマスターの業務を手伝わせるという選択肢もあり得る……という腹案は考慮に値します。
こうして竜騎士団への講義は終わりました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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