第247話。トリニティの報告。
個体戦闘力比較。
創造主>ノヒト>ソフィア>守護竜……だいぶ離れて……>ルシフェル>グレモリー>ディーテ>オラクル=トリニティ>ヴィクトーリア=ミカエル
(使役可能な従魔・【不死者】などを考慮せず、カタログ・スペックのみの目安であり、実戦での結果は必ずしも、この例の通りとはならない可能性があります)
異世界転移、36日目。
未明。
【知の回廊】最深部。
私は、エントランスまで、任務を完了したトリニティを出迎えに来ました。
「お帰り、トリニティ。ご苦労様でしたね」
私は、トリニティを労います。
「ノヒト様。ただ今、戻りました」
トリニティは、【完全認識阻害】の兜【アイドス・キュエネー】を脱いで、【収納】にしまいながら言います。
長時間ずっと【アイドス・キュエネー】を被っていた為、トリニティの長く美しい髪が肌に張り付くように癖が付いてしまっていました。
「食事は?お腹は空いていませんか?」
「現地にて済ませました。お心遣い痛み入ります」
あ、そう。
「なら、汗を流しておいで。その後で報告を聴かせてもらいます」
「仰せのままに」
トリニティは、言います。
トリニティが見聞きしたモノは、パスを通じて同時に私も見聞きしていましたが、雰囲気というか、肌感覚というか、現地に赴いて直接情報を取って来たトリニティにしかわからない事もあるかもしれません。
また、ミネルヴァにも報告を聴かせる必要があります。
私とトリニティは、エントランスから、【ワールド・コア】ルームに移動しました。
・・・
【ワールド・コア】ルーム。
「お帰りなさい、トリニティさん」
ミネルヴァが言います。
「ただ今帰還いたしました、ミネルヴァ様」
トリニティは言いました。
トリニティは、シャワーに向かいます。
パスを通じて、色々と目のやり場に困るモノが見えてしまうので、しばらく、パスから注意を逸らしました。
まあ、トリニティも、ソフィアも、ウルスラも、身内ですから、特段、扇情される事もありません。
いや、異世界転移してから、私は、その手の感情が想起される事が全くないのです。
私は、トリニティとはパスが繋がっていますし、ソフィアともフロネシスを通じて感覚が同調していました。
なので、普段から2人が入浴する場合には、色々と見えてしまうのですよ。
ソフィアや、ウルスラは、子供としか思えませんので無視出来るとしても、竜城でソフィアが入浴する際には、大浴場にソフィアの入浴お世話係として多数の【女神官】の皆さんも一緒に入浴します。
【ドラゴニュート】の女性はグラマラスですからね……。
私も男ですし、日本で暮らしていた頃は、人並みに、その手の欲求はありました。
なので、女性達の入浴している様子が見えてしまうと、当然、不味い状況になると考えていたのですが……。
不思議なほど何も感じません。
いかがわしい気分というモノが全く湧き上がって来ないのです。
若くて綺麗な女性の一糸纏わぬ姿を見ても、何とも思いませんでした。
私は、この世界では、【神格者】。
【神格者】は繁殖をしません。
つまり、繁殖をしない為、それに付随した本能的衝動も起こらないのではないのでしょうか?
どうでも良い考察ですね。
ほどなくして、トリニティはシャワーから戻りました。
・・・
【ワールド・コア】ルーム。
ナカノヒト執務室。
「トリニティ。調査した内容について、ミネルヴァに報告して下さい」
「はい。法皇の居室には、簡単に侵入出来ました。当代の【ウトピーア法皇国】法皇は、まだ年端もいかない子供です。9歳の女児でした。人種としては魔力は高く、子供にしては知性も高い様子が見て取れましたが、政治的な発言力はありません。公務は、神に祈る他は、時々……臣民の前に顔を出して笑顔を振りまくだけ……という程度なのだそうです。側仕えの女聖職者に、そう心情を吐露していました。客寄せパンダ……と自己を卑下していました。ノヒト様、パンダとは何でしょうか?」
「【ザナドゥ】に生息する熊に似た生き物です。体色が白と黒に分かれ、雑食ですが、主に笹や竹を食します。比較的、穏やかな性格で、こちらから危害を加えなければ人種を襲う事は稀。愛らしい仕草が人種に好まれます。その為に、捕獲されて見世物になる事があるのですよ。【ドラゴニーア】の動物園でも飼育されています。飼育の目的は、生物学的な研究の為なのですが、飼育されている様子が観客に公開されて、人気なのだそうですよ。また、パンダを模ったヌイグルミやキャラクター商品なども良く売れているようですね。これらは【ドラゴニーア】動物園の運営資金獲得の助けとなっています。パンダは、商業的に利用されている訳ですよ。まあ、生物学の研究にも資金が必要でしょうから、仕方がない面もあるのですけれどね。【ウトピーア法皇国】の法皇は、自分の境遇を、そのパンダの商業利用に重ね合わせているのですよ」
【ウトピーア法皇国】の法皇は、【ドラゴニーア】の大神官アルフォンシーナさんや、【パラディーゾ】の大巫女ローズマリーさんや、【サントゥアリーオ】の法皇ティファニーとは違い、守護竜とパスが繋がってはいません。
なので、守護竜が持つ政治、経済、軍事……などなどの膨大な知識や経験を利用する事は出来ない訳です。
いくら賢くても、9歳の女の子に何ほどの事が出来るとも思えませんしね。
つまり、お飾りの単なるアイコンに過ぎないという事なのでしょう。
「実権は、【枢機卿】の【職種】を持つ男達が握っています。いずれも【高位】級の【魔法使い】でした。政治、宗教、両面で権力を握っています。ノヒト様の、お言葉をお借りするなら……法皇は、この男達に利用されている……という状況であると推察します」
当代法皇は、傀儡という訳です。
「なるほど。しかし、その【枢機卿】達は、何故、自ら法皇とならないのでしょうね?【ウトピーア法皇国】の聖職者達は、そもそもリントさんの任命を受けていないのですから、権威の移譲は好き勝手に出来るはず。ならば、最大の政治力を持つ者が、第一人者の法皇職に就くのが統治には効率的なのでは?」
ミネルヴァが訊ねました。
ミネルヴァの疑問は、あくまでも【ウトピーア法皇国】の立場から見た疑義です。
そうするべきだ、などという意味ではありません。
当然ながら、守護竜の信任を得ない聖職者などというモノは、【創造主】が定めた世界観から逸脱しており、世界の理に反します。
ミネルヴァは……元来、世界の理に反して無法を働いている【ウトピーア法皇国】の連中なら、そのくらいの事はしてもおかしくないのでは……と言っている訳ですね。
「そこまでは、わかりかねます」
トリニティは答えます。
「【ウトピーア法皇国】の宗教権威の母体は、全て、旧【サントゥアリーオ】の中央聖堂にルーツを持つのです。法皇となる者は、何よりも血筋が重んじられているのだ、とか。【ウトピーア法皇国】の国民が、旧【サントゥアリーオ】法皇の血筋に連なる者を特別視しているようです。なので、旧【サントゥアリーオ】法皇の末裔ではない【枢機卿】達は、法皇職には就けないのですよ」
これは、リントから聴いた情報でした。
「だとすると、法皇が成長して、自分の意思で政務や教務を執り始めたら、その【枢機卿】達には、都合が悪い事態になりますね?」
ミネルヴァが言います。
まあ、そうでしょうね。
傀儡は、意のままに操れるからこその傀儡。
糸繰人形が、人形使いの意思に反して動き出したら、人形使いは、商売あがったり、です。
「はい。ですので……先代の法皇は、【枢機卿】達によって暗殺された可能性があります。これは、噂に過ぎませんが……」
トリニティが情報を付け加えました。
「なるほど。意思を持った法皇を弑して、扱いやすい幼い法皇に首をすげ替えたのですね?」
ミネルヴァは、呟きます。
「はい。確定情報ではありませんが、少なくとも、当代法皇の側仕えの女聖職者達は、そう噂しておりました」
まあ、十中八九、その線で間違いはないでしょうね。
「では、【ウトピーア法皇国】を覇権主義に駆り立てている黒幕は、その【枢機卿】達ですね。【枢機卿】達を除けば、問題は解決するのでは?」
「ミネルヴァ。そう簡単ではありません。まず、【ウトピーア法皇国】の国民が軍事力で他国を脅す自国の覇権主義と、対外侵略政策を熱狂的に支持しています。残念ながら【人】至上主義は、【ウトピーア法皇国】の国民全体に根深く浸透してしまっているようです。また、【ウトピーア法皇国】の産業界も、対外拡張路線を歓迎しているのでしょう。あの国の主産業は、兵器産業を中心とした、重工業です。外国を植民地化して、現地の資源と労働力を搾取し、また、自分達が作った製品の消費地としても飼い殺しにする算段なのでしょう」
これらは、アルフォンシーナさんや、世界銀行ギルド頭取のビルテさんなどから集めた情報でした。
戦争になれば【ウトピーア法皇国】の兵器産業界は潤います。
武器弾薬の在庫がはけて補充注文が来ますし、新兵器も受注出来るかもしれません。
「なるほど、洗脳教育による愚民化政策と、軍産複合体が幅を利かせているのですね」
ミネルヴァは、納得しました。
軍産複合体とは、兵器産業を中心とした企業と軍隊と政府による利益共同体です。
かつての地球において、米国のアイゼンハワー大統領が退任演説で、軍産複合体が政府の決定に影響を及ぼす可能性を危惧し、国民に注意するようにと警告した、異例の発言で一般的に知られるようになったモノでした。
「トリニティ。あなたが侵入出来なかった謎の地下区画について、ミネルヴァに話して下さい」
私は、トリニティを促します。
ミネルヴァは、魔力反応探知により、【トゥーレ】の中央聖堂の地下深くに、巨大な魔力を発する施設がある事を突き止めていました。
私が、その情報を元にして、トリニティに調査を指示したのです。
「はい。中央聖堂の地下には、厳重に監視されている区画がありました。その区画に行くには、一本しかない通路を進まねばならず、調査を諦めました。通路には無数の【ボール】が飛び交い、多数の各種センサーが仕掛けてありました。【完全認識阻害】の兜【アイドス・キュエネー】でも身を隠す事が不可能との判断による撤退です」
トリニティは、その謎の区画に武力で推し通る事を、私に打診して来ましたが、私が許可をしませんでした。
実力行使なら私がやりますよ。
何が待ち構えているのかわからない場所にトリニティを1人で突入させるつもりはありません。
「何らかの動力機関があるのでは?」
ミネルヴァが言いました。
「動力機関ですって?魔力の?どうやって日毎10億単位などという桁違いの魔力を生み出しているのでしょうか?どう考えても常軌を逸しています」
この世界の魔力単位は……【超位】魔法職の【人】のユーザーが1日に発動可能な魔力量の平均値が1単位……と設定されています。
つまり、【ウトピーア法皇国】は、【超位】のユーザー魔法職10億人分の魔力を毎日生み出し続けている計算になりました。
日毎10億単位の魔力とは……ソフィアと同等です。
もちろん、これは、あくまでも魔力に関する単位であって、10億単位の魔力を発生させるからといって、それが即ち、ソフィアと同等の魔法行使が可能という訳ではありません。
魔法の威力は、魔力と【器】によって決まります。
単なる高出力の魔力発生装置では、魔力が垂れ流しになるだけで大して役に立ちません。
魔法の出力を司るのが魔力……魔法の制御を司るのが、【器】と呼ばれる器官です。
単なる魔力発生装置には、【器】の機能はありません。
しかし、それでも、生み出された莫大な魔力を【魔法石】などに充填すれば、その状態で【魔法石】がバッテリーなどの代わりとして使えますので、極めて有用ではありますが……。
魔力単位をザックリと表すと……。
無限……私。
限りなく無限……ミネルヴァ。
・
・
・
10億単位……【神竜】。
1億単位……守護竜。
1千万単位……99階層の【ダンジョン・コア】。
100万単位……【神格】の守護獣。
10万単位……【ダンジョン・ボス】。
1万単位……周期スポーン・エリア・ボス。
1千単位……【古代竜】。
100単位……【竜】。
10単位……【高位】以下の魔物。
1単位……【超位】魔法職のユーザー。
と、なります。
あり得ません。
【ダンジョン・コア】100個分なら、頑張れば何とかなるのでは?
とんでもない。
何故なら、【コア】は、ある一定出力に達すると、抵抗が跳ね上がり、出力が減衰するのです。
バッテリーやエンジン気筒のように増やせば等倍に出力が増えるという単純なモノではありません。
概ね、【ダンジョン・コア】レベルの最大出力を上限として、それ以上は、数を増やしても出力は上がらないのです。
これは、簡単に強力な魔物を倒せる超魔力兵器などを、ユーザーの手によって作られないようにする為、設定上、弱体化パッチがかかっているからでした。
運営側が設定したリミッターなのです。
とはいえ、【ダンジョン・コア】ですら、地球の最大クラスの原子発電所以上という途轍もない出力を誇りますので、動力源としては破格なのですが……。
つまり、【ダンジョン・コア】を2個繋いでも、出力は2倍にはなりません。
それを前提とすれば、動力機関により、10億単位もの魔力を生み出すなどという事が、いかに荒唐無稽なのか、という事が理解出来ると思います。
いや、例外はあります。
前述の単位表示にもありますが、【ダンジョン・コア】の出力を上回る魔力を生み出せるモノがいました。
つまり、【ダンジョン・コア】の100倍の出力を持つソフィアや、【ダンジョン・コア】の10倍の出力を持つ守護竜達です。
この例外は、生体であるからでした。
生きている者なら、【ダンジョン・コア】レベルのリミッターを超える出力の魔力を生み出しても、抵抗や減衰の弱体化パッチを受けませんでした。
つまり動力機関が10億単位の魔力を生み出す為には……ソフィア(または守護竜10柱)に送魔力線の端っこを握らせて、毎日魔力を限界まで絞り取り送らせれ続ければ良いのです。
つまり、あり得ないですよね。
ソフィア(または守護竜10柱)を【トゥーレ】の地下施設に閉じ込めて、毎日24時間365日休みなく、セッセコセッセコと魔力をフルパワーで発生させ続けるなんて……。
結局、私とミネルヴァは、【ウトピーア法皇国】が一体どんな方法で、日毎10億単位もの魔力を生み出しているのか、結論が出せませんでした。
因みに、守護竜は、ソフィアを含めても、世界に9柱しかいません。
5柱は有名な各大陸の守護竜。
セントラル大陸の守護竜【神竜】のソフィア、サウス大陸の守護竜【ファヴニール】、ウエスト大陸の守護竜【リントヴルム】、イースト大陸の守護竜【アジ・ダハーカ】、ノース大陸の守護竜【ニーズヘッグ】です。
残り4柱は、あまり知られていませんが、東西南北それぞれの大陸から行ける隠しマップにもいました。
セントラル大陸の隠しマップである【シエーロ】は、【創造主】直轄地であるので、守護竜はいません。
閑話休題。
とにかく、どうやっているのか方法はわかりませんが、【トゥーレ】中央聖堂の地下にある施設から生み出されている莫大な魔力をエネルギー源として、【ウトピーア法皇国】は、技術大国に躍進しているのです。
「より詳しい調査を行いましょう。トリニティさんに加えて、【コンシェルジュ】達も派遣するのです。全員に【アイドス・キュエネー】を装備させ、大量に送り込めば、何かわかるのでは?」
ミネルヴァが言いました。
「危険過ぎて【コンシェルジュ】派遣は許可出来ません。だからこそ、私は、仕事を指示出来る者の中で最も信頼の置けるトリニティを単身送り込んだのです」
私が、そう言うと、トリニティが嬉しそうに口角を上げます。
トリニティならば、【ウトピーア法皇国】側に発見されて戦闘になっても、死ぬほどの状況にはならない、と私は想定しました。
【古代竜】相手にノーダメージで完勝出来るトリニティを倒せる敵は、皆無でしょう。
また、いざとなればトリニティなら【転移】で撤退する事も出来ます。
【コンシェルジュ】達では、戦闘になれば、可能性は低いとはいえ、死ぬ可能性がありました。
私は、それを容認出来ません。
【コンシェルジュ】達は、知性と自我と感情を持つ存在。
道具ではないのですから。
また、ソフィアやファヴを送り込む訳にはいきません。
彼らは、守護竜。
私の部下ではありません。
「つまり、打つ手なしですか……」
ミネルヴァが言いました。
「いいえ。調査は、もう良いでしょう。私が、明日……いえ、日付変わって今日、直接【トゥーレ】に乗り込んで査察します。それで、丸っと片付けてしまいましょう」
今日、私は【ウトピーア法皇国】に殴り込み……じゃなかった、査察に入ります。
場合によっては、その場で【神の怒り】を、お見舞いしてあげますよ。
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