第246話。閑話…トリニティの慕う者。
名前…オリヴィエーロ
種族…【人】
性別…男性
年齢…77歳
職種…【白魔法使い】
魔法…【中位魔法】など。
特性…【監査】
レベル…47
世界魔法ギルド【ドラゴニーア】支部ギルド・マスター。
POV……トリニティ。
私は、トリニティ。
私の神であるノヒト様より頂いた愛して止まない自分の名前。
元は名を持たず、ただ種族名を表す【エキドナ】とだけ呼ばれていた。
名前など、どうでも良い、と考えていた事もある。
とんでもない間違いだったけれど。
私は、世界中の遺跡を巡り英雄を狩る事を使命とする【徘徊者】と呼ばれる役目を果たして来た。
永い永い悠久の時を、ひたすらに遺跡の中で生きて来た日々。
それが全てだった。
その人生に疑いも抱いていなかったわ。
何だか、おかしい。
あの頃の毎日が酷く色褪せたモノに思える。
モノクロームの記憶。
ある日、それが何もかも変わってしまった。
鮮やかに色付いた、喜びの日々に……。
・・・
私は、いつものように遺跡から遺跡へと、【転移】する。
私は、退屈を持て余していた。
何故なら、私が狩る事を使命付けられている英雄が遺跡に現れなくなったから。
何百年も誰にも会わない。
時々、私が暮らす深層階に、やって来る人種もいた。
英雄ではない、神々がNPCと呼ぶ生き物。
NPCは弱い……話にもならない。
こんな脆弱で矮小な力しか持ち合わせないで、どうして遺跡深層階に潜れると考えたのか、逆に訊ねたいくらい。
少しは楽しめそうな9人が、派手に遺跡を荒らしていたから、出かけて行って顔を見てやった。
何でも【サントゥアリーオ】で任命された【勇者】とか呼ばれているNPCが率いるパーティらしい。
何で、そんな事を私が知っているかって?
マラク遺跡の中でペラペラ喋っているのを、当該の【ダンジョン・コア】が聞いて、私に教えてくれたのよ。
一応、それなりに強いパーティを殺しに行く時には、【ダンジョン・コア】から分析を聞いて、情報をもらう事にしている。
近頃では、ほとんど、その必要もないのだけれどね。
時々、世界のあちこちの遺跡に【勇者】を名乗るNPCがやって来る事がある。
同一人物ではない。
それぞれ、別の個体で、新しいパーティだ。
私と出会った【勇者】パーティは、毎回、全滅するから。
【勇者】って何?
多少、希少な【才能】を持つだけで、【職種】で【勇者】と指定されている訳ではない……って、【ダンジョン・コア】の1つが教えてくれた。
「貴様が【ダンジョン・ボス】の【マラク】だな?」
【勇者】を名乗る男が訊ねる。
「ファーン。間違いないわ。魔力反応が桁違いよ。【超位】級の中の【超位】級。あれが、きっと【マラク】だわ」
【女賢者】が【魔力探知】を発動しながら言った。
違うわよ。
さっき挨拶に行ったら、【マラク】は【ダンジョン・コア】ルームにいたわ。
仰向けで、だらしない格好で寝ていたわよ。
でも、こんな矮小で脆弱な連中に教えてやる必要もない。
こんな知性が低い連中と口を利くと、口が腐りそうだもの。
「よし、やるぞっ!」
【勇者】が【任意発動能力】の【勇敢】と【鼓舞】を発動する。
「儂の究極魔法を受けてみよっ!魔力よ、流れ出せ……【排出】」
年寄りの【魔導士】が【杖】をかざして、私に【高位】の【排出】を放つ。
ふん。
【神の遺物】の【魔法杖】で【高位】にブーストされているとはいえ、たかがNPC1人分の出力……。
それで、私の【魔法障壁】を抜けると本気で思っているのかしら?
それに、たった1発の【高位魔法】で、あの【魔導士】は、魔力が半減した。
2発目は放てない。
脆弱過ぎるわ。
小手調べに【超位呪詛魔法】で少し脅かしてみた……。
呆気なく全員即死。
全滅した……弱過ぎる。
何なの?
たった1発よ?
少なくとも【超位】級の【呪】を、2、3発は、耐えてみせるくらいでなければ、戦いにもならないのだけれど……。
あーあ、退屈だわ。
【ケツァルコアトル】にでも会いに行ってみようかしら。
あの【ダンジョン・ボス】は、一番長生きの個体だから、物知りで、話が面白い。
私は、【地竜】を手土産にして、イースト大陸の遺跡に【転移】した。
・・・
ケツァルコアトル遺跡。
【ケツァルコアトル】と話して色々な疑問が生じた。
【ケツァルコアトル】が言うには、英雄は、消えたらしい。
消えた?
それは、何か確証がある訳ではなく、ただの伝聞みたい。
遺跡に潜って来たNPC達が、よく、そんな話をしているらしい。
ケツァルコアトル遺跡の【ダンジョン・コア】も何度も聞いたのだ、とか。
ふーん。
私は、生まれて初めて好奇心を抱いた。
英雄達は、一体何をしているの?
遺跡の外の様子を見に行きたい。
英雄が外にいるなら、戦って殺したいわ。
それが私の使命なのだから……。
私は、数日滞在して、ケツァルコアトル遺跡を後にした。
さてと、次の暇潰しは、どうしようかしら?
・・・
ある日、私は閃いた。
そうよ。
待っていて、やって来ないならば、こちらから出かけて行って探せば良いじゃない?
けれども、私は、自らの意思で遺跡の深層階から浅層階には上がれない。
それで方法を考えた。
サウス大陸の2つの遺跡は、スタンピードを起こしている。
深層階で【超位】の魔物を手懐けて、その背に跨り、浅層階にまで運んでもらったら、どうかしら?
私は、あまり得意ではないけれど【調伏】が使える。
試してみよう。
早速、実行に移した。
失敗……失敗……失敗。
私の【調伏】では、確率が低過ぎて、なかなか馴致出来ない。
でも、時間なら幾らでもある、それこそ永遠に……。
ある日、とうとう【調伏】に成功した。
1万回から先は数えてもいなかったけれど、たぶん5万回くらいは失敗したんじゃないかしら?
丁度良い暇潰しになったわ。
私は【バジリスク】に跨って、地上を目指した。
スタンピード中の遺跡の魔物は、放っておけば、勝手に外に出るはず。
上手く行かなかった。
【調伏】した魔物は、【ダンジョン・コア】の支配から離れてしまう。
スタンピードの暴走状態ではなくなった。
どうしたものかしら?
私は、従魔だった【バジリスク】を殺して食べながら考えた。
スタンピードの魔物の奔流に飛び乗って、そのままの勢いで、浅層階まで流されて辿り着く事は出来ないかしら?
少し危険だけれど、理屈の上では不可能ではないと思う。
私は、不死身だ。
仮に死んでも、遺跡で何度でも蘇る。
試してみよう。
私は、魔物が濃い場所に向かった。
お誂え向きに暴走して階段の入り口から上の階に雪崩れ込んで行く群がいる。
飛び乗った。
成功。
猛烈な勢いで、魔物の群は、遺跡を逆流して行く。
バランスを取らないと振り落とされそうだけれど……。
浅層階に到達した。
もう少し……。
あっ!
私は、魔物の背から振り落とされてしまった。
怒涛の勢いで疾駆する魔物の群に踏み躪られて、私は、意識を失った……。
・・・
意識を取り戻す。
私は、混乱した。
何故なら辺りは真っ暗だったから。
夜?
違うわ。
だって、私は暗闇でも完璧に視力が保たれるのだから。
目が見えなくなっている。
いいえ、目だけではない。
音も匂いも皮膚感覚も魔力反応も……何も感じない。
ここが地上?
まるで地獄じゃない?
こんな場所では、とても生きられない。
私は、すぐに【転移】を行使した。
【転移】が発動しない?
何故?
魔力が枯渇している訳ではない。
魔力が収束できないのだ。
【転移】だけでなく、あらゆる魔法が封じられている。
私は、絶望感に支配された。
ああ、私は何て愚かなのかしら。
好奇心と欲望に負けて、安住の地である遺跡から出ようとするなんて……。
助けて……。
誰か助けて……。
私の叫びは、全ての音が消えた地上では、全く響かなかった。
・・・
私は、意味もなく彷徨っている。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚、魔力……全てが失われた世界で、何とかして遺跡に戻れないか、と手探りで進んでいた。
ズルズルと腹を擦りながら進むなんて……屈辱……。
私は普段、【転移】で移動するか、【飛行】と翼の羽ばたきを併用して移動していた。
蛇の尾で地面を這わされるだなんて、プライドが許さない。
けれども、仕方がない。
魔力は収束出来ず、翼で飛んでいると、天地の感覚がなくて、墜落死するかもしれないのだから……。
遺跡に戻ろうと彷徨い這っているけれど、それが不可能だと薄々感じ始めている。
何故なら方向感覚がないのだから。
自分が、真っ直ぐに進んでいるのかさえ知覚出来ない。
不安、焦燥、混乱、恐怖、絶望……。
今日まで、一度も感じた事がない感情が次々と湧き上がって来る。
・・・
私は、地面に蹲って尾を巻き、どこかもわからない場所に座っていた。
自ら何度も傷付けた身体が痛む。
もう、どのくらい時間が経ったのだろうか?
数時間くらいにも思えるけれど、数日経ったような気もする。
何もわからない。
見渡す限り、ノッペリとした真っ黒な布を顔にかけられたような視界だ。
何度も死のうとした。
死ねば、遺跡の最深部で復活出来るはずだから。
でも、上手く行かなかった。
自分を殴りつけても、自分に噛み付いても、地面に頭を打ち付けても、腹を割こうとしても、翼で飛び立って墜落死しようとしても……生来の強靭な肉体と自然治癒力が、それを許さないのだ。
繰り返される、あまりの激痛に耐えかねた、という事もある。
そうだ。
私は、これ以上の痛みを恐れ忌避しているのだ。
情けなさに愕然とする。
誇り高い【エキドナ】たる自分が満足に自死する事すら出来ないとは……。
魔力さえ練れれば……。
繰り返し死のうと試みて得られたモノは、虚しさと全身の激痛。
痛い……痛い……誰か殺して……。
その時、脳内に鋭く刺さるような感覚がした。
この感覚……知っている。
誰かが私を【調伏】しようとしているのだ。
【抵抗】してしまった……。
いや、本来は【抵抗】するべきなのだけれど。
この絶望的な状況から逃れられるのならば、いっそ誰かに隷属されてしまった方が楽なのではないか、とすら思えた。
しかし、固有種である私を【調伏】する事など、不可能だろう。
私は【超位】の【調伏】であろうとも完全に【抵抗】出来る。
意思に関係なく、自動的に【抵抗】するのだ。
これは、最高位の【調伏士】である【大調伏師】が行使出来る最大限の魔法。
つまり、英雄であろうとも、私を【調伏】する事は不可能。
私なら、【神位】であっても、ほぼ【抵抗】が可能だ。
ほぼ、とは?
つまり、設定的には不可能とはされていない。
無限大に近い数、試みれば可能かもしれないのだ。
無限大の【神位】の魔法を行使するなんて、現実的にはあり得ない。
そもそも、【神位】の【調伏】を行使するのは……神。
守護獣は【調伏】を持たない。
つまり、【神位】の【調伏】が可能なのは、【調停者】か、守護竜だけだ。
相手が【神格者】ならば、いっそ隷属されても……。
そんな事を考えるほどに、私の精神は追い詰められている。
それが、おかしいのだ。
私は【精神耐性】最大を持っている。
つまり、どんなに絶望的な状況であっても、精神が弱るなどという現象は起こり得ない。
この闇が原因か?
この漆黒の虚無空間が、何らかの悪影響を及ぼして、私の精神を蝕んでいるのだ。
ただただ、恐ろしい。
【抵抗】を許さない、圧倒的な混乱と恐慌。
発狂してしまえれば、むしろマシなのではないだろうか?
いや、もう私は、既に発狂しているのかもしれない。
もう何もかもがわからない。
生きていたくない。
殺して欲しい。
ここは地獄だ。
誰かが私を【調伏】しようとしているとするなら、その誰かは、この魔力を封じられた環境下でも魔法が行使出来るという事。
それだけの強力な相手になら、もはや仕える事も吝かではなかった。
少なくとも、この地獄からは、救い出してくれるのではないか?
私は、祈るような気持ちで待った。
次の瞬間。
パスが構築されていた。
相変わらず、虚無の空間にいたが、私の心は落ち着いている。
パスを通じて流れ込んで来る思念……。
ああ、何て、暖かいのだろうか……。
もはや、このまま、永遠に死んでしまっても後悔はない。
天国?
きっと私は、究極の精神の安らぎと幸福を得たのだろう。
・・・
私は、名を得た。
トリニティ。
私の神である、あの方に、この名前を呼ばれる事が無上の幸せ。
あの方……ノヒト様から名を頂いてからの日々は、毎日が鮮やかで幸福に包まれている。
この幸せが永遠に続く事を願わずにはいられない。
・・・
ウエスト大陸【ウトピーア法皇国】法皇都【トゥーレ】。
私は、ノヒト様の、ご指示で【トゥーレ】に潜入し、色々と調査や工作活動を行なっていた。
トリニティ……首尾はどうだい?
ノヒト様から、パスを通じて呼びかけられた。
ご指定の場所全てに【ビーコン】を設置完了致しました……また、ご指示の通りに調査も致しました。
私は、パスを通じて答える。
ありがとう……一度戻っておいで……直接、私とミネルヴァに報告を聴かせて欲しい。
ノヒト様は、パスを通じて言った。
仰せのままに。
私は、パスを通じて答える。
私は、上空高高度に滞空する神の軍団の神兵に目掛けて【転移】した。
この動く物体に設置された転移魔法陣に目掛けて【転移】する能力は、ノヒト様から与えてもらったモノ。
この世界に、こんな凄まじい魔法が使えるのは、ノヒト様……そして、ノヒト様とパスが繋がるソフィア様と私。
あり得ないほどの膨大な魔力がなければ、移動目標への【転移】は不可能。
宇宙全体と同等の権能を持つとされるミネルヴァ様でも、そんな事は出来ないのだ。
魔力が無限であるノヒト様だからこそ出来る異能。
仕組みは単純。
ノヒト様はパスを通じて、私と転移目標の間に亜空間のバイパスを構築する。
ノヒト様は、無限の魔力を流し、亜空間バイパスを維持。
この場合、片方がノヒト様ご自身か、ノヒト様とパスが繋がる【転移能力者】(ソフィア様と私)で……もう片方がノヒト様ご自身が設置した転移魔法陣である必要がある。
この亜空間バイパスを通って、本来なら不可能なはずの移動目標への【転移】が可能になるのだ。
「休息を取りなさい。食事も済ませておくように」
私は、上空のランデブー・ポイントにいた神兵に交代の指示をする。
神兵は肯定の意思を示した。
今回【トゥーレ】に派遣された神兵は、9個体。
3チームでシフトを組んで、交代で、この上空の指定転移座標を維持している。
残りの2チームは、交代で森などに隠れて待機していた。
人種に対してコソコソと隠れて行動するなんて、以前なら自尊心が許さなかっけれど、今は、それがノヒト様の役に立つならば、全く苦ではない。
「食料は足りていますか?」
私は確認する。
神兵は腕にはまった【宝物庫】を示した。
十分にある、と。
「では、私は、一度、ノヒト様に報告しに帰還する。この位置の転移座標を維持しなさい。もしも、見つかった場合は、ノヒト様の、ご指示通り、交戦を避け撤退するように」
私は命ずる。
神兵は、肯定の意思を示した。
よろしい。
ふふふ。
人種相手に逃げるだなんていう発想も以前ならあり得ない事だわね。
全ては、ノヒト様の思し召し次第。
ノヒト様の意思に従う事……それが私達、神の軍団の喜び。
私は【トゥーレ】各所に、ノヒト様から預かった【ビーコン】を設置した。
ノヒト様なら、いつでも、それら【ビーコン】を目掛けて【転移】する事が可能。
これだけ、幾つも転移座標があれば、【トゥーレ】上空高高度の位置に転移座標を維持するのは、必要ないようにも思える。
質問をしたら……私は安全マージンや代替案は幾らでも欲しいんだよ。臆病な性格だからね……などと嘯いていらっしゃった。
それは、本心ではない。
あの方は、つい数時間前に守護竜【リントヴルム】様と戦って一方的に血祭りにあげている。
私は、パスを通じて、あの凄まじい戦いの様子を見ていた。
【サントゥアリーオ】への同行を許されず【トゥーレ】に派遣された事に忸怩たる思いがあったが、今なら理解出来る。
あの場に私がいたら、ノヒト様達の足手まといにしかならなかっただろう。
それほど神同士の戦いとは想像を絶するモノだった。
それにしても、ノヒト様は、究極の戦闘の権現たる守護竜すらも全く問題にしないとは……。
つくづく、恐るべき、お方だ。
きっと、この、ご指示にも、愚かな私などには理解出来なくとも、ノヒト様なりの深遠な意図があるのだろう。
実際に、ノヒト様が過去に置いてこられた、あらゆる布石には、全て意味があった。
宇宙で最高の知性を持つミネルヴァ様ですら感嘆するほど、ノヒト様の行動は全て的を射ているのだという。
普段は、穏やかで静かで茫洋としているけれども……超常たる異能を持つ、偉大な神。
それが、私が心から、お慕い申し上げるノヒト様の本性だ。
ノヒト様は、偉大なる主人。
あの方の従魔となれて、私は本当に果報者だ。
ノヒト様との出会いに導いてくれた偶然の因果には、心から感謝する。
私は、最愛のノヒト様が待つ【ホーム】に向かって【転移】した。
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