第244話。正当な法皇。
名前…ニルス・ハウストラ
種族…【エルフ】
性別…男性
年齢…110歳
職種…【会頭】
魔法…【鑑定(NPC版)】
特性…【商才】
レベル…55
世界商業ギルド会頭。
大森林外縁部(【サントゥアリーオ】と【ブリリア王国】の国境)。
ソフィアと会った事で、【リントヴルム】は正気を取り戻しました。
私達は、オラクルとヴィクトーリアが待つ、【リントヴルム】の【神位結界】の境界まで【転移】で戻って来たのですが……。
「さあ、リントよ。【神位結界】を在るべきモノに戻すのじゃ」
ソフィアが言いました。
「ソフィアお姉様……少し、心配です」
リントは言います。
「何がじゃ?」
「誰もいない、また、国家も存在しない今の【サントゥアリーオ】をいきなり開放して自由往来を可能にすれば、領土を得ようとウエスト大陸の臨海4国が、無人の【サントゥアリーオ】に派兵して相争うのでは、と。もちろん、元はと言えば、全ては妾の不明。その点は恥じ入るばかりでは、ございますが……」
リントは、申し訳なさそうに言いました。
うん、リントの言には一理ありますね。
【サントゥアリーオ】が【神位結界】で国境封鎖されている現在の状況はゲームマスターとして看過出来るモノではありません。
明確に、世界の理にも違反しています。
しかし、リントが示唆したように、何の事前取り決めも根回しもなく、突然【神位結界】が通行可能になれば、当然、国境を接する4か国は【サントゥアリーオ】を自国領土に組み入れようと画策するでしょう。
軍事力を行使する事も、大いにあり得ます。
特に【ブリリア王国】と【ウトピーア法皇国】は、現在、鋭く対立し、互いに戦争準備段階。
相当に不穏当な事態が発生する事は容易に想像出来ます。
「うむ。しかし、それは、リントが明確に自らの意思を示せば良かろう。リントが望まぬ形で、【サントゥアリーオ】を奪おうとする者や国があれば、守護竜として討ち払うと公に宣言すれば良いのじゃ」
「ですが、臨海4国が、妾の命を聞くでしょうか?恥ずかしながら、妾には今、パスが通じる使徒がおりませんし、誰にも神託を届ける事も出来ないのです。ソフィアお姉様や、ファヴを通じて世界に意向を伝える事は可能ですが、それに対してウエスト大陸の臨海4国の政府が素直に従うのか、という問題は、また別かと……」
「うーむ、確かにの……。じゃが、だからと言って立場は変わらぬのじゃ。ウエスト大陸は、リントの持ち物じゃ。それを、リントの意思に反して収奪しようとするならば、討ち払うのみ。それが、守護竜の在るべき姿なのじゃ」
「ソフィアお姉様……妾は、ウエスト大陸の人種を殺めたくないのです」
「また、甘い事を考えおって。其方の、その甘さが、現在の問題の遠因となっておるのじゃ。我らは、人種を庇護する事が役割じゃが、必要があれば、人種に対しても神罰を下す。それを躊躇するなら、先々、もっと人種を殺めなければならなくなるのじゃ。人種を罰する事を恐れると、結果的に、もっと多くの人種を死なせる事になる。そうして死んで行く者達は、本来死ぬ必要がなかった無辜の民なのじゃ。世界の理に反し、また、守護竜に背いて来る者達を処断するのと、より多くの無辜の民を無為に死なせるのと、其方は、どちらを選ぶのじゃ」
ソフィアは、言いました。
ソフィアは、以前、これと全く同じ論理を、ファヴにも説諭した事があります。
サウス大陸の【ムームー】に侵略をしようとしていた【ティオピーア】と【オフィール】に対して、私が神の軍団を用いて殲滅する、という決断をした時に、ファヴは、自分の民を死なせたくない為に、実力行使ではなく、話し合いで解決する事を希望しました。
ソフィアが、それを制して……人種が意図的にルールを破る場合、時には断固たる対応を取る事が必要だ……とファヴに言い聞かせたのです。
「ソフィアお姉様の仰る通りです。でも、まだ他に取り得るべき手段があると思います」
「それは、何じゃ?」
「時間を下さいませんか?現在、【サントゥアリーオ】には人種がおりません。なので、戦争は起こり得ません。妾も、この平和が欺瞞である事は承知しております。しかし、欺瞞であったとしても、妾は、この平和を、なるべく壊さないようにしたいと思います」
確かに、私も【サントゥアリーオ】の現在の大自然を人種の営みと共存可能な形で維持出来るならば、それが理想的だとは思いますね。
「このまま人種を排除したままでは、リントも、世界の理に反したまま、となる。そもそも、人種がいない時点で【サントゥアリーオ】は、平和ではないのじゃ。言語定義的に平和とは人種が争わぬ状態を指す。人種を排除した上での状態を平和などとは定義出来ぬのじゃ。良いか、リントよ。人種も自然の一部なのじゃ。人種を排除した上での平和は、不自然なのじゃ。【創造主】は世界を、そのようには創っておらぬ。それを心せよ」
「はい。わかっております。なので、人種は受け入れます。しかし、【神位結界】を開放して、自由往来を許可するのではなく。段階的に、徐々に受け入れたいと思います。この平和な状態を可能な限り保全しながら、やがて元の【サントゥアリーオ】のように多くの人種を庇護したいと思います」
「うむ。段階的に……とな。ノヒトよ、どうする?我は、リントの今の話を聴いて、少し翻意したのじゃ。リントが段階的にでも人種を受け入れ、将来的に【神位結界】を完全に開放する事を前提とするなら、ある程度の移行期間は設けても構わぬとも思えるのじゃが……」
ソフィアは、私に話を振りました。
「あー、ソフィア。オラクルとヴィクトーリアを待たせているから、先に、2人をどうにかしたいのだけれど?」
話に熱中していたソフィア達は、【神位結界】の外で、静かに佇んでいるオラクルとヴィクトーリアに気付きます。
「あー、すまんのじゃ。我も空腹なのじゃ。話は後にするのじゃ」
ソフィアは言いました。
私達は、とりあえず【神位結界】をどうするのか、は結論を先送りにして、まずは食事にありつく事にします。
私達は、そのままリントの【神位結界】を歩いて越境しました。
リントの【神位結界】は進入を防ぐモノで、退出は防がれません。
この【神位結界】は大したモノです。
ゲームマスターである私にも、一国を覆うほどの規模で、これほど強力な【結界】を張る事は出来ません。
正確に言えば、【結界】は、もっと強力なモノが張れるでしょう。
しかし、大気の流れは阻害せず動物を完全に排除する、だとか、進入は防ぎ退出は可能、だとかという精密なギミックを付加する事が困難極まりありません。
どんな【魔法公式】を組めば良いのか、想像を絶します。
ミネルヴァの演算能力を借りて、私の魔力をバイパスしてやれば……あるいは。
いや、それは出来ませんね。
ミネルヴァは、安全装置として、ゲームマスターとのリンクは不可能なように設定されていますので。
まあ、そんな事は、どうでも良いですね。
私、ソフィア、ファヴ、リント、ウルスラ、オラクル、ヴィクトーリアは、【シエーロ】に【転移】しました。
・・・
【シエーロ】の【知の回廊】最深部。
【ワールド・コア】ルームのエントランス。
「ここが、【調停者】の本拠地?」
リントが訊ねました。
「はい。この奥の部屋がそうです」
私は、リントを魔力登録しました。
そして、エントランスから、【ワールド・コア】ルームに入ります。
リントは、空中に浮かぶ、あまりにも巨大な【魔法石】に驚いていました。
しかし、同時に……【調停者】達の本拠地ならば、それも当然だろう……と考えたようです。
「チーフ、お帰りなさい。皆さん、いらっしゃい。ようこそ、リント。私はミネルヴァです」
ミネルヴァは言いました。
「ミネルヴァ。どうぞよろしく」
リントは言います。
リントは、物怖じしない性格らしく、ミネルヴァとの初対面には、驚いたものの、あまり動揺した様子は見せません。
ソフィアもファヴも、そうでした。
どうやら守護竜は、未知の物事に対する茫漠とした恐怖心のようなモノは、持ち合わせていないようです。
守護竜は、不老不死で不死身ですので、何物に対しても身構える必要などないからなのかもしれません。
私達は、洋食屋に向かいました。
店の選択はソフィアの要望です。
・・・
洋食屋。
「これが、飲食店……」
リントは好奇心が発露しているらしく、色々な所をキョロキョロと見回していました。
ほどなくして、【コンシェルジュ】がメニューとオシボリと水を持って、やって来ました。
リントは、メニューを見ながら、それがどういう料理なのか、と【コンシェルジュ】に質問しています。
「我は、オムライスを5個……【氷竜】のステーキを10kg……ビーフシチューを5皿……カニクリームコロッケを5皿……プリンを5個じゃ」
ソフィアは、リントの質問に丁寧に答えている【コンシェルジュ】に注文を伝えました。
ソフィアはメニューも開かずに注文します。
もう、レギュラーメニューは全て暗記しているのだ、とか。
【コンシェルジュ】は優秀なので、誰かと会話をしながら、同時に注文も完璧に記憶出来ます。
ソフィアは、注文し終わると、温かいオシボリで顔をゴシゴシ拭き始めました。
こらこら、お行儀が悪いですよ。
ソフィアは、一応、女の子です。
「アタシは〜。ロールキャベツとバニラアイスクリーム」
ウルスラもメニューを見ずに注文しました。
「えーと、僕は、ハヤシライスと、ポークソテーと、エビフライと、オニオングラタンスープにします」
ファヴも注文します。
「私は、シーザーサラダと、舌平目のムニエルと、タンシチューと、チキンピラフを下さい」
私も注文しました。
「妾は……」
リントは、メニューを見ながら迷っている様子。
「リントよ。迷っておるならオムライスを食べてみよ」
ソフィアが勧めました。
「やっぱり、ロールキャベツでしょ」
ウルスラも勧めます。
「エビフライは美味しいですよ」
ファヴも勧めました。
皆が、私に視線を向けます。
ん?
これは、私も、お勧めを言う雰囲気ですか?
うーむ、ソフィアがご飯モノ、ウルスラが肉料理、ファヴが魚介系……ならば、私はスープ系でしょうか?
コンソメスープは、この店のロールキャベツはベースがコンソメ系なので被ります。
オニオングラタンスープは、ファヴが注文しました。
ビーフシチューはソフィアが注文しましたし、肉料理被り。
さて、どうするか。
「コーンポタージュスープは、どうでしょうか?」
「なるほど、さすがはノヒト。完璧なチョイスじゃ」
「うん。コーンポタージュは美味しいもんね〜」
「被りもなく、また、洋食屋の基本を押さえています」
何だか、3人から褒められます。
という訳で、リントの注文は、オムライス、ロールキャベツ、エビフライ、コーンポタージュスープに決まりました。
【コンシェルジュ】は厨房に向かいます。
「そうじゃ。ティファニーは?」
ソフィアが訊ねました。
あ、忘れていました。
私は、ティファニーを【収納】から、出してあげます。
ティファニーは……聖都【サントゥアリーオ】中央聖堂の礼拝堂にいたはずなのに、ここはどこ……というリアクションをして見せました。
「ティファニー。ここは、【シエーロ】にあるゲームマスターの本部です。それから、彼女がリント……つまり、あなたの主人である【リントヴルム】ですよ」
私は、リントをティファニーに紹介します。
「【リントヴルム】様。私は、【サントゥアリーオ】政府所属の留守居役、ティファニーでございます」
ティファニーは跪いて拝礼しました。
「ティファニーとやら。今の妾には、仕えてくれる者が1人もいません。妾に仕えてくれますか?」
リントは、訊ねます。
「はい、喜んで、お仕えさせて頂きます。【サントゥアリーオ】の政府はなくなり、後継政府は【リントヴルム】様が、お決めになるのだ、とか。だとするならば、私の主人は、【リントヴルム】様の他にはおりません。何なりと、ご命令を、お申し付け下さいませ」
ティファニーは跪いて言いました。
この瞬間、リントは、ティファニーの主人になったようです。
2人の間には、パスが構築されました。
「ならば、頼みます。ティファニーは、妾の最側近とします。ソフィアお姉様とファヴは、お前のような【神の遺物】の【自動人形】にも管轄の大陸において人権を認めているのだ、とか。妾も、その方針を採用します。なので、お前に人権を与え、妾の聖堂の首席使徒の役目を与えます。たった今からは、【サントゥアリーオ】法皇、ティファニー・レナトゥスと名乗りなさい」
レナトゥスとは……再生や、生まれ変わり、を意味するそうです。
新生【サントゥアリーオ】の再興の門出に相応しい名前ですね。
しかし、【神の遺物】の【自動人形】であるティファニーを法皇指名するとは……リントも思い切った事をします。
「はい。畏まって拝命致します」
ティファニーは跪いて答えました。
「【指名】」
リントが、守護竜だけが持つ、オリジナルの儀式魔法を行使します。
すると、ティファニーのステータス表示が、ティファニー・レナトゥス、に変わりました。
また、各種ステータスも大幅に向上しています。
ティファニーは、初期設定の【高位】の存在から、【超位】の存在にクラス・アップしてしまいました。
これは、人種であったなら、守護竜によって任命され大神官や法皇に即位して、【聖格者】になったのと同じ状況なのでしょう。
なるほど、非生物NPCである【神の遺物】の【自動人形】であっても、守護竜が任命すれば、首席使徒になれるのですね。
そんな仕様は初めて知りましたよ。
しかし、中央聖堂の礼拝堂で厳粛な儀式などを行わなくても、【指名】の詠唱一つで簡単に法皇になれてしまうのですね。
もちろん、魔法の素養やパスが繋がる事などの最低限の資格条件は必要なのでしょうが……何だか、呆気ないモノです。
兎にも角にも、ティファニーは【サントゥアリーオ】の法皇となりました。
これからリントとティファニーは二人三脚で、国家【サントゥアリーオ】と、【リントヴルム】聖堂を一から立て直していかなければなりません。
ほどなくして、注文した料理が、テーブルに運ばれて来ました。
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