第243話。サントゥアリーオに何が起きたのか?
名前…イザベル
種族…【ドワーフ】
性別…女性
年齢…33
職種…【解体職人】
魔法…【闘気】
特性…【解剖】
レベル…25
世界冒険者ギルド【サンタ・グレモリア】支部・副ギルド・マスター、兼任、解体主任。
聖都【サントゥアリーオ】。
【リントヴルム】との激闘は終わりました。
【リントヴルム】は、現在、魔力を封じられ、尻尾と翼と四肢と牙を切り飛ばされ地面に横たわっています。
首をもたげて威嚇する様子は見せていますが、もはや私達に抗うだけの能力はありません。
「リント。正気を取り戻せ。其方の姉が、こうして来てやったのじゃ。訴えたき事あらば、存念を申し述べてみよ」
ソフィアが【リントヴルム】に優しい声で語りかけます。
「グゥラァ……グオ……お姉様……」
瀕死の【リントヴルム】は血を吐きながら、言いました。
私は、【超神位魔法……呪】の影響が【リントヴルム】の生命維持に関わる器官を蝕まないように、【超神位魔法……治癒】で制御します。
「そうじゃ。其方の姉じゃ」
ソフィアは手を伸ばし、【リントヴルム】の鼻先に触れました。
「ソフィア。噛まれないように」
「平気じゃ。リントの甘噛みくらい、どうという事もないのじゃ」
「あ、ああ……この匂いは……お姉様……どうして?」
【リントヴルム】は言います。
おっ!
【マップ】に表示されている【リントヴルム】の光点反応がみるみる、薄赤色から、ピンク、白へと変わって行きました。
つまり中立個体となったのです。
ソフィアの【マップ】の表示では【リントヴルム】の光点反応は、既に、深青色になっているのだ、とか。
説得成功でしょうか?
少なくとも【リントヴルム】は正気を取り戻しました。
「今頃、気付いたのか?ほれ、ファヴもいるのじゃ」
ソフィアが【リントヴルム】の視線を導きます。
「リントお姉様……」
ファヴは泣きそうな顔で言いました。
「ファヴ……」
「リント、人化を取れるか?ノヒトよ、魔力を少し扱えるようにしてやって欲しいのじゃ」
ソフィアが言います。
私は、魔力封じの【複合魔法陣】を半解除しました。
もちろん、【リントヴルム】が、おかしな行動を取るような素振りを見せたら、即時、魔力封じを戻せるようにしておきます。
おそらく、もう暴れたりはしないと思いますが念の為ですね。
ソフィアに促されて、【リントヴルム】は、人化しました。
【リントヴルム】の化身した姿は、ソフィアと同年代くらいと推測出来る幼女。
【創造主】のデザインでした。
ロリコ……げふん、げふん……その点に関してはコメントを差し控えます。
私は、【リントヴルム】にかかっている【超神位魔法……呪】を解除して、【完全治癒】をかけて傷を治療してあげました。
瞬時に【リントヴルム】の四肢などが再生します。
私は、人化した【リントヴルム】の為に、衣服を与えてあげました。
「妾は……」
【リントヴルム】は、まだ少し混乱している様子。
「其方は、庇護すべき【サントゥアリーオ】の民を追放しておったのじゃ。覚えておらぬのか?」
「いいえ……全て覚えております」
【リントヴルム】は言いました。
「ソフィア。私が……」
「うむ。それはノヒトの仕事の領分じゃったな。我は、リントが正気に戻れば、それで良い」
「お姉様……この方は?」
「【調停者】のノヒト・ナカじゃ」
「【調停者】……」
「【リントヴルム】。何故、人種を追放したのか、教えて下さい」
「わかりました」
【リントヴルム】は、事ここに至って、抵抗は無意味だと察したのでしょう……素直に【サントゥアリーオ】の滅亡の経緯を話し始めます。
始まりは、900年前の英雄大消失。
ユーザーが突如消えてしまった為に、この世界は未曾有の混乱に見舞われました。
この世界の住人と比較して、圧倒的に戦闘力が高いユーザーがいなくなった為、この世界は、魔物に抗する力を失います。
その結果、引き起こされる困難な状況は、サウス大陸の例からも明らかでしょう。
また、ユーザー達は、魔法、経済、産業、技術、学術……などなど広範な分野で異世界をリードする存在でもありました。
そういった側面からも、ユーザー大消失は、異世界の文明衰退に繋がったのです。
この文明の危機を比較的短期間(それでも数百年)で乗り越えられたのは、【ドラゴニーア】を盟主とするセントラル大陸同盟諸国、【ユグドラシル連邦】、【タカマガハラ皇国】、【イスタール帝国】、そして【シエーロ】など。
その他の国々は、900年経った現在でも、程度の差こそあれ、その後遺症から立ち直れていないのです。
900年。
日本のバブル崩壊後の経済的低迷が俗に失われた20年などと呼ばれていますので、これを比較とすればユーザー大消失の破壊的インパクトが、いかに甚大だったかが推定出来ます。
【リントヴルム】が庇護し、また国家元首として君臨するウエスト大陸の中央国家【サントゥアリーオ】も、例に漏れず、苦難の国家運営を強いられました。
その【サントゥアリーオ】に、ある1人の傑物が出現します。
ウルリーカ・プルミエール。
【サントゥアリーオ】の最後の法皇です。
そして、【サントゥアリーオ】国民のほとんどが移り住んだ【ウトピーア法皇国】(旧【ウトピーア】)の初代法皇でもありました。
ウルリーカ法皇は、女性です。
彼女は、【リントヴルム】聖堂の聖職者で、首席使徒でした。
つまり、【ドラゴニーア】の大神官であるアルフォンシーナさんと同じ立場にあった人物です。
混乱と社会不安の中即位したウルリーカ法皇は、類い稀なリーダーシップとカリスマ性を発揮して、積極的に【サントゥアリーオ】の国政に関与しました。
矢継ぎ早に政策を実行し、次々に問題を解決して行きます。
ウルリーカ法皇は、徹底した中央集権化と経済市場の国家統制を推し進めました。
トップダウンによる素早い決断と、政府主導による国家事業などで、経済を回復させる事に成功したのです。
開発独裁と、選択と集中。
国民は、ウルリーカ法皇を熱狂的に支持しました。
しかし、ウルリーカ法皇の、多少、強引とも思える手法に、不満を持ったり抵抗する勢力がなかった訳ではありません。
いつの時代も、また、どこにでも既得権を守る立場にいる守旧派はいるものです。
守旧派が、即ち、悪、と決まった訳ではありませんが……ウルリーカ法皇は、国民から支持される一方、急進的過ぎる改革で敵も増やしました。
本来、ウルリーカ法皇のように、行政執行権者(王や皇帝)の役目と、首席使徒(宗教指導者)の役目を兼ねる事は、世界の理では認められていません。
その点を、守旧派は問題視してウルリーカ法皇を批判しました。
アルフォンシーナさんや、かつてのディーテ・エクセルシオールのように、結果として強力な指導力と求心力を持つ事はあったとしても、それは議会がそれを自発的に望むからであって、強制的に従わせる事は許されないのです。
実際に【ドラゴニーア】政府に隠然たる影響力を持つ、アルフォンシーナさんと言えども内政に関しては、選挙によって選ばれ国民の負託を受ける元老院を無視して専横を振るう事は出来ません。
アルフォンシーナさんが望む政策を元老院に提出しても、その法案可決率は5割ほどなのだ、とか。
アルフォンシーナさんは、制度上、元老院から上がって来る可決法案に拒否権を行使する事は可能ですが、自らが望む法案を元老院の意思に反して可決させる事は出来ないのです。
【ドラゴニーア】に限らず、議会制民主主義の国なら、どこでも、ほとんど同じような政治システムを採用していました。
これは、当然の事。
もしも、守護竜とパスが繋がり直接意思の疎通が出来る大神官や大祭司や法皇……などの首席使徒が行政権や立法権や司法権を握り国政の意思決定を行えば、それは即ち、神の意思、と見做され、誰も反対出来ません。
それが明らかに間違った政策であってもです。
異世界でも、そういう政治システムは不健全だと考えられていました。
【創造主】の考えも同じです。
なので、宗教指導者が執行権を有する場合の制限が厳格にガイドラインとして定めてあるのです。
宗教指導者は、法律を決める権限、裁判を行う権限を持つ事は許されません。
こうして、この世界では、政教分離が厳格に運用されていました。
【創造主】、【調停者】、守護竜などの【神格者】は、政教分離の規範には縛られません。
政教分離とは……政治権力と宗教権威の分離。
定義的に【神格者】は、政治にも宗教にも全く関係はないのです。
何故ならば政治も宗教も、人文科学。
つまり、政教分離規範とは……人種が決めた、人種の為のルール……であって……神が従うべきルール……ではないのです。
身も蓋もない言い方をするならば……人種のルールに神が従う必要など、あるはずもない……という事。
閑話休題。
ウルリーカ法皇と対立する勢力は……政教分離の観点から見て、ウルリーカ法皇が政治に関与し過ぎている。世界の理に反する……として糾弾しました。
それに対して、ウルリーカ法皇は、国民からの絶大な人気を背景にして、対抗しました。
ウルリーカ法皇は、対立勢力を……国家の発展を阻害する寄生虫だ……と断罪。
武力を用いて苛烈な弾圧を行いました。
長く閉塞した状況にあった【サントゥアリーオ】の国民の多くは……国が立ち行かないのは、腐敗した怠惰な役人や、私利私欲に走る政治家のせいに違いない……と考えていた為、ウルリーカ法皇の強権的な措置を、むしろ歓迎したそうです。
【リントヴルム】は、ウルリーカ法皇のやり方を……正しくない……と思いつつも、国民からの絶大な支持と、国家経済を回復させつつあったウルリーカ法皇の手腕を認めて、黙認。
こうしてウルリーカ法皇の対抗勢力は消えました。
この後10年ほどは、ウルリーカ法皇が率いる【サントゥアリーオ】は、劇的な経済発展をとげたのだ、とか。
しかし、ウルリーカ法皇の政治手法に限界が見え始めます。
市場統制経済や開発独裁は、国が貧しい時には、ある程度成功するモノなのですが、国を持続的に発展させられるような類の経済政策ではありません。
地球では20世紀で、その失敗が自明となった共産主義のようなモノですからね。
経済が失速し、国民の支持が離れる事を恐れたウルリーカ法皇は……愚かにも対外侵略戦争と覇権主義に活路を見出してしまったのです。
こうして、ウルリーカ法皇の率いる【サントゥアリーオ】は、ウエスト大陸の他の国々を巻き込んで、戦争への道に突き進んでしまいました。
国内が上手くいかなくなると国外に敵を作るのは、無能な為政者にとっては常套手段。
そうです。
私は、このウルリーカ・プルミエールは、無能だと思いますね。
少なくとも、有能でない事は疑いようはありません。
【サントゥアリーオ】は、まず東の隣国【ガレリア共和国】に攻め込んで占領します。
ウルリーカ法皇は、【ガレリア共和国】に【サントゥアリーオ】の傀儡政権を立て、事実上の属国としました。
【ガレリア共和国】は広大な穀倉地帯を有する農業国。
【サントゥアリーオ】は、手始めに食糧を確保した訳です。
その後、南の隣国【イスプリカ】に軍事・経済両方で圧力をかけ恭順させます。
【イスプリカ】はウエスト大陸最弱国。
主要な産業は、海洋交易と鉱山。
【サントゥアリーオ】としては、あまり欲しい国ではありませんでした。
【サントゥアリーオ】の戦略目標は、ウエスト大陸の工業先進国である【ブリリア王国】と、ノース大陸の【ニダヴェリール】との交易で潤う【ウトピーア】。
【イスプリカ】は、【サントゥアリーオ】が、対【ブリリア王国】、対【ウトピーア】を前にして後方の憂いを断つ目的で、ついでに属国にされてしまったのです。
酷い話ですね。
そして、【サントゥアリーオ】は、満を持して北の隣国【ウトピーア】に攻め込みます。
【ガレリア共和国】から収奪した潤沢な穀物と、【イスプリカ】から徴兵した兵士により、戦力を揃えた【サントゥアリーオ】軍は、100万を超えていました。
当時の国際的な基準から云っても、けして弱くはなかった【ウトピーア】でしたが、抵抗及ばず、完敗。
【サントゥアリーオ】は、【ウトピーア】も占領しました。
ここまで来て、とうとう【リントヴルム】は堪忍袋の緒が切れたのです。
【神位結界】の属性を変質させ、外から内に入る事が出来なくし、結果、【サントゥアリーオ】は滅びた、と。
なるほど、事のあらましはわかりました。
【リントヴルム】は、ウルリーカ法皇の覇権主義や対外侵略戦争を黙認していたのか?
いいえ、そんな事はありません。
【リントヴルム】が渋々許していたのは、独裁的な政治手法まで。
【リントヴルム】は当初から、対外侵略戦争には強硬に反対していました。
実際に、【ガレリア共和国】への侵攻作戦が始まる頃には、【リントヴルム】聖堂に仕える多くの聖職者達は、【リントヴルム】の神託を受けて、ウルリーカ法皇の意思に反する行動を起こしたそうです。
しかし、ウルリーカ法皇は、その反対派を徹底的に粛清・弾圧してしまいました。
【リントヴルム】は、ウルリーカ法皇を使徒から除籍します。
しかし、この段階では、ウルリーカ法皇は、独裁者としての自らの政治的地位を盤石なモノにしていました。
ウルリーカ法皇の侵略政策により儲けていた臣下や軍部や取り巻きが、ウルリーカ法皇の覇権主義を強力にサポートしており、良識ある反対派は、ことごとく粛清されてしまっていた後だったのです。
つまり、ウルリーカ法皇を支持する者達が、かつてはウルリーカ法皇自身が……国家の発展を阻害する寄生虫……と断罪した、守旧派の既得権者達に成り果ててしまっていた訳ですね。
皮肉なモノです。
ウルリーカ法皇の暴走は止まりません。
ウルリーカ法皇は、占領後の各国を植民地化し、過酷な重税を課して、従わない者は容赦なく重罰を科しました。
その国の住人を虐げたのです。
【リントヴルム】が対外侵略戦争に反対する理由は明らかでした。
【リントヴルム】はウエスト大陸の中央国家【サントゥアリーオ】の庇護者・国家元首であると同時に、ウエスト大陸全土の守護竜でもあるのです。
ウルリーカ法皇が攻撃し支配し収奪しているウエスト大陸の諸国の国民は、【リントヴルム】の民。
自分の民が殺されて虐げられるのを看過する守護竜はいません。
「【リントヴルム】、許して下さい。私の責任です。そういう世界の理に反する者を処断するのは、ゲームマスターの役割なのですから」
私は、【リントヴルム】に謝罪しました。
「ノヒトよ。其方は、900年間も、地球から、こちらに来る事が出来なかったのじゃ。それは、ノヒトのせいではない。誰のせいでもないのじゃ」
ソフィアが言います。
「そうです。ノヒトは、自分の意思ではなく、こちらに来れなくなっていたのですから」
ファヴも私をフォローしてくれました。
「ノヒト。あなたがいれば、ウルリーカを止めてくれましたか?」
【リントヴルム】は、ジッと、私の眼を見て訊ねます。
「はい。ゲームマスターの業務として、世界の理に反する者に対しては、必要な措置を取ります」
必要な措置とは、つまり……その必要があれば、ウルリーカ法皇の滅殺も辞さない……という事。
「ウルリーカは、初めて聖堂にやって来た幼い頃から、正義感と使命感が人一倍強い娘でした。妾は、そんなウルリーカが大好きで、期待して目を掛けました。でも、ウルリーカは道を誤った。妾がウルリーカ止めなければいけなかったのです。元を辿れば、世界の理に反して、宗教指導者でありながら、政を執り始めた時に、妾が追認してしまったのが、いけなかった」
「うむ、そうじゃな。結果的に国を富ませたとしても、どんな方法を使っても良い訳ではない。目的は手段を正当化せぬのじゃ」
「はい。小さな過ちの内に、それを正さなければいけなかったのです。妾が、ウルリーカの過ちを見逃していたから、あの大好きなウルリーカは、狂ってしまった。だから……」
【リントヴルム】は地面に伏して慟哭しました。
【リントヴルム】が一頻り泣いた後、私は、【リントヴルム】に語りかけます。
「【リントヴルム】。人種は愚かですが、同時に素晴らしくもある。もう一度、やり直しましょう。今度は、あなた1人ではありません。ソフィアやファヴや……私もいます。私に手を貸してくれませんか?」
私は、【リントヴルム】に手を差し出しました。
【リントヴルム】は頬を膨らませて、ふう〜、っと息を吐いた後、パンッ、と自分の顔を叩いてから、私の手を、ギュッ、と握って立ち上がります。
「【調停者】のノヒト。妾の事は、リントと呼んで下さい」
【リントヴルム】は憑き物が落ちたような顔で言いました。
「わかりました、リント」
「リントよ。我は、ノヒトから名をもらったのじゃ。ソフィアという。意味は、叡智、じゃ」
「至高の叡智を持つ、お姉様にピッタリの名前ですわね。ソフィアお姉様と、お呼びしますわ」
「うむ。そう呼ぶが良い」
「さてと、リント。取り返しのつかない過去を悔やむより、今後の話をしましょう」
「そうですわね。妾のした事は、妾が始末をつけなければ……」
「リントお姉様、僕も、お手伝いします」
「ファヴ。ありがとう」
グゥ〜……。
ソフィアの、お腹の虫が鳴きました。
「その前に、夕ご飯にして欲しいのじゃ」
ソフィアが、お腹をさすりながら言います。
もう、辺りは陽が低く傾いて、西の空が真っ赤に色付いていました。
「そうですね。とりあえずオラクルとヴィクトーリアを迎えに行ってから、夕食にしましょう」
「のじゃな」
ふと気が付くと、【マップ】表示のリントを示す光点反応は、深い青色になっていました。
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