第240話。サントゥアリーオの西の都市エリュテイア。
名前…アレッシオ
種族…【人】
性別…男性
年齢…41
職種…【双剣士】
魔法…【闘気】
特性…【規律】
レベル…35
世界冒険者ギルド【ラウレンティア】支部ギルド・マスター。
【サントゥアリーオ】の西の都市【エリュテイア】。
都市城門は、魔法的に施錠され開きません。
また、都市城壁の上には半球状の【結界】が張ってありました。
この【結界】は、人種が張った大儀式魔法による【超位結界】。
【リントヴルム】が張った【神位結界】ではありません。
私達なら、こじ開けることなど造作もありませんでしたが、簡単に中に入る方法があるので、破壊はする必要はありませんね。
私は、都市城門を【神位】の【解錠】で開きました。
さあ、入街しましょう。
・・・
私達は、かつて都市だった場所に立っていました。
空っぽの都市の容れ物です。
人種は誰もおらず、文明の痕跡を遺すのみです。
生活感はなく、だからと言って、野生の営みを感じさせる訳でもない、不自然で不気味な場所。
それが、かつて【エリュテイア】と呼ばれていた場所に立った印象です。
【エリュテイア】の様子は、サウス大陸の奪還作戦で、たくさん見た、廃墟の都市のそれとは全く違いました。
表現は難しいのですが、サウス大陸の各都市で感じたような危険で無軌道で猛々しいまでの破壊と死の匂いがしないのです。
言葉を変えるならば、【エリュテイア】では、緩慢な滅び、が、空間全てを支配していました。
【エリュテイア】には、魔物がいません。
【地上界】の各大陸の中央国家は、守護竜の【神位結界】の効果で、魔物はスポーン不可能です。
また、【リントヴルム】の【神位結界】は、どうやら動物と魔物を進入させない性質であるらしく、【結界】の外部から、越境して来る魔物もいません。
サウス大陸の廃墟都市のように、道路上に大破した【駆動車】がある訳でもなく、商店や家々が荒らされている訳でもありませんでした。
踏み抜かれたバリケードの残骸や、都市内で魔物と戦った形跡もなし。
街並みは整然としていて、建物は、どれもシャッターや戸締りや密閉や封印がされています。
秩序……いや、死の静寂……と言うべきかもしれません。
これらからわかる事は、【エリュテイア】を去った人達は、魔物に追い立てられて逃げ惑った訳でも、着の身着のままで慌てて家を出て行かざるを得なかった訳でもない、という事。
つまり、事前の計画に基づき、時間と労力と予算をかけて、段階的に、かつ、入念に準備をして組織的に都市を去って行ったのです。
行政の指導に従い都市住民は助け合いながら整然と退去したのでしょう。
そもそもの始まりは、【サントゥアリーオ】が【ウトピーア】(現在の【ウトピーア法皇国】)に戦争を仕掛けた事に端を発します。
戦争のきっかけは、酷くありふれていて、実にくだらない事。
900年前のユーザー大消失以後、文明が衰退し、国家が疲弊した閉塞状況を打開する為に、強国【サントゥアリーオ】は、ノース大陸の【ニダヴェリール】との交易で比較的豊かだった隣国【ウトピーア】を攻撃し占領しようとしたのです。
戦争は、【サントゥアリーオ】の圧倒的な勝利。
しかし、その侵略戦争を【サントゥアリーオ】の庇護者でありウエスト大陸の守護竜であった【リントヴルム】は是認しませんでした。
【リントヴルム】は、【ウトピーア】に攻め込んだ100万人とも云われる【サントゥアリーオ】軍兵士の、祖国への帰還を拒んだのです。
それが【都市結界】による締め出しでした。
穏当で、血は流れませんが、非情で冷徹。
【リントヴルム】は、こう宣言したに等しいのです。
お前達は、庇護すべき者達ではない。
お前達には、恩恵を与えない。
二度と【サントゥアリーオ】に足を踏み入れるな。
実際に、当時の【サントゥアリーオ】の聖職者達には、そのような神託がもたらされたという記録が残っていました。
つまり【サントゥアリーオ】の国民は、自分が信仰する神から、直接、破門と国外退去を突き付けられたのです。
これは、信仰者にとっては、死刑判決にも等しいでしょう。
私は、地球文明に神が実在するのかは知りません。
実物を見た事はありませんし、その存在を感じた事も、それを示唆する根拠も見た事はないのです。
物理学的には、人格神はいる、とも、人格神はいない、とも証明不可能なのだ、とか。
なので……神の存在を信じるか……と問われれば、一応私は……わからない……と答えますが、実質的には……ほとんど100%に近く信じていない……という、人格神に対して懐疑的な立場でした。
現代地球では、誰も実体のある神の存在を見て、神の肉声を聞いて、神の口から直接語られる言葉を知る事は出来ません。
そう伝えられている……という又聞きの伝聞の複写が記された書物とされているモノが、幾つかあるだけです。
私が知らないだけで、中には、人格神に会っている人もいるのかもしれませんが、少なくとも私は……人格神の知り合いだ……という人物には1人も会ったり存在を確認した事はありませんでした。
いや、テレビで観た、心の病を患った方のインタビューでは、聞いた事がありますね。
しかし、この世界では違います。
この異世界の現世神である守護竜は実体を持って顕現する事が出来ますし、声や言葉が聞けました。
今、私の前を歩いている、幼い子供の姿をした2人がそうです。
【神竜】と【ファヴニール】。
守護竜は、本物の神様なのです。
そして、設定上は、ゲームマスターである私も、神、の範疇に入っていました。
閑話休題。
間違いなく存在し、また、自分達が無条件で信仰する、神、である守護竜【リントヴルム】から、破門と追放を命じられた、旧【サントゥアリーオ】の国民達の絶望感は想像を絶するモノだったでしょう。
「この街は、空虚じゃな。まるで、ビオトープのようじゃ」
ソフィアが、私が感じていた違和感を的確に比喩で表現しました。
ビオトープ。
そうです、ここは、文明も野生もない……ひたすらに虚しい生息空間。
それが、この気味悪さと居心地の悪さの正体なのでしょうね。
【リントヴルム】が【サントゥアリーオ】の住人達の庇護を停止した後、【サントゥアリーオ】に張られていた【リントヴルム】の【神位結界】は、外に出る事は可能でも、中に入る事が不可能になってしまいました。
こうして、国外に出ていた【サントゥアリーオ】の兵士や国民は、二度と祖国に戻れなくなったのです。
その事が明らかになった時点で、【サントゥアリーオ】の【都市結界】の中に暮らしていた住民達は、選択を迫られました。
外部からの一切の働きかけが不可能で往来が途絶した【サントゥアリーオ】に残り国家を維持するのか……あるいは、永久に帰れなくなるかもしれないけれど、全ての住民で【サントゥアリーオ】を去るのか……。
【サントゥアリーオ】では、その是非を問う国民投票が行われました。
結果。
【サントゥアリーオ】の全国民は、祖国【サントゥアリーオ】で静かに死ぬ事を選んだ一部の老人達などを残して、【サントゥアリーオ】を去る事を選びました。
こうして現在、人種が1人もいない【サントゥアリーオ】が、在る訳です。
「誰もおらぬ……」
ソフィアが分かりきった事を言いました。
「動物しかいませんね」
ファヴが言います。
そうです。
【エリュテイア】の都市内には、飼われていた家畜が野生化したのでしょうか……牛、豚、馬、犬、猫などが群れている様子が窺えました。
スズメやカラスや鳩やネズミの姿も多く見かけます。
まるで、広大な動物園の檻の中。
そこには生存競争や弱肉強食や生命の躍動のような荒々しさは感じられず、一見、牧歌的で平和な世界でしたが……不自然な停滞が存在しているだけです。
ディストピア。
そんな表現が頭をよぎりました。
「何とも言えぬ不気味さがあるのじゃ」
ソフィアが言います。
「この都市は、死んでしまっていますね」
ファヴが、結論を言いました。
完全に同意します。
【エリュテイア】は、サウス大陸の都市で見たような破壊・蹂躙されてこそいませんでしたが、間違いなく死んでいました。
「ノヒトよ。もう、行こう。これ以上は見るべき事はないようじゃ」
ソフィアが言います。
私達は、【エリュテイア】の中央聖堂に転移座標を設置して、入街した都市西城門から出て、再び城門に【施錠】した上で、死んだ都市を後にしました。
・・・
【神竜】形態に現身したソフィアは、超音速で、聖都【サントゥアリーオ】を目指し東進しています。
地上は、鬱蒼とした森が続いていました。
森フィールドはもちろん、設定上、植生変化が起こり得る平地フィールドや盆地フィールドも、樹木に覆われています。
【エリュテイア】を出発した後の都市外の風景には、野生動物の姿も見えるので、随分と印象が変わります。
草食の動物が草を食み、肉食の動物がそれを狩り……という食物連鎖の野生の営みが散見されました。
何だか、安心します。
弱肉強食の生存競争。
非情で荒々しいですが、これが自然の摂理。
死の匂いと共に、生命の躍動を感じさせます。
【エリュテイア】の都市内が、あのような死んだ都市だった理由は、【エリュテイア】の【都市結界】が発動したままだったからです。
【エリュテイア】の【都市結界】は【超位】のモノ。
つまり、【リントヴルム】が張っている【神位結界】ではありません。
【エリュテイア】の【都市結界】は人種によって張られた【大儀式魔法】でした。
おそらく、【エリュテイア】の……いや、【サントゥアリーオ】の政府は、いつか再び各都市に戻れる事を期待して、都市内の荒廃を防ぐ目的で、都市城門を固く閉じて、都市に強力な【結界】を張ってから、退去したのでしょう。
900年前の【サントゥアリーオ】は、大国であり、魔法技術も進歩した国でした。
残った国力を絞り出して投入すれば、強力な【都市結界】を半永久的に発動する事も可能だったのでしょう。
国民全体が国を捨てる時に、もう最後だからと、ありとあらゆる魔法的資源を消費して、国内5つの主要都市に【結界】を張ったのだと想像出来ます。
しかし、そのせいで、文明でも野生でもない奇妙な閉鎖空間が作り出されてしまったという事なのでしょうね。
それに比較して、都市の外の様子は、大自然そのもの。
動植物の楽園。
生物の別天地のようです。
そこに人種は1人もいませんが……。
人種が全くいなくなると、大陸の中央国家であっても、これほどの雄大な自然の景色に変わるモノなのですね。
私は、何となく戦争を起こす野蛮で愚かな人種を追放してしまった【リントヴルム】の気持ちがわかったような気がしました。
それを正しいとは思いませんが、気持ちはわかるのです。
「うーん。この豊かな大自然を見ると、少しだけですが【サントゥアリーオ】は、このままでも良いような気がして来ましたよ」
私は、誰に聞かせるでもなく言いました。
「ノヒトよ。それは一面的な理想に過ぎぬのだ」
ソフィアが私の呟きに反駁して言います。
「わかっています。私はゲームマスターですから、【創造主】が……そう在るように……としてデザインした世界観を守るのが仕事……。なので、【リントヴルム】には必ず原状回復をさせます。ですが、この豊かな自然は人種がいないからこそ保全されていると考えると、複雑な気持ちにもなるのですよね。何となく、この自然を守ってみても良いかな……なんていう気持ちになっただけです。心配しなくてもキチンと仕事はしますよ」
「うむ。わかっておれば良いのだ。確かに、一見、この地は豊かな自然が満ちて調和しておるように見える。だが、その自然の中には、人種がおらぬのだ。とかく、人種は、観念的に、自然と自分達の存在を対比しがちだが、それは誤りだ。人種は……いや、我ら【神格者】も含め、森羅万象全ては、自然の一部に過ぎぬのだ。人種を排除した調和など、歪な欺瞞に過ぎぬ。その点で、【リントヴルム】の阿呆は間違えておるのだ」
ソフィアは、言いました。
「へえ〜……」
私は、率直にソフィアに対して感心します。
ソフィアは、普段、チンチクリンの幼女の姿で、ワガママを言ったり、欲望に忠実な行動を見せますが、やはり、神。
私は、人種や世界について、ソフィアが言うような哲学的なコトを考えた事はありません。
忘れがちになりますが、ソフィアの本質は現世最高神。
間違いなく至高の存在なのでした。
現世とは、この世界の事。
つまり、【創造主】やゲームマスターは、現世神ではありません。
地球から出張して来る、外部神なのです。
ソフィアは、ゲームの設定上、確かに規定された、偉大な存在。
また、【神竜】形態に現身したソフィアの重低音の声や、淀みない滑舌や、朗々とした発声が、余計に、その威厳を感じさせますね。
普段の舌足らずな、のじゃ言葉ではない、という事も大きいのでしょう。
私は、どちらかと言うなら、チンチクリンの幼稚園児みたいなソフィアの外見の方が親しみやすいと思いますが……。
「ノヒト。へえ〜……とは何だ。我が真面目に話しておるというのに」
ソフィアが抗議しました。
「ごめんよ。ソフィアは、何だかんだ言っても、神様なんだなぁ、って、見直していたんだよ」
「何だかんだ……とは何だ。我が、どうだと言うのだ?失礼な。それに、見直した、というのも聞き捨てならんぞ。その言葉は、ノヒトが我を見損なっておったという事なのだからな」
ソフィアは、凄い剣幕で怒り始めます。
「違うよ。ソフィアは、神の平均点くらいの評価だったけれど、それは私の間違いで、やっぱり現世最高神に相応しい至高の叡智を持っているんだな〜、と思い直した、という意味だよ。ソフィアは、偉い。立派だ。ソフィアに庇護されているセントラル大陸の人達は、幸せだよね。ねっ、ファヴもそう思うでしょう?」
私は、ヘソを曲げたソフィアをフォローしました。
「そうです。ソフィアお姉様は、他に比較出来ないほどに素晴らしい方です」
ファヴが言います。
「うむ。わかっておるのならば良いのだ」
ソフィアは、言いました。
ソフィアの脳に共存する知性体のフロネシスを通じて、ソフィアが……まんざらでもない……と感じているのがわかります。
ふっ、チョロい。
私達は、超音速で、聖都【サントゥアリーオ】を目指し飛行していました。
もう間もなく【リントヴルム】がいる【サントゥアリーオ】に到着するはずです。
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