第24話。マリオネッタ工房。
「主要ギルド」
銀行ギルド
冒険者ギルド
商業ギルド
魔法ギルド
航路ギルド
……などなど。
「その他のギルド」
天文・地理ギルド
鍛治・鉱業ギルド
傭兵ギルド
……などなど。
異世界転移6日目。
今日の予定は、まず【ダビンチ・メッカニカ】に向かい、それから【魔法ギルド】に向かいます。
午後のソフィアは、いつも通り謁見の予定がありました。
私は午後から竜騎士団相手の講義があります。
私とソフィアは、50mの【アイアン・ゴーレム】の見積を聞いて建造契約を結ぶ為に【ダビンチ・メッカニカ】に向かいました。
【ダビンチ・メッカニカ】本社に着くと、応接室に通されます。
前回応対してくれた営業部門の重役が私達を迎えてくれました。
「こちらが見積です」
重役が見積書を提示します。
ん?
30万金貨?
この前は50万金貨でした。
いきなり4割もディスカウントですか?
「概算の見積より、ずいぶん安くなっているようですが?」
「はい。実は、この設計図を技術開発部門に持ち込みましたら、若い技術者達が大変に興味を持ちまして……是非やりたい……と。技術部門の取締役も……若手に経験を積ませるには、これ以上ない依頼だ……と申しまして。我が社としても……技術蓄積の観点から得るものが多い……と判断致しました。ですので、今回は商売度外視でやらせて頂く事に致しました」
重役が言いました。
それは助かります。
概算の見積では、私の現預金残高が0になる筈だったので……。
さすがにソフィアの遊び道具の建造に預金全額を注ぎ込むのは、幾ら何でも散財のし過ぎかとも思っていたところなのです。
まあ、【アイアン・ゴーレム】をあげる事は、ソフィアに約束した事なので……やっぱり無理……などと言うつもりはありませんでしたが……。
それにしても、900年前の感覚なら、まだ高いような気がしますね……。
私の金銭感覚では100倍はボラれている気がします。
この時代の魔法工学や産業技術が900年前より衰退していて、見積金額が妥当な相場だという事は理解していますが……。
まあ、こればかりは致し方ありません。
そうだ!
閃きました。
私が起業する会社は【魔法装置】の開発製造業としましょう。
起業する会社は何となく……商社などをしようかなぁ……という程度の漠然とした計画しかありませんでした。
しかし【魔法装置】なら商機があります。
ゲームマスターの私が、あらゆる魔法知識を無制限に公開・流布する事は、おそらく……ゲームマスターの遵守条項……に抵触しますが、基本的に魔法工学は900年前のユーザー達も普通に使っていた既存技術。
これを広めたとしてもゲームマスターの遵守条項には違反しません。
ちょうど良いですね。
軍事技術は気持ち的に忌避感がありますので、民生技術……900年前にはありふれていた【自動人形】などは、うってつけでしょう。
私の【収納】に保管されている例の【神の遺物】の【自動人形】のような知性と自我のあるレベルの物は私でも技術的に造れませんが、人種との対話によってコマンドを遂行するタイプのメイド型などなら造れます。
良し。
【自動人形】製造業をやりましょう。
社名は……【マリオネッタ工房】……などどうでしょうか?
悪くないですね。
全ての部材は街の工房でも修理やメンテナンスが出来る物だけで造りましょう。
骨格は魔鉱……いや、より安価で軽量なアルミ合金などで良いですね。
【神の遺物】の【自動人形】のように魔法を使わせる訳ではないのですから、魔力親和性が高い材質である必要はありません。
人工関節はコスト的に難しいですから球体関節でしょうね。
関節部は磨耗が激しいのでチタン製……あ、いやステンレス製で良いか……。
まずは限界まで安く製造する事を考えましょう。
外皮もコスト的に人工皮革で、と。
外見も生きているように見せる必要もないですから、つるっとしたマネキンみたいな感じで……。
人種と触れ合って働かせる事を企図しているので、接触の際にトルク調整を誤って事故などが起こらないように、各種センサーは、ある程度の性能が欲しいところです。
う〜む……。
私が自ら【魔法公式】を組めば幾らでも高性能を追求出来ますが、いずれは製造ラインによる大量生産を行いたいですね。
製造ラインを無人で制御する制御【プロトコル】を造りますか……技術漏洩が怖いですが盗まれたら内部の【魔法公式】が自壊するようにしておけば問題ありません。
価格設定が難しいですね。
まずは何体か製造してみて、オークションにでも出品して売れた値段を参考にしましょう。
さあ、これから稼ぎますよ〜。
私は、こちらの世界の法律や公序良俗や倫理、それから【世界の理】やゲームマスターの遵守条項に反しない限り……やりたいと思い立った事は何でもやってしまえ……と決めました。
はい、もう私は決めたのです。
「……ノヒト様?」
おっと、失礼しました……。
商談の途中でしたね。
「こちらの価格で結構です。宜しくお願いします」
私は、その場で契約を結びました。
これで半年後には【アイアン・ゴーレム】の骨格と構造体は出来上がります。
後は【メイン・コア】。
【ダンジョン・コア】を入手して、私が基幹部を造ります。
良し。
ダンジョン攻略に向けて準備を本格化させましょう。
私とソフィアは【ダビンチ・メッカニカ】を後にして建物の影から【転移】しました。
目的地は【銀行ギルド】です。
私は【転移座標】を置いている【銀行ギルド】の部屋で、【ゲームマスターのローブ】に着替えました。
しばらくすると部屋の扉がノックされます。
「おはようございます。ソフィア様、ノヒト様」
ビルテさんが扉を開けて言いました。
「おはようございます」
「おはようなのじゃ」
私とソフィアは、ビルテさんと挨拶を交わします。
「ビルテさん。融資の件ですが、当面必要なくなりました。実は20万金貨ほど資金に余裕が出来ましたので、それを充当します。事業を拡大する必要が発生したら、また融資をお願いに伺うかもしれませんが……」
「そうですか。わかりました。ご融資が必要になりましたら、お声を掛けて下さいませ」
「はい。その時はお願いします」
「宜しくなのじゃ」
私とソフィアは、ビルテさんと別れ、【銀行ギルド】のエントランスから【竜都】のメイン・ストリートに出ました。
通りを歩き、【銀行ギルド】から程近い場所にある【魔法ギルド】に入ります。
・・・
【世界魔法ギルド】・【竜都】支部。
国家機関で先進的な魔法研究を独自に行なっている【ドラゴニーア】では、あまり大きな影響力はありませんが、諸外国では隠然たる影響力を持つ魔法工学や魔法知識に関わる魔法の殿堂。
民間組織では【銀行ギルド】や【冒険者ギルド】と並んで、既に私が【調停者】としての正体を明かしている組織でもあります。
私にとってゲームマスターの業務による査察が最も必要な場所は【魔法ギルド】だと考えたからでした。
正直、警戒しています。
「【調停者】権限により査察を行います。ギルド・マスターはいますか?」
「少々お待ち下さい。ただいま呼んで参ります」
【魔法ギルド】の職員は慌てて言いました。
「資料室は地下でしたね。勝手に入らせてもらいます」
私はズカズカと奥に歩いて行きます。
私は各所の厳重な施錠を【解錠】で開けて、どんどん奥に進みました。
私は【魔法ギルド】が人種文明に害意を抱いているなどとは露ほども思っていません。
しかし【魔法ギルド】の研究は秘匿事項が多く外部の目が届き難いのです。
各ギルドは国家権力から独立しており、明確な犯罪の証拠でもなければ司法機関が調べる事も出来ません。
しかしゲームマスターである私は世界中の何処へなりとも、誰の許可を受けなくとも立ち入る事が可能でした。
査察はゲームマスターの重要な業務の一部なのです。
私は、【魔法ギルド】が意図しない形で何らかの大事故が発生する可能性を危惧していました。
【儀式魔法】などは危険な物が多いのです。
特に私やユーザーに比べて魔法への理解が稚拙なNPC達のやる事ですから、私は場合によっては【調停者】の権限を行使して実験や研究の即時中止を命令する必要もあり得ると考えていました。
今回の訪問は明確に【調停者】の業務として行う正式な抜き打ち査察なのです。
・・・
「【儀式魔法】と【呪詛魔法】……それから火薬・爆発物関係の研究資料を出して下さい」
私は事務的な口調で告げました。
こちらの世界では化学は錬金術……即ち魔法の範疇に入る学問分野とされています。
つまり火薬は【魔法ギルド】の所管。
900年前の時点で火薬は普通に存在していました。
銃器や大砲なども存在しています。
ゲームの生産系フォーマットでは核爆弾も技術的に製造可能でしたが、【魔法ギルド】によって製造禁止兵器に指定されていました。
運営側が原子力技術の兵器転用を、一部の例外を除いて禁止していたのです。
違反者は永久BAN。
つまり、ユーザーであればアカウント停止、NPCであれば死刑相当の重罪となります。
そのルールが、この時代でも有効である筈でした。
私達運営が【世界の理】を変更していない以上、900年前の禁止事項は現代にも踏襲されているでしょうし、そうでなければ問題です。
ゲームマスターが存在しなかった期間は各大陸の【領域守護者】が非魔法の大量殺傷兵器の拡散を抑止していました。
【神竜】も、その役目を果たしていたのです。
「【世界魔法ギルド】の【竜都ドラゴニーア】支部ギルド・マスター……オリヴィエーロでございます」
老齢の【人】であるオリヴィエーロさんが現れて恭しく挨拶をします。
「【調停者】のノヒト・ナカです。査察です。お忙しいでしょうが、ご協力下さい。すぐに済みますので」
「全面的に協力いたします。存分にお調べ下さい」
「ご協力感謝します」
・・・
査察の結果は……異常なし。
【魔法ギルド】は職責を忠実に果たし、また魔法技術の研究もギルドの管理能力を超えて危険なモノはない様子。
火薬に関しても鉱山の発破作業などで用いる工業火薬以外の銃器・大砲・爆薬などの兵器類は、各国が厳重に管理しているようです。
【魔法ギルド】に加盟していない在野の【魔法使い】や【錬金術師】が個人で人知れず危険な研究をしている可能性はあり得ますが、そちらの危険性は心配し始めたらキリがありません。
「問題ありませんね。合格です」
まずは、一安心。
「ありがとうございます。今後も【魔法ギルド】の務めを果たして参ります」
「宜しくお願いします。ところで【魔法ギルド】の本部は【スヴェティア】でしたね?」
「はい。【スヴェティア】の首都【エピカント】にございます」
【スヴェティア】はセントラル大陸北方にあり、【ドラゴニーア】北部と国境を接しています。
その首都【エピカント】は別名魔法都市。
魔法都市【エピカント】には魔法に関わる研究機関が林立し、【スヴェティア】政府は国策として世界中から優秀な【魔法使い】を集め日夜魔法研究に勤しんでいました。
私は【遺跡】攻略の為に【ユグドラシル連邦】に向かう道すがら、【エピカント】も訪ねてみるつもりです。
私はオリヴィエーロさんと色々な情報交換を行いました。
現代において、【調停者】である私と【魔法ギルド】とで双方の職責に関わる共通の懸案事項が一つありました。
「【ウトピーア】の動向ですか?」
「はい。現在は【ウトピーア法皇国】という国号に改めています。【ウトピーア法皇国】に関しては【魔法ギルド】として頭を痛めています」
オリヴィエーロさんは難しい表情をします。
【ウトピーア法皇国】はウエスト大陸の北に位置する国。
900年前は単に【ウトピーア】という国でした。
この国が……困ったちゃん……なのです。
【ウトピーア法皇国】は唯一神信仰と【人】至上主義なる宗教的価値観を標榜していました。
どちらも私達ゲーム制作サイドが設定した世界観に反する概念です。
この世界は間違いなく多神が存在しました。
なのに、一神信仰とは、これ如何に?
【ウトピーア法皇国】は……【神格者】などは存在せず、全知全能の唯一神のみが在るのだ……という宗教思想を持っていました。
もちろん全知全能神などは、ゲーム設定上存在しません。
実在する多神の中の主神にして最高神に位置付けられている【創造主】なら外部端末を操作すれば、この世界内の森羅万象について大概の事は出来ますが、もちろん全知でも全能でもありません。
【ウトピーア法皇国】が国教とする唯一神信仰は、単なるカルト。
身も蓋もなく言えば、唯一神信仰教団は詐欺集団です。
この世界では信仰の自由や思想信条の自由が認められていますので、【ウトピーア法皇国】の住人……つまりNPC達が自由意思によって選んだモノならば、周りに迷惑を掛けない限り、国体や政治体制や宗教に関しては、ゲームマスターの私は口を出しません。
しかし、【人】至上主義はダメ。
種族差別は【世界の理】に違反します。
他種族を差別するような誤った教義を持つ宗教を、ゲームマスターである私は是認しません。
更に【ウトピーア法皇国】は【魔法ギルド】を国外に追放していました。
【魔法ギルド】は魔法に関わる技術の管理を行う国際組織。
もしも国家や企業が禁止されている魔法技術を研究・開発するなら、その是正を勧告するのが【魔法ギルド】の役割です。
その【魔法ギルド】を追い出したという事は、つまり【ウトピーア法皇国】は何らかの悪さをしていると見て間違いありません。
【ウトピーア法皇国】は軍事拡張を推進する覇権主義の独裁国家だという情報なので、核爆弾などの大量殺傷兵器の類を開発している可能性もあります。
こういう場合、各大陸を管轄する【領域守護者】で【神格者】の守護竜が……やめろ……と一喝すれば、大抵は国は大人しく従う筈でした。
もしも従わないのなら、強大な暴力装置である守護竜による実力行使もあり得ます。
更には、この世界の全ての【マップ】に権限が及ぶゲームマスターの私もいますしね。
しかし、【ウトピーア法皇国】は唯一神信仰。
つまり、唯一神信仰というカルトを信仰している【ウトピーア法皇国】の民にとって、守護竜やゲームマスターは神ではありません。
【ドラゴニーア】のように、【神竜】の【恩寵】によって国の繁栄が維持されている国家の場合……言う事を聞かないなら、【恩寵】を止めるぞ……という守護竜からの脅しが覿面に効きます。
しかし、守護竜の【恩寵】は、基本的に大陸中央国家周辺だけに及ぶ【結界】が主たるモノでした。
守護竜の【結界】は、大陸全土をカバーしている訳ではありません。
【結界】のギミックの他にも守護竜の【恩寵】は沢山あるのですが、それらは【結界】に比べて人種が実感を得られ難いモノでした。
つまり、元より【恩寵】の恩恵を実感していない【ウトピーア法皇国】にとっては、守護竜など無視しても差し支えないと考えているのでしょう。
そういう時に、本来は守護竜が直接庇護する中央国家(セントラル大陸の場合は【ドラゴニーア】)が、守護竜から神託を受けて、同大陸にある従わない国を軍隊を用いて攻める事もあり得るのですが……。
ウエスト大陸の【領域守護者】で守護竜の【リントヴルム】は何をしているのですか?
私は【念話】で、ソフィアに訊ねました。
あやつは我と違って頭の働きが鈍い故、人種から無視されてしまうのじゃ……我ら守護竜の面汚しなのじゃ。
ソフィアが【念話】で答えます。
【リントヴルム】は【神格】を持つ守護竜。
ウエスト大陸の主祭神でした。
【リントヴルム】も【神格】を持つ竜ですが、【神竜】ではありません。
この世界の設定では、【神竜】以外の守護竜達の事を【神竜】とは呼称しないのです。
【神竜】は、守護竜の中の守護竜。
つまり、現世神の中では最高の【神格】を持つ至高の守護竜でした。
ソフィア以外の守護竜達は、設定上【神竜】のソフィアよりも一段格下なのです。
因みに、【創造主】や【調停者】は……地球の神……という扱いなので現世神ではありません。
【リントヴルム】が守護するウエスト大陸では、唯一神信仰の【ウトピーア法皇国】の他にも、【妖精】信仰の【ブリリア王国】、【精霊】信仰の【ガレリア共和国】など独自の宗教観を持つ国ばかりです。
つまり守護竜【リントヴルム】の影響力が希薄だという事でした。
何か理由があるのでしょうか?
この件に関してはソフィアもアルフォンシーナさんも、何だか口が重いのです。
皆【リントヴルム】が庇護するウエスト大陸の中央国家【サントゥアリーオ】の話を避けているように感じました。
【サントゥアリーオ】は【リントヴルム】が直接庇護するウエスト大陸中央国家で、セントラル大陸で言えば【ドラゴニーア】に当たるウエスト大陸全土に影響力を持つ国です。
【ウトピーア法皇国】が勝手な事をしているにも関わらず、【サントゥアリーオ】がそれを放置している現状が私には理解出来ません。
ともあれ、今は【ウトピーア法皇国】の話ですね。
【ウトピーア法皇国】が【魔法ギルド】を追放したのが、約50年前の事。
現在までのところ、大量破壊兵器の製造には着手していない事が【ウトピーア法皇国】に潜入している【ドラゴニーア】のスパイによってわかっているそうです。
しかし、【魔法ギルド】を追放しているという怪し過ぎる状況証拠があるので、研究はしていると疑っておくべきでしょうね。
私は近い内に【ウトピーア法皇国】に飛んで調査し、もしも大量破壊兵器の開発が行われていた場合……警告を発した上で【神の怒り】で兵器工場や研究機関を破壊し尽くすつもりです。
その場合【ウトピーア法皇国】の民が巻き込まれる可能性がありますが、これは【調停者】の任務ですし、そもそも、そういう政府を選んだ民にも責任の一端はあるのでしょう……。
気の毒ですが止むを得ません。
私はオリヴィエーロさんに査察への協力を再度感謝して、ソフィアと共に【魔法ギルド】を後にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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