第237話。格の違い。
名前…ヴィルジニア
種族…【人】
性別…女性
年齢…45歳
職種…【事務員】
魔法…なし
特性…【業務処理】
レベル…12
世界冒険者ギルド【ドラゴニーア】支部・副ギルド・マスター。
正午。
【ワールド・コア】ルーム。
30人の【天使】達との会議は終了しました。
その時、【マップ】に青色の光点反応が出現。
【ワールド・コア】ルームのエントランスに、レジョーネとファミリアーレが【転移】して来たのです。
ソフィアを先頭にレジョーネとファミリアーレがエントランスから歩いて来ました。
レジョーネとファミリアーレは、30人の【天使】と対峙します。
30人の【天使】は……誰だろう……という表情。
ソフィアとファヴの事を知るガブリエルが周囲の【天使】達に、小声でソフィアとファヴの事を教えています。
「ノヒトぉ〜。子供らは元気にしておったのじゃ」
ソフィアは、【天使】の集団に一瞥もくれずに、私の元にトコトコと歩いて来ました。
今日の午前中、ソフィア、ウルスラ、オラクル、ヴィクトーリアは、【ドラゴニーア】の神竜神殿が運営する孤児院に出掛け、子供達と触れ合っていたのです。
子供好きのソフィアの為に、私が孤児院訪問のスケジュールを無理やり、ねじ込みました。
「高地争奪戦、チョー面白かったね〜」
ウルスラが、ピューーン、と飛びながら言います。
「うむ。子供らは、しばらく会わぬ内に、相当、戦術を磨いておったのじゃ」
高地争奪戦とは、体操用のマットを、うず高く積み上げたモノを高地の拠点に見立て、2チームに分かれて奪い合うという遊び。
先にマットの山頂に旗を立てた側が守備勢となり攻撃勢から山頂を守り、制限時間終了時点で旗を山頂に立てていた側の勝ち、というシンプルなルール。
孤児院の幼い子供達を率いてやる遊びとしては、かなり過激です。
子供って危ない遊びが好きですからね。
ソフィアとウルスラがいれば、強力な【防御】で怪我をする心配は皆無ですし、万が一怪我をしても、すぐに【治癒】で治療出来ます。
ただし、この遊びが子供達の間で流行って、孤児院の養護担当の【修道女】の皆さんは、困ってしまっていました。
孤児院では、この高地争奪戦ゴッコが、毎日行われているようです。
ソフィア達がいなければ、当然、怪我を防ぐ為に、【防御】を張る役目は【修道女】の皆さんがやらなければいけません。
毎日、高地争奪戦ゴッコが何度も何度も行われる為に、【防御】や【治癒】をする【修道女】の皆さんの魔力消費量が洒落にならないレベルなのだ……と、私は、神官長のエズメラルダさんから相談を受けたのです。
なので、私は【ドラゴニーア】の神殿孤児院に【自動人形】・シグニチャー・エディションを3体寄贈しました。
ついでに、セントラル大陸中の神竜神殿管轄の孤児院にも【自動人形】・シグニチャー・エディションを寄贈しています。
一箇所だけでは、不公平になってしまいますからね。
ソフィアは居並ぶ30人の【天使】には無反応……いわゆる、眼中なし、の状態。
ファヴやトリニティは少し30人を意識していました。
ファミリアーレは、【シエーロ】に来るのさえ初めてなので、【天使】を見て口を開けて見ています。
「【天使】だ……本物を初めて見た……」
ハリエットが呟いていました。
「翼が光っている……」
リスベットが言います。
この世界の住人は、歴史書や文献で【天使】の存在や、その姿は知っていました。
【シエーロ】に住むNPCの【天使】は、ほとんど【地上界】にはやって来ませんが、900年前のユーザー大消失以前には【天使】のキャラ・メイクをしたユーザーがたくさんいましたので。
因みに、グレモリー・グリモワール(私)のパーティ・メンバーにも【天使】のキャラ・メイクをしたエタニティー・エトワールさんがいました。
30人の【天使】は、端に避けて、ソフィア達に軽く礼を執ります。
「ソフィア、ファヴ。紹介します。彼らはルシフェルとミカエル、そして2人の配下の【天使】達です」
「ルシフェルです。どうぞ、よろしく」
ルシフェルが、すかさず跪いて挨拶をしました。
その様子に30人の【天使】達は、やや驚いたような表情を見せますが、ルシフェルに倣って跪きます。
「ミ、ミカエルでございます」
ミカエルも、慌てて跪き、ルシフェルに続いて挨拶をしました。
この一連のやり取り……。
つまり、【天使】は、【地上界】の現世神である守護竜と、自分達を同格と考えているので、自分達の種族最高の存在であるルシフェルが、ソフィアとファヴに当たり前のように膝を屈した事に動揺していたのです。
何故、【天使】は、守護竜と自分達を同格だ、などと考えているのか?
【天使】達は、こう考えています。
【シエーロ】は【創造主】の直轄地。
その委託管理者である【天使】は、【地上界】の各大陸の【領域守護者】である守護竜と同格と解釈出来るのではないか、いや、そうに違いない。
【地上界】などという辺境を管轄する守護竜などは、所詮、地方領主。
【天使】は、中央の官僚。
つまり、自分達【天使】は、守護竜より格上と解釈出来るのではないか、いや、そうに違いない。
このように都合良く考えて、守護竜をナメているのです。
【天使】の中には……守護竜の武威など、所詮、神話に語られる誇張されたモノ。実物の守護竜など、どうせ【古代竜】に毛が生えたような程度。軍隊を擁して組織的に戦えば勝てる……などと考えている者も少なくないのだ、とか。
ゲームの設定では、【創造主】が頂点。
次いで、【超越者】、ゲームマスター、守護竜の3者が同格に並びます。
その下に、【世界樹】や、守護獣などの雑多な【神格者】がいました。
ここまでが、いわゆる、神と見做されます。
その下にユーザー。
さらに下に、その他の全ての人種NPC。
【天使】は人種NPCなので、つまりは最底辺。
どんな生物であれ生命の価値には差はありませんが、儀礼格式上は、このような序列があるのです。
ユーザーとNPCは対等ではなく、ユーザーが上、と世界の理で明確に規定されていました。
何故なら、ユーザーは、お金を払ってゲーム会社を儲けさせてくれる顧客だからです。
顧客を優遇するのは当然でしょう。
また、ユーザー全員が持つ、【創造主】から与えられた、世界市民、という国際法上の立場は、NPCの皇帝や王の命令も無視出来るという、強力な権威でした。
ゲームの中のNPCである皇帝や王の命令に、ユーザーが従わなければならないとしたら、自由にゲームで遊べなくなりますからね。
強制イベントなどの場合は、例外ですが……。
つまり……守護竜と【天使】が同格だ……などという考えは、【天使】達の勝手な妄想なのです。
これも、【天使】が持つ選民思想の弊害ですね。
ならば、【天使】達に、ショック療法を行なってあげましょう。
「ソフィア、ファヴ。【認識阻害】の指輪を外して下さい」
私は、ソフィアとファヴを促しました。
「ん?外せば良いのじゃな?」
「わかりました」
ソフィアとファヴは、言われた通りに、指輪を外します。
すると、オーラとして肉眼で見えるほどに濃密な魔力が溢れ出しました。
ソフィアの魔力などは、風圧のようなモノすら感じます。
すると、30人の【天使】達は、すくみ上がって、地面にくっ付くほど頭を下げました。
「こ、これが守護竜の魔力……こんなの、絶対に敵う訳がないじゃん……」
ガブリエルが呟きます。
他の【天使】達も、全く同じ心境なのでしょう。
顔面蒼白という表情。
「ルシフェル、ミカエル。私が、先ほど言った……ソフィアなら【シエーロ】の生きとし生ける者を滅殺し尽くせる……という言葉が大袈裟でないコトがわかりましたね?」
「「はい」」
ルシフェルとミカエルは、跪き首を垂れたまま答えました。
「因みに、私も……」
私も、便乗して【認識阻害】の指輪を外します。
もはや、30人の【天使】は身動ぎ一つせず、心からの恭順の姿勢を示していました。
ルシフェルは【天使】の中では絶対的強者です。
その力は、全【天使】を相手にして勝つとさえ言われているのだ、とか。
その絶対的強者であるはずのルシフェルをして、守護竜を前にしては、ミジンコ並の脆弱で矮小な存在でした。
【天使】は悟ったはずです。
守護竜には、どんな手段を用いても絶対に敵わない……守護竜と敵対してはならない、と。
私、ソフィア、ファヴは、【認識阻害】の指輪をはめ直します。
「ルシフェル、ミカエル。ご苦労様。もう下がって結構です。今後、しっかり働いて下さいね」
「「畏まりました」」
30人の【天使】達は、体を屈めながら、【ワールド・コア】ルームを退出していきました。
・・・
【ワールド・コア】ルーム。
レジョーネとファミリアーレは、建物の間の道を歩き、広場に出ました。
「えっ!」
「あれ……天井じゃなかったの?」
「なっ!」
「はわぁ、大きいの」
開けた場所に出て、【ワールド・コア】の全貌が良く見えるようになると、全員が驚嘆します。
皆、直径999mの【ワールド・コア】の想像を絶する巨大さに唖然としていました。
これでも【ワールド・コア】ルームが広大なのと、【ワールド・コア】自体も、かなりの高度に浮かんでいるので、何とか現実として受け入れられるのです。
至近距離に近付くと、もはや思考が停止するほどに、【ワールド・コア】はデタラメな大きさですからね。
「レジョーネの皆さん、いらっしゃいませ。ファミリアーレの皆さん、初めまして、ミネルヴァです。どうぞ、よろしく」
ミネルヴァが自己紹介します。
レジョーネは、もう慣れた様子で挨拶を交わし、ファミリアーレは、どこから声がするのかとキョロキョロしながら、ミネルヴァに挨拶を返していました。
「ノヒトよ。グレモリーが……色々、ありがとう……と言っておったのじゃ」
ソフィアが言います。
「わかりました」
「スッゴい……アレ、売ったら幾らになるのかなぁ〜」
ハリエットが【ワールド・コア】を見上げて、口を開けっ放しにしながら、感嘆の声を漏らしました。
「ハリエット。【ワールド・コア】は、世界中の富を全て対価としても、到底買えませんよ。この宇宙と同等の価値があると考えて差し支えありません」
「うへぇ、もう意味がわからないね〜。ノヒト先生、お腹ペコペコだよ〜」
ハリエットは、想像を超える事象に思考を諦め、食い気の方に意識を切り替えたようです。
「はい。では、皆、並んで下さい。これから、レストラン・ガイドを配布します。この【ワールド・コア】ルームにある全てのレストランや飲食店や施設などの情報が書いてあります。これを参考に好きな、お店で食事して下さい。ファミリアーレは、幾ら食べても無料ですよ」
ファミリアーレは歓喜しました。
まあ、無料ではなく、後で私に請求書が回って来るのですが……。
「ノヒトよ。我らも無料にして欲しいのじゃが」
ソフィアが手を挙げて言いました。
「ソフィアは立派な大人なのでダメです。子供達だけの特権です」
「仕方がないのじゃ。我は立派な大人じゃから、お金を払うのじゃ」
ソフィアは、大人扱いが多少嬉しかったらしく、素直に従います。
「レストラン・ガイド……こんな物があったのですね?」
ファヴが小冊子をパラパラとめくりながら言いました。
「はい。昨夜、ミネルヴァが作りました」
「ほおー、ほおー、これは、良い物じゃ。迷わずに食べたい物を探せるのじゃ。ふむふむ、我が行ったことがない店がまだ、かなりあるのじゃ。今日は、このフレンチ・レストランという店と、イタリアン・リストランテという店と、江戸前割烹という店と、洋食屋という店に行ってみるのじゃ」
ソフィアは、真剣な表情で、レストラン・ガイドを見ています。
「ソフィア様、洋食屋には、オムライスがあるよ〜」
ウルスラが言いました。
「なぬーっ!これは、まず初めに行かねばなるまい。さあ、行くのじゃーーっ!」
ソフィアは、一目散に駆け出します。
ウルスラも、ピューーン、と飛んで行きました。
その背後を、オラクルとヴィクトーリアと【自動人形】・シグニチャー・エディションのディエチが追いかけます。
ソフィアは……今日、ディエチに料理を覚えさせ、竜城の調理担当者に指導させ、竜城の料理を、さらに一段レベル・アップさせるのじゃ……と息巻いていました。
なるほど、それは良い考えです。
ファミリアーレは、女子チームと男子チームに分かれての行動。
「トリニティ。ファミリアーレの子達と一緒に行動したければ行って構いませんよ」
「では、そう致します」
トリニティは、ファミリアーレの女子チームに合流します。
私とファヴが取り残されました。
「ノヒトと一緒について行っても良いですか?」
ファヴが訊ねます。
「もちろん、構いませんよ。ファヴは、何が食べたいですか?」
「そうですね。珍しい物で、美味しい物が何かあれば、と」
ファヴは、レストラン・ガイドをめくりながら言いました。
珍しい物で美味しい物ですか。
この【ワールド・コア】ルームの中にある飲食店は、異世界アレンジされていないオリジナルの地球料理ですから、何を食べても珍しいとは思います。
うーん、何を食べますかね?
私とファヴは、おもむろに歩きながらレストラン・ガイドを眺めました。
「これは?」
ファヴが何か興味を惹かれる、お店を見つけたようです。
どれどれ……。
あー、なるほど。
「おにぎり専門店ですね。わかりました」
おにぎり専門店は、とある建物の1階に入っています。
テイクアウトがメインですが、店の奥でイートインのコーナーもありました。
イートインのコーナーでは、無料で日替りの味噌汁と惣菜と漬物が付き、それらは、お代わりが自由です。
ソフィアが知ったら、あるだけ食べてしまいそうですね。
おにぎりだけでは、心許ない場合は、いくらでも料理店はハシゴ出来ますし、ファヴが食べたい料理を食べれば良いでしょう。
私達は、目当ての店に向かって歩き出しました。
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