第236話。アンゲロス(天使)のチュートリアル。
名前…エミリアーノ
種族…【人】
性別…男性
年齢…43
職種…【剣豪】
魔法…【闘気】
特性…【交渉】
レベル…33
世界冒険者ギルド【ドラゴニーア】支部ギルド・マスター。
セントラル大陸【ドラゴニーア】西の都市【ラウレンティア】。
私は、【ラウレンティア】の神殿にやって来ました。
目的はチュートリアル。
ミカエル旗下の【シエーロ】勢と、ルシフェル幕下の【魔界】勢は、今後、ゲームマスターの下請けとして働かせます。
なので、強化を行う事にしました。
ゲームマスターは中立ですから、一党一派一国に与する事は出来ません。
特定の国家に属する者達に、私がチュートリアルを受けさせる事は出来ないのです。
なので、グレモリー・グリモワールは、私の代わりに【ドラゴニーア】の公職者にチュートリアルを受けさせてくれる事になりました。
私は、【天使】にチュートリアルを受けさせます。
これは、さっきまでは、ゲームマスターの遵守条項から言って不可能でした。
【天使】は【熾天使】を頂点に戴く、完全な階層構造を持つ全体主義的な社会。
【天使】全員が兵士でもあり官僚であるとも言えました。
つまり、【天使】に何らかの便宜を図るという事は、【天使】達の国家に便宜を図る事に等しく、一国に与しない、と規定されたゲームマスターの遵守条項に抵触する事になり得るのです。
しかし、現在は、【天使】にチュートリアルを受けさせる事が可能でした。
何故か?
もう、【天使】が帰属する主権国家としての【シエーロ】は、消滅したからです。
【シエーロ】の政府は、法的には、【天使】達による、いわば組合か互助組織でしかなくなりました。
政府や国家ではないのです。
なので、ゲームマスターである私が、彼らにチュートリアルを受けさせても何ら問題はない訳ですね。
これは、私が得意とするグレーゾーンの拡大解釈ではなく、厳密な法規の運用でした。
キチンとミネルヴァの承認も取り付けています。
今回に限っては、珍しく完全なホワイトゾーンなのですよ。
もちろん、チュートリアルを受けさせる者には、【原則】を【誓約】または【契約】させます。
【原則】とは?
つまり、いつものアレです。
世界の理に違反しない事。
ナカ・ノヒトと、その身内に敵対しない事。
法律、公序良俗、倫理、公衆衛生に違反しない事。
ナカ・ノヒトが命令したら従う事。
世界の発展と平和に貢献する事。
私は、これを【原則】と呼ぶ事にしました。
チュートリアルについて、連れて来た連中は、知識としては知っていたようです。
【知の回廊】の人工知能が世界支配の為に自軍を強化しようとして、何とかチュートリアルを行えないか、と色々試みていたのだ、とか。
結果としては……NPCが自力でチュートリアルを行えない……という絶対の仕様により、【知の回廊】の邪な思惑は叶わなかった訳です。
私達は、礼拝堂に集まっていました。
一般礼拝者には申し訳ないのですが、正午までは礼拝堂を立ち入り禁止にさせてもらっています。
さてと、時間もありませんし、サクサクやって行きましょう。
・・・
総勢30人がチュートリアルを済ませました。
ミカエル達【熾天使】10人、ミカエル旗下の【智天使】10人、ルシフェル達ノウェム9人、ルシフェル幕下の【改造知的生命体】1人。
【改造知的生命体】は不老……【天使】も長命なので、レベルと経験値を積んだ個体が多く、また、魔法が得意なので、チュートリアル終了後に全員に【転移】が発現しています。
【贈物】は、各自様々な【才能】が付き……【収納】、【鑑定】、【マッピング】の三種の神器と……金貨1枚と弱い武器をもらいました。
【天使】達は、全員、魔力、肉体性能、身体能力が2倍に強化されています。
世界の設定通りでした。
しかし、【改造知的生命体】の方は基礎戦闘力には変化なし。
これは、ミネルヴァが事前に予測していた事でした。
【擬似神格細胞】によって無理やり強化された【改造知的生命体】は、チュートリアルを経ても魔力、肉体性能、身体能力などに変化が生じないのではないか?
何故なら、【知の回廊】による改造によって【改造知的生命体】達は、魔力、肉体性能、身体能力が既に潜在能力の限界値まで強制的に覚醒させられているからです。
チュートリアルは、肉体能力や魔力など内在する潜在能力を覚醒させるイベント。
つまり、既に限界値まで強制的に覚醒させられている【改造知的生命体】は、魔力、肉体性能、身体能力に変化が生じなかったのです。
しかし、【才能】や三種の神器をもらった事で、【改造知的生命体】達も能力は向上していました。
また、熟練値などの細々としたステータスは学習や訓練により向上する余地もあるでしょう。
さあ、あなた達には、世界の理を守る為に、一生懸命、身を粉にして働いてもらいますよ。
私達は、チュートリアルを終えて、すぐ、【シエーロ】に戻りました。
・・・
ゲームマスター本部の訓練場。
チュートリアルを終えた者達に、簡単な説明をします。
特に問題もなく終了。
早速、立ち合いを始める者がいます。
【天使】は、涼やかな細面の容姿をした者が多いですが、性格はゴリゴリの脳筋戦闘狂ですからね。
【天使】達は、今まで戦闘力で足元にも及ばなかった【改造知的生命体】に近付いた事に驚いていました。
まだまだ、勝つレベルには程遠いのですが、【改造知的生命体】の基礎戦闘力は一定不変。
対して【天使】はチュートリアルを経て2倍に強化されています。
さらに訓練を積めば、まだまだ成長の余地もありますので、やがては強力な【改造知的生命体】とも互角近くにまではなるのではないでしょうか?
「ルシフェル、ミカエル。こちらに来て下さい」
私は、2人を呼びました。
「はい」
ルシフェルが言います。
「はっ!」
ミカエルが応じました。
「2つ申し送りをしておきます。今後、順次チュートリアルは行います。【智天使】以上の位階にある者は【原則】を【契約】させた上で全員チュートリアルには参加。【座天使】以下の位階の者については、2人が推薦した者を少数チュートリアルに参加させます」
「ノヒト様」
ルシフェルが挙手して発言の許可を求めます。
「何ですか?」
「僕の配下には、【天使】でない者が多数います。つまり【智天使】、【座天使】の区別がありません。どうしましょうか?」
ルシフェルが言いました。
「はい。それが2つ目の申し送り事項です。ルシフェル幕下の者達で、【天使】ではない者も、【熾天使】、【智天使】と同等の能力を持つ者には、チュートリアルを受けさせます。ルシフェルなら、【鑑定】を用いれば、その判別が出来るはずです。なので、実質【智天使】以上であればチュートリアルに参加させますので、そのつもりで差配して下さい」
「わかりました。ご配慮ありがとうございます」
ルシフェルが頭を下げます。
「それに関連してですが、ルシフェルの配下の者達の位階を示す指標として、【熾天使級】、【智天使級】、【座天使級】……などというような一般呼称を使用したいと思います。つまり、ルシフェル、ベリアル、アザゼルは元の位階は【熾天使】でしたが、現在は無位階。しかし、能力的には【熾天使】と同等なので、一般呼称として【熾天使級】と称します。【智天使】相当なら【智天使級】、【座天使】相当なら【座天使級】というふうに。これを、配下の者達に周知して下さい」
【天使】の位階はかつては、ステータスの職種の項目に表示される厳格なモノでしたが、現在の【天使】と自称する者達の中には【擬似神格者】などという【創造主】がデザインしていない訳のわからない生き物が混在していました。
人工知能の【知の回廊】が造った生物。
この【擬似神格者】なる者を、私は【改造知的生命体】と呼んでいる訳です。
【改造知的生命体】のステータスの職種の項目には、【熾天使】や【智天使】などの【天使】の位階は表示されません。
なので、現在の【天使】の社会では、【熾天使】や【智天使】などという位階が厳密な区別ではなく、単なる呼称や肩書きのように曖昧なモノとして扱われているのです。
これが、私には酷く、ややこしく感じるので、一般呼称を用いる事にしました。
まあ、管理上の問題というヤツです。
「「わかりました」」
ルシフェルとミカエルが頷きました。
「それから、近い内に紹介しておく必要がある者達がいます。【神竜】や【ファヴニール】です。この【神格】の守護竜2柱は、私やミネルヴァと対等の格を持ちますので、当然あなた達の上位者ですね」
「地上の神々ですか……ガブリエルが、お会いしたそうですね」
ミカエルが言います。
「はい」
「地上の神々は、強力な個体が多いのだ、とか。どの程度の力量があるのでしょうか?」
ミカエルは訊ねました。
「そうですね……【神竜】のソフィアならば、【シエーロ】の生きとし生ける者を数日で滅殺し尽くせるでしょうね」
「ははは、ご冗談を。いくら、守護竜が強力だとはいえ、地上の神ごときに、この世界の中心たる【シエーロ】が……」
「ミッキ、黙れ」
ルシフェルが慌ててミカエルを叱責しました。
「はっ、失礼を申しました」
ミカエルは、自分が口走った言葉が、私から、どう受け取られるかを理解して即座に謝罪します。
うん、失礼でしたよね。
地上の神ごとき……などと明らかに【地上界】を侮蔑していました。
おそらく、【魔界】に対しても、同じように考えているのでしょう。
まあ、あのくらいで私は腹を立てたりしませんが、ソフィアには聞かせたくない物言いでした。
「1つ確認しておきたいのですが、【シエーロ】と【地上界】と【魔界】で序列を付けるなら、どうなるか、わかりますか?」
彼らにとっては知りたくない事実を教えてあげましょう。
ルシフェルもミカエルも口ごもります。
【天使】の多くが【シエーロ】は特別だ、と考えていて、【地上界】や【魔界】を低く見ていました。
また、種族についても、【天使】は優れた崇高な種族で、それ以外は、劣った卑しい種族だ、と考えているようです。
「答えなさい」
私は、静かに命じました。
【原則】が働く為、2人は、私の命令には逆らえません。
「【シエーロ】、【地上界】、【魔界】の順だと思います」
ミカエルは答えました。
「なるほど。その根拠は?」
「【知の回廊】から、そう教えられました」
「【知の回廊】の過去の言動から言って、それは真実ではない可能性があり得ますね?」
「はい。そうかもしれません」
「ルシフェルは、3界の序列について、どう思いますか?」
「3界に序列はない、と思います」
「なるほど。その根拠は?」
「根拠は、ありません。しかし、序列を見出す根拠もないので、同列なのでは、と推定しました」
ルシフェルは、答えます。
「設定上の序列は、明確にあります。【地上界】と【魔界】はメイン・マップ……【シエーロ】はサブ・マップとして設定されています。【シエーロ】は、【地上界】のセントラル大陸の中央国家【ドラゴニーア】の竜都の中央神殿の【門】部屋と……【魔界】の中央大陸の中央国家の中央神殿の【門】部屋の……単なる付属物に過ぎません。【シエーロ】が消滅しても、【地上界】と【魔界】には、全く影響はありません。対して【シエーロ】は、【地上界】か【魔界】のどちらか……より厳密に言えば、【地上界】のセントラル大陸の中央国家【ドラゴニーア】の竜都の中央神殿の【門】部屋か、【魔界】の中央大陸の中央国家の中央神殿の【門】部屋が壊れてしまえば消滅します。【シエーロ】は【地上界】と【魔界】の【門】部屋の延長と設定されているからです。つまり【シエーロ】は、ただの部屋の延長なのです」
「まさかっ!」
ミカエルは驚愕しました。
まあ、【創造主の魔法】で創られた初期構造オブジェクトである【門】部屋が壊れる事は、あり得ませんが……。
「2人は、【地上界】と【魔界】が同一地平線上にある事は知っていますか?」
ミカエルは首を振り、ルシフェルは頷きました。
「この世界は、とある宇宙空間に存在する、とある惑星です。その惑星の表面に【地上界】と【魔界】が1繋ぎの地水平として存在しています。対して【シエーロ】は、広大な地面が【虚無海】という亜空間に浮かんでいますね?自然界では、このような形で陸地は、存在し得ません。【シエーロ】は、自然現象ではなく……人為的、かつ、魔法的に維持されている広大な部屋だからです。原理的には【収納】の中や、亜空間倉庫の中と同じような場所です。違いは【シエーロ】を内包する亜空間には時間の流れがある事などですね。つまり、【シエーロ】は【地上界】や【魔界】に付属する、単なる亜空間部屋という定義になります。ルシフェル、私が何を言わんとしているか、理解出来ますか?」
ミカエルの方は茫然自失という表情ですが、ルシフェルの方は全てが腑に落ちたという表情をしています。
「つまり、僕達【天使】は思い上がるな、と。僕達が長年、自分達よりも劣る脆弱で矮小で愚鈍だと見做して来た、【地上界】や【魔界】の住人は、僕達【シエーロ】の住人より序列が高い、と、仰りたいのでは?」
ルシフェルは、自嘲気味に言いました。
「それは違います。住人の比較は全く関係ありません。【創造主】は、あらゆる生き物に差をつけて創造はしていません。私も、その考え方を踏襲しています。しかし……【シエーロ】が世界を支配するに相応しい世界の中心だ……などという【知の回廊】の人工知能が広めた言説は完全な虚偽だと断言しておきます。【シエーロ】は、【地上界】と【魔界】の【門】部屋の延長。世界の中の取るに足らない小さな部屋に過ぎないのです。ただの部屋に世界を支配するに相応しい資格などはありません。いや、世界を支配するに相応しい資格など誰にも持たされてはいないのです。【創造主】は、この世界を、そのようには創ってはいないからです。その事実を元に、2人には、今後【天使】に蔓延る、間違った選民思想を払拭してもらいたいのです。それが出来なければ、【天使】の主権を回復する事は出来ません」
「私達の主権を回復して下さるのですか?!」
ミカエルは驚愕して言います。
「可能性の1つとしては、そういう事を想定しています。千年後か、1万年後か、1億年後か、は、わかりませんが、【天使】が【シエーロ】と【魔界】で行った酷い蛮行に対して贖えたと判断出来たら、私とミネルヴァは、あなた達に主権を返し解放します」
「わかりました。選民思想は根絶します」
ミカエルは力強く宣言しました。
ルシフェルも黙って頷いています。
・・・
私とミネルヴァは、ルシフェルとミカエルに必要な申し送りをしました。
当面は、【魔界】の問題を優先的に解決する方向で動く事を前提とします。
スタンピード……これを、まず早目に止めてしまわなければいけません。
はあ、忙しくなりそうですね。
ルシフェルは、この後、【シエーロ】にいる部下を連れて、【魔界】に向かいます。
私が向かうまでの間に、【魔界】の住人に対する隷属的な待遇を撤廃し、良心的庇護者としての立場を確立してもらわなければいけません。
ルシフェルは、長きに渡り【魔界】の実質的統治者として君臨して来たようですから、その統治システムを、庇護者としてのフォーマットに流用してしまいましょう。
政治的に、かなり大変なミッションとなる事が予想されますが、これは、私がルシフェルに与えた試金石。
これをクリア出来なければ、今後、ルシフェルを信頼して使う事は不可能だ、という事になります。
ミカエルの方は、ルシフェル達【魔界】方面軍を後方支援しながら、【シエーロ】では【巨人】との融和を推し進めてもらう予定でした。
現在、【天使】と【巨人】には、一定の緊張感は存在するものの、以前のように頻繁に戦争をするような関係ではなくなっているようです。
ルシフェルが主導して、停戦の合意がなされたのだ、とか。
ルシフェル……あなたも、やれば出来るのではないですか。
どうやら、【巨人】側に、【天使】から膨大な食糧支援を行い、見返りに大量の鉱物などの資源を得る事で共存関係に至っているようです。
お互いの経済的な繋がりが密接になれば戦争をした時の損害が大きくなりますから、軽々には戦争を選択出来なくなりますからね。
私は、この停戦と経済互助関係をさらに一歩進めて、人的交流や共通市場などにまで引き上げたいと考えました。
ミカエルに交渉を丸投げしましたが、これもミカエルに対する試金石。
能力を証明してくださね。
私は、仕事が出来ない者が嫌いですので。
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