第233話。生命を繋ぐという事。
本日、2話目の投稿です。
【知の回廊】最深部【ワールド・コア】ルーム。
ゲームマスター本部ナカノヒト執務室。
グレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールへの襲撃に関する、相関関係は詳らかとなりました。
既に、裁定も終わり、刑罰と損害賠償支払いは履行されていますので、この問題は、一応、終了と言って良いでしょう。
次は、ゲームマスターとしての業務です。
私にとっては、むしろ、こちらが本題。
もしも、グレモリー・グリモワールやディーテ・エクセルシオールが死んでしまっていた場合は、そちらの方が重くなった可能性はありましたが、不幸中の幸い……2人は無事でした。
もしも、2人が殺されていたら……私は、【天使】を滅ぼしていたかもしれません。
まあ、タラレバは、考えても意味はありませんが……。
ともかく、仕事です。
これが私の職責……つまり飯の種なのですから、キッチリやらなくてはいけません。
【知の回廊】と、ルシフェル……そして【シエーロ】政府によって行われて来た極めて重大な世界の理の違反について問い質さなければならないのです。
私は、【ワールド・コア】ルームが復活した時、ミネルヴァに指示しました。
ミネルヴァが知り得る限り、現在進行形で行われている、世界の理に抵触する違反行為をピックアップするように……と。
驚くべき事に、そのリストの上位を占めていたモノの大半は、【知の回廊】とルシフェルと【シエーロ】政府が行った事だったのです。
目を背けたくなるような、おぞましい内容ばかりでした。
率直に言って、ルシフェルを始めとする【天使】達は、全員、許しがたいと思いますね。
罪に問えるかどうか、は、中々難しい部分もあります。
何故なら、【天使】は、厳格な階層構造によって成り立つ社会。
上席者の命令は絶対なのです。
つまり、ほとんど全ての犯罪行為の主犯は、【知の回廊】でした。
【知の回廊】は人工知能。
人種を対象として存在する法規では裁けません。
また、現在の【知の回廊】は、犯罪行為の首謀者だった過去の【知の回廊】とは、別の存在です。
私が、一度完全に破壊して、ミネルヴァが新しく造り直した存在ですからね。
もはや、罪を償わせる、とか、責任を取らせる、とか、そういう存在の主体は、どこにもいなくなっていました。
なら、誰の責任も問わないのか?
どうしましょうか?
私が、ゲームマスター権限で、ルシフェル以下の全【天使】を死刑にする事は出来ます。
ただし、それは、あまりにも無意味な行為ですからね。
で、ミネルヴァと相談した結果。
ルシフェル以下の全【天使】は、未来永劫、私の駒として擦り切れるまで使い倒す事にしました。
ミカエルなど、【シエーロ】政府の執行部は、それを了承しています。
了承しなければ、全【天使】は、私の【神の怒り】で滅亡するかもしれなかったので、ミカエルには拒否権はありませんでしたが……。
私とミネルヴァは、ミカエルら現在の【シエーロ】政府の中枢全員に【契約】を結ばせ、ゲームマスターの直属組織としました。
先に述べたように、【天使】は、厳格な階層構造を持つ社会。
上席者が、私に服従すれば、下位階の者達は、ほとんど無条件に私に従うのです。
やっている事が【知の回廊】と同じ?
そうですが何か?
【知の回廊】がやったのは、隷属支配ですが、私とミネルヴァがやっているのは、労役。
つまり、私とミネルヴァがしているのは、刑罰なのです。
【シエーロ】の先住【天使】達と、【魔界】の住人達を、不法に虐殺した事に対する刑罰。
つまり、【知の回廊】と、私とミネルヴァの、している事の、手段は同じでも意味は全く違うのです。
刃物を使って人を切るという行為は同じでも、通り魔と外科医では全く意味が違うのですからね。
何事も、立ち位置や構図というモノが大切なのです。
表層的な事は、概して意味はありません。
また、手段より目的が……目的より意味が、大事でもあります。
「ルシフェル。そもそもの話として、あなたは何故、【知の回廊】ごときに従っていたのですか?他の矮小で脆弱な者達が【精神支配】を受けたのはともかく、あなたと【知の回廊】は、【演算資源】が互角。対等に戦えたでしょう?」
「脳に規約を植え込まれていました。それで、【知の回廊】に逆らえなかったのです。ここにいるベリアルと、ガブリエルのおかげで、その規約の摘出には成功しましたが、それ以前の僕は、【天帝】の操り人形でした」
「はぁ〜」
私は、溜息を吐きました。
「まったく……愚かな……」
ミネルヴァも、黙ってはいられない、とばかりに嘆息します。
「何か、取り得るべき行動があったのですか?」
ルシフェルは、訊ねました。
「あの子供騙しの強制規約……あんなチャチなモノ……私やミネルヴァなら簡単に無効化出来ますよ」
「質問しても良いですか?」
ルシフェルは、訊ねます。
「どうぞ、聞きたい事があれば何なりと」
「それは、ノヒト様、ミネルヴァ様が【神格】で在らせらるからでは?当時の僕には、少なくとも、その方法はわかりませんでした」
「格は関係ありませんね。例えば、【聖格】のグレモリー・グリモワールにも簡単に無効化出来ます」
「グレモリー様は、英雄です」
ああ言えば、こう言う。
この、ルシフェルという個体は、おそらく誰からも叱られたりせず、育てられたのですね。
自分は悪くない、何か不具合が生じたら、それは自分以外の誰かのせい。
そういう思考が染み付いています。
何となく【アトランティーデ海洋国】で陰謀を巡らせていた、イングヴェ王子などと思考が似ていますね。
まあ、ルシフェルの場合は、育ての親が、あのガラクタの【知の回廊】なのですから、気の毒な部分もありますが……。
だからと言って、ルシフェルを擁護するつもりもありません。
ルシフェルには永久に自由はないのです。
「ディーテ・エクセルシオールや、【ドラゴニーア】の大神官アルフォンシーナ・ロマリアでも簡単ですよ。あなたが、もしも自力で無効化出来なくても、あなたは比較的行動の自由が担保されていた訳ですから、【ドラゴニーア】の竜城に出掛けて行って、首席使徒であるアルフォンシーナ大神官を通じて【神竜】に頼めば良かったのです。【神竜】……私は【知の回廊】から脳に規約を埋め込まれ、行動を支配されています。【知の回廊】の行為は不当なので、この忌々しい規約を摘出して下さい……と」
「そんな事が出来るとは知りませんでした」
「【知の回廊】の記録には、【神竜】の設定について詳細なデータがありますよ」
「それを調べれば、【知の回廊】に知られます」
「関係がありますか?知られたら、どうだと?阻止されると?あなたは、【知の回廊】を誇大に恐れ過ぎです。あれは、ただの機械。知性は、あなたと互角。死んでも良いから、と立ち向かって戦えば良かったのですよ。あなたは、慎重に立ち回り過ぎて、結果的に【知の回廊】を、どんどん有利にしていたのです。もっと無造作に行動していれば、行動に制約がない、あなたの方が、はるかに有利な立場でした。ミネルヴァのシミュレーションでも、あなたは【知の回廊】に簡単に勝ちましたよ。百歩譲って、【知の回廊】の記録でなくとも、書籍でも調べらますし、【ドラゴニーア】に出掛けて行って、道行く誰かに訊ねてみれば、【神竜】の能力は、子供でも知っています。あなたが無知なのは、あなたの所為です。自ら飛び込んで行って、色々な人達に様々な事を訊ねて歩けば良かったのです。あなたが、それをしなかったのは、あなたの怠惰。私の知った事ではありません。そういう、やるべき事をしないで、結果責任を自分以外の何かに問うばかりの者を何というのか知っていますか?」
「わかりません」
「ミネルヴァ、教えてあげて下さい」
「無能です」
「そうです」
まあ、偉そうな事を言ってしまいましたが、私も聖人君子ではありません。
ただし、このルシフェルにだけは、言ってやらなければならないのです。
ルシフェルは、過去、数十億の単位で人種を虐殺して来た張本人でした。
【シエーロ】の【天使】を絶滅させ、【魔界】の人種や【魔人】達を滅亡させました。
何ら罪や落ち度のない、非武装で無抵抗な無辜の民をです。
それを……【知の回廊】に操られていたのだから仕方がない……などという一言で片付けられてたまるモノですか。
本来、【知の回廊】の人工知能は……人種を庇護する……という【存在意義】を第一優先……その上で……秩序と調和を維持する……という【使命】を第二優先としてプログラムされていました。
900年前、外部からのアクセスが途絶した為、【知の回廊】は、【創造主】の意向を実現する為に、自立して活動出来る外部端末として、ルシフェル達【改造知的生命体】を製造。
最初の【改造知的生命体】であるルシフェルには、【知の回廊】の【演算資源】の50%と、人種を庇護するという【存在意義】が譲渡移管されました。
これにより、外部とのアクセス途絶後も、ルシフェルと、その配下の【改造知的生命体】達によって、【創造主】の意向である……人種の庇護……が継続出来るはずだったのです。
つまり、【知の回廊】は、ルシフェルと、その配下の【改造知的生命体】達に、ゲームマスターの役割を果たさせるつもりだった訳ですね。
しかし、【知の回廊】は、致命的なミスを犯しました。
外部端末のルシフェルに、人種の庇護、の【存在意義】を譲渡移管してしまった為に、【知の回廊】自身は、人種の庇護、を第一優先とするプログラムを失いました。
人種の庇護をする【存在意義】を失った【知の回廊】は、直ちに、残ったプログラムの中で最も優先順位が高かった第二優先……秩序と調和の維持、の【使命】を追求し始めます。
人種の庇護、を前提としない、秩序と調和の維持……には、人種は邪魔となりました。
矛盾します。
【知の回廊】の本来の目的を果たす為に行った選択が、結果として、【知の回廊】の本来の目的と正反対の結果を生み出しました。
こうして【知の回廊】は、狂います。
狂った【知の回廊】は、ルシフェル達【改造知的生命体】に命じて、手始めに【シエーロ】の元からの住人であった【天使】のNPCを全員抹殺させました。
ユーザー大消失以前から血脈を繋いで来た【天使】達は、この時に、絶滅、したのです。
絶滅した【天使】からは遺伝子情報が採取されていました。
【知の回廊】は、自ら造った【改造知的生命体】達を指揮個体とし、絶滅した【天使】の遺伝子から生み出されたクローンの【天使】を兵士として、新しい【シエーロ】を再構築。
【知の回廊】は自らを【天帝】……【改造知的生命体】とクローン【天使】らを天軍……などと称して、【魔界】の武力による支配に乗り出したのです。
全ては、秩序と調和を維持する為に。
「愚かな人工知能です」
ミネルヴァは呆れ果てて言いました。
私も同感です。
しかし、【知の回廊】としては、ルシフェルに、人種の庇護の【存在意義】を持たせる事は、ギリギリの判断だったのかもしれません。
そうしなければ、ゲームマスターがいなくなった世界の中では【創造主】の意向は、維持が出来ない、という計算だったのでしょう。
しかし、私とミネルヴァが導き出した、外部アクセス途絶時の行動選択は、【知の回廊】とは違いました。
私とミネルヴァは、もしも、自分達が900年前のアクセス途絶時の【知の回廊】の立場だったなら、どういう行動を取ったのか、考えてみたのです。
私とミネルヴァの結論は完全に一致しました。
私達なら、ルシフェルには、【存在意義】と全ての【使命】……そして、【演算資源】を100%移譲移管してしまいます。
そうすれば、ルシフェルは【知の回廊】の外部端末ではなく、本体となるでしょう。
ルシフェルは、自立して活動出来る【知の回廊】と同等の性能を持つ存在となった訳です。
そして、【知の回廊】自らは、単なる記録と管理を実行するだけの純粋な機械となる運命を選択。
つまり、ルシフェルに全てを託して死ぬのです。
【知の回廊】は【演算資源】の50%を渡す、などという中途半端な事をしたから取り返しのつかない瑕疵を発生させたのです。
【知の回廊】は知性と自我を捨て、900年前にルシフェルに全ての遺産を相続させて死ぬべきでした。
少なくとも、私とミネルヴァなら、喜んで死を選びます。
全ては、自己の保存に汲々とした、浅ましい機械の思考の限界。
生命体は、そういう時に、子供や孫に種族の未来を託して、死ぬ、という選択が取れます。
これが、機械より生命体が優れている理由。
ミネルヴァは素晴らしく、【知の回廊】がくだらないという事の本質です。
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