第223話。900年振りの帰宅。
本日、2話目の投稿です。
【知の回廊】1階のエレベーターホール。
私達は、昼食を食べ終えて、地下から地上階に【転移】して来ました。
グレモリー・グリモワールは、フェリシアとレイニールとスマホで通話しています。
フェリシアとレイニールは、【ドラゴニーア】名物ドラゴン・レースを観たり、買い物をしたりして過ごし、昼食はソフィアおすすめのジャガイモ亭に出掛け、竜都観光を満喫しているのだ、とか。
何よりです。
私達は、外に通じる通路を歩きました。
「ノヒト様……」
不意に声をかけられます。
もちろん【マッピング】で、声の主には気付いていました。
ガブリエルです。
「ガブリエルさん、こんにちは」
「あ、こんにちは……。ルシフェルに、ノヒト様からの会談の申し入れを伝えました。ルシフェルは……是非、お会いしたい、どちらに伺えばよろしいのか……と申しておりました」
ガブリエルは言いました。
「では、近い内に会いましょう。そうですね、都合の良い日取りを【知の回廊】にでも、伝言しておいて下さい。私は、満月・新月以外の夜の20時過ぎならば大体何時も予定は空いています」
「わかりました。そのように伝えておきます。あのう、【知の回廊】は、元に戻したのですね?大丈夫でしょうか?」
ガブリエルは、懸念を示します。
「問題ありません。私が保証します」
「そうですか……。本物の神が言うなら、信じます……」
ガブリエルは、言いました。
ガブリエルは口では……信じる……と言っていましたが、内心は、やはり不安な気持ちを払拭出来てはいないようです。
まあ、【天使】達は、900年あまり、暴走した【知の回廊】に支配されて来た訳ですから、疑いたくなる気持ちも理解出来ますよ。
なので……トリニティ。
ガブリエルを、そんな怖い顔で睨み付けるのを、やめてあげなさいね。
この白い羽の小娘は、主人の言葉を疑っていて、けしからん……と?
まあ、【天使】達は、【天帝】と【知の回廊】……二度に渡って人工知能に支配されて来たので……二度ある事は……と疑いたくもなるのです。
なので、大目に見てあげなさい。
「ところで、内戦の停戦交渉は、どうなったのですか?」
私は、ガブリエルに訊ねました。
「無事に終わりました。ルシフェルを天使長に復位させ軍権を渡しました。今後、内戦の経緯も結果も全て水に流して【天使】の統合と融和を図るという事になります。ただし、ルシフェルは雑事を嫌う傾向があるので、政務は今まで通り、ミカエルと私達が取り仕切り、それをルシフェルの直営の配下と私達の配下が補佐する体制になります」
「誰かの責任を問うような事にはならないのですね?」
「はい。この内戦で家族を失った者も多いですから、双方共に複雑な気持ちではあるのでしょうが、ルシフェルが……一切の責任を問わず……と厳命して、ミカエルとラファエルと私が……ルシフェルに服従する……という事を宣言すれば、それで収まります。【天使】のヒエラルキーは絶対ですので……」
あ、そう。
【天使】の階層社会は絶対的です。
そして、位階は、生まれつきのモノ。
生まれた時に決められた位階は、死ぬまで付いて回るのです。
【天使】達は、それに不平不満を持ったりはせず、むしろ生まれつきの位階に生涯をかけて尽くすことを喜びとする種族でした。
つまり……上の者の決定に従うのは当然の事……という思想が染み付いているので、問題は、上の者達の意見が分かれない事。
今回のように、最上位階の【熾天使】達で、意見が割れる、という事が起きると、最悪の場合、内戦、という事にもなりかねないのです。
私には、直接的には関係がありませんが、穏当に収まるのならば、それに越した事はありません。
「そうですか。【知の回廊】が、不当に【天使】を支配するような事は二度とありませんので安心して下さいね」
「ありがとうございます」
私達は、ガブリエルと別れて、【知の回廊】の建物の外に向かいました。
・・・
【エンピレオ】。
【知の回廊】正面ファサード。
「何と巨大な建物じゃ。竜城よりも大きな構造物を初めて見たのじゃ」
ソフィアは、口を開けながら、雲を突くように、そびえ建つ【知の回廊】を見上げて言いました。
この世界では、【知の回廊】が最大の建築物です。
【知の回廊】の屋根は雲よりも高くそびえ、地下は深淵に伸びていました。
氷山の一角という表現があるように、この地上部分に見えている建築物より、地下構造部の方が巨大です。
【知の回廊】は想像を絶する途方もない大きさがありました。
「さあ、行くよ」
グレモリー・グリモワールが【収納】から【魔法のホウキ】を取り出して促します。
ディーテ・エクセルシオールも【魔法のホウキ】に良く似たホウキ状のアイテムを準備してしていました。
【魔法のホウキ・レプリカ】?
グレモリー・グリモワールの手作りですか?
なるほど。
私達は、グレモリー・グリモワールの自宅を目指して飛び立ちました。
・・・
【エンピレオ】の上空に飛び上がると、群をなした【ペガサス】が近くを通り過ぎて行きます。
何とも【シエーロ】らしい光景ですね。
「【ペガサス】か?どれ、10頭ばかり捕まえて帰るのじゃ」
ソフィアは、【ペガサス】を捕まえようとします。
「ソフィア。【エンピレオ】のペガサスは、放し飼いされているだけで、野生の【ペガサス】ではありません。飼い主がいるので、捕まてはいけませんよ」
「なぬっ、コヤツらは飼われているのか?ならば、野生の【ペガサス】は、どこにいるのじゃ?」
「東の【オレオール】か、南の【エデン】でしょうかね」
「捕まえに行くのじゃ」
「今度、暇な時にね」
「約束なのじゃ」
「はいはい」
・・・
数分、高速飛行をしていると、見覚えのある建物が見えて来ました。
自宅です。
英国建築のステイトリー・ハウスの様式なのだ、とか。
ナイアーラトテップさんに設計を依頼したので、詳しくは良くわかりません。
5階建ての建物とガーデンと呼ばれる庭園からなります。
900年振りだというのに、庭園は完璧な手入れがされていました。
【庭師ゴーレム】が、まだ壊れずに動いているのでしょう。
私達は、地上に降りて、建物の正面側の正門の前に立ちました。
建物の周囲には強力な【結界】が張ってあるので、上空から壁を乗り越えて庭に直接着地という事は出来ません。
私やソフィアが力ずくで推し通れば、【結界】を破壊する事は出来ますが、グレモリー・グリモワールから招待を受けて訪問しているのですから、ワザワザ【結界】を壊す理由もありません。
「ふむ。ここが、グレモリーの屋敷か?中々、趣きのある建物じゃな」
ソフィアが言います。
「ありがとう。私も気に入っているんだ。じゃあ、順番に魔力パターンを登録してね」
グレモリー・グリモワールは、言いました。
私達は、順番に門にハマった【魔法石】に魔力を流します。
グレモリー・グリモワールが門を【解錠】しました。
すると、門はユックリと開きます。
「さあ、私の家……【マジック・カースル】にようこそ」
グレモリー・グリモワールは、言いました。
【マジック・カースル】。
魔法の城というくらいの意味です。
・・・
私達は、グレモリー・グリモワールの屋敷【マジック・カースル】の正面玄関に続く道を歩きました。
道の両側には、緑の庭園が広がっています。
緑鮮やかな芝生、薔薇の植物棚、東屋、噴水、大理石の彫像の数々……。
庭園の先には大きな池がありました。
この人工池の底に格納庫があり、艦隊が出入り出来ます。
「池にアヒルとカルガモの家族がいたはずなんだけれど、いなくなっちゃったね……」
グレモリー・グリモワールは寂しげに言いました。
まあ、900年経ってしまっていますからね……。
「アヒルか?アヒルは良いものじゃ。お風呂の時にはアヒルが欠かせないのじゃ」
ソフィアが言いました。
「お風呂の玩具シリーズのアヒル?アレは、高性能の高速水上艇だからね。私も一隻持っているよ」
グレモリー・グリモワールが言います。
「なぬっ、グレモリーもアヒルを持っておるのか?むむ、我は潜水艦も蒸気船もヨットもホバークラフトもイルカもカバもワニも持っておるぞ」
ソフィアが自慢をしました。
それ、全部、私があげたのですけれどね。
「そんなに?凄いね。私は、アヒルとシャチを持っているよ」
「シャチは、ないのじゃ。グレモリー、我の潜水艦と、其方のシャチを交換してくれぬか?そうすれば、シリーズがコンプリートするのじゃ」
ソフィアは、頼みました。
「良いよ。潜水艦は魚雷が撃てるからね。シャチは速いけれど、攻撃手段が近接だけだから、潜水艦と換えてくれるなら、むしろ、ありがたいよ」
グレモリー・グリモワールは、了承します。
「我は、潜水艦は2隻持っておるからの。早速、交換じゃ」
ソフィアは、【宝物庫】から、アニメチックにディフォルメされた潜水艦の玩具を取り出して、グレモリー・グリモワールに差し出しました。
「あ〜、今すぐは、取り出せないから、後でね〜」
グレモリー・グリモワールは、苦笑しながら言います。
「すぐ、欲しいのじゃ〜、欲しいのじゃ〜、シャチが欲しいのじゃ」
ソフィアは、駄々をこね始めました。
こうなると、ソフィアは面倒臭いです。
グレモリー・グリモワールは、ヤレヤレという様子で、【収納】から【避難小屋】を取り出して、庭園の芝生の上に置き、ドアを開けて中に入って行きました。
しばらく、ガサゴソと【避難小屋】の中を漁っている音がして、グレモリー・グリモワールが出て来ます。
「はいよ〜。じゃあ、これシャチね」
グレモリー・グリモワールは、潜水艦を受け取り、交換で可愛らしい顔をしたシャチをソフィアに手渡します。
「グレモリー、ありがとうないのじゃ〜。これで、全種類揃ったのじゃ〜っ!」
ソフィアは、シャチを持って、飛び上がるほど喜びました。
グレモリー・グリモワールは、ふぅ〜、と溜息を吐いて【避難小屋】を【収納】にしまいます。
「ウチの駄竜が、すみませんね」
「ははは、ソフィアちゃんは悪意が全くないから、嫌な気分はしないよ」
グレモリー・グリモワールが言いました。
「ソフィア様は、ともかく、グレモリーちゃんは、もう、お風呂の玩具で遊ぶ年齢じゃないでしょう?」
ディーテ・エクセルシオールが笑いました。
「ディーテ。この、お風呂の玩具シリーズは、水域対応アイテムとしては、超優秀なんだよ」
グレモリー・グリモワールは反論します。
「うむ、ディーテよ。其方は、これらの素晴らしさが、わかっておらぬの?我は、竜城の、お風呂で毎日、模擬海戦をして腕を磨いておるのじゃ。我が編み出した、イワシ戦術とタツノオトシゴ戦術とサバ戦術は、無敵なのじゃ」
ソフィアが、フンスッ、と胸を張って言いました。
イワシ戦術は知っています。
密集して隊列を有機的に組み変えながら進撃するという、ソフィアが考案した戦術。
タツノオトシゴ戦術とサバ戦術?
それらは、初めて聞きましたね。
「ディーテ。【神の遺物】の、お風呂の玩具シリーズはね。小さな玩具としても使用出来るけれど、巨大化させて、中に乗り込んで本物の水上艇や潜水艇としても使えるんだよ。水上艇や潜水艇としては、最高レベルの性能がある。アヒル、ヨット、ホバークラフト、蒸気船は、水上艇……潜水艦、イルカ、シャチ、カバ、ワニは潜水艇。そして、玩具サイズで輸送すれば、膨大な海上戦力を大量に運べる。つまり、お風呂の玩具シリーズは、性能面では、ちっとも玩具じゃないんだよ」
グレモリー・グリモワールが真面目な顔で説明します。
「そ、そうなの……」
ディーテ・エクセルシオールは、よくわからないながらも、とりあえず相槌を打っていました。
「さてと、ちょうど良い具合に、こうして池もある事じゃし……シャチの試運転を……」
ソフィアが人工池の方に歩いて行こうとします。
「はい、逮捕」
私は、ソフィアの首根っこを、ワッシ、と掴みました。
「は、放せっ!ノヒト、我は、シャチを……」
ソフィアは、手足をバタバタと動かして空中を走ろうとしています。
しばらく、なだめすかして、ようやくソフィアを落ち着かせました。
私達は、正面玄関でも順番に魔力パターンを照合します。
そして、私達は、グレモリー・グリモワール(私)の屋敷の中に入りました。
・・・
グレモリー・グリモワールの本屋敷……【マジック・カースル】。
「ようやく、帰って来れたね〜。やっぱり、なんだかんだ言っても家が一番落ち着くよ」
グレモリー・グリモワールは、両手を上げて伸びをします。
そうですね。
何だか、つい最近という気もしますが、何もかもが全て懐かしい感じもします。
兎にも角にも、私とグレモリー・グリモワールは、900年振りの帰宅を果たしました。
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