第22話。買取金額。
アンゲロス…天使
ディアボロス…魔人(総称)
リリン
バンパイア
インクバス
サキュバス
ゴルゴーン
ワーウルフ
ワーキャット
……などなど。
私は、【商業ギルド】の応接室で売却の為に査定してもらった武器・防具・アイテム類の金額の明細を確認していました。
ニルス・ハウストラ会頭の【鑑定】の結果を疑う訳ではありませんが、金銭に関わる事は丼勘定ではいけません。
「この明細によると短剣や短槍のような小物は総じて買取金額が高いようですが、大物はあまり高値が付きませんね?何か理由があるのでしょうか?」
私は疑問を投げ掛けました。
正直、かなり買い叩かれている気がします。
私の【鑑定】とは相当金額的に乖離がありますね。
ハウストラ会頭は商売の専門家かもしれませんが、私はゲームマスターです。
私の【鑑定】が間違える筈はありません。
不正確だとゲームマスターの業務に差し支えます。
ゲームマスターが持つ【鑑定】などの各種【能力】は、ゲーム・システムと直接同期しているので、絶対に間違いが起こり得ない仕様になっていました。
【商業ギルド】の信用を背負っているハウストラ会頭が、私を騙そうとしているとは考えていませんが、彼の【鑑定】がゲームマスターのそれと比べて不正確だという可能性はあり得ます。
ハウストラ会頭は、私が【調停者】だとは知りません。
知っていたら金額は変わるのでしょうか?
正体を明かした方が良いでしょうか?
「売れ頃……と申しますか、大きな物は扱う者を選びます。使う者が少なければ需要と供給のバランスによって売値は安くなります。必然的に買取金額も……という訳です。重量の問題は【剣速の加速】などの素晴らしい【効果付与】で払拭されていますが、やはり身体に合わないサイズの武器は取り回しの点で敬遠される事は否めません」
ハウストラ会頭が言いました。
なるほど。
やはりハウストラ会頭のスペックでは、この装備品のギミックまでは【鑑定】出来ていないのですね。
「ハウストラ会頭……」
「ノヒト様。私の事は、どうぞニルスとお呼び下さいませ」
ハウストラ会頭……改めニルスさんが言いました。
「ニルスさん。では、この【巨剣】に少し魔力を流してみて下さい。ごく微弱で結構です」
私は【鋼の巨剣】の刃の方を持ちニルスさんに危険がないように手渡しました。
ニルスさんは言われた通りにします。
途端【巨剣】は【エルフ】特有の華奢な身体に見合ったサイズに縮まりました。
相変わらずニルスさんが持ち上げるのも苦労するような【巨剣】のサイズには違いありませんが……。
「これは!」
ニルスさんは驚愕します。
「これらは、全て使用者に見合ったサイズやバランスに完璧に適合します。種族などを選ばず幅広い客層に購入してもらえる筈ですよ」
「【神の遺物】?いや、確かに【鑑定】の結果は……」
「【神の遺物】ではありません。でも、なかなか便利なギミックでしょう?」
「確かに……。いえ、それ以上です。すぐ見積もりをやり直します。大きなサイズの物に限らず、全て買取金額を上乗せしなければいけませんね。これらは希少性から言っても相当な付加価値があります」
再度の見積もりを終えたニルスさんが提示した金額は最初の金額の5倍以上でした。
1000金貨……うん、妥当な金額ですね。
私の【鑑定】の結果と、ほぼ同等です。
情報を補正した後のニルスさんの【鑑定】は、かなり正確でした。
さすがは【商業ギルド】のトップというところでしょうか。
先程は正確な性能評価が出来なかっただけのようです。
NPCの【鑑定】は、いわば高度な目利き、あるいは審美眼に過ぎません。
対して、ユーザーが使う【鑑定】は性能と設定のデータが全て数値などとして定量化されて表示されます。
つまりNPCの【鑑定】が帰納法だとするなら、ユーザーの【鑑定】は演繹法。
900年前には、この違いを使って本来は高い価値があるアイテムを割安で買い付けたり、逆に低い価値しかないアイテムを高く売りつけたりして貿易などで荒稼ぎする商人系のユーザーが大勢いました。
ソフィアと出掛けた魔道具屋街で【神の遺物】の【自動人形】がジャンク品として投げ売りされていたのも、これが理由です。
因みに、ゲームマスターである私の【鑑定】はゲームマスターの業務に必要な為、【完全相場眼】という特別な仕様が組み込まれていました。
つまり、私の【鑑定】は本質的な性能評価に基づく絶対価値だけでなく、個別の事情を加味した相場に基づく相対価値でも、常に状況に応じた最適解を弾き出します。
私の【鑑定】が絶対に間違わないというのは、そういう意味でした。
また、【鑑定】は、通常物体や物質にしか作用しませんが、ゲームマスターである私の【鑑定】は生物やエネルギーを含む、あらゆる物事に応用出来るように設定されています。
私は、ニルスさんが査定した金額に納得して、そのまま買取をしてもらいました。
私は買取金額から【商業ギルド】に自社を登記する費用として20金貨を支払い、人材の確保費用で480金貨、事務所の物件購入の為に残り全てを預けます。
事務所は狭くても構わないので【竜都】の中心街で……と、お願いしました。
都市外縁部は【転移】が使える私ならともかく、顧客や従業員には不便ですので。
地価が高い【ドラゴニーア】の中心街では、日本円で5千万円相当でも小さな事務所しか購入出来ないでしょうね。
これは致し方ありません。
【ドラゴニーア】中心街の不動産は慢性的に不足しているので、馬鹿みたいに高いのです。
賃貸?
オフィスの賃貸物件は需要が高い【ドラゴニーア】中心街では、まず見つからないでしょう。
・・・
私とソフィアは【商業ギルド】を後にしました。
帰り際にニルスさんから……何か他にも貴重な品物があれば是非売って欲しい……と頼まれます。
売っても問題ない物は、今回粗方吐き出してしまいました。
実は、あれらは私にとって捨てても問題がない、言わばゴミ装備の類なのですよ。
私の【効果付与】で極限まで性能がブーストされていますが、原料は単なる鋼の鋼材なので、一瞬で大量に造れてしまいます。
また金策が必要ならば、同じレベルの武器を造って売りに来ましょう。
しかし、相場に重大な影響を及ぼさない程度に留める必要はありますね。
ゲームマスターである私にとっては捨てるようなモノでも、この世界の住人にとっては隔絶した高性能な逸品。
高性能な物を無制限に流通させると、既存の商品が値崩れを起こして、【ドラゴニーア】の職人さん達に迷惑が掛かります。
なので、相場がおかしくなるほど大量に流通させるべきではありません。
【アイアン・ゴールム】の費用は50万金貨……私の手持ちの現金の全てです。
私は、これから会社を運営する為に、初期投資と運転資金が必要でした。
【銀行ギルド】に融資を頼めるとしても、本音を言えば借金での自転車操業は避けたいですね。
製造品ではない【神の遺物】ならば性能も価格も高過ぎるので、ある程度一般的な相場は無視してしまえます。
最悪の場合、貴重な【神の遺物】の装備品も売り飛ばさなければいけないでしょうか?
私はコレクター癖があるので、なるべく入手困難な品物は手放したくないのですが、最悪の場合は手持ちの【神の遺物】を売却する選択肢も考慮に入れなければいけません。
・・・
私とソフィアは【冒険者ギルド】に向かいました。
今日の目的はリクルート。
孤児院出身で就職に失敗し止むを得ず冒険者活動を行なっている者達を雇う為です。
【竜城】のコネクションを用いた調査の結果、現在孤児院出身で【竜都】の【冒険者ギルド】支部に所属している冒険者が4人いる事がわかっていました。
彼らを私とソフィアの会社で雇います。
「すみません。エミリアーノさんはいらっしゃいますか?」
私は冒険者ギルドの受け付けに声をかけました。
受け付けの職員が……ビクッ……とします。
【冒険者ギルド】には【竜城】から私の素性が知らされていました。
私が【調停者】だと知るのは、公的機関、【銀行ギルド】、【魔法ギルド】、そして【冒険者ギルド】です。
他のギルドや一般企業などでは、私の身分は隠蔽されていて……【竜城】の客分で相談役……という事になっていました。
胡散臭い肩書きです。
「ノヒト様。いらっしゃいませ。すぐギル・マスをお呼び致します」
「ドナテッロさんにも同席をお願いしたいのですが……」
「畏まりました。お待ち下さい」
受け付け職員は急いで奥に向かいました。
私とソフィアはホールの長椅子に腰掛けて待ちます。
ソフィアは【収納】からクッキーを出して食べ始めました。
「もしゃもしゃ……」
ソフィアは【収納】からミルクを取り出して飲みます。
「ゴキュゴキュ……ぷはぁ。クッキーはミルクとの相性が最高なのじゃ」
ソフィアは口の上にミルクで白ヒゲを作って言いました。
あ、そう。
私はソフィアの口の周りをタオルで拭ってやります。
・・・
程なくして【冒険者ギルド】のギルマスであるエミリアーノさんと、【冒険者ギルド】で新人冒険者の世話役をしているドナテッロさんが現れました。
「いらっしゃいませ。ノヒト様」
私の正体を知るエミリアーノさんは恭しく礼を執ります。
「よう。あの時のお父さんかい」
私の素性を知らないドナテッロさんはフランクな挨拶。
「おはようございます。落ち着いて話せる場所はありますか?」
「畏まりました。私の執務室へどうぞ」
エミリアーノさんが言いました。
・・・
私達はギルド・マスターの執務室に通されます。
「実は私は【竜城】で相談役という仕事に就いたのです。公職ではなく、あくまでも私的な立場ですが……」
私は準備していた書類を提示しました。
「ほお、そりゃ凄え。良かったな。あんたが小さな娘さんを連れてギルドに現れたから訳ありなんだと思って心配していたんだよ」
事情を知らないドナテッロさんが言います。
事情を知るエミリアーノさんは……私がドナテッロさんに正体を明かさない方針なのだ……という事を察して小さく頷きました。
「おかげさまで仕事にありつけました。それで、お願いというのは、実は【竜城】の、さる、やんごとなき方からの依頼で孤児院出身の冒険者を探しています。孤児院は【神竜神殿】が運営していますが、就職が決まらずに止むを得ず冒険者になった者達の事を、その、やんごとなき方が案じています。私は……孤児院出身の冒険者を雇うように……と申し付かっているのです。ドナテッロさんは【竜都】所属の新人冒険者達の世話役なのだとか?なので彼らを紹介してはもらえないかと。私が突然声を掛けたら警戒されてしまうかもしれませんので……」
新人冒険者の世話役であるドナテッロさんに話を聞いてもらう理由はこれです。
「わかった。やんごとなき方ってのは、大神官様か?」
ドナテッロさんは声を潜めて訊ねます。
「もう一段上の方です」
「な!大神官様の上の方……まさか……」
ドナテッロさんは驚愕しました。
この事に関してはエミリアーノさんも同じ表情です。
【冒険者ギルド】にもソフィアの正体までは知らされていません。
当のソフィア本人は、私の隣で出されたお茶菓子に夢中ですが……。
「はい。この事は、どうぞ内密に……」
「もちろんだ。今聞いた、やんごとなき方の事は誰にも喋らない。【誓約】」
ドナテッロさんは懐から紙を取り出し【誓約】を行使しました。
この魔法効果を発揮する使い捨ての用紙は【スクロール】と呼ばれます。
【スクロール】は魔法適性がなくて詠唱魔法が使えない者でも、任意の魔法が記された【スクロール】を使い捨てにする事で【スクロール】に書かれた魔法を行使可能でした。
ドナテッロさんには魔法適性がありません。
また、自分自身は魔法適性があっても、取引相手に魔法適性がない場合などに、あえて目の前で【スクロール】などを使って見せる事で【誓約】や【契約】がキチンと履行された事を視覚的にアピールして取引相手を納得・安心させるような使い方も出来ます。
これは【銀行ギルド】のビルテ頭取が行った方法ですね。
「【冒険者ギルド】のギルマスとして守秘義務を遵守いたします。【誓約】」
エミリアーノさんも【誓約】します。
私は孤児院出身者の雇用について詳細を話しました。
先程の【商業ギルド】でのやり取りも含めてです。
「わかった。あいつらにとっても悪い話じゃねえ。俺から、きちんと説明してやるよ」
ドナテッロさんは申し出を快諾してくれました。
「【冒険者ギルド】としても協力致します」
エミリアーノさんも頷きます。
「今日は午後から予定があるのですが、近い内に当事者達と面談をしたいのです。その段取りをお願い出来ますか?」
「連中は夜にはギルドに顔を出す筈だ。話しておくよ」
ドナテッロさんは言いました。
「面談は明後日の午前中にと考えていますが、どうでしょうか?」
「そうだなぁ。朝4時頃なら仕事に向かう前に時間が取れるだろう。あいつらはロクに寝ずに働いているから朝が早いんだよ」
エミリアーノさんの説明によると孤児院出身者達の冒険者ランクは、銅等級。
実力もクラス相当だと言います。
【世界冒険者ギルド】での正式なクラス分けは、最低ランクから……革、銅、鉄、銀、金、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン、竜鋼……となっていました。
下位の3クラスを低位冒険者。
中位の3クラスを中位冒険者。
上位の3クラスを高位冒険者。
……と、分類します。
鉄のクラスで【低位】の魔物と互角。
ミスリルのクラスで【中位】の魔物と互角。
最高位の竜鋼のクラスで【高位】の魔物と互角。
……と、見做されていました。
【超位】の魔物に単身で抗せる人種は存在しないというのが定説です。
実際は絶望的に困難ですが不可能ではありません。
しかし【神格】には、どのような手段を講じても【神格】ではない人種が単身で勝つ事は不可能でした。
レベル・カンストしたユーザー達が大規模なパーティを組んで集団レイド戦に挑み多大な犠牲を払って、ようやく【神格】には勝てるかどうか……というのが、この世界の仕様です。
冒険者でアダマンタイト・クラス以上の上位冒険者は、各大陸にそれぞれ数えるほどしかおらず、竜鋼クラスの冒険者は、現役では世界に3名しかいないそうです。
もちろん冒険者ランクを持たない強者も軍隊などには沢山いますが、【ドラゴニーア】軍では最強のイルデブランドさんだけが個人の武力で竜鋼クラス相当なのだとか。
将軍や提督でも精々がオリハルコン・クラス。
【竜騎士】達は上位の数名がパートナーを組む【竜】とセットで、ようやく竜鋼クラス相当だそうです。
おそらく【ゲイ・ボルグ】を手に入れたレオナルドさんなら個人の武力で竜鋼クラスに届くと思いますが、【冒険者ギルド】には、まだ【ゲイ・ボルグ】の存在が知らされていませんので、そういう評価なのでしょう。
因みに、ギルド・マスターのエミリアーノさんがミスリル・等級で、ドナテッロさんが銀等級です。
銅等級では【高位】の魔物討伐など不可能。
当然銅等級の冒険者には、楽して簡単に稼げる割の良い依頼などありません。
つまり、孤児院出身者の4人が物価の高い【ドラゴニーア】での生活を維持するなら、過酷で低賃金の日雇い派遣労働のような仕事で早朝から深夜まで寝る間を惜しんで働かなければならないでしょう。
私とソフィアは、エミリアーノさんとドナテッロさんに後の事を頼んで【冒険者ギルド】を後にしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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