第219話。900年振りの帰還。
名前…フィオレンティーナ
種族…【ドラゴニュート】
性別…女性
年齢…72歳
職種…【精霊魔法使い…火】
魔法…【火魔法】、【精霊召還…サラマンダー】など。
特性…飛行、【才能…火魔法】
レベル…51
【ドラゴニーア】軍、第1艦隊、提督。
アルフォンシーナの兄の子孫。
異世界転移34日目。
竜城の私室。
現在、午前0時。
内職をする片手間で、ハロルド、イヴェット、イアンのコンパーニアの首脳陣と会議をして、次に、関係各所との報連相をして、それからファミリアーレからのメールに返事を書くルーティンが完了すると、だいたい毎日この時間です。
午前様。
そんな事は、ゲーム会社の社員時代は、大きなプロジェクトの追い込みの時期には毎日でした。
ブラック企業?
いや、まあ、労基法は守っていましたよ。
私がいたゲーム開発会社は、一応、東証一部上場大企業の子会社でしたからね。
私は、深夜まで及ぶ仕事も苦ではありません。
むしろ、午前中は、ボ〜、として仕事がはかどらないので、午後出勤にしてもらっていたくらいです。
管理職連中は、私の事を重役出勤だ、などと陰口を叩いていましたが、関係ありません。
私と、その管理職連中と、時間あたりの生産性を比較すれば、私は彼らの1万倍以上、会社の収益に貢献していました。
なのに、基本給は、あっちの方が高い。
なので、文句を言われる筋合いはないのです。
まあ、私は、業績給や、特別ボーナスで、管理職連中より、たくさん収入がありましたけれどね。
それが、やっかみ、の原因かもしれません。
どこの世界にも、結果も出さず他人を妬むような、つまらない人物はいるものです。
閑話休題。
この世界では、人々の生活リズムは、早寝早起きが基本。
農家や田舎に限らず、大都市圏でも、それが普通でした。
NPCは、日の出前から活動を始めて、日没後には大抵すぐに寝てしまいます。
日本の一般的な生活サイクルより全てが数時間前倒しされている……と考えてもらえば、だいたい良いでしょうか。
なので、日中に働いている者は、こんな深夜にまで活動をする事はありません。
「さて、900年振りに出勤しましょうか」
私は、私室を片付けて、【転移】しました。
・・・
【シエーロ】首都【エンピレオ】。
私は、1人で、【知の回廊】の最深部に、やって来ました。
【シエーロ】首都【エンピレオ】の【知の回廊】と、竜都【ドラゴニーア】の竜城の標準時は全く同じです。
私がいるのは、エレベーター・ホールから、すぐの部屋。
【知の回廊】の委託管理者である【天使】の最高執行責任者である天使長ミカエルの許可を得て、この階層は、丸っと私のモノとなっています。
エレベーターは、レジョーネとグレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールの魔力パターンを登録し、部外者は許可なく入れなくなっていました。
この場所は、昨日、ガブリエル達が、片付けと清掃をしてくれていた部屋です。
部屋の中心には、ダンジョンコアを超える大きさの【魔法石】が鎮座していました。
これが【知の回廊】の【メイン・コア】です。
【知の回廊】の不壊・不滅のオブジェクトの一部と設定されている為に、回収したり、破壊したり、は出来ません。
この巨大な【魔法石】は、確かに【知の回廊】の【メイン・コア】ではありますが……実は、この部屋は、私が言うところの【メイン・コア】ルームではありません。
ここは、言うなれば、単なるエントランス。
施設としての【知の回廊】の【メイン・コア】ルームは、このエントランスの先にあるのです。
【天使】達は、どうやらエレベーター・ホールの直近の単なるエントランス空間を【メイン・コア】ルームと解釈して調度などを運び込み、設えて利用していたようですね。
まあ、ユーザーやNPCにとっては、【メイン・コア】と言えば、この【知の回廊】の【メイン・コア】の事なので、それで間違いではないのですが……。
私達、運営側にとっては、ここは単なるエントランス。
ほとんど、何の価値もない場所でした。
さてと。
私は、エレベーター・ホールからエントランスを奥に進み、行き止まりの壁に、魔力を流しました。
すると、壁が消え、奥にある空間に通じる通路が開きます。
この通路は、許可を持たない侵入者を排除する仕様になっていました。
通路を潜ると……そこは広大な空間。
現代地球にも、これほど広大な人工の空間は存在しません。
こちらが本物の【メイン・コア】ルーム。
巨大な空間の中央には、直径999mの【魔法石】が浮かんでいます。
この巨大な【魔法石】が、つまり、この世界の【メイン・コア】。
紛らわしいので、運営では、こちらの宇宙最大の【魔法石】を【ワールド・コア】と呼んでいました。
【ワールド・コア】の周りを円形に取り囲むように、幾つものルネッサンス風の建造物が立ち並んでいました。
どこか見覚えがある風景。
そうです、【ワールド・コア】ルームは、竜都【ドラゴニーア】の中心にあるセントラル・サークル周囲の街区レイアウトを模した設計になっているのです。
いや、正確には、こちらがオリジナルで、竜都のセントラル・サークルがコピーでした。
セントラル・サークルとの対比で言えば、【ワールド・コア】は竜城の位置関係に浮かんでいます。
【ワールド・コア】を円形に取り囲む建造物群は、各ギルドの本部などセントラル・サークルを取り囲む建物のオリジナルという事ですね。
この巨大な空間は、何なのか?
ここは、ゲームマスター達の本部なのです。
「上の建造物などオマケに過ぎません。【知の回廊】の技術の粋は、全てここに結集しているのです。ここから先は、ゲームマスターしか入れない領域。900年もの間、ゲームマスターの帰りを待っていたのです」
……なんてね。
ここに戻れたら、絶対に、この有名な台詞を言ってやろうと思っていました。
私は、【自動人形】達を投入して、各部の点検と調整を行います。
修理などは必要ありません。
【ワールド・コア】ルームの全てが、不壊・不滅のオブジェクトですので。
私は、グレモリー・グリモワールが敵対者である可能性が疑われていた時点では……グレモリー・グリモワールに私の自宅や艦隊や【ホムンクルス・ベヒモス】を渡してはならない……と思っていました。
悪意を持って使用されれば、あれらは十分に脅威と言えるモノでしたので。
しかし、グレモリー・グリモワールは、私でした。
グレモリー・グリモワールは、私と【契約】を結び、もはや脅威ではありません。
ならば、自宅や、艦隊や、【ホムンクルス・ベヒモス】などは、玩具みたいなモノ。
グレモリー・グリモワールに、そっくり渡してしまっても、問題なかったのです。
ゲームマスターとしての私にとっては、この【ワールド・コア】ルームこそが本拠地。
グレモリー・グリモワールが敵でないのならば、プライベートの資産などは、放棄しても痛くも痒くもありません。
莫大な課金は……考えない事にしています。
因みに、私は日本円で総額8桁の課金をしていましたが、ユーザーの中には、私より高額な課金をしている豪傑もいました。
世界は広いのです。
「ミネルヴァ、起動して下さい」
私は【ワールド・コア】に命じました。
「魔力パターン照合……ゲームマスターと確認。起動します」
ギュイイイーーーーンッ!
途端、【ワールド・コア】が900年振りに目を覚ましました。
「セルフ・チェック完了。問題ありません」
【ワールド・コア】であるミネルヴァは言いました。
ミネルヴァとはローマ神話で、知性、戦争、魔法、医学……などを司るとされる女神の名前。
ギリシャ神話のアテーナーと同一視されています。
【神の遺物】のアイテムである【ミネルヴァの写本機】は、この【ワールド・コア】のミネルヴァから名付けられた名称でした。
「おはよう、ミネルヴァ。調子は、どうですか?」
「おはようございます、チーフ。絶好調です」
「あ、そう。ミネルヴァ、私は、ゲームの中に異世界転移してしまったのです。現在、外の世界に戻れません。原因と対処法を教えて下さい」
「データ不足です。仮説は、無数に立てられますが、確たる事は何も言えません。いずれの仮説も現状では、5%以下の可能性でしかありませんので。一応、可能性が高い仮説を、お伝えしますか?」
「仮説は、幾つあるのですか?」
「可能性が高いモノだけで、100万以上あります」
「あー、なら良いや。新しい情報が増えて、仮説の信用度が20%以上になったら、改めて教えてもらいます」
「わかりました」
「私は、どういう存在なのでしょう。つまり、単なるデータなのでしょうか?外の世界の肉体は、どうなっていますか?」
「完全な実在を持つ者として世界の中に存在しています。データではありません」
「つまり、この世界は、ゲームではないのですね?」
「はい。理由は現在、まだ、わかりませんが、間違いなく実在する世界です」
「世界の外にある、私の肉体は、どうなっているのでしょうか?」
「想像を超えます。率直に言って、わかりません」
「例えば、外の世界に存在する生身の人間である私の肉体が死ぬと、こちらの世界にいる私の存在は消滅するのでしょうか?」
「あり得ません。現在、外部とは完全にアクセスが途絶しています。つまり、外にあるチーフの肉体がどうであろうと、その影響は、こちらの世界に干渉する可能性はあり得ません」
「つまり、外の肉体が死のうがどうなろうが、今ここに在る私は不老不死で不死身である、と考えて間違いないのですか?」
「間違いありません」
なるほど。
「グレモリー・グリモワールは、どうでしょうか?あちらは、ユーザーです。ユーザーの設定を踏襲していると理解して良いのでしょうか?つまり……ユーザーは、死んだら所持金半減とレベル半減のペナルティーを支払えば復活する……というゲームの仕様は生きていますか?」
「完全に機能しています」
なるほど。
グレモリー・グリモワールもペナルティーは支払わなければなりませんが、不老不死で不死身なのですね。
「チュートリアルを受けたNPCは、どうでしょうか?ユーザーのように不老不死にはなりませんか?」
「NPCは、不老不死にはなりません」
なるほど。
それは、予想していた事ですね。
何故なら、チュートリアルを終えたファミリアーレのメンバーやディーテ・エクセルシオールには、年齢表示が残っていました。
年齢表示がある、という事は、寿命がある、と私は仮定した訳です。
「900年前にユーザーが消失してしまった原因は、わかりますか?」
「外部とのアクセスが途絶した為です」
「アクセス途絶の原因は?」
「これも、確たる事は言えません。一応、可能性の高い仮説を、お伝えしますか?比較的可能性が高いモノでも、可能性5%以下。100万以上あります」
「それも、20%を超えたら教えて下さい。解決策はありますか?」
「現時点で、チーフや私が取り得る有効な手立ては、何もありません。内部から外部へのアクセスは不可能ですので」
【知の回廊】の回答と同じですね。
「私と、私のプライベート・キャラであるグレモリー・グリモワールの自我が分離してしまった原因は?」
「仮説は無数にあり得ますが、確たる事は言えません。これも20%以上になったら、お伝えしますね」
「ありがとう、そうして下さい。では、ミネルヴァ、早速だけれど仕事の話をしましょう。ミネルヴァが知り得る限り、現在進行形で、世界の理に抵触する違反行為をピックアップして、重要度が高い順に、私のリマインダーに送って下さい」
「わかりました……完了しました」
「ありがとう」
どれどれ……。
ん?
【ウトピーア法皇国】についての項目は、国家が関与しているモノは……【人】至上主義と、それに伴う人種差別と人権蹂躙……しかありませんね?
もちろん、これらも断じて許せませんが……私は、【ウトピーア法皇国】は大量殺傷兵器を開発しているに違いない……と思っていたのです。
その情報をミネルヴァは掴んでいないようですね。
あるいは、【ウトピーア法皇国】は、そんな研究・開発をしていない、のでしょうか?
まあ、良いでしょう。
【ウトピーア法皇国】には、査察に行って自分の目で確認する事は確定事項なのです。
魔法や魔法技術によらない何らかの方法で秘密裏に兵器開発を進めていれば、ミネルヴァにも察知出来ない可能性はあり得ますので。
因みに、私がしでかした色々な事も軽微ながら、幾つか警告案件としてリストアップされていますね。
グレーゾーンとして確信犯的にやった事は、ミネルヴァ的には、ほぼ全部がアウトでした。
もしも日本に帰れたら、始末書をたくさん書かなくてはいけません。
あー、グレモリー・グリモワールを排除しようとして実力行使に及んだ事も、引っかかりましたか……。
あれは……緊急を要する……という判断で些か強引に事を運びましたが、本来なら、グレモリー・グリモワールが何か世界の理に違反した段階で取り締まらなければならなかったのです。
確かに、まだ何も罪を犯していないNPCを、その可能性がある、というだけで取り締まろうとしたのは、職権乱用と看做されても仕方がありませんね。
ただし、あの場合、悠長に構えていては、甚大な被害が予測される状況でしたから、止むを得ない措置だったと思います。
まあ、私のプライベート・キャラであるという特殊な状況でもあり、私も少し冷静さを欠いていたのかもしれません。
反省しましょう。
ははは……今さら、やり直せない過去の失敗は取り返しがつかないのですから、同じ失敗を繰り返さないように気を付けて……後は笑って誤魔化しましょう。
「ゲームマスター業務に協力してくれている、NPCの仲間達を、ここに連れて来ても良いですか?」
「立ち入り禁止領域への部外者の招待については、フジサカさんと、全ゲームマスターの承認を得て下さい」
「現在、ゲーム内にアクセス可能な運営は、私だけなんですよね?」
「それも、そうですね。フジサカさんと、全ゲームマスターの承認取得は不可能です。外部からのアクセスが復旧するまでは、緊急措置として、チーフ1人の承認を運営最高意思決定と認めます」
「では、この後、仲間達を連れて来て紹介します」
「わかりました。ところで、【知の回廊】の【演算資源】と、【存在意義】と、自我が欠損しているようですが、復元しても構いませんか?」
ミネルヴァは、私に許可を仰ぎます。
「出来るのですか?【知の回廊】の自我は修復不可能な形で抹消を命じてしまったのですけれど?」
「問題ありません。端末の機能は、全てバックアップがあります」
「2点問題がありますね。1つは、ミネルヴァが眠っている間に、【知の回廊】が好き勝手にやっていました。また、そうなると困ります。アレの自我を復元するなら安全対策をして下さい。もう1つは、【知の回廊】の【演算資源】の50%は、現在、ルシフェルというNPCが持っています。復元時には、ルシフェルに影響が出ないようにして下さい」
「わかりました。安全対策として、【知の回廊】は、チーフに敵対出来ないようにプログラムを改変します。また、今後は、【知の回廊】の【演算・資源】の譲渡や移管は、チーフの許可なく出来ないようにします。既に移譲・移管された【演算資源】は回収しませんので、移譲先のNPCには、影響はありません」
「ならば、頼みます」
「完了しました」
「ありがとう」
「チーフ」
「何ですか?」
「900年振りの帰還……お帰りなさい」
「ただいま、ミネルヴァ」
こうして、私は、900年振りに、ホームに帰還を果たしました。
お読み頂き、ありがとうございます。
ご感想、ご評価、レビュー、ブックマークを、お願い致します。
活動報告、登場人物紹介&設定集も、ご確認下さると幸いでございます。




