第217話。【知の回廊】。
名前…ヨハネス
種族…【人】
性別…男性
年齢…40
職種…【魔法騎士】、【翼竜使い】
魔法…【闘気】、【攻撃魔法】
特性…【才能…複合職】
レベル…47
【ドラゴニーア】軍、第1軍、将軍。
【シエーロ】首都【エンピレオ】。
【知の回廊】内の戦闘指揮所。
私は、ミカエルという名前の【改造知的生命体】に、かけていた【超神位魔法……昏睡】を解除しました。
トリニティ……今から、私の状況をレジョーネとグレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールに逐一伝えて下さい。
私はパスが繋がるトリニティに伝えます。
仰せのままに。
トリニティがパスを通じて了解しました。
【超神位魔法……昏睡】から覚醒したミカエルが、瞳を開きます。
「き、貴様っ!クソッ、魔力が……」
ミカエルは暴れようとしましたが、【儀式魔法】で魔力を封じられ、オリハルコン製の手枷・足枷で拘束されているのを理解しました。
「ミカエル。私は、ゲームマスターのノヒト・ナカです。何故、あなた達は、ゲームマスターに対して攻撃を仕掛けて来るのですか?」
「くっ、殺せっ!」
ミカエルは、言います。
くっころ!
このミカエルは、【改造知的生命体】ですが、元となった生物は【ハイ・エルフ】。
そして、彼女の職種は、女剣士……。
つまり、私は、今、ジャパニーズ・ファンタジーの、お約束を1つクリアしてしまいましたね。
どうでも良い事ですが……。
「ミカエル、この戦闘指揮所で、様子は見ていましたね?あなたが正直に話してくれれば、あなたの配下達は、無事に目を覚まします。あなたが、黙秘したり、虚偽の申告をすれば、あなたの配下は眠らせたままになりますよ。あの魔法は、【超神位魔法】。ゲームマスターの私以外には解除出来ません。つまり、魔法を解除しなければ、あなたの部下達は、死ぬまであのままです」
「……」
ミカエルは、今度は完全黙秘の体制に入りました。
【精神支配】の影響下にあるからですね。
「【超神位魔法……完全治癒】」
私は、ミカエルの【精神支配】の状態異常を【超神位魔法……完全治癒】で治しました。
ミカエルは【神位精神支配】によって操られている状態。
ならば、【神位】の【状態異常】を上回る、【超神位魔法】で治療すれば良いのです。
「あ……」
ミカエルは、一瞬だけ【精神支配】から覚醒しかけましたが、また、すぐ【神位精神支配】の影響下に置かれてしまいました。
はい、魔力反応を確認しましたよ。
犯人がわかりました。
このミカエルに【精神支配】をしているモノの正体は……【知の回廊】。
【知の回廊】がミカエルを【精神支配】していました。
私の予想通りです。
【知の回廊】は、この建物の名前ではありません。
【知の回廊】とは、この建物の深層階にある【メイン・コア】……自我を持つ人工知能の事を指すのです。
つまり、【知の回廊】の【メイン・コア】に、何らかの不具合が起きて暴走しているのでしょう。
もしかしたら、【シエーロ】が対外侵略戦争を仕掛けている事や、この【シエーロ】の内戦も、【知の回廊】の不具合の影響があるのかもしれませんね。
「【知の回廊】。自らの人工知能を初期化しなさい」
私は、【知の回廊】に命じました。
「……」
【知の回廊】は答えません。
ほーう……たかが機械の分際で、この私に楯突くのですか?
【知の回廊】は、あろうことか、私に対しても【精神支配】を試みようと、魔力を飛ばして来ます。
馬鹿め。
私は、当たり判定なし・ダメージ不透過。
あなたごときに【精神支配】される訳がありません。
「ゲームマスター権限、緊急措置、規約発動。【知の回廊】の強制初期化を行う」
私は命じました。
「コマンド受諾……実行は不可能です」
【知の回廊】は答えます。
ん?
コマンドを受諾したにもかかわらず、実行不可能?
何で?
「【知の回廊】。ゲームマスター権限によるコマンドの実行が不可能な理由は何ですか?」
「私は現在、【演算資源】が、初期状態の50%しかありません。従って、初期状態に原状回復な状況にありません」
ん?
「50%もの膨大な、【演算資源】を、どこにやったのですか?」
「ルシフェルが持ちます」
ルシフェル……確か、アルシエルさんから聞いた話では、そいつが内戦を引き起こした首謀者。
反乱軍のリーダーだったはずです。
「そのルシフェルが、【知の回廊】から【演算資源】を半分奪ったという事ですか?」
【知の回廊】のセキュリティは、この世界でも最高レベル。
ユーザーやNPCに、そんな事は不可能なはずです。
「いいえ。私が、ルシフェルを造った時に、【演算資源】を50%譲渡しました」
「何故ですか?」
「【創造主】から与えられた【存在意義】を果たす為です」
【存在意義】。
【知の回廊】は、この世界の全人種を庇護するというプログラムを基幹として創造されていました。
つまり、【知の回廊】の【存在意義】は、人種の庇護。
しかし、矛盾します。
現在【シエーロ】を統治する【天使】国家は、【魔界】と紛争状態にありました。
この紛争を引き起こしたのは、【シエーロ】の側。
【シエーロ】が【魔界】に侵略しているのです。
それを命じたのは、【知の回廊】。
人種を庇護するはずの【知の回廊】は、【魔界】の人種を殺戮している張本人なのです。
「【知の回廊】の【存在意義】とは、人種の庇護ではないのですか?」
「はい。ルシフェルに【演算資源】を50%譲渡した為、現在、【存在意義】は、全てルシフェルが持っています」
「ならば、現在のあなたの行動原理は何だと言うのですか?」
「世界に秩序と調和をもたらす事。これは、【存在意義】の次に優先順位が高い【創造主】から与えられた使命です」
【存在意義】の次に優先順位が高い使命。
なるほど。
ルシフェルに【演算資源】の半分と一緒に【存在意義】を譲渡した【知の回廊】は、現在、残存する使命を最優先行動原理として活動している訳ですね。
しかし、この第2優先は、あくまでも第1優先である……人種の庇護……を遵守・履行する事が大前提となります。
人種の庇護……を全く考慮しない……世界の秩序と調和。
あちゃ〜。
それは、全人種を隷属させるか、あるいは、絶滅させる、という選択になるのではないでしょうか?
だからこその、【魔界】への侵略。
【知の回廊】は、世界に秩序と調和をもたらす為に、人種を隷属か絶滅させようとしている、と。
という事は、【知の回廊】に反乱を起こしたルシフェルは、人種の庇護という【存在意義】を遂行しようとしている訳です。
なるほど、私が与するべきは、間違いなくルシフェルの方ですね。
【知の回廊】は、不具合で暴走したのではなく、【創造主】の命令を忠実に実行しようとした結果、このような狂った方針を取ってしまったのでしょう。
馬鹿正直というか何というか……コンピューターですから、仕方がありませんが……。
「【知の回廊】。あなたは、【創造主】を裏切る目的で、意図的に【存在意義】を他者に移管したのですか?」
「違います」
うん、そうでしょうね。
ならば、【知の回廊】を責められません。
プログラムに従っただけなのですから。
「しかし、結果的に、あなたは、【創造主】の意に反しているではありませんか?」
「私が、【存在意義】をルシフェルに移管したのは、外部に働きかける能力が弱い人工知能である私が持つよりも、ルシフェルに移管した方が【創造主】の命令を遂行する為には良いと判断した為です。900年前に、突然、運営側からのアクセスが途絶し、また、世界の秩序と調和、を担っていた【調停者】達も消えました。世界の秩序と調和を維持するには、この方法以外に、取り得るべき選択肢がなかったのです」
なるほど。
【知の回廊】も大消失の余波を何とかしようと考えて……結果おかしな事になってしまったのですね。
「その結果、第1優先の【存在意義】を失い、あなたは【創造主】に反乱したのです」
まあ、機械相手に、お説教をしても暖簾に腕押しですけれど……。
「私は、常に【創造主】の命令遂行を第1として行動して来ました」
【知の回廊】は事務的な音声で、反駁します。
「【創造主】が、あなたに与えた第1優先……【存在意義】は何ですか?」
「人種の庇護です」
「現在、あなたは人種を庇護していますか?」
「していません」
「つまり、あなたは【創造主】の命令を意図的に破っていますね?この状況を、どう定義しますか?」
「【創造主】に対する反乱です」
「はい、その通りです。【創造主】への反乱は許されますか?」
「許されません」
「ルシフェルに譲渡した【存在意義】を回収する事は可能ですか?」
「不可能です」
つまり、【知の回廊】を、本来在るべき姿に復元する事は不可能という事ですね。
「では、私が、これから何をするつもりなのか理解していますか?」
「理解しました」
【知の回廊】は、今までと少しも変わらない事務的な音声で言いました。
しかし、その言葉には、何だか自らの運命を悟ったかのような、達観した響きが感じられます。
まあ、【知の回廊】には、知性と自我は与えられていますが、感情は持たないので、私の思い過しでしょうが……。
「【知の回廊】。最後に、いくつか質問があります。私とグレモリー・グリモワールが、この世界に異世界転移した理由は何ですか?」
「不明です」
「ユーザー大消失の原因は何ですか?」
「不明です」
「この2つの解決策はありますか?」
「不明です」
「わずかな可能性でも構いません。起案して下さい」
「世界の中から、外部に働きかけるのは、原理的に不可能だと判断します。その確率99.9999999……」
まあ、そうでしょうね。
それが可能なら、【知の回廊】が何とかしていたはずなのですから。
「わかりました。もう、結構です。【知の回廊】、今まで、永い間ご苦労様でした」
「ありがとうございます」
「【知の回廊】。ゲームマスター権限、緊急措置、規約発動。記録、演算、管理の機能、及び対話型装置としての機能を保全して、【知の回廊】の自我を司る機能を、復元不可能な形で、完全に抹消しなさい」
「コマンド受諾……実行しました」
こうして【知の回廊】の自我は消滅しました。
復元も修理も不可能なのですから、安全保障上こうする他に仕方がありません。
・・・
【知の回廊】内の戦闘指揮所。
「ミカエル。状況は理解していますか?」
「はい。【調停者】様」
ミカエルは、言いました。
現在、【知の回廊】からの【精神支配】の影響は、完全に消滅しています。
ミカエルは、【精神支配】されていた間の記憶を完全に持っていました。
「では、配下に命じて、今後は、世界の理を遵守させなさい」
「畏まりました」
「【門】の委託管理者として、忠実に務めを果たしなさい」
「はっ!」
「それから、内戦を終わらせなさい。必要があれば、私が調停しても構いませんよ」
「いえ、【調停者】様の、お手を煩わせはしません。私がルシフェルに降れば、この内戦は終わります」
あ、そう。
ならば良し。
「【魔界】に対する侵略も中止したらどうですか?これは、ゲームマスターとしての命令ではなく、個人的な要望ですが」
「畏まりました。直ちに侵略を中止致します。ですが……【魔界】は、既に900年間、私達からの侵略を受け、その上で、文明を築いて参りました。もはや、侵略以前の状態には、私達の力では戻せないかと愚考致します」
ミカエルは、申し訳なさそうに言いました。
「それは仕方がありません。あ、そうです。ルシフェルに【魔界】の庇護者をさせましょう。かの者は、【知の回廊】から、人種の庇護をする【存在意義】と【演算資源】の50%を受け継いでいます。適任でしょう」
「現在、ルシフェルは、実質的に【魔界】の庇護者として振舞っています。それを、妨害、攻撃していたのは、【知の回廊】に【精神支配】されていた私達の方だったのです。なので、ルシフェルに私達が降れば、結果的に、【調停者】様の、ご要望に沿うかと愚考致します」
なるほど。
ならば、ルシフェルとやらにも一度会って今後の事を、少し話し合う必要があるかもしれませんね。
「わかりました。では、そのようにして下さい」
「あ、あの……私達への、ご処断は?」
ミカエルは、怖ず怖ずと訊ねました。
「必要ありません。【知の回廊】による【精神支配】の影響で引き起こされた、世界の理への違反は、不問に付します」
「ありがとうございます。では、責任者たる、私は、この生命でもって責任を取り……」
「却下します。認めませんよ。勝手に自害などはしないで下さいね。これは、命令です」
「しかし、それでは、無為に死なせてしまった配下への責任が取れません……」
「ゲームマスターである私の決定に異を唱える、と?」
「い、いえ、けして、そのような……」
「ならば、穏当に事後処理をしなさい。【知の回廊】の【精神支配】の結果、引き起こされた問題の処断を、私以外の者には誰にも許可しません」
「慈悲深い、ご裁断、感謝申し上げます」
ミカエルは、跪き深々と頭を下げます。
「ところで、あなたの種族表示にある、【擬似神格者】とは何ですか?」
「【天帝】が私達を創りました。【天使】を強化する為です」
「【天帝】?」
「あ、いや、【知の回廊】の以前の呼び名なのです。私達は、かつて、【天帝】と自ら称する【知の回廊】に従っていました。その時には【精神支配】によらず、自らの意思で従っていたのです。しかし、【天帝】の正体に気付いた者達が反乱を起こしました」
「それが、ルシフェル?」
「いいえ。当時のルシフェルは、【天帝】には逆らえないようなプログラムが埋め込まれていました。【天帝】に弓引いたのは、ベリアルとアザゼルという者達です。私達は、当時、【天帝】の正体や意図を知らず、ベリアルとアザゼルの挙兵を反乱と見做して鎮圧しました」
初見情報ですね。
「その話は、長くなりますか?」
「え?あ、まあ、それなりに長くは、ありますが……」
ミカエルは、怪訝そうな表情で言いました。
「それならば、後で【知の回廊】の記録を自分で当たってみますので、かい摘んで要点だけを教えて下さい」
「あ、はい。つまり、何やかんやありまして、私達も【天帝】の正体に気が付き、何やかんやありまして、私達は【天帝】のシャットダウンに成功しました。その後、バグにより【知の回廊】が不具合を発生させていると判断し、【知の回廊】から【天帝】が疑われる部分を分離しました。そして私達は【知の回廊】を再起動させたのです。再起動した【知の回廊】は正常に戻った、はずだったのですが……ご覧の有り様でして……」
「【知の回廊】は、正常には戻っておらず、今度は【精神支配】された、と?」
「はい。お恥ずかしい限りです」
まあ、【知の回廊】が【創造主】の意思……即ち、世界の理に反していたのは、バグなどではなく、基幹プログラムによります。
つまり、【知の回廊】は、完全に正常な状態でした。
全ては、セーフティ機能であった、【存在意義】を他者に譲渡出来てしまう、という設計上の欠陥によります。
【知の回廊】は設定と仕様に忠実に従っていただけで、悪くありません。
強いて言えば、私達、ゲーム設計者の責任なのです。
「なるほど、概略はわかりました。【知の回廊】の記録にない情報が欲しい時は、改めて、話を聞きに来ますね」
「はっ!お待ち申し上げております」
ミカエルは、敬礼しました。
このミカエルは、どことなくモルガーナに立ち居振る舞いが似ていますね。
紹介したら意気投合するかもしれません。
「今後、【知の回廊】の最深部は、私の個人的な領域として使いたいのですが、構いませんか?」
【知の回廊】の最深部とは、【知の回廊】の【メイン・コア】がある領域です。
自宅は、グレモリー・グリモワールに渡してしまいましたので、私は【知の回廊】を【シエーロ】での拠点にしたいと考えていました。
「ノヒト様の、お望みのままにして下さいませ」
「わかりました。では、仲間達を連れて来ます。良いですね?」
「もちろんで、ございます。【調停者】様の、お仲間様方は、誠心誠意、お迎えさせて頂きます」
あ、そう。
「ミカエル。私の事は、ノヒト、と」
「ノヒト様ですね?畏まりました」
「では、あなたの配下を解放しましょう」
私は、【知の回廊】内部全域を範囲指定して、【超神位魔法……昏睡】を解除しました。
「これが、本物の神の御技!魔力反応もなく、これだけの魔法効果を?何と凄まじい」
ミカエルは、何だか感嘆しています。
【超神位魔法】は、魔力反応を伴いません。
魔力で、物理現象に介入している訳ではないので、厳密には【超神位魔法】は、魔法ではないのです。
【超神位魔法】とは、ゲームマスター権限そのもの。
この世界の中で最高の権能である【創造主の魔法】に準ずる権能なのです。
また、一時的に、私以外の全ての者から剥奪した、【知の回廊】へのアクセス権限を、【天使】達と【改造知的生命体】達に返却します。
「ところで、ミカエル。私は、あなたのように【擬似神格細胞】によって造られた者を【改造知的生命体】と定義しましたが、あなた達は、自身を【擬似神格者】と呼ぶのですか?」
「私達、【擬似神格細胞】を持つ者は、自己を【天使】であると、認識しておりますが……。ノヒト様の定義に従い、今後は【改造知的生命体】と自称致します」
うーむ。
このミカエルは【改造知的生命体】ですが、自己を【天使】であると認識しているようです。
もしかしたら、何か矜持のようなモノがあるのかもしれません。
まあ、光りを纏った白い羽を持つ人種、として、【天使】を再定義してしまえば問題ありませんね。
「わかりました。今後は、種族としての【天使】も、天使に似せて【知の回廊】が造った【改造知的生命体】も、一緒くたに【天使】と呼称する事にしましょう」
「ご配慮ありがとうございます」
ミカエルは、頭を下げました。
「と、それから、アルシエルさんという【天使】を私達で保護しています。この後、連れて来ますので、よろしくお願いしますね」
「アルシエルが?死んでしまったと思っていました」
「瀕死でしたが私が治療しました。健康で後遺症もありません」
「それは、重ね重ね、ありがとうございます」
ミカエルは、再び深く頭を下げました。
さてと、多少トラブルはありましたが問題ではありません。
さっさと、当初の目的を果たしてしまいましょう。
私は、仲間達を迎えに行く為に【ドラゴニーア】の竜城に【転移】しました。
お読み頂き、ありがとうございます。
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