第210話。臨検。
名前…キュリオラ
種族…【ドラゴニュート】
性別…女性
年齢…85歳
職種…【女神官】
魔法…【回復・治癒】など。
特性…飛行、【神竜の使徒】、【才能…規律】
レベル…60
【ドラゴニーア】南の都市【アルバロンガ】の神殿長。
異世界転移、33日目。
【ラウレンティア】飛空船港。
上空には、神の軍団白師団から選抜された【古代竜】の神兵達が旋回しています。
レジョーネは、港を固めていました。
西から、一隻の大型船が向かってくるのが見えています。
貨客船サンタ・ルチア号。
【ドラゴニーア】の都市内巡回飛空船公社が運行管理する、竜都【ドラゴニーア】と、ウエスト大陸の【ブリリア王国】の辺境伯領【サンタ・グレモリア】とを往復で結ぶチャーター貨客船です。
乗組員50人……乗客は、4人と1体。
乗組員は、【ドラゴニーア】の公務員なので、全員、私達の味方。
経験豊富で優秀なクルー達だそうです。
クルーは、私達が臨検とグレモリー・グルモワールの身柄確保に動く事は知っていました。
乗客の1体は、マリオネッタ工房のマスター権限移譲オペレーション業務担当【自動人形】のクワランタです。
私のスマホには、クワランタからの情報がリアルタイムで入って来ていました。
残りの乗客は、グレモリー・グルモワールと、2人の【エルフ】の子供と、1人の女性貴族。
【エルフ】の子供は、グレモリー・グルモワールの養子なのだ、とか。
4人は、まるで緊張感のない様子で船旅を、のほほんと満喫しているようです。
子連れ?
油断させる為の偽装工作でしょうか?
総員、戦闘配置に付け。
私は、【念話】とパス通話で全ユニットに指示します。
当初、私、ソフィア、ファヴ、オラクル、トリニティ、ウルスラの6人で貨客船サンタ・ルチア号に乗り移り、強襲するプランもありましたが、それは、悪手。
グレモリー・グリモワールは、【マッピング】機能を持ちます。
得体の知れない集団が航行中の船に乗り込んで来れば、すぐに気付かれるでしょう。
【マッピング】機能の前では、トリニティの【完全認識阻害】の兜【アイドス・キュエネー】も役に立ちません。
港に迎え入れても、私達が船に乗り込めば、グレモリー・グリモワールに気付かれる状況は変わりませんが、少なくとも、貨客船サンタ・ルチア号のクルーを退避させる事は出来ます。
ヴィクトーリアとアルシエルさんは、神兵と共に離れた場所に待機していました。
グレモリー・グリモワール相手では、2人の戦闘力では秒殺されてしまいますので。
私達は、船上からは目視出来ない場所で、各自の武器を用意しました。
さあ、ティップ・オフ……試合開始です。
・・・
貨客船サンタ・ルチア号は、静かに港に接岸しました。
クルー達が、作業をするような体裁で、次々に下船して来ます。
グレモリー・グリモワール達は、船長達が……税関の手続きがあるので、しばらく客室で待つように……と指示していました。
グレモリー・グリモワールは、疑う様子もなく、指示に従っているようです。
船長と副船長が、最後に下船して、私達は、入れ替わりにサンタ・ルチア号に乗り込みました。
「ノヒト様。3階最後部キャビンです。一番大きな部屋ですので行けばわかります」
すれ違いざまに船長が言います。
「ありがとうございます」
突入!
私達は、手分けして全ての脱出経路を塞ぎ、徐々に包囲を狭めて行きました。
グレモリー・グリモワール達がいる部屋の前に到着。
刹那……グレモリー・グリモワールの客室の中から、何やら魔力反応を感知しました。
これは、【転移】。
【マップ】からグレモリー・グリモワールの光点反応が消えています。
しまった、逃げた……。
アレは、【転移】は持っていないはずです。
いつの間に【転移】を身に付けたのでしょうか?
バタンッ!
私は、グレモリー・グリモワールの客室の扉を開きました。
やられましたね。
完全に出し抜かれてしまいました。
やはり【マッピング】持ちのユーザー相手には、一筋縄ではいきません。
「お兄さん、だーれ?」
小学生くらいの【エルフ】の男の子がキョトンとした顔で言います。
男の子の手を、慌てて繋ぐ、中高生くらいの【エルフ】の女の子が、隣にいました。
その奥に、女性が立っています。
女性は、素早く【エルフ】の子供達を背後に隠すように移動しました。
グレモリー・グリモワールではありません。
【エルフ】の子供達は、驚くべき事に上位魔法職の【魔導師】と【魔導師】。
この年齢で、しかもNPCだという事を加味すれば信じられない事です。
まあ、レジョーネの脅威にはなり得ませんが……。
一瞬……グレモリー・グリモワールによって、チュートリアルを受けさせられたのか……とも考えましたが、違いました。
この子供達は、チュートリアルは、未挑戦です。
2人が【収納】、【鑑定】、【マッピング】を持っていない事から、それがわかりました。
女性の職種は、【暗殺者】。
護衛でしょうか?
事前の情報では、貴族の女性だ、との事でしたが……。
まあ、良いでしょう。
こちらの女性は、【エルフ】の子供達よりも雑魚ですので。
「一体、何ですか!ここは、【サンタ・グレモリア】の庇護者たるグレモリー・グリモワール様の客室ですよっ!無礼なっ!」
【暗殺者】の女性が、【エルフ】の子供達を背中に庇うように立ち、私達を睨め付けました。
「【調停者】のノヒト・ナカです。臨検です。抵抗しなければ、手荒な真似はしません」
「【調停者】様?臨検?正当なモノであれば、もちろん、ご協力致しますが、せめて事情を教えて下さいますか?」
【暗殺者】の女性は、訊ねます。
服の袖口に何やら暗器を隠し持っていますね。
あんな物では、とても私達を傷付けられません。
なので、放置で良いでしょう。
「グレモリー・グリモワールという英雄に話を聴きたいのです。グレモリー・グリモワールには、他者への不当な精神支配をしている容疑がかかっています。取り調べた上で、容疑が晴れれば、何もしません。グレモリー・グリモワールは、どこに行ったのですか?正直に答えて下さい。でないと、あなたは、もちろん、他の、お身内の方達にも不利益が生じる事になります」
「グレモリー様は、【サンタ・グレモリア】にディーテ・エクセルシオール様を迎えに行かれました」
ディーテ・エクセルシオール……。
やはり、ビルテさんは裏切りましたか……。
いや、待て。
今……ディーテ・エクセルシオールを迎えに行った……と言いましたよね?
迎えに……という事は、ここに戻ってくるのですか?
ん?
せっかく逃げたのに戻ってくるとか……意味がわかりません。
その時。
客室の中央付近に、転移魔法陣が浮かび上がりました。
どうやら誰かが【転移】して来ます。
魔力反応は、2人。
「【超神位魔法……絶対……】」
私は、途中まで魔法詠唱をして、発動を保留状態にしました。
【転移】して来たのは女性2人。
1人は、【ハイ・エルフ】……もう1人は……ビンゴ。
レジョーネは、ジワリと2人への間合いを詰めました。
この距離でなら、次は逃がしません。
【転移】しようとしても、【魔法中断】で妨害出来ますので。
出現した女性の1人である【ハイ・エルフ】の方が、私達の姿を見て、すぐさま、その場に跪きました。
彼女がディーテ・エクセルシオールです。
当然、もう1人がグレモリー・グリモワール。
グレモリー・グリモワールは、私達を見て、ビクッ、とした表情をしていました。
「えっ、何?どゆこと?」
グレモリー・グリモワールが狼狽して言います。
驚きながらも、グレモリー・グリモワールは、【防御】と【魔法障壁】の出力を高め、魔力を練っていました。
この辺りは、百戦錬磨。
無意識の内に、身体が戦闘準備を整えたのでしょう。
「ノヒト様、お許し下さいませ。何らかの誤解があると思われます。このグレモリー・グリモワールの素性の確かさは、前【エルフヘイム】大祭司であるディーテ・エクセルシオールが保証致します。どうぞ、剣を納めて下さいませ。どうか、私の話を、お聴き届け下さいませ」
ディーテ・エクセルシオールは、頭を床に擦り付けんばかりにして必死に懇願しました。
「えっ?」
グレモリー・グリモワールは、言います。
「「「えっ?」」」
グレモリー・グリモワールの連れて来た、【暗殺者】の女性と、【エルフ】の子供達も言いました。
「これは、何じゃ?」
ソフィアが状況がわからないという顔をしてみせます。
「【……昏睡】」
私は、とりあえず保留状態の魔法詠唱を最後まで完了しました。
バタンッ!
グレモリー・グリモワールは、【抵抗】不可能な【超神位魔法……絶対昏睡】で、瞬時に意識を失って倒れます。
「えっ!グレモリーちゃんっ!」
ディーテ・エクセルシオールが言います。
「「グレモリーお母さんっ!」」
【エルフ】の子供達は叫びました。
「グレモリー様……おのれっ!」
【暗殺者】の女性が隠し持っていた暗器を私に突き立てようとします。
トリニティが迎撃に動こうとするのを、私はパスを通じて制しました。
ノックバックを受けて、女性が握る暗器は弾き飛ばされました。
「大丈夫です。グレモリー・グリモワールは生きています。眠らせただけです。取り調べをして問題がなければ、私に敵対しない事を約束させた上で、解放しますよ」
私は、努めて穏やかな口調で言います。
「【調停者】様。グレモリーの嫌疑とは何でしょうか?いいえ、どんな嫌疑だったとしても何かの間違いです。グレモリーは、【調停者】様に罰を受けるような者ではありません」
ディーテ・エクセルシオールが強い口調で言いました。
「いいえ。グレモリー・グリモワールが、私の意思から離れて活動しているだけで、それは、もはや嫌疑ではなく、確定事項なのです。グレモリー・グリモワールが私の支配下に戻らなければ、排除しなければなりません。ディーテ・エクセルシオール……あなたは、グレモリー・グリモワールを失いたくなければ、グレモリー・グリモワールが、私の支配下に入るように説得して下さい。それ以外にグレモリー・グリモワールを生かす道はありません」
「支配下……【眷属】とするのですか?」
ディーテ・エクセルシオールは、訊ねます。
私は【眷属化】は、使えないんですよ。
何故なら、【眷属化】は、通常、指先などを切断して、自分の肉体組織や血液を、魔力と共に、相手の脳に植え込まなくてはいけません。
私は、当たり判定なし、ダメージ不透過。
つまり、血を流す事も指先を切り落とす事も物理的に不可能なのです。
「いいえ、【契約】をしてもらいます。一つ、世界の理を遵守する事。一つ、私と、私の身内に敵対しない事。一つ、私が命じたら従う事。一つ、法令、公序良俗、倫理、公衆衛生を守る事。これを【契約】するならば生かし、説諭した上で解放します」
しかし、グレモリー・グリモワールを精神支配している何者かは、それを認めないでしょう。
「へっ?そんな簡単な事でよろしいのですか?」
ディーテ・エクセルシオールは、拍子抜けしたように言いました。
「たぶん、ここにいるグレモリー・グリモワールは、それを受け入れないと思いますよ」
「大丈夫です。私が言えば、そのくらいの軽い【契約】ならば、問題なく受け入れます。私が受け入れさせます」
ディーテ・エクセルシオールは、自信満々で言い放ちます。
あ、そう。
ならば任せてみましょう。
私はグレモリー・グリモワールに魔力を封じる儀式魔法を施し、両腕にハマっている【宝物庫】を全て取り上げ、手足をオリハルコンとアダマンタイトの複合材で造った手枷足枷で拘束した上で、【超神位魔法……絶対昏睡】を解除しました。
「ふぇっ?何?……え〜と、これは、どんな状況なの?」
グレモリー・グリモワールは、混乱しているようです。
「グレモリーちゃん。良く聴いて。これは、大事な話だからね……」
ディーテ・エクセルシオールが、グレモリー・グリモワールの説得を開始しました。
・・・
説得の結果。
「何だかわからないけれど、この状況じゃ、仕方がないね。ゲームマスター相手に抵抗しても無意味だし。私には拒否権もないんでしょう?」
グレモリー・グリモワールは、不本意そうに言いました。
「そうよ、グレモリーちゃん。拒否権はなし。今回だけは、変な意地は張らないでよ。相手は、神。抵抗して、どうにか出来る存在じゃないわ。あなたには育てなきゃいけない子供達もいるのよ。わかるわね?」
ディーテ・エクセルシオールは噛んで含むようにして言い聴かせます。
「良いよ。今聴いた内容は大した【契約】でもないし。命令への無条件服従条項に関しては多少、抵抗感があるけれど、相手はゲームマスター……まあ、悪用はされないと思うしね。それで、良いんでしょう?ナカノヒトさん」
グレモリー・グリモワールは、了承しました。
了承した?
呆気なさ過ぎます?
何で?
「良いのですか?」
私は、思わず確認しました。
「良いよ……ってか、どうせ、拒否権ないんだし。ねえ、これ、早く外して欲しいから、【契約】するなら早くしてくんない?さっきから、背中が、超痒〜いんだよね……」
グレモリー・グリモワールは、背中をモゾモゾしながら言います。
何で受け入れるのでしょうか?
グレモリー・グリモワールを精神支配している何者かにとって、グレモリー・グリモワールを、タダで私の支配下に置かせる状況は、マイナス。
それなら、勝てないとしてもグレモリー・グリモワールに戦わせて、レジョーネの誰か1人とでも刺し違えさせれば、プラス。
それが無理でも、グレモリー・グリモワールを私に滅殺させれば、プラスマイナス0。
私に奪い返されるマイナスよりは、プラマイ0のグレモリー・グリモワールを死なせる方が費用対効果的にはマシなはず。
ならば、あくまでも抵抗させて、私にグレモリー・グリモワールを滅殺させる、と、私もソフィアも呼んでいたのですが……。
んっ?
いや、グレモリー・グリモワールは、精神支配……されていない。
【鑑定】で見て気が付きました。
グレモリー・グリモワールは、状態異常が表示されていません。
運営者権限で、グレモリー・グリモワールの過去ログを調べました。
過去ログを遡って、ザーッと見ていくと……。
やはり、精神支配された、という記録は存在しませんでした。
つまり、グレモリー・グリモワールは、素、の状態。
成りすましでも、傀儡でもなし。
完璧に正常な状態という訳です。
意味がわかりません。
多少、狐につままれたような気分になりながらも、私は、完璧な【契約】を結ばせて、グレモリー・グリモワールを完全に恭順させました。
とりあえず、危険は去った、と判断して、私は、グレモリー・グリモワールに施した拘束と魔力封じを解除し【宝物庫】を返却します。
「あー、背中が痒い……」
グレモリー・グリモワールは、【収納】から【魔法のホウキ】を取り出してガリガリと背中を掻き始めました。
そんなモノを孫の手代わりにするとか……。
「グレモリーちゃん。【漆黒のローブ】の上から掻いても【バフ】がかかっているから効かないんじゃないかしら?」
ディーテ・エクセルシオールが言いました。
「あ、そっか……よいしょっ……うっ、苦しい……」
グレモリー・グリモワールは、【魔法のホウキ】の柄を襟元から、背中に挿し込もうとして首が絞まってしまいます。
この緊張感のなさは何でしょうか?
私達を油断させる作戦でしょうか?
いや、もう【契約】は、結んでありますので、今更、私達を油断させる意味がないのですが……。
「あ、そうだ。ナカノヒトさん……ついでにサイン下さい」
グレモリー・グリモワールは、たった今まで自分の背中を掻いていた【魔法のホウキ】を差し出して言いました。
私は、グレモリー・グリモワールが差し出した【魔法のホウキ】の柄に、促されるまま、サインを書きました。
【エルフ】の子供達も?
はいはい、構いませんよ。
こっちの【魔法のホウキ】は、【神の遺物】の純正品ではありませんね?
【魔法のホウキ・レプリカ】……グレモリー・グリモワールの手作り?
素材は【世界樹】の枝?
なるほど。
なかなか、どうして、大した技術ですよ。
兎にも角にも、私は、こうしてグレモリー・グリモワールとディーテ・エクセルシオールを、呆気ないほど簡単に味方陣営に引き込みました。
何だか……激しく、こんな予定じゃなかった感があるのですが……。
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