第21話。商業ギルド。
ジャイアント…巨人(総称)
ヨトゥーン
ティターン
ギガース
トロール
サイクロプス
……などなど。
異世界転移5日目。
朝食を済ませた私とソフィアは外出しました。
今日もソフィアは、午後から国内外の要人・賓客と立て続けに謁見をしなければならないので、後で私が彼女を【竜城】に送り届けなければいけません。
「【竜城】の礼拝堂へなら我は自力で【転移】出来るのじゃ。一人で帰って来れるのじゃ。子供扱いされるのは心外なのじゃ」
「うふふふ、ソフィア様が逃げ出した時にノヒト様がいらっしゃれば掴まえて下さいますので……」
アルフォンシーナさんは微笑みます。
昨日、公務をサボろうとして逃走を試みたソフィアを、私が首根っこを掴まえて取り押さえました。
前科者は信用されないのです。
今日、私は【商業ギルド】と【冒険者ギルド】に用がありました。
私とソフィアは【竜城】から直接【転移】で【銀行ギルド】に設置してある【転移座標】に【転移】します。
・・・
「おはようございます」
私は、いつものようにビルテさんに挨拶をしました。
「ビルテよ。おはようなのじゃ」
「ソフィア様、ノヒト様。おはようございます」
ビルテさんが笑顔で接遇します。
「ビルテさん。私とソフィアは起業をするつもりなのですが、【銀行ギルド】に融資をお願いするかもしれません」
「ありがとうございます。ノヒト様とソフィア様の事業であれば、【銀行ギルド】と致しましても喜んでご融資をご用立てさせて頂きます」
「ビルテよ。我とノヒトが行う事業は、【竜城】とは無関係の私業じゃ。よって、融資においては、キチンと内容を審査せよ」
「【竜城】とは無関係と申されますと?」
私は……孤児と孤児院出身者、それから貧困世帯の支援事業を始めるつもりだ……と、ビルテさんに説明しました。
「なるほど、わかりました。事業計画が出来上がりましたら、恐れながら内容を拝見させて頂きます。その上で適切にご融資の審査をさせて頂きます」
「うむ。公正な審査を頼むのじゃ。公私混同はいかん」
私とソフィアは、ビルテさんと別れ【商業ギルド】に向かいます。
・・・
【世界商業ギルド】は、商人達の互助組織、商業人材派遣業、商工会議所、各国政府と民間との商談窓口、商人達の諸々の相談……などの役割を果たします。
ファンタジーやラノベなどでは、【商業ギルド】に類する組織が……儲けの為には陰謀を巡らし悪事も辞さない拝金主義の既得権益者……などというように悪く描かれる例も散見されますが、この世界の【商業ギルド】は極めて良心的で公益に資する組織でした。
もちろん、真っ当な商売人としての……商魂や商売っ気……はありますが、それは合法的なモノに限られます。
この世界の【商業ギルド】は基本的に弱い者の味方でした。
それは【商業ギルド】に限らず、【銀行ギルド】も【冒険者ギルド】も同様です。
全てのギルドは公正中立を標榜していました。
如何せん、皇帝、王、貴族、領主、聖職者などを相手に商談を行う場合、商人は立場が弱く不利な契約を結ばされがちです。
【商業ギルド】は、その仲介をして商人の正当な立場を守る役割を担います。
各国政府なども、世界的な商人のネットワークである【商業ギルド】を敵に回すと、最悪の場合貿易などがストップしてしまうリスクがあるので、【商業ギルド】に加盟する商人達を脅して無体な契約を結ばせるような危険は冒せません。
【商業ギルド】のエントランスを抜け、私は窓口に【ギルド・カード】を提示しました。
「ドミニオン・クラス!ただいま奥にご案内いたします」
窓口の【商業ギルド】職員は慌てて上司へ連絡に向かいます。
私の身分証である【ギルド・カード】は最上位の等級。
このリアクションは【銀行ギルド】の経験で想定済みでした。
・・・
私とソフィアは応接室に通されます。
ソフィアは、早速出されたお茶菓子に夢中。
程なくして【商業ギルド】の会頭が現れました。
「【世界商業ギルド】会頭ニルス・ハウストラと申します」
会頭は恭しく礼を執りました。
また大物が現れましたね。
地政学的に流通のハブであり、また世界経済の中心地でもある【ドラゴニーア】は、商業的にも最重要地。
必然的に【ドラゴニーア】にある【商業ギルド】は世界中の【商業ギルド】の本部が置かれています。
つまり、ハウストラ会頭は【世界商業ギルド】のトップ。
【商業ギルド】に加盟する世界の商人達の総元締なのです。
ハウストラ会頭は【エルフ】でした。
【銀行ギルド】のビルテさんもそうでしたが、ギルド・マスターには【エルフ】が着任する例が多いのでしょうか?
それとも、偶々ですかね?
900年前の世界では、そのような設定は特になかった筈です。
もしかしたら、平均して高い知性を持ち、人種コミュニティの中でも比較的敵が少ない【エルフ】は、社会的に高い地位を占める上で種族として有利に働いているのかもしれません。
「ノヒト・ナカです。【竜城】の客分であり相談役を務めておりますが、非公式の立場で公職ではありません。なので敬称は不要です」
私は挨拶をしました。
「畏まりました。ノヒト様、本日はどういったご用件でしょうか?」
「4つの用件があって来ました。1つは、会社を起業したいので、その登記処理をお願いします。2つ目は、その会社の事務所を構えたいので【竜都】の市街地に適当な物件を探して欲しいのです。3つ目は、その会社で雇用する人材の募集をお願いします。4つ目は、それらの費用に充てる為に私が持つアイテムの買取をお願いします」
「畏まりました。ノヒト様の【ギルド・カード】の等級であれば【ドラゴニーア】での会社登記は問題なく行えます。物件も、ご予算に応じてお探し致します。人材は、どのような条件でお探しでしょうか?」
「経営の出来る人材、会計が出来る人材、法務が出来る人材、労務管理が出来る人材を、それぞれ探しています。また、それぞれの専門分野において後進の育成が行える事を必須とします。報酬は全ての業務で一律年120金貨です」
私の感覚では120金貨は、日本円なら大体1200万円くらいと換算しています。
東証一部上場企業の本社部長クラスの報酬を……と見繕いました。
「なるほど。人数は?」
「始めは、各1名ずつ。1人で複数の役割を熟せる有能な人材なら、その分の報酬を支払います。2つの役割を兼ねるなら2倍。3つを兼ねるなら3倍です。もちろん兼任する場合、それぞれ別々の人材が熟す働きは最低限要求します。つまり2人分、3人分働けば、報酬は2倍、3倍となります」
月10金貨という報酬は【ドラゴニーア】の高級官僚や大企業の上級管理職と同水準。
まあ、こちらの世界の基準でも高額報酬と言って差し支えないでしょう。
「わかりました。その条件で募集致します」
「報酬額の範囲で可能な限り優秀な人材が望ましい事はもちろん、採用基準で特に留意して頂きたい事があります。第一優先として人柄を重視します。私は孤児院の出身者を優先して社員に雇用するつもりです。つまり出自が恵まれない者や種族も様々です。そういった者達に差別意識のない人材である事。これは絶対条件とします。その点については厳格に【誓約】で約束させるつもりです。その事を募集要項に明記して下さい」
私とソフィアは、会社を起こす事にしました。
私とソフィアが起業する会社では、孤児院出身者で就職先が見付からない為、【ドラゴニーア】の在留資格を得られず、冒険者として危険な仕事を行わざるを得なかったり、【ドラゴニーア】から国外退去せざるを得なくなったような人材を優先的に雇用して、彼らに【ドラゴニーア】の在留資格を与えるつもりです。
もちろん、【ドラゴニーア】に留まる事を望まない場合は、その限りではありませんが……。
基本的には世界で一番豊かで安全で社会福祉が充実している【ドラゴニーア】を離れたいと思う者の方が少数派でしょう。
【ドラゴニーア】以外の出身者で生まれ故郷に帰りたい者はいるかもしれませんが彼らは孤児。
生まれ故郷に頼るべき親族がいる訳でもありません。
親族がいるなら、そもそも孤児院に保護される以前に、その親族が彼らを引き取り養育した筈なのですから……。
【神竜神殿】が孤児院を運営しているセントラル大陸各国では、基本的に貧困を原因とする餓死者はいません。
また、失業率も【ドラゴニーア】では現代日本並の超低水準ですし、その他のセントラル大陸諸国の失業率も現代の先進国並みの穏当な水準で安定しています。
つまり、親族がいるのに孤児院に入らざるを得なかった子供達は、身も蓋もなく言えば……家計の出費を増やしてまで引き取りたくない厄介者。
孤児院の子供達も、他に選択肢があるならば、そういう薄情な親族を頼りたいとは考えないでしょう。
もちろん、私が想像も出来ない切実で妥当な理由があって、孤児を引き取りたくても引き取れなかった親族もいるとは思いますが……。
とにかく、私とソフィアは……【ドラゴニーア】で暮らしたい……と望む孤児達に在留資格と仕事を与える事にしたのです。
偽善?
そんな事は私の知った事ではありません。
私は、ゲームマスターの遵守条項に違反しない限り好きなように振る舞うと決めたのです。
私とソフィアが、公人としては特定の誰かに不公平に肩入れ出来ないとしても、私人としてはそうではありません。
所詮私のような小人愚物は……政治哲学や社会正義や国家倫理……などという難しい問題を完全に理解なんか出来っこないのです。
ならば、他者から偽善に見えたとしても、それが悪事でないのなら、好きなようにやらせてもらうつもりでした。
「畏まりました。ではアイテムの買取は如何致しましょうか?」
ハウストラ会頭は訊ねます。
「これらを買い取って下さい」
私は【収納】から武器・防具・アイテムを取り出しました。
これらは、素材こそ一般的ではありますが、全て世界設定上最高のステータスを持つゲームマスターの私が作り上げた逸品です。
しかし、ゲームマスターの能力ではなく、ユーザーやNPCの最高レベルの職人なら再現可能な程度の品質に抑えてありました。
また、【神の遺物】ではなく製造品なので、材料さえあれば同じモノが幾らでも作れます。
なので売却しても差し支えはありません。
「では拝見致します。【鑑定】……。これは!品質の高さもさる事ながら、凄まじい【付与効果】が施されていますね?凄い!」
ハウストラ会頭は【鑑定】を始めました。
さすがは【商業ギルド】の会頭。
【鑑定】は使えるようです。
「ノヒトよ、すまぬな。我のワガママでノヒトの持ち物を売らせてしまって……」
ソフィアが言いました。
「それは既に話し合ったでしょう。もはやソフィアの望みは私の望みでもあります。一蓮托生ですよ」
「ありがとうなのじゃ」
ソフィアは私に依頼した【アイアン・ゴーレム】の費用も当初は負担するつもりだったようです。
アルフォンシーナさんに……【竜城】の防衛に必要……と言って国家予算への計上を頼んだら却下されたようですが……。
私は初めから件の【ゴーレム】をソフィアにプレゼントするつもりでした。
【ダビンチ・メッカニカ】で、その建造費用を聞いて少しだけ後悔していますが……。
・・・
しばらくして、ハウストラ会頭の【鑑定】は終わりました。
「ふ〜。久しぶりに、こんなに沢山の【鑑定】をしたので魔力をかなり使いましたよ。しかし、全てが素晴らしい逸品・傑作揃いです。驚くべきは、それぞれの品物に施された【効果付与】。耐久力、攻撃力向上、物理防御力向上、魔法防御力向上……全て最高クラスでございました。さて、これが買取の見積もりでございます」
ハウストラ会頭は書き付けた買取の明細を差し出します。
「ハウストラ会頭。失礼しますね。【完全回復】」
私はハウストラ会頭に【完全回復】の魔法を掛けました。
瞬時にハウストラ会頭の魔力が完全回復。
この世界では【回復】が体力と魔力の両方に作用します。
怪我や病気や状態異常の治療には、別途【治癒】が用いられました。
【ポーション】や【エリクサー】は、【回復】と【治癒】の双方の効果を兼ねています。
基本的に、この世界で魔力は、生命力そのものと設定されていました。
以前私が【神竜】に名付けをした際……魔力を全て奪われて死ぬ……という理由は、この世界の設定が原因です。
基本的に、生命体の恒常性が最低限生命維持に必要な魔力量だけは体内に残す仕様になっているので、魔法の行使によって魔力が完全に枯渇してしまう事はありません。
しかし、【神竜】への名付けコストは無限大に設定されていました。
つまり、【神竜】に名付けを行おうとすれば、どんなに魔力が多くても瞬時に無限の魔力を奪われ即死する訳です。
これを知りながら私に名付けをさせたソフィアは、酷いですよね。
罷り間違えば、私が死亡してしまうリスクがあった訳ですから……。
「【調停者】なら【世界の理】は熟知しておるじゃろう。にも拘らず我に名付けをしようというのじゃ。当然、何か死なずに済む方法があると考えるのが妥当じゃ。我はノヒトを騙して死なせようなどとは考えておらぬぞ」
と、ソフィアは言っていました。
「いや、私の場合ウッカリがあり得ますから、何か危なそうなことがあったら、事前に教えて下さいよ」
と、私は頼んであります。
因みに【回復】を自分自身に使いながら、他の魔法を使い自家発電で無限に魔力を使うという事は設定上出来ません。
【回復】や【治癒】は自分自身には発動しないのです。
ただし、膨大な魔力量を誇るソフィアは【回復魔法】を用いる必要が殆どありませんし、当たり判定なし・ダメージ不透過の私に至っては回復それ自体が全く必要ありません。
ソフィアは恐るべき生命力と無尽蔵の魔力を持ち、どんな深傷も短時間で完全に自然治癒し、魔力も凄まじい【自己回復力】によって短時間で満タンに戻りました。
私は、そもそも無敵体質で保有魔力も無限です。
「なんと!【超位】の【完全回復】を、お使いになるのですか?」
ハウストラ会頭が声を上げて驚きました。
ハウストラ会頭は、やはり【エルフ】。
高度な魔法の知識を持つようです。
「私は魔法が得意なのです」
「なるほど。だから【竜城】の相談役……納得致しました」
ハウストラ会頭は何やら得心がいったという表情で頷きました。
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