第20話。軍への講義。
セリアンスロープ…獣人(総称)
コボルト…犬人
ケットシー…猫人
ピペッドラガモーフ…兎人
ピペッドフォックス…狐人
ライカンスロープ…狼人
オーク…豚人
ミノタウロス…牛人
ケンタウロス…馬人
リザードマン…蜥蜴人
ラミア…蛇人
ハーピー…鳥人
ドラゴニュート…竜人
……などなど。
私とソフィアは【ジャガイモ亭】で昼食を済ませ、【転移】で【竜城】に戻りました。
待ち構えていたアルフォンシーナさんに、私はソフィアの身柄を引き渡します。
ソフィアは午後から外国の大使や国内の有力者との謁見がありました。
公務が優先です。
「嫌じゃーーっ!面倒臭いのじゃーーっ!」
ソフィアは脱兎のごとく駆け出しました。
「はい、待った」
私は、すかさずソフィアの首根っこを掴まえました。
「ぐぎぃ、離せ。離すのじゃ。離せばわかる……」
あくまでも聞き分けのないソフィアをアルフォンシーナさんは【女神官】達による鉄壁のガード体制で逃しません。
ソフィアは大人しくなり、そのまま謁見の間に連行されて行きました。
公務をサボったら、お菓子抜き……の台詞が効いたようです。
そもそも公務が立て込んでいるのは、ソフィアが自分の遊び相手である巨大【アイアン・ゴーレム】の建造に必要な【ダンジョン・コア】を取りに行く為、来月頭から【竜城】を留守にするからでした。
つまり、自業自得です。
・・・
私は午後から【ドラゴニーア】軍の訓練の視察。
私から魔法を学びたい……という軍の強い要望を断れなかったのです。
ゲーム設定に関わる魔法の仕組みを公開するつもりはありません。
この世界のコンセプトは、説明は最小限で各自がトライアル&エラーを繰り返して、様々な仕様を覚えたり新しい魔法を開発したり出来る自由度の高さが売り。
この世界の住人に対しても、その原則は適用されていました。
なので、私が行う指導は、現行の魔法を運用の仕方を変えて、より効果的に使用させる為の簡単なアドバイスをするだけです。
異世界転移により少し状況は変わっていますが、私が魔法の仕組みを公開する時は、この世界の住人が、自らその扉を開けた時と決めていました。
例えば、こちらの世界の住人は、未だ【複合魔法陣】を構築出来ません。
……というか失われていました。
【複合魔法陣】を構築する為には、まず【魔法公式】の仕組みを完全に理解しなければ不可能なのですが、彼らは【魔法公式】を失われた古代の魔法言語か暗号だと考えています。
【魔法公式】は、その名が示す通り魔法の現象を物理学の数式で表した物。
つまり、(地球の)物理学を理解しない内は【魔法公式】を理解出来ないのです。
しかし、こちらの世界の住人が(地球の)物理学を理解するのは地球人に比べて困難でしょう。
何故なら、こちらの世界の物理法則には魔力や魔法が引き起こす様々な現象も含まれますが、地球の物理学には当然魔法や魔力の要素など含まれません。
本来あり得ない魔法や魔力というモノをゲーム設定で無理矢理帳尻を合わせた、こちらの世界の物理法則。
このこの世界の住人が乗り越え、あるいは突き破らなければならない壁は、途轍もなく高く、分厚いのです。
実際にこの世界の住人文明によるユーザー消失以後の900年間に渡る研究によって進歩したと考えられている魔法への理解は、現代日本人の私からすると逆に正しい(地球の)物理学からはドンドンかけ離れていました。
この壁を、こちらの世界の住人が自力で乗り越えた時、私は彼らに【複合魔法陣】や、その先にある【積層型魔法陣】の理論を開示するつもりです。
これは回覧板からインターネットに変わるくらいの進歩となる筈。
世界が変わるでしょう。
・・・
私は、【ドラゴニーア】軍に所属する、とある新兵と共に【闘技場】の真ん中に立っていました。
彼は軍でも特に魔法の能力が低いと見なされている兵士です。
私は講演ではなく、この新兵との対話形式による講義を行うつもりでした。
彼を選抜した理由は……魔法の適性が低くとも、工夫次第で魔法を効果的に使える……という事を示す為です。
魔法の講義を受ける他の兵士達は観客席で聴講していました。
以前のように私の能力を懐疑的に考えて、話を適当に聞き流す雰囲気はありません。
皆食い入るように私を見つめ、私の言葉を一言も聴き逃すまいと傾聴していました。
親善試合の結果が、彼らにとって相当衝撃的だったようです。
「端的に訊ねます。あなたは1対1で強力な魔物……そうですね【高位】以上の魔物と魔法で戦って勝てますか?」
私は新兵に訊ねました。
「絶対に無理です」
新兵は答えます。
「なぜですか?」
「自分は四大元素魔法の中で最弱の【水魔法】……それも【低位】までしか使えません。私に出来るのは1日に精々コップ1杯の水を生み出す程度ですので……」
「魔法は使い方次第で【低位】でも十分な殺傷力を発揮し得ます。それに【水魔法】は対生物なら四大元素魔法の中で最も殺傷効率が高い魔法系統ですよ」
「本当ですか?」
新兵はもちろん、観客席にいた兵士達も皆首を傾げていました。
なるほど、そういう認識なのですね……。
私が言った事に嘘はありません。
【水魔法】は【低位】でも運用次第で大きな殺傷力を発揮します。
「では、想像してみて下さい。あなたが非番の時恋人と二人きりで都市城壁の外にデートに出掛けたとします」
「はい」
「すると、突然【マーナガルム】と【遭遇】しました。如何しますか?」
【マーナガルム】は【超位】の【魔狼】。
普通に戦えば、例えレベル99カンストの【英雄】であっても個人で対抗出来る者は皆無でしょう。
「【マーナガルム】……天を衝くほどに巨大な【魔狼】ですね?逃げます……せめて恋人だけは逃します」
「逃げきれますか?」
「絶望的に難しいでしょうね……」
「あなたの生命と引き換えならば【マーナガルム】を絶命せしめる方法があります。あなたは死にますが恋人は救えます」
「それが、【低位水魔法】の【水】だと?」
「はい。【マーナガルム】が、あなたを喰らおうとして大顎を開いた瞬間に、【水】で【マーナガルム】の気管を水で塞ぎます。あなたは次の瞬間には噛まれ、咀嚼され、致命傷を負い、やがて餌として飲み込まれるでしょうが、【マーナガルム】を体内から溺れさせるのです。概して【魔狼】は水を苦手とします。【神格】を持つ【神狼】の【フェンリル】や獲物を襲う時に魔法を使う習性のある【マルコシアス】には、この方法は使えませんが、【マーナガルム】は弱い生き物を殺す時に魔法を使わず生きたまま捕食する習性があります。なので、この方法は極めて有効です」
【フェンリル】は戦闘力では【神竜】には及びませんが、それでも【神格】。
【マルコシアス】は【マーナガルム】と同様【超位】の【魔狼】です。
実は、このやり方は水に弱点を持つ【魔狼】族に対する攻略法としてゲーム時代からユーザーによって確立していた方法なのです。
その場合は、【水】の魔法を使える雑魚モンスターを大量に【召喚】して、ワザと【マーナガルム】に噛ませて水攻めにするという卑劣な作戦でした。
名付けて……むせさせて殺す戦法。
あまりにも簡単に高レベルの【マーナガルム】が狩れてしまうので、ゲーム内で【マーナガルム】は某ゲームのメタルスライム並みに美味しい獲物と認識されていました。
「なるほど……確かに上手くすれば殺せるかもしれませんね。では四大元素魔法で【水】が最も殺傷効率が高いとは?自分は【火】が最も殺傷効率が高いと思うのですが……」
「体表面へのダメージではそうでしょうね。ただし、体内から殺す方法で生物相手なら【水】が最高効率ですよ。私は【魔法中断】1発と【水】1発だけで【古代竜】を瞬殺した事もあります」
「それは、いくらなんでも……」
「簡単です。【魔法中断】で一瞬だけ【古代竜】の【防御】を剥がします。本当に瞬きする瞬間で大丈夫です。その一瞬があれば【水】1発で【古代竜】は確実に即死させられます」
「無理ですよ。【竜】は【防御】の魔法がなくても外皮はアダマンタイト並みに頑強で肉体の耐性も桁違いなんですよ。【水】なんかでは死ぬ筈がありません。第一、【魔法中断】とは、自分の行使した魔法の中断なら誰でも使える【低位】魔法ですが、他者の魔法を中断させるのは【超位】魔法です。【超位】魔法が使える時点で【低位】魔法の【水】で【古代竜】を倒す……というロジックは成立しないのでは?」
「【魔法中断】の【魔法公式】を刻んだ【魔法石】などの【魔法触媒】やアイテムを常備しておけば良いだけでは?高額ですが購入出来ます。金額の問題だけで【古代竜】に対抗し得る切札が手に入ると思えば安い買い物ですよ。そして【水】1発で間違いなく【古代竜】は殺せます。そもそもの話からしますね。【水】の魔法はコップ1杯から、多くても樽1杯程度の水を生み出すだけのつまらない魔法だと考えられていますが、その認識は大きな誤りです。【水】の魔法の本質は液体を制御するという事です。【古代竜】に限らず、生物はその肉体を構成する要素の大半は水分です。もしも【古代竜】の頭蓋内の水分……つまり、血液、リンパ液、細胞内液などを、例え一瞬でも完全に制御出来れば、脳に致命的なダメージを与える事は可能です。そうやって私は【古代竜】を屠りました。これが証拠です」
ズシーーンッ……。
私は【収納】から【古代竜】の一種……【青竜】を取り出しました。
「良く見て下さい。外傷は全くありません。私は、この【青竜】の脳細胞内液を制御して、一瞬で生命維持を司る脳の領域を機能停止させ即死に至らしめました」
「す、凄まじい……」
「とはいえ、口で説明するのと実際にやるのとでは随分違います。【水】の魔法で【青竜】の脳細胞内液に影響を及ぼさせる為には、あなた達人種の種族的スペックでは1m以内に近接しなければなりません。また魔法制御も超精度を要求されます。しかし、それは生まれ付きの【才能】や魔法適性とは違い鍛錬次第で誰でも何とかなる事です。兵士は、その為に日夜鍛錬しているのでは?あなた達は正しい理論を学び厳しい鍛錬に耐えれば、このように【水】1発で【古代竜】を絶命させることが出来ます。後は、やるか・やらないかだけの問題で、決して出来る・出来ないの問題ではありません」
「なるほど……」
私は多少説教臭い物言いをしましたが、これはワザとです。
私は、ただ設定でチートなキャラ・メイクになっているだけの存在。
つまり魔法も武術も……全ての能力が何も労力を伴わず、元々プログラムで身に付いていたモノです。
なので、本来なら他所様に対して偉そうに講釈を垂れる資格などないのですが、これは講習会ですからね。
私は兵士の皆さんには……傑出した才能がなくても、知性と練度と士気があれば何とかなる……という志向を常に持ってもらいたいと考えました。
大概の事は、実際これらで何とかなってしまうモノなのです。
兵士は使命感の塊のような人達ですから、こういう言葉で挑発してあげれば目の色を変えて訓練に取り組むでしょう。
そうすれば、実際に今よりは多少なりとも強くなり、彼らの生存率はより高まる筈です。
精神論?
そうですが、何か?
理論と情報を踏まえていなければ戦争には勝てませんが、それはさて置き、詰まるところ軍隊とは精神論の高度な実践者達の集団でしかありません。
自分と家族を守る事は誰でもします……生物は本能として、それをプログラムされているからです。
しかし自分と家族以外の人々を守る為に生命を投げ出すのが軍隊。
ある意味では狂気かもしれませんが、軍隊とはそういう組織なのです。
そもそも戦争なんて、敵と味方のどちらに正当性があるとしても全て背理的で陰惨なモノ。
どんな大義名分を御題目のように唱えても、戦争の本質は、所詮殺し合い。
狂気の力でも借りなければ、とても戦争などやっていられません。
私は【青竜】を【収納】に仕舞いました。
常温に出しっ放しでは肉の鮮度が悪くなりますからね。
日本人は食品の鮮度管理には煩いのです。
「要するに、どんな絶望的な状況下でも必死に考え工夫すれば、現状を僅かでも好転させられるチャンスはある。しかし、チャンス女神はキチンと準備をしていた者にしか微笑まないと言いたいのです。今日のところは、とりあえず、こんなところでしょうかね」
こうして魔法の講義は終わりました。
今後、竜騎士団と衛士機構を対象に同様の講義を行います。
私としては面倒事をいっぺんにやっつけてしまいたかったのですが……なるべく多くの人員に講義を受けさせたい……との各組織幹部達の判断から、こういう形になりました。
【闘技場】は最大5万人を収容できますが、私が行うのはロックコンサートではなく、あくまでも講義。
つまり一度に数千人規模が限界だったのです。
また軍学校と魔法大学からも講義の依頼が来ているのだとか。
何だか面倒事が増えて行きますね……。
・・・
夕食時。
「ノース大陸の【遺跡】に潜るのじゃろう?ならば【ユグドラシル連邦】の奴らに一言断りを入れておかんとな」
ソフィアが言いました。
「ソフィア様の復活式典の折に【ユグドラシル連邦】の諸王や代理の方々が参ります。その席で頼まれては如何ですか?」
アルフォンシーナさんが提案します。
「そうするのじゃ。しかし我が自ら【遺跡】攻略に出向く事は内密にせよ」
「畏まりました」
ん?
「許可が必要なのですか?【遺跡】の攻略は完全な自己責任。攻略に成功しても死んでも、それは国家は関知しない。それが【遺跡】に関する国際法でしょう?」
私は疑問を訊ねました。
「建前ではそうです。しかしセントラル大陸以外では、各国が99階層に育てた【遺跡】を管理して資源の供給源としているのも事実。本音では【遺跡】を攻略されてしまって嬉しい国はないでしょう」
アルフォンシーナさんが答えます。
「うむ。一度攻略されリセットされた【遺跡】が再び99階層になるのは2年以上待たねばならぬからの。その間資源の相場が値上がりしたり、少なからず影響はあるのじゃ。攻略した者が無頼の冒険者ならば致し方ないが、セントラル大陸の守護竜たる我が絡んでいると知れば【ユグドラシル連邦】の為政者達は面白くはないと感じるやもしれぬ。実際にはないとは思うが、【ドラゴニーア】と【ユグドラシル連邦】との友好にヒビが入る可能性もないとは断言出来ない。じゃから事前に……【ドラゴニーア】から【ユグドラシル連邦】の【遺跡】攻略の為に人を送る……と断りを入れておく。そうしておけば、後から文句を言われる筋合いはないのじゃ。大人の事情という訳じゃな」
ソフィアは説明しました。
なるほど。
外交とは面倒ですね。
お読み頂き、ありがとうございます。
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